表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
竜呑の詐欺師
40/314

異戦

 どうして、こうしているの?ティキはそう叫びたい気持ちでいっぱいだった。

 もちろん、彼女はそんなこと叫びはしない。叫びたい気持ちはあるけれど、こんな状況下で叫ぼうと思えるほど彼女は戦闘においては甘くない。

 シーヌに魔法が飛んで行った。“錯乱の聖女”がティキに、魔法を放つそのタイミングを、ドンピシャで狙って認識を誤らせたのだろう。

 ごめん、と心の中で謝罪して、現状に対して最適解を探る。


 “庇護の聖女”アフィータは、誰か一人に火力を集中させるとその一人に対してとんでもない防御を張ってくる。だから、シーヌとティキが大火力を放っても、大ダメージには至らない。

 多少の傷は負ってくれる。でも、その傷はすぐふさがってしまう。

 “治癒の聖人”エスティナ=フェディート。彼の扱う“治癒”の“三念”。軽傷どころか、重症ですら一分ほどで治してしまうふざけた“三念”。これのせいで、ティキ達はまだ決定打を与えられない。


 “庇護”も“治癒”も、一度で護れるのが、癒せるのが一人ならばと、シーヌが全体に炎を放った。しかし、それすらも誰にも傷1つ負わせられない。“要塞の聖女”ナミサ=ハイルの護りは、味方全体に作用する。アフィータと遜色ない護りが、その炎を阻む。

 きっと、全体への攻撃に対する防御能力だと思った。これは、本当にふざけた“三念”だ。

 しかも、シーヌが標的を次々と変えることで“要塞”の全体防御魔法にとらわれることなく、“庇護”の魔法の処理に間に合わないようにした連続高火力攻撃は、ものの見事に“庇護”に処理されてしまうというおまけつき、あげく“錯乱”によってティキの方へ攻撃が向かったことで、シーヌはその戦略を諦めることになった。


 “錯乱”のおかげで攻撃すらためらってしまう。やっとのことで放った攻撃は“庇護”が威力を落として“治癒”が癒やす。“錯乱”も“庇護”も効かない全体攻撃は“要塞”によって防がれてしまう。

 “調教”によって従順に従う獣たちがティキに攻撃を振るってきた。高火力をもって押し返す。“庇護”による高度な護りに、“授与”による脚力や筋力の増強によって、獣はとんでもない硬さと強さを備えている。

 シーヌと背中をあわせた。あまりに意地の悪い戦闘をしてくれる“聖人会”だ。これが獣を扱っているから、まだ戦えている。“調教の聖人”が従えた獣は、きっと素の身体能力も向上している。でも、人間のような技術は、持っていない。


 これが人間と獣の共同で、軍として二人に襲い掛かっていたらと思うと、ぞっとする。しかし、それだけなら、勝てなくはないかもしれない、とも思う。

 一条の矢が流れる。ティキをめがけて飛んできたそれは、ティキの魔法によって撃ち落される。回避は効かないことは、シーヌの右肩に刺さった矢が証明していた。

 カレス将軍がシーヌと正面から打ち合っている。“自由の聖人”アスレイ=ニミット=クレーヌの連続転移によって、カレス将軍がどこからともなく現れたかと思うと仕掛けてくる攻撃に、シーヌは対処で一杯いっぱいに見える。


 “自由の聖人”の能力は転移。それもきっと、ただの転移ではなく、もとは捕まった誰かを逃がすためのもの。

「全く、他者を救けるに他者を育てる、他者を援けて他者を癒やし、他者を護る。全く自分のことは考えない滅私奉公精神……バカバカしい。魔法の魔の字も知らないのか。」

シーヌは怒りを吐き出した。ティキも少し、頷いて見せる。

 魔法を使えるものなら、皆このいびつさがわかるはずだ。善行というものは自分のために積むものだ。褒められたい、認められたいという欲求に基づかなければいけない。


 自分はいらない。ただただ他人のために生きる。それのことを、聖人……もとい、神の御使いという。人間ではない、人間になり損ねた、ただの道具だ。

 ティキは彼女らに皮肉を感じて口角を上げた。これが、ティキの行き着く果てになったかもしれない。英雄譚や物語を読んで、こうやって他人のためにすべてを捧げられる人になりたいと、憧れなかったと言えば嘘になる。

