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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
竜呑の詐欺師
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要塞

 シーヌ=ヒンメルは、強い。間違いなく、強い。

 彼は作戦説明の時にオレたちに言った。「復讐対象に対して、僕は桁外れに強い。」と。「だけど、そうじゃない相手には、分相応の力しか出せないんだよ。」とも。

 思う。未だ16か17の少年の分相応があれならば、オレたちはどうなるのだ、と。同時にわかった。あれが、冒険者組合員という名の規格外。

 ティキ=アツーアも強かった。シーヌと肩を並べられるのが納得いくくらい、強かった。

 アレイティア公爵令嬢。……令嬢にされず、監禁され、子をなすための道具として扱われる未来が確定していたとはいえ、彼女の強さには根本的な信頼がある。

 生まれ。出生。人間、努力で得られるものなどたかがしれていて、それゆえに才能という言葉がある。シーヌは知らないが、彼はクロウの生き残りだ。否が応でも才能を開花させられたはずだ。

 対してティキは……アレイティアだ。あの血をひく以上、弱いわけがない。

 遺伝というのは、ほぼ間違いなく優性が発動し、劣性は淘汰されるはず。

 それに、あの家にあるあの噂。表舞台に決して出ることのない、血脈婚。

 ティキ=アツーアはアレイティア公爵家として、名前が出たことはないはずだ。彼の家の娘として公表されたことも、認知されたことも決してないはずだ。

 母親の存在を、ティキ=アツーアは知らないだろう。誰かと考えたこともないだろう。

 蝶よ花よなどと育てられたことはなく、そもそも蝶や花がナニカすらをも知らなかったのではないか、と思う。

 ナミサ=ハイルは彼女が先ほど見せた、あの剣を思い出した。あれぞ彼女の才能。剣ではないが、あの実力なら“治癒”と“授与”の次に古参たる彼女も、見たことがある。

 曰く、冒険者組合の上級とも渡り合えるであろう、身寄りのない旅人。

 曰く、人助けをよくし、対価としてその間の食事を要求した女。

 ……曰く、後に飢えて動けなくなったところを、捕らえられた聖女。

 …………曰く。捕らえられた後、恩によって一子を儲け、出産と同時に殺された哀れなモノ。

 ルックワーツ抗争が起こってすぐの頃。まだ戦いに慣れておらず、苦戦もいいところだったセーゲルの街を助けた、娘。

 碧い髪を靡かせて、氷柱の雨を降らせ、地域の田畑を全てダメにした、少し残念な救世主。

 キャッツ様は彼女に“救地の聖女”の名を与え、丁重にもてなされ……それでもブラリといなくなってしまった、奔放な女の子。

 彼女の容姿に、ティキ=アツーア=ブラウは、とても似ている。

 彼女の娘なのだとしたら。あの女性の娘なのだとしたら。

 ティキのことをアフィータがとても気にかける気持ちは、わかるかもしれなかった。

 彼女がこの街に来たとき、アフィータはちょうど10歳くらい。あの女性に憧れを抱くのは当たり前の時期。かくいう、聖女になったばかりだった当時の私も憧れたのだから。

 今や母と娘ほどの歳の差があるナミサとアフィータだが、その三念の特性ゆえに仲がいい。個人と集団。私たちの違いはその、護る対象の規模でしかない。

 外が騒がしくなってきて、城壁から外を見る。城壁の上から見えるルックワーツ市はとても小さい。それ以外に何もないから、かろうじてあるとわかる程度の大きさだ。

 しかし、そこから先。このセーゲルとルックのちょうど真ん中くらいの距離に、軍隊が行進しているのが見えた。

 これまで戦ってきたルックワーツの規模とは、比べ物にならないくらいに多い。赤竜っぽい巨大な影も見える。

「本当に生き残れるのか、これは?」

ひとりごちる。周りに誰もいないからこそ言える弱音。

「勝つ、と言うのじゃ、ナミサ=ハイル。」

「……ご老体。」

聞いていたのか、という文句はグッと飲み込んだ。

「ま、シーヌなら一対一さえ作れば本当に狩るじゃろうよ。」

