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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
竜呑の詐欺師
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起床

 ティキが涙を流す姿を、シーヌは初めて見た。彼女は、シーヌを抱きしめて、彼を失わなかったこと、彼女が生きる術を失わなかったことに、歓喜の涙を流していた。

 シーヌは驚いて彼女を見る。その涙、その表情に、シーヌ自身の無事を祝う意味も込められているのに気づいて、彼は更に驚いた。


 驚きすぎて、しばらく状況が飲み込めなかったほどだ。わずかに嗚咽を漏らす彼女の頭を、ポンポンと撫でる程度のことしか出来なかった。

「起きたか、シーヌ=ヒンメル=ブラウ?」

何度か聞いた、しかしその時よりも精気の溢れる声に、目を向けた。


 ご老体だった。冒険者組合の支部にいた、あの老人だ。

「ここがセーゲルだということは、わかるな?」

あぁ、と答えようとして、答える気力がないことに気づいた。思った以上に、力を失っているらしい。

「君は一度、死んだ。そして生き返った。」

急に老人らしい声音で言った。死んだのか、やはりと彼は胸中で思う。


 ガレットの矢が自分の胸を貫いたことはわかっていた。だからこそ、生きているのは不思議だった。

「どう……やって……です、か?」

辛うじて絞り出すように問われたそれに、老人はギュッと目をつぶる。それが言いにくいことであると察しても、止めていいという言葉を紡ぐ力を、シーヌは持っていなかった。

「“犠牲の聖女”キャッツ=ネメシア=セーゲルが、魔法概念“奇跡”を行使した。」

その部屋には、シーヌとティキと、そして老人しかいない。冒険者組合員しかいない。

 もしかしたら、冒険者組合の中では奇跡の存在は当たり前なのかもしれない、とシーヌは思った。

「……奇跡?」

ティキが顔を上げて問いかける。やはりあれは奇跡なのかと、問いかけるように老人を見つめる。

「ああ、奇跡じゃよ。存在を認知はされておるが、行使条件も何もわからぬ、奇跡じゃ。」

しかし、それについては詳しい話をしようとせずに、老兵は言った。


「わしはバクーリダ=フェディア=セーゲル。かつて“空墜の弓兵”と呼ばれた冒険者じゃ。」

その言葉と、シーヌを救った聖女の名前。そしてその二つ名は、シーヌにある確信を抱かせるに十分だった。

「……お悔やみを、申し上げます。」

彼の妻は、シーヌを生かすために死んだ。その聖女の思惑がどうであれ、それは認識しておかねばならないことだった。

 その聖女がどういう女だったのかは、シーヌには知り得ない。


 顔合わせすらなかった女だ。しかし、“奇跡”を行使した以上、並みの実力者ではなかっただろう。

 仇だけを前にしたシーヌのように、いやそれ以上に、セーゲルにとって切り札だったに違いない。

(そうか、そういうことか)

“犠牲の聖女”ということは、アフィータ言を信じるなら“身代わり”。

 存在しない、とアフィータが言って、しかし存在したことを考えると、秘匿戦力。

 きっと、この街にはアフィータが言葉にしていた八聖人、全てが揃っている……揃っていたに違いない。そうシーヌは確信した。

 “犠牲の聖女”の扱う奇跡は、その名の通り「犠牲」、「身代わり」。ということは、実戦向きの奇跡ではなく。


(命の、代償か。大きいな。)

一人、奇跡能力者の命の分、シーヌはセーゲルのために戦わねばならないのだと思う。それが、“犠牲の聖女”の思惑であるのだと、思う。シーヌはバクーリダを見た。望みは受け取ったというように一つ頷く。

 それを見て満足したのだろう。老人は扉から外に出て、代わりに別の男が入ってくる。

「初めまして、シーヌ=ヒンメル=ブラウ。私はエスティナ=フェディート。“治癒の聖人”です。」

もう老齢に達していそうな彼は、ティキに離れるように言って引き剥がしてからシーヌの肩にポンと触れる。


 不思議と危険だと警鐘が鳴ったりはしなかった。敵意も殺意も害意も感じなかった。

 パアァッっと光がシーヌを包み、体を覆っていた気だるさが和らいでいく。“治癒の聖人”はただの疲労にすら治癒の権能を宿せるらしい、と苦笑した。

 普通、意思の力で疲労なんて治せるはずがないのだが……奇跡能力者もいたことだし、聖人会ならあり得るのかもしれない、と割りきった。

 シーヌはゆっくりと起き上がる。手を握って、開いて。伸びをして、足を布団の中から地面に下ろす。

 ゆっくりと体を起こした。少しだけ体が硬いが、それでもすんなり動けた方だった。


 きっと死後硬直が始まる前に蘇生されたのだろう。奇跡でもなんでも、蘇生なんてするにはいくつかは叶えるべき条件があるだろうから。そんなことを考えながら、部屋の回りをぐるっと一周する。

「体の調子は良さそうですね?」

「ええ、ありがとう。まだ完璧とは言えないが、多分大丈夫だと思います。」

「そうですか、それでは早速なのですが。」

エスティナはシーヌの様子をじっくり見てから、扉の前に立って言う。

「ついてきてください。軍議の場まで案内します。」

さっと身を翻して先導し始める。丁寧な扱いかと思えば今度は有無を言わせぬ彼の行動に、統一感のない彼の動きに、シーヌは何か焦りを見てとった。

「……ティキは、どうする?」


泣きはらした跡の消えない目の回りを見ながら、ついてこないかな、と思いつつシーヌは聞く。

「ついていくよ。私はシーヌの奥さんだもん。」

聞いて、シーヌは目を丸くした。自分が死んだショックで頭がおかしくなったのかもしれないと疑った。

「本気で……言ってるんだな……。」

目を見て、正気も確認して、我を忘れて呟いた。

 しかし、今はそれについて深く考えている暇もない。頭を振って気を取り直すと、エスティナの後を追いかける。


 周りの壁は黒く、灯りも少ない。道は人一人が通れる程度の幅でしかなく、高さも二メートルあればいい程度の高さしかない。

 しかも、さらに地下への階段がある。シーヌは想念を操って自分のいる場所を探っているのだが、地下20メートルは越えていないかも、程度の地下だった。

(……深い……)

どういう秘密を抱えているのか、あるいは聖人会の存在の秘匿のためだけにここまでしているのか。

 わからないまま後を追う。そういえば、セーゲルは新興の街だと記憶していた。

(これからのための、地下施設か……!)

 ルックワーツがなければ。彼らのここ20年の暗躍がなければ。


 数百年の歴史を持つ聖女会とともに、この街はより発展していただろう。街は発展と共に闇も深くなる。その為の、この細く、暗く、深く、広い地下なのだと、シーヌは気づいた。

 シーヌの先を見たいという意思と、空想の目が彼の周囲を探るというイメージが発動させた索敵魔法は、この先の地下はないと伝えてくる。

 目の前には扉が一つ。スッとエスティナがそれを開いた。

 そこには、聖人会の、エスティナを除く残り6名。カレス将軍とその副官とおぼしき男。ワデシャ=クロイサ。そしてあの老人……バクーリダ=フェディア=セーゲル。


 おそらくこの街の最強勢力が、とても硬い表情で集まっていた。

これから三章、『竜呑の詐欺師』編です。

少なくとも六章までは伏線をばら蒔く予定ですので読みにくいかもしれませんが、ぜひ読みに来て、あるいは読み続けてくれると幸いです!

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