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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
伝統の聖女
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犠牲

 逃げ切れると、思ったんだ。

 ここがどこかも、相手が誰かも忘れて、逃げ切れる歓喜に心を震わせてしまっていたんだ。

 翼は良好、もう少し。もう少ししたら、逃げ切れる。


 夜闇に紛れていた。この夜に、警戒が甘いところもしっかりと見つけていた。

 下から竜の咆哮が聞こえた。上位の竜。『赤竜暴走事件』の時に名付けられた、その名はクトリス。

 あの詐欺師は自分の切り札を惜しげもなく投じてきたらしい。咆哮が聞こえたときから気づいてはいたが、よほど暗殺されかけたのが腹に据えかねたのだろうか? 


 だが、僕の跳躍と、風による体の押し上げと、そして翼という、空を翔ぶという概念の塊と。

 これだけかければ、城壁を上るくらいならばわけはない。

 ……邪魔さえ、入らなかったのなら。

 城壁をこえる寸前、何かが背を、それから胴を、貫通していった。何だ、何が起こった?

 気づいた時には背から翼が消えている。それを維持するだけの気力がなかった。

 慣性のおかげで、城壁は易々越えた。あとは落ちるだけ……城壁の中、赤竜の真上へ。


 それはダメだ、と思った。捕まるわけにはいかない。

 生きているのがほとんどあり得なくて、あと数瞬で死ぬとしても。仇の手で死ぬとしても。

 その無様を、仇に見せることは勘弁だった。ましてや今は逃走中、戦闘の最中に殺されるのとは訳が違うのだ。

 祈った。逃げ切ることができるように。

 思った。風よ、僕を吹き飛ばせと。

 何かの衝撃があった。無意識にイメージをしたのか、何かのサポートがあったのか。

 その衝撃に、ティキを感じた。次の瞬間、僕は、意識を失った。




 シーヌが矢に貫かれた、それを目にした瞬間、私は茫然自失とした、と思う。

 彼は死なないと思っていた。奇跡じみた彼の運を考えたら、あの時のシキノ傭兵団と戦った彼なら、負けないと信じていた。

「シーヌ!」

落ちてくる彼を、その速度を、魔法で緩める。彼に意識があったら、人に魔法をかけられることに抗うはずだ。


 なのに、彼は抗わない。意識が、ない。

 私の意思に簡単にその身を委ねてしまうのは、魔法に対抗できないのは、そういう証拠。

 ゆっくりと抱き止めた。抱き止めた腕が、彼の血に染まる。

 ……あぁ、あぁ。私は、彼を失ってしまった。私は、夫を、失ってしまった。

「シーヌ……」

いやだ、いやだ。死なないでよ、シーヌ。

私とあなたは結婚したんだ。私はあなたに縛られているんだ。

 彼方がいないなら、私は生きていけない。


 生きる術を、私はあなたに依存しているのに。




 少年は、亡骸となって目の前で愛しい人に抱えられている。

 悲しいかな、抱えている人は彼のことを愛してはいない。

 生きる手段として、彼を抱え込んでいる彼女が泣いている理由など、彼が死んだからではない。

 シーヌさんが死ぬことで、彼女の生きる術を失っているからだ。


 しかし、愛情がないからといって彼女に恋情がないわけではないらしい。

 なぜならば。本物の悲しみの涙、彼を想って流す涙もこの中にはあるからだ。

 どうしてわかるのかは、わからない。もしかしたらこれが大人の勘かもしれない。

 ……私とシーヌさんの二人で、師を倒す。それが、出来ない。私一人で、師を討たねばならない。

 城壁の向こう側から咆哮が聞こえた。勝利に酔っているかのようだ。

 あぁ、酔えばいいさ。本当に投げやりにもなる。

 これで、“錯乱の聖女”と彼のせいで、セーゲルは間違いなく、滅ぶのだから。


 ルックワーツの人間に、セーゲルを攻める理由を与えた。『赤竜殺しの英雄』を暗殺しようとした、という正式な理由が。

 彼の胸に空いた穴から、ガレットの気配がする。彼の三念、“必中”と“貫通”の気配がする。

 あぁ、私の人生は、終わった。そう、思った。死ぬ前に、アフィータにプロポーズくらいは、したかった。

 彼女に結婚を申し込むときは、ルックワーツの問題を全て片付けてから。

 ああ、かつての誓いが、恨めしい。




 彼は、強かったのか。それが私にはわからなかった。

「結局死んでんじゃねぇか、シーヌ=ヒンメル=ブラウ……。」

“錯乱の聖女”エーデロイセ。今回の騒動の責任は、そう、この私にある。

 勝てないだろう。私は、彼に。ルックワーツの中枢に入って、外に出てくるなんて、私にはできない。

 かし、死んでいる。生きていたら、膝を折って、頭を垂れて謝罪してもいい。


 上から目線ではある。わかっている。それでも、私は彼にそこまでしてやってもいいと思っていた。

 死ねば、ただの亡骸。昔誰かがそう言って隠居したらしいが、本当にその通りだ。

 シーヌ=ヒンメル=ブラウは、そこにはいなかった。ただ1つ、シーヌ=ヒンメル=ブラウと呼ばれた何かが転がっているだけだった。




 やられた。私は、膝から崩れ落ちた。最後の賭けに、私たちは負けた。

 セーゲルが滅びるか、ルックワーツが滅びるか。それを握る鍵は、新米最強組織の人間が握っていたのに。

 彼としっかり話しておくべきだった。認めがたいことだが、カレス将軍はもしかしなくてもこれを見越していたのではなかろうか?


