未遂
遅れました!ごめんなさい!
四日あれば、セーゲルは動いただろうか、とシーヌは思う。彼らは単独ではないから、シーヌのように空を飛んで移動するわけにもいかないはずだ。
シーヌよりも遅く、彼らはここに来るだろう、と推測する。シーヌが昼夜貫徹して行軍し、まる一日だ。馬で来るなら、一日半。
(僕が街を出てすぐにティキが気がついたとして、セーゲルの聖人会が認めるのはおそらく二日後。早ければ、もう着いている頃、かな?)
もしも、セーゲルの聖人会が一枚岩ではなく、シーヌに価値を見出しているものが一定数いるならば、彼を助けに来るだろう。
その前に、騒ぎが起きる前に、シーヌは全てを終わらせてしまいたかった。
(まだ来ないでくれよ、セーゲル。ティキ、クロイサさん、アフィータさん。)
どうしてか助けが来ることが前提の意識になっていることに、シーヌは気がつかない。ついさっきまで一人ですべてを成し遂げようとしていたことなど、記憶の彼方にとんでいる。
もうこの換気孔の中にこもって、何時間が過ぎただろうか。シーヌは心の中で数えていた数字を時間に計算し直す。そろそろ八時間にはなる。それなら集中力も途切れ始めるはずだった。
一番近く、彼が飛び降りる予定の穴から声が聞こえ始めた。ようやく、ようやく会議が始めるらしい。今この時刻は夜十時。市一つを左右する会議を始める時間としては、遅いとは言えない頃だ。
「さて、全員席に着いたか?着いたな?よし爺、始めてくれ。」
下の人数を探る。ガレットを含めて、六人。この市は、たったそれだけの人数で意向を決め、政策を決め、人の営みを動かしているらしい。ここは一応ネスティア王国の一都市だったよな、ルックワーツ帝国などではなかったよな、と彼は疑問に思った。
「それでは、会議を始める。今回は、ルックワーツ市のセーゲル侵攻について、だ。」
ガレットと爺以外の四人が興味深そうに身を乗り出して、聞いた。
「ちょっと被害が出るからやめとくとおっしゃられませんでしたか、以前。」
ちょっと、という部分でピクリ、と眉が動いた。防衛戦において、セーゲルはルックワーツに負ける要素はほとんどなかったはずだ。聖人会は彼らに負けるほどやわな魔法士ではないはずだった。
「ああ、しかし、そろそろ国が動く可能性も大きくなってきていてな。」
斥候が、厄介極まる情報を持ち帰った。我々ルックワーツが所属する国、ネスティア王国が四人の冒険者組合員を雇ったという話。
それだけなら、問題なかった。国王が、ルックワーツを地図から消すという話を吹聴していないなら、何の問題もなかった。
ネスティア王国国王は、この市を消したいのだ。いや、正式には、俺と、俺の部下、超兵たちを消し去りたいのだ。
人の分に反した力は恐れを招く。冒険者組合員は、同質が寄り集まり互いを半監視状態に落ち着けることでそれを誤魔化した。
しかし、俺たちはそうではない。俺を戴く化け物たちが、俺の街に寄り集まっている。セーゲルなどは、目ではない。一国に匹敵する戦力を、俺たちは持っているのだから。
「落ち着け。一人一人が上位の竜並みの力を持っているのだ。こうなるのは必然だ。」
俺がずっと落ち着いていれば、部下たちは勝手に落ち着く。そして実際、一言だけで部下たちは落ち着いた。
「冒険者組合員、それもセーゲルの奴とは全く別。俺たちに勝ち目はない。だったら俺たちの本気を見せてやってもいいだろうよ。」
その言葉に、皆が血が騒ぐかのようにどよめく。ここに死を恐れるようなものなどいない。死を恐れるようなら、超兵にはなれない。
「もちろん!ただ負けるのも癪だ!全身全霊をもって国と戦い!俺たちを拒んだ国に精一杯嫌がらせをしてやろうじゃないか!」
さすがに絶対敗北宣言は士気にかかわるが、それでも俺たちにとっては無駄死にじゃないとこいつらに思わせる必要がある。
まあ、無駄死にであることには変わらない。しかし、冒険者組合員、それも正式なものと戦えば、俺とて負ける。
こいつらは、俺の願望……一人でも多く、道連れにしたいという願いに、付き合わせようとしているだけだった。
「ガレット様。セーゲルとは全く別、というとセーゲルも冒険者組合と手を組んだ、というように聞こえますが……?」
「ああ、その通りだ。奴らは奴らで、手を組んだ。しかし、今年の試験で合格した奴らだ。まだ、本来の冒険者組合員よりはるかに弱い。」
手を合わせた。だからこそ、断言できる。あれ相手なら、昔一度不覚を取ったとはいえ、間違いなく倒せる。殺せる。
「あれは俺がやる。冒険者組合員であるよりも、奴はクロウの生き残りとして生きることの方が大切なようだ。なら、確実に俺の命を狙いに来るからな。」
クロウの生き残りと聞いて、俺とあいつと戦った隊長以外がどよめいた。『歯止めなき暴虐事件』のだと?や、そんな馬鹿な、という声が、この場を支配する。
今度の動揺は、止めなかった。動揺するだけすればいい。そうすれば、後で動揺しなくなる。
「よくわかっているじゃあないか、竜呑の詐欺師。」
「あれは俺がやる。冒険者組合員であるよりも、奴はクロウの生き残りとして生きることの方が大切なようだ。なら、確実に俺の命を狙いに来るからな。」
そう言ったガレットの言葉に、俺は笑う。そうだ、その通りだ。
