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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
隻脚の魔法士
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4.世間知らず

「どういうこと?」

ティキは、シーヌが言っている言葉の意味を全く理解できなかった。

(裏切りが許される?強奪?そんな試験、あっていいの?)

彼女は、自身が世間知らずだという自覚は持っていた。冒険者になっても、誰かを頼って、社会勉強をしてからでないと自力で生きていくのは無理だ、と思ってもいた。

 しかし、それは冒険者の資格を得てからでも十分に間に合うものだと思っていたのだ。認識が甘すぎる、と言わざるを得ないほど、彼女は社会を知らなさ過ぎた。

 彼女は貴族の娘だ。貴族としての家名は知らない。

 彼女の姓であるアツーアとは、父と母が結婚したときに自分たちとその子供だけに付ける名前だった。もしもティキが結婚して子を生せば、その子はアツーアの名前は名乗らない。彼女とその夫が考えた苗字を名乗ることになる。

 例えばティキと誰かが結婚したとする。その二人が、お互いのためにつけた名がヒンメルだとすれば、ティキはティキ=アツーア=ヒンメルを名乗ることになる。息子が生まれて、その子の名前が仮にアーサーだとすれば、その子の名前はアーサー=ヒンメルとなるのだ。

 この世界の結婚制度はこういうふうに複雑怪奇である。誰がこの制度を始めたのかもわからない。

 昔から、祖父と孫は、血縁的にはさておき名前的には何のつながりもないことになる。

 もちろん、貴族や王族もその限りであり、同時にその限りではない。彼らは、自身の名と両親の名、結婚相手との名以外にも、4つ目の貴族、王族としての名を持っている。4つ以上の名を持つ者は、基本的に特権階級であるのだ。


 しかし、ティキは政略結婚の道具ですらない。彼女の嫁ぎ先はもとより決まっていた。実の兄の元である。

 理由は簡単で、よくある話だ。血の濃い子孫を残すためである。市井では近親婚は悪魔の所業として忌避されていることであるが、貴族では暗黙の了解で流されることがある。彼女はその暗黙の了解のもとで、何も知らずに監禁生活を送っていた。


 そういう家庭事情で、ティキは自身の名を知らない。ティキ=アツーアであることは知っていても、貴族の娘でありながら貴族の名を知らなかった。

 そもそも血を残すための女であるなら、リュット学園衛生魔法科にいる意味はない。行く必要もない。しかし、貴族の家としては、そしてより濃い血を残すだけでは意味がない。より優れた血族を残さなければ意味がない。


 だからこそ、ティキの才能をしっかりと知るために、リュット学園衛生魔法科に通わせる必要があった。正確には、信頼できる御用達の学院に通わせる必要があったのだ。

 それが、その貴族にとって仇となった。手間を面倒がらずに自宅監禁のもとで才能を精査すればよかったものを、ティキに外界に触れさせる機会を与えてしまった。

 だから、ティキはその学園で少しだけ社会を学び、己の世界の小ささを知って……外に出たいと切望し、それが出来る手段を必死に探した。


 その学園の図書館に入り浸り、社会に関する知識を集められるだけ集めようと努力した。外出は禁止されていて、本を読む以外はできず、実際に世間を知ることはできなかったものの……だからこそ、彼女は自らの願いをより一層強くすることになった。

 本の中の憧れだけではない、実際自分で目で見て体験できる世間、社会を知りたがった。どうしても、知ってみたいこともあったのだ。

 そうして一途に外への憧れを抱き、精力的に外に出ようとしてきたからだろう。彼女は一つの道をようやく掴んだ。冒険者組合に入るという道である。


 冒険者組合に入った者は、自らの意思と行動責任以外の、あらゆる枷から解き放たれる。ティキはそれを知ったから、冒険者になろうとした。今、この試験に受かろうとしている。理想を現実にしようと、魔法使い的な考え方で、ティキは今この場まで出てきていた。


 両親にすべてを隠し、ここまで渡ってくることにも成功した。順調に全ての関門を突破し、もう目前に憧れの世間へ旅立ち、家には帰らないための最後の門がそびえ立っている。なのに、なのに。

(こんなに世間って厳しいものなの?)