 私たち聖人会はよくも悪くも聖人としての技量を誇りにしている。

 最強組織の戦闘者たちにも、簡単には負けないと自負していた。未だに、ガレットの首すらとれない分際で。

 ……いいや、違う。ルックワーツの超兵の一人すらも、討ち取れていない分際で。

 あぁ、あぁ、あぁ。初めて、自分達の過ちに気が付いた気がした。

 シーヌ=ヒンメル=ブラウとティキ=アツーア=ブラウ相手に、私たちは下手に出ないといけなかった。

 上から目線で話すにしても、あくまで街としてではなく村として対処すべきだった。

 私たちは、セーゲルは、シーヌという人間の価値を、高く買っていた私たちも含めて、見誤った。

 新米冒険者組合員という事実に目を引かれ、新米という冒頭句に踊らされて、彼を見なかった。


 シーヌ=ヒンメル=ブラウ。ルックワーツの超兵100、一般兵2900、上位の竜、赤竜クトリス。そして、『溶解の弓矢』。

 それら全てから逃げ、高い城壁すらをも上りきったもの……そして、死んだ者。

 それが、シーヌ=ヒンメル=ブラウという、最強組織の一員だった。




 結局誰も、シーヌという人間を見やしない。

 ほんと、愚かで、バカバカしくて、笑ってやりたくなるガキどもで、憐れんでやりたくなる少年だ。

 少年は憐れみは欲しくないだろう。彼はそういうものだと割りきっているだろう。

 アフィータはきっと、周りを見るのに必死だったのだろう。未だ四年ほどしか聖人会にいない彼女には、まだ余裕何てない。

 エーデロイセはきっと、彼がクロウの生き残りだと信じられていなかったのだろう。最初から笑い話にしていたから、彼の業に耐えられなかった。

 ワデシャ=クロイサは彼と自分の実力を間違えている。戦闘の相性も考えていない。


 遠距離同士で組んだろころで、ガレットが討てるわけあるまい。上位の竜を捕獲するのはね、殺すよりも遥かに難しいんだ。

 ティキは……彼女は、冒険者組合員らしい。自分のことしか考えていないところは、特に。

 しかし、ほんの二週間ほどで、少年を少しは自分のことと思い始めた。少年は、二年ほどで、ティキの身内、彼女自身になるだろう。




 シーヌという少年の、幻想展開を見た瞬間、彼の覚悟のほどを思った。

 灼熱の砂漠。凍りつくような凍土。地獄のような溶岩の中。

 彼は、本当に、復讐の道を歩む覚悟を決めている。だからこそ、あの自信だったのだろう。

 彼が奇跡を持っていると言われても、わたしは信じるだろう。

 もう少し若ければ、血を躍らせながら彼を応援しただろう。


 きっと、きっと。バグーリダもそれを感じてあの資料を解放したに違いない。いや、それは単に、冒険者組合員だからなのかもしれないけれど。

 いや、わたしは十分に、血を湧かせてはいる。興奮してはいる。

「アフィータ!」

「は、はいっ!」

まだ若き、私の孫のような年の“護りの聖女”が声を張り上げて返事をする。

「シーヌをここに連れてきな!まだ彼は救えるよ!」

「本当に!?」

即座に返事をしたのは、彼に依存したティキという小娘。

 依存対象に帰ってきてほしいのだろう。

