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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
伝統の聖女
33/314

伝聞

 ティキは一瞬、嫌悪感を顔に浮かべた。シーヌが話したくなるまで待とうと思っていたのに、アフィータという聖女は話そうというらしい。


 しかし、シーヌのことを知るのは悪くはない。ティキはそう思う。

(まあ、シーヌが見てきたものと、彼女たちが話すことは別物だと思うから、大丈夫)

伝聞と実体験は違う。だからとティキは自分に言い聞かせて、彼女の話を聞いてあげることにした。

 ティキは気づいていなかった。シーヌはティキが自分から聞いてくるのを待っていることに。


 ティキは決めていた。シーヌが自分から話すまで、シーヌの見たものを聞かないと。

 そして、ティキはわかっていなかった。自分とシーヌは、全く同じことを考えていたということを。

 そんなことは気にすらかけずに、アフィータは話し始める。彼女はただ、セーゲルの真の安寧のみを願って、ティキを自分たちに引き寄せようとしている。




 冒険者組合から追放された研究家に、奇跡の行使というのを研究している者がいました。名をデフィ=コレーア。彼は、追放されたのちも研究を続けるため、クロウという、フェディナ王国の公爵領へと移動しました。

 デフィは、そこでも魔法の実験を繰り返した。“三念”という魔法概念は冒険者組合に入れば周知のものになる。彼はそれが、人生で行ってきた覚悟や想いであることに注目した。


「圧倒的な感情の奔流、あるいは人の身の限界を超えた覚悟や信念。それが“奇跡”という名の実を結ぶ。そう、その研究者は考え、街の人間にの精神を徹底的に鍛え始めました。」

その方針は間違っていなかったのだろう。そうティキは思った。なぜなら、シーヌという人間、どう考えても奇跡としか言いようのない偉業を成し遂げたものを生み出したのだから。

「それを為そうとした結果としてだろう。正式な理由はあまりわからないともいえるが、冒険者組合が動いた。」

愕然とした。そのあとの話は、シーヌが知っているのか、知らないのか。冒険者組合は知っているのか、知らないのか。


 彼女はこの「現在」を、その状況を、遊ばれているのかと疑ってしまった。

「冒険者組合発令『クロウ研究阻止』。しかも、世界中の圧倒的強者と呼べるものを中心に指令が行った。文字通りの、世界で二番目に強いかもしれない戦力が、クロウに攻め込んだ。」

世界で一番強い勢力、もとい冒険者組合は誰も派遣しなかったのだろう。そうティキは推測する。

(シーヌが冒険者組合にいるのは、現場にいなかったから?それとも、獅子身中の虫?)

徐々にアフィータの口調から敬語が取れ始める。彼女の感情が昂っているからか、それとも純粋に彼女の心の距離が縮まっているからか。


 狙ってティキの心から警戒心を除こうとしているのであれば、彼女は詐欺師の才能があるのかもしれない。

 ティキは全く気が付かずに、アフィータの話を聞く。

「最初の開戦から、3ヶ月はクロウも犠牲ゼロで耐えていた。恐ろしいことに、ガレットのような傑物、英雄がゴロゴロしているような軍に、3ヶ月だぞ?セーゲルでもひと月で犠牲は必ず出る!」

アフィータはそれを知ったときの驚愕を思い出して叫び声をあげる。彼女はまだ三十路を超えていない。それを知った当時は、まだ聖女ではなかった。


 それでも、従軍経験くらいはあった。十代でも聖女候補だった以上、戦場を見ることくらいはあったから。

「しかし、その街にいた騎士団とシキノ傭兵団の激突の時に、初めて負けた。全滅した。そのあと、二週間で……冒険者組合の指令通り、クロウの町の人間は、皆殺しにあった、はずだ。」