ナミサの一番の不安を、彼は笑って保証した。

「……どうして、それを保証できるのですか?」

「冒険者組合員の秘密じゃな。とはいえ、知るものはよく知るが。」

あくまで話す気はないというか、と彼女は怒声を再び飲み込む。

「キャッツ様がいらっしゃれば、自信を持って戦えたものを……」

セーゲル聖人会における最高の指揮官にして聖女だった彼女を、失った重みをしみじみと感じている時に、バグーリダはその感傷を一蹴した。

「妻には悪いが、いてもいなくてもさほど違いはないじゃろう。防衛には強くともそれ以外に戦闘価値がないのが聖人会ゆえに。」

彼すらも私たちを否定する。聖人会は迷う民衆を護るための戦闘組織だというのに。

「キャッツ様の後継は誰になるのでしょうか……。」

ナミサは、エーデロイセと同じように叩かれたりされたくないので、話を変えた。冒険者組合と聖人会では議論が平行線をなぞるだろう。

「“自由”じゃろ。アフィータとエーデロイセの次に若く、聖人会の忠誠も揺らぐことはなかろうからの。」

「アスレイが、ですか?それはまた、どうして?」

驚愕を押し隠しつつ、ナミサは問いかけた。彼女が最後に言っていたことは、余すところなく彼に伝えている。

 つまり、ナミサやアフィータ、ガセアルートも可能性があると伝えられていることを、知っているはずだ。

「“犠牲”の能力を知っておるからの。少なくとも、あのキャッツのように例外でなければ、今代“護り”はありえん。」

一番最初に、一番若い聖女を否定した。犠牲と庇護。確かに根底から意味は違いそうだが、キャッツ様は先代“護りの聖女”だったのに。

「……キャッツ様が、例外?」

「あぁ、例外じゃとも。一度わしと結婚しておるのじゃぞ?純粋な聖人会の人間なれば、冒険者組合のやつと恋愛なんかできるわけなかろう。」

そういえば、そうだと思う。シーヌ達との何度となく行われた衝突。さっきのバグーリダとの会話。

 それによって、いやでも自分たちと彼らの価値観の違いはわからされた。なのに、よりにもよって、結婚ときている。

「…………?」

不思議そうな顔を隠さない私に、老兵は笑った。

「キャッツはな、聖人会の本家を出て外に出た上で、自分の生き方を決めたのじゃ。お前たちのように、ただ決められるに甘えただけではない。」

よく、わからなかった。私も、私のこの生き方に誇りを持っている。なのに、誇りとはまるで別のもののように生き方を語るのだから。

「ま、わからなくてもよいさ。今代の“護り”はワデシャとともに外に出ようからな、自身に疑問を持つじゃろうからな。」

だからこそ、彼女が“犠牲”になることはない。

「では、私は?」

「そなたは歳が行き過ぎだ。“治癒”ほど論外ではないが、そなたとてそろそろ60。“犠牲”を得られるほどの生き方を歩むには、もう遅すぎる。……それに、そなたはこれまでにキャッツに頼りすぎたよ。」

ああ、そういう理由ならば納得だ、と思う。きっと彼女は、ほんの一縷の可能性を想定して私を指名したのだろう。

 私で指名されるほどの可能性がわずかしかなかったのだ。他はもっとあり得ないから、“治癒”とて指名されなかったのだろう。

「“授与”は?」

「今回の指揮官じゃ。つまり、いかに人を害するかを考えねばならぬ以上、人を救う“犠牲”は無理じゃな。キャッツでもない限り。」

きっとキャッツ様は、他人を害することを考えながらも、必死で、自分の時間を割いて割いて、生き抜いたのだろう。

「他人のために命を捨てる、覚悟。それが“犠牲”ですか。」

「違うな。これまでの罪過を命で贖う、自分を救うための希望だとも。」

……聖人会の価値観と、根本的に異なる言い回しに怒りを覚える。キャッツ様は、決して、聖人会を裏切ってはいない。

「裏切ってはいないわ!あれは、聖人会から離れることを何度も悩んだ上で離れられんかったのじゃからな!そなたらとは覚悟のほどが違ったとも!」

愉快、というかのように、老兵は声をあげる。しかし、ナミサはその奥に言い様のない怒りを感じて息を飲んだ。

「……まあ、よいわ。他も言うとするとな、“錯乱”の聖女は歴史上、“犠牲”まで自身を昇華できたことはない。人のためのはいえ、敵であれ、足を引っ張るのでは“犠牲”にはなれん。」