 叶えてやるさ、と思った。しかし、少年が死んだことには嘆いていない人間がここまで反応を示すとは……驚きとしかいいようがない。

「ティキ=アツーア=ブラウ。あんたは、ブラウという名を持っているんだよ?」

彼にも何か役得を、与えておくべきだろう。生きて復讐した、その後の生き方を選ぶ猶予を、作り上げておくべきだろう。

「は、はい?」

それはわかっているというかのように、首を傾げている彼女に、笑って言った。


「結婚したなら、式くらいはあげておけ。なに、あんたから頼めば、シーヌは喜ぶさ。」

あの前置きのあとにそれを言われたことが驚きだったのだろう。表情を固めている。

「アフィータ、彼らが式をあげるまで、セーゲルは彼らを街の外に出すことを禁止するよ。」

なに、騒動が終わるまでは式を挙げる余裕もなければ、シーヌたちが外に出ていくこともない。

「カレス将軍、いるかい?」

「はっ、ここに。」


「帰ってお前の父上に、今のセリフを伝えるように。」

それを聞いて、カレスはうっすらと涙を浮かべた。やはり、意味を悟ったのだろう。

「発言してよろしいでしょうか?」

「後にしな、時間も少ないんだ。」

その直後に亡骸が目の前に運ばれてくる。

 本当に、ただの亡骸だ。あの魔女のいうこともよくわかる。


 しかし、人はその姿ではなく生き様に価値があったのだ、と、彼から漏れ出る憤怒の念を見て、思う。

 物語の女は、それに気づけぬという地獄で生きているのか。

 最後の戦友を、思った。わたしよりも遥かに長寿な彼女のことを。

「ガセアルート。ガセアルート=ペディヴィット=アネイト。あんたがこの先の指揮を執れ。」

“授与の聖人”にそう告げた。そこにいた大将首たちは、次々とようやく私がすることを気付き始める。

「“護りの聖女”、“自由の聖人”、“授与の聖人”、そして“要塞の聖女”。あんたら四人の誰かが、いつかきっと、これに目覚める。」


長い、前口上だ。死へと旅立つものから、遺されるものへの。

「いいかい、これが、奇跡……“犠牲の聖女”の神業だよ。」


魔法概念“奇跡”。その区分は“希望”。冠された名は“その傷は己にあり”。


 死の傷すら身代わりになる、かつて“身代わりの聖人”の神業にして、あまりに露骨すぎるがゆえに彼女が改名した、その所業。

「息子よ。いつか、墓前に、まごくらいは、つれてこいよ。」


「は、母上……おやすみ、なさいませ。」

「セーゲルは、任せたよ、我が夫……」

そう、最後の言葉を残し。誰かに抗議させる間も無く。

 キャッツ=ネメシア=セーゲル、“犠牲(いけにえ)の聖女”は、シーヌの傷を余さず自分が受けたことにして、死んだ。

 代わりにはには気を失ったまま、心臓の鼓動を再開させた“復讐鬼”シーヌの、生きた姿が横たわっていた。

 

ブクマ、評価等いただけたらモチベがあがります。

というかそろそろ増えてほしいです。

次回で伝統の聖女編は、終わります。

予定よりも、とばしすぎました。

いずれ編集して、多少文字数変動するかもしれません……

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