冒険者組合の人間の大半は、己の野望を持っている。当たり前だ。要は組織の名を借りた、実力者が自分の利益のみで集まった集団。
協調性という事のみでいうと烏合の衆と変わらない。その中にあって、その中の人間たるべきと言えるのが、俺なのだから。
俺は、俺の望みのままに行動する。復讐を果たすことが、俺の人生なのだから。
「よくわかっているじゃないか、竜呑の詐欺師。」
いつか、言いたいと思っていた。お前は、詐欺師だ。英雄などではない、と。
詐欺師と、断言したその時には。俺は、その身を穴から躍らせ、毒を塗った刃をその身に当てようとしていた。
「はぁぁぁぁ!!!」
速い!そう思ったときには、俺の刃は戦った隊長によって止められていた。その腕を斬り裂く。
しかし、腕に遮られたことで一本目の毒剣が使えなくなった。ガレットの腕に触れたところで、勢いが止まる。
「チッ!邪魔をするな!」
二本目の刃を腰から走らせる。しかし、奇襲は失敗した。もうこちらの有利は、狭い部屋で一対五という状態だけ。
ドッという音が聞こえた。あの隊長が倒れた音だろう、と早々にアタリを付ける。
その間に刃は、虚空を斬り。連続で出す斬撃すべてが、ガレットにいなされる。
横から別の隊長と思しき男が攻撃を仕掛けてくるのを、“有用複製”の“無傷”で防ごうとして、失敗した。
それに気づいた瞬間慌てて後方に跳び退る。頬を掠めていった熱が痛みを訴える。そんなものに気を取られている暇はない。
「嘘だろ、おい!」
ここにいる六人のうち、二人。すでに斃した隊長と、ガレット。その二人以外は、“復讐”の対象ではなかった。殺すためにある未来の線が、曖昧なものも含めて一つも見えない。
しかし、彼らから出る雰囲気は強者のそれ。間違いなくルックワーツの超兵。
「ふん。ルックワーツの超兵の公表は百だが、実態は四百。彼らは各隊の隊長だ。」
その声に打たれる。四百?人外が、一般の兵に届きえない怪物が、四百。
「お前……やっていいことと悪いことがあるぞ!」
「だから、国がようやく重い腰を上げるのだ!」
飛んできた蹴りを“無傷”によって消し去り、魔法の矢を降らせて距離を開けさせる。
すぐさま爺とやらが仕込み針を投げつけ、他の三人の隊長格が武器を取りに外へと出る。
狭さによる敵の同士討ちの可能性は消えた。ただ狭い部屋で一対二。逃げるが勝ちだ、と判断する。
もしも、爺も武器を取りに行って完全な一対一の状況を作り上げていたならば、確実に殺せたかもしれない。いや、この詐欺師の身体能力なら、状況を整えないと無理かもしれない。
しかし、どうにしても俺は、失敗した。だから、逃げる。致命傷を与えるような魔法を次々生み出してはガレットと爺に向けつつ、後方の壁、その先の壁の組成を徐々に脆くしていく。機会があれば一瞬で破壊できるように。
同時に、左右の壁とその先も脆くしていく。正面以外の壁は、何かしらの衝撃が伝われば崩れ去る。そこまで脆くしきる直前、ガレットが動いた。
弓矢。おそらく、魔法。彼は赤竜殺しを達成する前は“溶解の弓矢”と呼ばれていた弓使いだ。
それなら、魔法に必要な現象の想像。弓矢を具現化するだけの力は絶対あると思っていた。
矢をひゅっと放つのを、視界におさめた。“無傷”で無効化するのはできるかもしれない。いや、できるだろう。
(そういうわけには行かないよ!ジリ貧になるだけだ!)
何か心の声が聞こえた気がした。そのとおり、ジリ貧になる。
復讐するべき仇はこいつだけではない。逃げるが勝ちだった。
軌道を読んで避ける。きっとまだ魔法にはなれていないだろうから、“必中”や“追尾”辺りの技術は持っていないだろうと思った。
案の定、シーヌの脇をすり抜ける。すり抜けた魔法の矢は、少し後ろの壁に……当たった。
外れた瞬間に、矢の軌道をイメージから消せば、矢は消えただろう。しかし、そうはならなかった。
彼が魔法に未熟だから。シーヌには好機が訪れる。
三方が、三方の壁が、轟音を立てて崩れる。後方の壁が崩れたのにつられて、他も崩れた。
一瞬の間。驚きで声を失い、呆然としている男たちから逃げる。
全力疾走。シーヌは風の後押しを受けて、走り抜けていく。
同時に、崩れた壁に潰されていたのだろう、さっきの隊長たちが瓦礫を押し退け、ガレットの方へと走りよる。
一分。強化した体で一キロメートルを走り抜き。
十秒。街の中に入って曲がり角を曲がる。何かの叫び声が後ろから聞こえて、それが何かを知っている俺は血相を変えてスピードをさらに上げる。
何かが走ってくる轟音。それは今、一分で一キロを少し越えるくらいの速さで走るシーヌより、遥かに速い。
十分ほどの逃走劇の果て。シーヌは高くそびえ立つ壁を見上げる。
グググっと脚に力を溜め込んだ。後ろから追ってくる竜の足音など、気にする必要はなく。
跳びあがった。背中から1対の翼を思い描く。
シーヌの魔法によって作られた空色の翼がシーヌを城壁の上に押し上げ……押し上げた。
シーヌの思惑とは違い、押し上げきって城壁を越えた後、翼は消えた。
翼が消えた理由はただ1つ。魔法を使う人間の意識がなくなったから。
城壁の向こう側にはセーゲルのシーヌを救おうとしているメンバー。
その中心に向けて、シーヌは、落ちた。
その背中には、ただ、一本の矢が、刺さっていた。




