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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
伝統の聖女
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錯乱

遅くなりました。

二章第11話、『錯乱』です。

伝統の聖女編はもうしばらく……あと十編ほどは続きます。


「ちょっと、あんたの軍での能力を見させえてもらえないか?」

レポートを読み漁っていたシーヌを冒険者組合支部から呼び出した女。シーヌは彼女に、いきなりよくわからない挑戦をされた。

「……誰ですか、あなたは?」

着ている、少し紫がかった白い服とまとった雰囲気から、上の立場の人間なのだろうとは気づくことができた。


 しかし、シーヌは彼女がだれかわからなかった。

「“錯乱の聖女”エーデロイセ。エーデロイセ=トッセイ=アネイトだ。」

望む機会が来たのかもしれない。“錯乱の聖女”なら、いや“聖人たち”の一人なら、間違いなく何かしらの三念を備えている。


(有用複製のための駒が、自分からやってきてくれたらしい)

少し間をおいて、考えて答えを出したという風に装って。

「こちらからも、お願いします。どういうルールでやるのですか?」

彼は彼女の提案に食いついた。フフフ、と聖女も笑う。

「じゃあ、ついてこい。」

彼女は回れ右して、昨日の訓練場のほうへと歩き出す。


 やはり、訓練場だ。昨日は剣の技術の訓練をしていたから、いつもそうなのだろうと思っていた。

「ここで、戦闘訓練……いや、お前には戦争訓練といったほうがいいか?をしてもらう。」

シーヌは、驚愕の目で聖女を見た。戦闘訓練、つまりあくまで個人同士の戦闘ではない。

「戦争訓練だって……?」

人を使った集団訓練。シーヌも、魔法学校時代に多少の心得がある程度しかやったことがない。

「ああ。お前はカレス将軍の部隊を使ってくれ。私は自分の部隊を使う。」

せめてもの救いは、彼らの腕を昨日見ていることだろうか?しかし、だからこそ兵士たちの目が死んでいることも理解できる。


(……部隊を混乱させるのに必要なのは、部隊長の討伐が一番手っ取り早い。)

それが可能なことかどうかは、別問題として。

「……一度戦うといった以上、引き受けましょう。」

街としても、シーヌへの扱いに悩んでいるに違いないから。

そういうと、聖女はニヤリと笑った。いいカモができた、とでもいうように。ああ、負けるとは考えていないのだろうな、と窺い知れた。

「この場限りにおいてこの部隊を預かることになった。冒険者組合所属“空の魔法士”シーヌ=ヒンメル=ブラウだ。どうかよろしく頼む。」


自分の部隊に挨拶をしておく。兵士たちの瞳に、少しだけ色が戻った。彼らが反応する理由がわからない。しかし、おそらく、冒険者組合だろうな、と思った。

「シーヌ様。どのような作戦でいかれるのですか?」

軍曹辺りの立場なのだろう。代表してその兵士が問いかけてきた。

「後攻を取る。僕は戦争は素人なんだ。魔法戦闘ならさておき、そうでないなら出たとこ勝負しかないよ。」


そう、素人。でも僕は、これからは戦争のプロと戦うこともあるのだ。頭の中に次々浮かぶ復讐相手に、これからの道の過酷さをシーヌは思い返す。

 少し浮いただけで変わらず沈んだ空気を持つ部隊に不安を抱く。それでも、受けた以上、自分一人だけでもしっかり戦わないといけない。

「はじめ!」

お互いが訓練場の端と端に移った。地下の部屋は相当な広さがある、が、おそらくこの訓練場は連術を鍛えるための場所。


 つまり、実際の戦場ほどまで広くする必要はないのだろう。

 だけど、その考えが彼にとっては今はちょうどよかった。

(“錯乱の聖女”。そしてこの実戦訓練を指定してきたこと。それを考えると、彼女の魔法は知れる。)

ようは、一分一秒でも長く戦うこと。それがシーヌにとって必要なこと。

 昨日シーヌを案内した職員の指示を聞いて、全部隊を十歩分前に出す。その時点で、おかしいことに気が付いた。

(風の道!強制前進!)

シーヌは揺れて、左右が定かになっていない兵士たちをまっすぐ進むよう、後押しする。

「弓兵、構え!」

エーデロイセの声が聞こえて、こちらも楯を構えさせる。


「放て!」

彼女の叫びに合わせて、こちらは盾を構えさせる。流して、守りに特化して、前進して。カウンターのように一撃を決める。

 ここにいる兵士たちは、みんなそれを基礎としている。

 しかし、どうも盾で流した矢が、味方に当たっているように見えた。

(方向撹乱か!ならば!)