シーヌ=ヒンメル=ブラウが生きている以上、まだあの指令は生きている。

「もし、本当に彼があの町の残兵なら……そして復讐に生きるつもりなら、彼の人生に、平穏や日常はない。」

アフィータはいったん口を閉じる。情報開示が少ないな、と彼女は自分の知っている知識を罵った。


 現場にいなかった彼女に、細かいことを知る術はない。そこで起こったことは、シーヌ自身が一番よく知っているはずだ、と思った。

 二分、三分と経ってもティキが口を開く気配はない。どういうことか、どうしてか、全然わからないままに、アフィータは先の言葉を紡いだ。

「セーゲルの街においで、ティキ。彼の隣より、ここにいる方が君のためだ。」

(でないと、君、シーヌはいずれ復讐のために君をも見捨てるぞ。)

とまでは言わない。ティキがシーヌの隣にいるのをこだわっていることには気づいていたから。「……セーゲルは。」

ティキは開けたくない口を開いた。伝聞が多い。そして、シーヌが酷い。


 彼の人生は、未来のなかったティキよりもひどかった。持っていないことを嘆くより、失ったことに泣く方が、苦しいに決まっているのだ。

「セーゲルは、出兵したのですか?」

ティキは、自分らしくない声がしたと感じた。低い。そして、怖い。


 一瞬、“庇護”だったか“護り”だったかの聖女が怯んだ。そして、震えながら、か細い声で。

「しませんでした。」

その答えは、ティキの感情に油を注がずに済んだ。助かった。彼女はギリギリのところでそう思う。

「……わかりました。もう何も聞きません。私は夫が帰ってくるのを待ちます。」

言外に、出て行けと言った。アフィータは恐れるように席を立つ。

(……冒険者組合、並ではなかったのですか……)

初めてアフィータは、ティキを恐れた。彼女を初めて、冒険者組合の人間だと思った。


「大聖女様に報告せねば。」

ガチガチにこわばった表情で、歩こうとする。部屋からは逃げたい、の一心で動くことができた。しかし、部屋から出た瞬間、立っているのもやっとというほどに体が重く感じた。




 大聖女様に報告する前に、アフィータは別室に移動して心を落ち着けることにした。宿に備え付けの喫茶店。ティキが来る可能性もあったが、この場所を伝えていない以上、来ないだろうと勝手に思った。