 ティキが彼ら彼女らのように他者に尽くしたいという生き方をしていない理由は、主に好きな2つ。

 一つは、彼女自身に自由意思が許されていなかったこと。自分で考えることまでは止められないが、それを表現することは許されていなかったこと。だからこそ、外に出て、自由に想いを抱えて生きていくことに憧れたから。


 もう一つは、恋に恋をしたから。英雄譚のお姫様になりたかった。誰かに命を捧げられてみたかった。英雄を支えるお姫様になりたかった。

 なによりも。自分の望みのままに、誰かを愛してみたかった。

 フッと、ティキの中に抱えていた何かが消えた、気がした。聖人たちを見たことで、その歪さに感化されて嫌悪感を抱いたことで、ティキの中の歪みが一つ、ほどけた気がした。




 シーヌが伝えた作戦は、少なくともお互いの実力という意味において、信用する必要があった。

 聖人会はもとよりシーヌの存在そのものをあまり受け入れてないものも半数いたし、シーヌの方とて相手の力量がはっきりしたことで彼らを頼ることに悩みを抱えることになった。

 作戦を聞いて、“錯乱”に「お前は俺に負けたじゃねえか!」と叫んだ。いつ負けたのだ、と思うが、それは無視して言う。


「私を信用できないという気持ちはわかります。私もあなたたちの実力を図りかねている。」

シーヌは腹を割った。今の彼らの生存は、シーヌとティキとバグーリダの奮戦度合いにかかっている。

 クロイサとカレス将軍はそれを理解しているから、シーヌを追放させまいと動くだろうと確信して、遠慮なく本音をぶつけることにした。

「戦いましょう。僕とティキの二人で、あなたたち聖人会と、カレス将軍と、クロイサさん、9人同時に相手取ってあげます。」

正直なところ賭けの要素が強い、とはシーヌにはわかっている。ティキも動揺を押し隠すように目を閉じていることから、その難易度には気づいているのだろう。


 シーヌは今回、彼のために人手が必要だった。クロウを滅ぼした超兵総数百名を、今回攻めてくる全ルックワーツの兵士たちから選びとって討たねばならない。

 ガレット=ヒルデナ=アリリードを討てば、混乱に乗じてすべて片付けることはできるだろう。しかしそれをするには、どう考えても他の兵士が邪魔だった。

(協力をとりつけるためには、協力するまで叩き潰すのが最速。)

その思考から、シーヌはそれを申し出て。セーゲル側は、それを了承した。



 ティキは強くなったと、クロイサさんと撃ち合う姿をみてシーヌは思った。彼女が急速に変わりつつあることは、シーヌに抱きついたティキを見て気がついていた。


 ……もう、ティキは恋には恋していないかもしれないな、と思う。シーヌに恋していると自分で思うほど、彼は素直でもなかったけれど。

「ティキ!」

その叫びで、彼女は察した。シーヌの方を振り返り、頷きつつも大量の剣を浮かばせる。

 あれが、ティキの十八番。剣の雨。何度かシーヌが剣を遣うところを彼女は見たから、刺さる時の姿がどんなものかはわかっている。

 それにあの剣には、とても強い意思が込められているのを見てとった。“三念”かそれ以上の……と思ったところで、シーヌは焦る。

 即ち、今の彼には“三念”を防ぐ術はあまりないのでは?と。


 ティキの三念。“信念”“恐怖”。“我、失うことを恐れる”。

 先ほど自分の魔法がシーヌに向かってしまった、その恐怖。ここで力を示さないと、ただの足手まといになるという、それはいやだという見栄からの恐怖。そして、足手まといは捨てられるという、二週間ほど前にチェガに言われた、その恐怖。

