復讐鬼の恋物語
思う。シーヌはどうして、これほど遠回りをしたのだろうか。
思う。過去の人たちが復讐を望んでいないのを知って。それでも、自分のために復讐をした。これで、本当に幸せになれるのだろうか。
思う。その悩みを理解して、受け入れて。全力で後押ししてくれた故人たちに、自分は何が出来るのだろうか。
「死ねばただの屍。そんなことは、なかったようだ。」
永久の魔女の声。死んでなお残っている想いを、見て、それに付随してシーヌを見てきたのだろう。彼女の声が、ドラッドの背後にある何者か達を押しとどめていた。
「だが。クロウの亡霊たちと違い、お前たちのなんと醜悪なことか。」
「それだけ殺されて憎んでいるのさ、僕たちは!!」
“洗脳の聖女”の声が響いた。その声に、やはりとシーヌがわずかに呆れる。
ユミル=ファリナ。“洗脳の聖女”。復讐仇の中で、五神大公バデルの遠縁。
「僕の望みは強者の存在しない世界。そのためなら何度だって、蘇って見せる!!」
シーヌに殺されて、夢半ばでついえた。その彼女が、シーヌを止めるべく……そしておそらく、ドラッドを傀儡として夢を果たすために、死の運命に抗って見せている。
「さっきまではクロウの亡霊が邪魔して出られなかった。でも今なら!」
「させんよ、ユミル。強者の存在しない世界はの、竜によって人が蹂躙される世界じゃ。わしはそれを許容できん。」
人の世を。“永久の魔女”が望んだ世界は、人が、人として生きることが出来る世界。そのためには、神龍があらわれないこと、龍に抵抗できる人間たちがいることが必要不可欠になる。
だから。ユミルの目的はどうやっても、永久の魔女には受け入れられない。
「ごめん、ドラッド。」
ドラッドとシーヌとは別次元で、干渉できない争いが行われている中。シーヌは、壁に背を預けたドラッドの首筋に剣先を向ける。
「あの日と、違うのだな。」
あの日。シーヌが本当の意味で復讐を始めた日。シーヌは胸に憎悪を抱いて、ドラッドを攻撃した。そして最後は、ティキがその首を叩き切った。
きっと。クロウの亡霊たちはあの日、ティキとシーヌが一蓮托生になるよう、呪いをかけた。あの日ティキがドラッドの首を切り落としたのは、亡霊たちの仕業だろう。
だが、今はどうでもいいと思う。もう復讐は終わった。これは、ティキを取り戻すための戦い。ティキとともに幸せを得るための障害を、ここで絶つための戦いだ。
「見逃したら、どうする?」
「死ぬまで貴様の首を追い求めてやる。」
「穏やかじゃないなぁ。」
ティキと穏やかで、争いのない日々を送りたい。もう、復讐は終えたのだ。もう、争う意味はない。
だからこれはきっと。最後の人殺し、なのだろう。
「じゃあね、ドラッド。復讐鬼の物語は、もう終わりだ。」
首を弾き飛ばす。それに伴って、彼に憑りついていた、大量の、シーヌが復讐してきた怨念たちもまた消える。
「シーヌ!」
扉が開いて、ティキが飛び出してきた。そのティキの体を思いっきり抱き留めて、その場でクルクルと回り始める。
あぁ。もしこの場が血まみれでなければ、とても感動的な再開の光景だっただろう。
「ティキ。聞いてほしいことがあるんだ。」
「うん。」
アレイティア公爵の屋敷。ティキという少女、『恋物語の主人公』に縁ある地で。
ドラッド=ファーベの亡骸……『空白の復讐鬼』の最初の復讐の前で誓う。
「僕にとっての魔法は、今は君だけが持っている。」
それは、その場にいる亡霊たちとの、訣別の言葉。その場にいる亡霊たちへの、感謝の言葉。
もう、シーヌに“復讐”は必要ない。
「僕とともに、生きてください。」
だから、それは。二人の過去が清算されて。
「はい!」
復讐鬼の物語が終え、主人公の恋物語が終えた先。
その先にある、愛ある夫婦の物語のための。
本当に最後の、プロポーズだ。