「……落ち着けるようにして、マスター。」

いまだに硬い表情を見て、店主は何も察せないままに何かを察した。

「どうかなさったのですか?」

コーヒーを差し出しながら、店主が両腕をカウンターに乗せて聞いてきた。従業員か、奴隷かの少年が外に出ていく。


「……冒険者組合の少女が想定以上に怖かったのよ。」

あの無表情を思い出す。彼女のあれは、アフィータには予想外に過ぎた。

 というよりも、“三念”を得ていると知ってなお、アフィータはティキの実力を舐めてかかっていた。

「彼女をちゃんと見たようですね、アフィータ。」

後ろから声が聞こえた。その声を聞いて、アフィータは店主に少し感謝した。彼なら話しても問題が全くなくなる。

 彼の姿を認めた店主が、アフィータと同じコーヒーを置いた。そして、ごゆっくり、とでもいうように肩をすくめて外に出ていく。

「ワデシャ、私は、バカだったの?無理よ、あんなの、わかるわけないわ!」


店主が出て行った扉が閉まったのを確認すると、半狂乱になって叫んだ。

「シーヌはわかる!あの目、あの雰囲気!何かを隠しているのも、それがどれだけ危険なのかも、わかる、わかるわよ!」

胸倉をつかみ取るかのように詰め寄る。男……ワデシャ=クロイサはそれを苦笑しながら眺めている。

「でもアレイティアの血脈が、あの純真無垢そうな美少女が、あんな怖いなんて、わかるわけがないでしょう?!」

その叫びに彼は軽く頷く。彼女は技術だけ、あるいはシーヌに守られているだけのお嬢様。そうアフィータはさっきまで思っていた。


 ワデシャの方も、それに近いことを思っていたからよくわかるのだ。

 しかし。彼女も冒険者組合に所属した人間であることは、よくわかる。彼女が普通とは言えないことは、彼の方は一週間分の共にした旅で、もう十二分に理解していた。

「シーヌさんがこちらと共同戦線を張るのであれば、彼女はしばらくこちらにいます。大丈夫でしょう。」

そのシーヌがすでに、ティキを預けて独りで動き始めたことを、まだ彼らは知らない。

「彼女に謝るのなら、ちゃんと時間とタイミングを考えるべきですね。冒険者組合は、一人で軍に匹敵します。彼らはまだその領域にはいませんが……大隊一つくらいには、匹敵すると思いますよ。」


それを言われて、アフィータは少し落ち着いたようだ。

「……ありがとう、ワデシャ。すまない、もう少し、こうしていてくれ。」

気づけば、聖女は彼の胸に抱かれていた。ああ、おかげで、落ち着く。そうアフィータは思う。

「ええ、いいですよ。他でもない、かわいい恋人のお願いですからね。」

ワデシャは笑ってしばらくそうして。日が沈む前に、アフィータは聖人の塔へと報告に向かった。




 必要な情報は、足りないな。そうシーヌは思う。しかし、ずっと支部の中に籠っているわけにもいかなかった。


 朝まで帰らなければ、ティキはここに来るだろう。彼女に、彼がやろうとしていることを知られるわけにはいかなかった。

「行ってきます、ご老体。」

「……死ぬぞ?」

「もとより、覚悟の上です。」

他の復讐対象を野放しにしたくはない。だが、ガレット=ヒルデナ=アリリード。彼のレベルはゴロゴロいるのが、世界なのだ。ここで死ぬなら、誰相手でもシーヌには勝てない。


「そうか。……死にゆくものに餞別はいらんだろうが、これをやる。依頼した身じゃからなぁ。」

支部長は、紙を一枚投げてよこした。その中身を一瞥して、感謝の一礼をする。

「ありがとうございます。それでは、本当に。」

扉を出る。走っていく彼の勢いは、全く衰えない。

 城壁よりはるかに高い位置まで、空気の階段を展開して登って行っているのを、感じていた。

「よいのか、“犠牲”。」

「よくはないさね。でも、こっちの落ち度だからねぇ。」

「……わしも死にたくはない。もしも彼が帰ってきたら。わしが持つ情報をお前にくれてやる。」

「それは無理だねぇ。彼が帰ってきても、私はいないさ。」


「なに?……おい、まさか!」

「じゃあね、爺さん。できたら、私が護りたかったこの街を護っておくれ。」

「……わかった。引き受けてやる。行ってこい、先代“護りの聖女”キャッツ=ネメシア=セーゲル。」

「ありがとう、任せるよ。初代セーゲル市長、“空墜の弓兵”バグーリダ=フェディア=セーゲル。」

消えた。全く、どいつもこいつも死に急ぐ。そう支部長はため息をつく。

「あるいは、あの魔女もこんな気持ちなのか……いや、あいつは奇跡まで昇華できたのか。もっとしんどかったのだろうなぁ。」


ゆっくりと、聖人の塔に向かう。ここは、俺が起こした街だ。俺が起こして、キャッツが嫁にきて、聖人どもが巣食って、気づけば自分は何の実権もなくなって。

「まだ、嫁が実権を握っていたから、ここで生きているんだよなぁ。」

支部に鍵をかける。もうティキですらここには入られない。単純にここは、彼がいる間だけ発生していた、彼の心象風景だったのだから。レポートも、すべて、彼の頭の中にしかもうない。

 セーゲルの街の冒険者組合の支部は、再び支部長が隠居するまで、永遠に姿を消すことになる。

「さて、若造どもの粛清を始めるとするかの。」

セーゲルとルックワーツで忘れられた冒険者組合の権威は、やっと復活の声を上げた。


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