言うまでもないことだった。それは薄々、ナミサも察していた。

「“調教”も似たような理由ですよね?」

うむ、と頷くバグーリダに、やはりと軽く息を吐いた。バグーリダが少し安堵の息を吐いたことに、ナミサは気がつかなかった。

「いえ、有意義な話ができました。ありがとうございます。」

「いや、まだ少しここにいろ。」

城壁を降りる階段に足をかけた私を、彼は呼び止める。

 振り返った。あまり望まないし、不快な思いをしかねないから遠慮したかったが……彼の視線の先を見て、考えを改めた。

 降りた先にある、少し広い広場に、彼らがいた。シーヌとティキが、お互い魔法を撃ち合い、距離を詰め離れと、模擬戦を行っていた。

「巻き込まれるぞ、そなたでは自分の身は守れん。」

先日の試合でそれはいやというほど認識させられていた。シーヌもティキも、セーゲル戦力を合わせないと迎撃できない。

「あれでガレットを殺せず、逆に殺されたというのですから、かの英雄はどれほど強いのでしょう……。」

「冒険者組合に所属したら、中の下くらいじゃの。全盛期のわしよりは弱い。」

ガクン、と顎が外れるような音がした、気がした。それで、中の下。往年の彼より弱い。

「……魔法は、歳とともに弱くなるのですか?」

肉体の衰えとは違う、ただの価値観は衰えることなどないだろう、と彼女は思っていた。

「……聖人会の過ちは、魔法の強度をあげる要素である意志を、価値観と限定したことにある。」

ポツリと言うのは、それを知っていて訂正しなかったキャッツへの、理不尽な怒りゆえ。

 ハッキリと声高に言わないのは、死ぬまで聖人会に尽くしたキャッツへの、敬意ゆえ。

 初めて、ナミサはバグーリダの抱えた葛藤を見た気がした。シーヌやティキのような、純粋な外の人間ではない、聖人会の身内を抱えていたらしい葛藤を。

「わしはもう、聖人会の在り方を批判はできても否定はできない。だからこそ、わしはもう、ガレットには勝てぬ。」

迷いや葛藤が多いから、と。そう彼は言った。

「老いてなお自分に、その人生に自信を持っているものは、それは強い。しかし、わしのようにその自信が揺らげば、弱くなる。……信念、妄執、希望、理想。そういったものは、つまり……」

「つまり?」

口ごもった老兵を見やると、口に手を当てていた。そして、少しやってしまったというような顔をしているのだ。

「……聖人会には、言えない。そういうことですか。」

「いや、今はまだ言えない、じゃろうな。間違えても噂話でシーヌに流れられては困るのじゃよ。」

冒険者組合も、一枚岩ではないのかと、感じた。当たり前だ。何より自分を重んじるのが彼ら冒険者組合。言い換えると、何より他人と敵対するのが、冒険者組合。

「シーヌには、わしの友から全てを教えてもらわねば、困る……ナミサ。」

真剣な声音で呼び止められた。ピッと、背筋が伸びてしまう。

「シーヌが街を出る前に、この手紙を渡せ。決して中身は見るな。お前には、重すぎる話が書かれてある。」

流石は、かつてこの街を作り上げ、初代にして最後の市長としてこの街を見守ってきた男だった。

 威厳。格。そんなものが、違うと感じさせられた。

「はっ!」

敬礼してそう答えてから、疑問が頭に浮かんだ。

「どうしてご自身でお渡しにならないのですか?」

そう、彼はキャッツ様と同じように、死のうとしているように見えた。

「冒険者組合の定めじゃよ。弱きものは淘汰される……冒険者組合員350年の歴史の中に、天命を全うしたものなど、一人もおらぬ。」

彼はここで死ぬ。ここでなくとも、いずれ死ぬ。

「わしは、ここで死ぬ。安心せい、一人か二人、全力で道連れにしたいやつがおる。」

その覇気に当てられて少しよろめいた。彼は、いや彼も。まごうことなき、冒険者組合の人間だった。

「齢90、この街に居を構えて50数年……ここは、わしが作ってキャッツが守った街じゃ。」

あぁ。彼を中枢から追放するのではなかった。今になって、あの追放劇を企画した彼女は、後悔というものをしてしまった。

「では、頼んだぞ、ナミサ=ハイル。キャッツの遺言は必ず守るのじゃぞ。」

“空墜の弓兵”バグーリダ=フェディア=セーゲル。彼は“要塞”を置いて去っていき。

 “要塞の聖女”ナミサ=ハイルは、兵士たちに警戒を呼び掛けるべく、もう二時間もすれば到着しそうな敵の軍勢を背に、歩きだした。

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