矢がこちらに届く前に、風でかっさらい、さらに五歩、前進を命じる。

 今度も兵士たちはまっすぐ進まない。兵士たちの足元を見ると、右足が左足より左側に出ている。

「どういう……そういうことか!」

今度は重さの変化だ。右足を上げると、左側に足が動くように重さが変化しているのだ。

「これは……大軍戦にはとても有用な三念だな……」

シーヌは独り言ちる。


「軍曹殿。」

シーヌは覚悟を決めた。

「聖女の元まで行く。耐えられるか?」

「じっとしていればよろしいので?」

「そうすれば、耐えられるのか?」

「負けないなら、可能です。」

「わかった、やれ。」

命令すると、軍曹は「横列展開!各自、自分の背後に矢を流せ!」と叫んだ。その叫びは忠実に実行され、完全に一列になった。

 シーヌはそれが完了するまでの間、じっと止まって聖女の魔法の妨害を続けていた。それだけ横列展開されるのが嫌なのか、徹底的に妨害を続けられる。

(自分に向けられた魔法でないから、潰すのが難しい!)

少しの焦りを浮かべつつ、シーヌは魔法の妨害に矢の対処を続ける。

「シーヌ様!横列展開、終わりました!」

軍曹が、彼に向けて報告する。それをきいて、シーヌは頷いて駆け始めた。


 兵士たちは次々とシーヌに矢を射始める。対象が部隊から彼に移ったらしい。

(想念だけで対応できる)

近づいてくるそれらを、想念の弾で迎撃し、彼は自分のそばに矢を近づけない。

(想念!)

矢にそれらが乗って飛んできて、想念同士の打ち合いでは軌道が変わったりする可能性もあり危険だと判断して。

 シーヌは自分の前に、濃密な想念の盾を作ってすべて弾きつつエーデロイセに近づいていく。

(残り、二十歩!)

しかし、聖女も魔法使いだ。想念の弾を次々と打ち込んでくる。走る速度が落ちる。彼女が少しずつ、シーヌと距離を離していく。


「簡単に近づかれると思ってか、シーヌ=ヒンメル!」

矢と想念の弾、両方の対処に追われて遂にシーヌの足が止まる。その間に、兵士たちがシーヌを囲む。

「まさか……嘘ですよね?」

いまさらになって、聖女と彼女の部隊が微妙に離れていたことを思い出した。彼女に近づくにしたがって、矢と魔法、撃ってくる方向が違ってきていた。

 問題はそこではない。そんなことは、シーヌレベルの、上位に類するような魔法士は息をするように対処できる。

「気が付かないのは当たり前だ。いつもと違って、兵士たちの行動よりお前自身の認識の錯乱に意識を割いた。」


“錯乱の聖女”は、軍事における戦力だと、シーヌは認識していた。あれくらいの錯乱を、千規模の兵の間で行うだけでも、兵士のかなりの弱体化が図れる。

 これが、“三念”。きっと純粋に、“錯乱”に特化しているのだろうとシーヌは思った。何の嘘も誇張もない、“錯乱の聖女”エーデロイセ。

「僕の認識すら逸らすことが出来る魔法技術……素晴らしい、の一言に尽きると思います。」

シーヌは素直に負けを認めた。あるいは最初から一対軍なら、もう少しやりようはあったのかもしれない。

「いいや、私の方こそ、君の力を見縊っていたらしい。その証拠に、まだ一撃たりとも当てられてはいない。」


未だに続く魔法と矢の嵐を、想念の嵐で吹き飛ばしながら、シーヌは少し笑う。

(そりゃあ、単純な想念の打ち合いなら僕が勝つさ。)

なぜなら、意思の強さなら“奇跡”を持つシーヌの方が圧倒的に上なのだから。

(でも、埒が明かない)

為すべき復讐は、“奇跡”に頼らなければ彼はできない。この街の兵たちのように復讐の対象外の者たちまで、シーヌはその神的な力を使うことが出来ない。

(“苦痛”を操るのはまずい。二度と宇置けない人間すら出る。“憎悪”は彼女らに向ける理由がない)