世間知らずの箱入り娘は、悲しいかなあまりに現実を知らなさ過ぎた。もし、彼女と組んだペアがシーヌでなく他の者だったら、彼女は騙しやすい絶好のカモだっただろう。


 彼女はすでに、心の一部が折れかけていた。しかし、それでも長年抱き続けた世界への憧れは、まだ彼女が諦めることは許してくれていなかった。

 シーヌはその辺の詳しい事情までは推し量れないまでも、彼女が社会も、人間の醜さも大して知らないのだろうと見当はつけられた。そして、心の中で目を覆った。

(ほんと、大した育ち方をしてきているよ)

シーヌは皮肉ではなくそう思う。そして、一層庇護欲が掻き立てられる。

(彼女と組んだのが僕で良かった。この奇跡を、得られてよかった。)

彼は、彼女とともに絶対に試験を受かろう、と決意した。彼女を守るのは、彼自身でありたかった。今回の試験で、彼女は必ず自分を頼るようになる。それはもしかすると、シーヌが何もしなくてもそうなるのかもしれない、と彼はふと思った。


 しかし、自身で何もせずに好きな人の心を得るのは、彼も何かに負けたような気分になる。だから、シーヌは自分の想いとプライドのために、彼女とともにいられるようにする術を整え続けよう、と思った。

 そのためにも、まずは二人でこの試験を合格しなければいけない。だから、彼は容赦なく彼女に現実を叩きつけることにした。

「いい、他の受験生は競争相手である以上に、敵だ。もし金のカードを傭兵から奪い取れたら、今度は他の受験生から奪われないように注意しないといけない。」

必要最低限の心構えについて説明する。他の脅威は、シーヌが一人で解決しようと思っていた。彼は自分がそれをできると信じていた。


 彼は、冒険者組合に、可能な限り名を上げて入ろうとしている。名があるものが多くいることが冒険者組合の基本である以上、そうしておかないと冒険者組合には入れても、組合員だと信用してもらえないことがわかるからだ。

 そして現状一番有効な名声のあげ方は、ガラフ傭兵団の名のある傭兵を倒すことだ。可能ならばガラフ団長を討ちたいところだが、それは赤組の少年がやろうとしているのだろう、と踏んでいた。


 今、赤組と青組以外の他の受験者は信用できるものや実力のあるものと組もうと、腹の探り合いをしているだろう。他にも最初からペア参戦している者もいるもかもしれないが、それは少数であることは説明会場の雰囲気で見て取れていた。

 皮肉なことに、シーヌは彼女の無知のおかげでそれをしなくてよい。しかもティキが裏切る心配をしなくても良かったことに、心底安堵している。その理由が裏切りという手段を取れないほど世間知らずだから、という事には少しとは言えないほどの不安があるが。


 ある程度のプライドのあるシーヌが合格するには、手段を選ばないといけないのだ。無様な合格など、彼以外の人間に許せても彼には許せない。

「城壁の南門から外は、あまり人の手が入っていない。獣も多いはずだ。傭兵を追いかけて、他の受験生から逃げながら、獣を追い返さないといけない。」

 そもそも獣に殺されないように、気を張り続けておかなければいけない。傭兵たちに攻撃される恐れも、皆無ではない。


 彼はその中で、正攻法で合格する、その難易度を想像している。それがどこまで正しい想像なのかは、試験本番まで確証を持つことはできない。

 しかし、何度も言うがシーヌは自信を持っていた。合格するために最も難しい道を選ぼうとするほどには、合格条件に自信があった。好きな人の手前、無様は見せられない、という意地もあった。そして、高い難易度に挑むだけの理由も、彼の中では持っていた。

 しかしティキはその限りではない。覚悟も甘いものである。ティキにとっては一生を決める一大事なのだが、何せ彼女は社会の厳しさを知らない。それに、困難でない方法を理解できないだけで、わざわざ困難な道を進む理由もない。


 だから、そのセリフを聞いて、いまだに現実に帰り切れてはいないなか、あまり大きな問題点とはならない、最後の一言にのみ反応した。

「外の獣って、どんなものなの……?」

もちろん、名や生態はティキもいくつかは知っているだろう。リュット学園にいたのであれば、その程度の知識は与えられていなければおかしい。

 しかしティキは、その知識はあっても、どういうものかを想像することが全くできない。見たこともなければ、想像できるほどの危険が身に迫ったこともない。


 ああ、そこからか、とシーヌは頭を抱える。いくら自信があっても、足手まといと呼べる人を抱えても大丈夫と宣言できても、ここまで無知な人を抱えて自信を維持し続けるのは、正直難しかった。

「見に行こうか……」

 だから、シーヌは、現実を身近で見ることがまず大切だと判断した。やってみせないといけない。知らないならば、知れるようにはしなければいけない。

 試験に合格したいのならば、試験の難しさを想像できるくらいにはなっておいてほしい。それがシーヌの、正直な感想だった。

 そして、ここが冒険者組合であることを考えると、きっとそれくらいなら見られるはずだった。


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