 自己完結したわがままを乗せて、その剣は無差別に、訓練施設に降り注いだ。


 剣の一本一本がクレーターを作る。シーヌは一瞬、“憎悪”を思い出して対処した。対象が前にいるときよりは遥かに能力は劣るが、その分想像上の魔法の威力を上げて、相殺できないまでも反らすことができるレベルまで魔法を削って、周囲に纏った風で剣を反らす。

 悪夢のような数秒が流れ……未だボロボロになっていても健在のセーゲルの最高戦力と、疲れはてても傷一つ負っていないシーヌと、剣を浮かべて結果を眺めるティキがいた。




 聖人会が、この三念を持っている理由が、よくわかった。ある意味、上手すぎるくらい上手く作用していた。

 私たちの攻撃はすべて対処されるが、彼らの攻撃も私たちには致命傷にはならなかった。

 ティキ=アツーア=ブラウは冒険者組合員だ。想念の剣の雨を浴びて、はっきりと理解させられた。“要塞”が力を全力行使して、私が“庇護”でナミサを全力で護って、その2つの護りを“授与”が強化して。


 無差別魔法に“錯乱”は効かない。発動前であれば私たちの方へ来ないようにできたかもしれないけれど、もう行使されてしまった魔法に干渉するのは難しい。

 “自由”なら多少逃げさせることはできるだろう。でも、転移先が剣の真正面でした、では話にならないから使えない。


 “調教”なんてもっての他だ。そもそも彼女は、兵士と獣の育成のための要員なのだから。

 シーヌは……威力を削って、速度を落として、脇に反らすという作業をしている。何のためらいもなく、そして一つの手落ちもなくそれをやってのけるのだから、彼もとんでもない化け物だ。

 ワデシャは私たちの影からたまに矢を射って、見事に相殺してのけている。さっき五連続で射てそれぞれが別々に相殺したのを見たとき、彼の実力の底をようやく垣間見た気がした。


 つまり。ワデシャ=クロイサは、距離をとって弓矢で戦う限りにおいて、冒険者組合員の最底辺と互角に渡り合える……一人の化け物だ、と。

 止んだ。シーヌは疲労が見えるが無事。私たちは止めきれなかった剣のかすり傷を何本か受けている。カレス将軍は……私と“要塞”以外に飛んだ剣を全て叩き落としていたらしく、満身創痍ながら疲労が見えない。


 もしかしたら、セーゲル側では彼が一番化け物なのかもしれない、とうっすらと思った。ティキがシーヌの側まで駆けていく。

 私たちは、もう自分達の力を使う余裕を、あまり持たなかった。魔法は想像力と意思の発露。つまり、それを発露し続ける気力がなくなれば、使えない。

「まずい、“要塞”!使えるか?」

エーデロイセが叫び声をあげる。無理だ、と首を振られた瞬間、その信じられない光景は起こった。



 “幻想展開・凍土”。死にそうになりながら訪れた、北の極地。

血すらも凍るような寒さの中、血流操作といういらない技術を身につけた。

 それが、その地獄がこの場を支配する。ほんの数十秒。いくら“要塞”といえども、気温の変化には対応できまい、と思った。


 だからこそ、寒さに体が驚くのをやめたその瞬間を狙って今度は“幻想展開・溶岩”を展開する。寒さに慣れた体では、この熱にも抗うのは難しいだろう。

「問おう。降伏するか、まだ戦うか?」

彼らに程近い溶岩から、マグマを噴き出させた。これを使えばいつでも焼ける、というメッセージを込めて、だ。

 それを見て、“要塞”“錯乱”“調教”の顔色が変わる。

「わ、わかった!私たちはお前たちの実力を信頼する!」

譲歩を引き出したのならば、これでいいと思って、声をあげようとした。

「待って、シーヌ?」

ティキが声をかけてこなければ、ならこれで戦闘終了だと言っていただろう。

「あなたのいう私たちって、誰のこと?」

その一言が、三聖人の表情を凍りつかせた。

……二字熟語、思い付かなくて造語になりました。

どうしましょう……日本語の勉強?

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