「なら、遠慮なく!」


超兵たちと渡りあえるだけの力は、聖女が与えている。それでも、セーゲルはルックワーツの超兵に、今日まで耐えてきている。

 ならば簡単には勝てない。いや、復讐しかできないシーヌが彼女らに勝とうとすること自体が、おこがましい。

「本気でいくよ、セーゲルの精鋭!」

叫びながらシーヌは杖とナイフを取り出す。想念の嵐は、その動きを聖女たちに見せはしない。

「む……熱か?」

嵐の中に込められ始めた熱気に聖女が気付く。しかし、その熱気が徐々に徐々に彼女たちの方へと押し寄せてきていることには、気がつかなかった。


 いや、違う。気がついていても、何が変わったのかわからなかった。

「何をしたのだ、シーヌ=ヒンメル!」

聖女が叫ぶ。彼は特に何をしたわけでもない。世界で三番目に多いとされている強力な魔法技術を使っただけである。

「幻想展開。その、現実版だ。」

自分の中に秘めた理想の風景を、想念で作り上げること。それを、幻想展開という。

 現実に疲れた人たちが展開する自分の癒しの場所。魔法使いの一部は、普段からそれを作り上げている。


 もちろん、これにできないこともある。理想の風景が想像できない。あるいは、存在しないものを想像しようとする。そういう時は成功しない。

 そして、人間や動物、あるいはその温かみ。そういう超生物的なものは展開することが出来ない。

 割とポピュラーな魔法である。しかし、シーヌにはそれを成し遂げるだけの想像力はない。

「現実版とはどういう意味だ!」

エーデロイセが叫ぶ。そのころには、訓練場の地面の大半は溶岩へと変わり、周りの風景はまるで活火山の中にでもいるような様相を呈していた。


「……魔法学校に入る前に、灼熱の砂漠にも、凍えるような凍土にも、こんな地獄のような溶岩の中にも。僕は、訪れたよ。」

寝る間も惜しんで、復讐のために生きてきた。自分に足りない想像力を補うために、あらゆる全てを体験してきた。


 あの虐殺で失ったもの。その喪失感と悲しみと痛みに比べれば、こんな風景を見て感じてきたことなど、大した苦痛ではなかった。

「これは、僕が見た現実。絶望の果てに得た、僕の地獄だ。」

溶岩が足に触れた。実際のこれは幻想にすぎないが、足が融けるような痛みを感じた。

「僕は、軍では動かない。動くだけ、無駄だから。」

シーヌは寂しそうに告げる。彼は復讐のためにすべてを投げた。その命も、その現実も。今になって、彼はそれを思い出した。


(そうだ。一人で、行かないと。)

よくよく考えると、ドラッドを殺したのは自分ではない。ティキだ。彼女の、シーヌについていきたいという覚悟を見たことで、その衝撃で、シーヌは事実を忘れていた。

「出ていけ。」

ポツリと、シーヌの耳にその声が聞こえた。彼は笑った。やはり、知ればこうなる。ティキが、変な女の子だっただけだと、シーヌは笑った。

「ええ、わかりました。ですが、ティキだけは保護していただけますか?彼女を、守ってください。」

世界は、理不尽だ。理不尽と不条理が、世界を支配している。


「……わかった。だが、お前はどうする。」

「僕の目的を果たすだけです。クロウの生き残りとして、やるべきことを。」

こうなっても、笑顔を維持できるのは、シーヌの心が壊れているからだろうか。シーヌはゆっくり歩き出す。目的地はルックワーツ。ここから徒歩でまる一日。

(最初からこうしているべきだった。僕は、自分のためにしか生きられないのだから)

夜になるまでは、この街に潜伏しないと。そう思って、シーヌは再び冒険者支部へと歩き出した。




「ならば、この街にいる間の安全、では見返りにはなりませんか?」

シーヌが一人で行動し始める十分ほど前。ティキはアフィータの前で、彼女たちの宿で話し合いをしていた。


「いいえ、いりません。私たちは冒険者組合です。実力無き者は淘汰される。」

常に実力を証明し続けなければならないティキ達にとって、安全保証などない方がいい。

「では、この街の施設の全無料使用権、などでは?」

「私たちは子供ですか?」

舐められてはいけない。その一念で、未知の世界への誘惑を断ち切る。彼女の資金上、この街で遊べるわけではないのだ。


「では、多額の報奨金。」

「“赤竜殺し”を殺すほどの実績を残せば、それだけのお金が冒険者組合から落ちます。それに匹敵するだけのものを、あなた方は払えますか?」

「どうして、ガレットを殺すことは確定しているのですか?」

自分たちと協力するわけではないのに。そう彼女は言いたげであった。

「シーヌがそれを望んでいますから。」

ティキはそれだけを言う。彼が最初からガレット=ヒルデナ=アリリードを殺そうとしていることを知っている。


 彼はそれだけは曲げないだろう、と思った。ティキは、シーヌへの依存ゆえに、彼をよく理解していた。

「忘れてはいけない。私たちは単独でも、彼を討ちに行きます。」

直後にシーヌが一人でガレットを討ちに出たことは、ティキは知らない。

 それでも、ティキはシーヌのことをよく理解していた。だからこそ、シーヌのその行動を予想できたのだろう。


 しかし、遅すぎたことを、ティキは知らない。知らないからこそ、アフィータに対して過度な要求まではできない。

「……彼が、何者なのか、知っていますか?」

「彼は私が何者かを知りません。」

互いの交渉は終わらない。いや、これは交渉ではない。ただ、相手を屈服させるための言葉の殴り合いだ。アフィータが攻めて、ティキがいなすという関係性だけが変わらず、話は続いている。

「……では、彼の正体はさておき、とある事件について話しましょう。」

『歯止めなき暴虐事件』。それを知れば、あの顔を知るティキでもシーヌにはついていけないかもしれない。


 そうして、依存対象を引きはがして、彼女の弱さをセーゲルの味方に付ける。自然、シーヌもこちらに陰ながら味方に引き入れざるを得ないだろう。そう推測して、彼女は口を開いた。


読んでくださりありがとうございました。

ブクマ、感想等ありましたら酔え惜しくお願いします。

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