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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
恋物語の主人公
312/314

主人公の恋物語


「ふ、ざ、けるなぁぁぁ!!」

その怒鳴り声を批判することは出来ないだろう。シーヌを殺すために今まで積み重ねてきた諸々を、『シーヌが次に進むため』に使われたと言われたに等しいのだから。

 とはいえ、シーヌが復讐する中で得てきた戦闘経験が消えていないように、ドラッドが“強奪”してきた概念や技術も消えてはいない。

 シーヌがこれまで“復讐”に助けられながら向き合ってきた諸々と、“復讐”なしで向き合わなければならない。あぁ、だが、どうしてだろうか。

「負ける気は、しないな。」

これほど心から。感謝を願うのはいつぶりだろうと。そう、思った。




 じっと、アレイティアを見ていた。

 僕を信じなくてもいい、君の感じるシーヌを信じろと、ビネルはそう言っていた。

 初恋が作られたものだと聞いて、茫然としている。シーヌの感情は、最初は作り上げられた架空のモノだった。

 でも。今はどうなのだろうか。本当に作られたモノだろうか。


 ……私は、シーヌの隣で立って、シーヌと一緒に戦ってきた。シーヌは私に恋していなかった、なんて、言えるのだろうか。


 教えてほしい。シーヌがいなければ。シーヌをクロウの亡霊たちが守っていなければ、私はどうなっていたのだろう。

 シーヌが幸せになるために、私がちょうどよかったのだという。私以外でもよかったとも言う。でも、私が選ばれていなかったら?

「アレイティアはこれでも非常に強力な名門だ。……“奇跡”の力なくして脱出など、そうそうできないと思っていたが……。」

そうそう、出来なかったのだ。というより、世間知らずのティキ=アツーアという少女が、通信や連絡、諜報を司るアレイティアに隠れて、冒険者組合試験の最終まで進めた時点でどう考えてもおかしいのだ。

「つまり私は、シーヌが復讐をしなければならなかったおかげで、アレイティアから逃げられたってこと?」

「……そうなるな。」

「じゃあ、いいや。」

ティキは、悩むことを完全にやめた。いや、悩む必要がなくなった。


 ティキはこの場所にいたくなかった。素敵な恋とまでは言わなくとも、自由な恋愛がしたかった。

 断じて。断じて、アレイティアの求める、アレイティアのための子を産む装置になりたくはなかった。

 その夢は、シーヌが復讐をしなければ幸せを求められないような人間でなければ。クロウの彼らが、シーヌを幸せにするためにティキを選ばなければ、叶わない夢だった。

「少なくとも、父上から逃げられた理由は、シーヌなわけですね。」

「それは間違いないだろう。」

ティレイヌは笑みを浮かべる。これはもうどうしようもない。ティキがシーヌに失望するだけの理由がない。


 向こうで戦闘が行われている音が聞こえてくる。ドラッドが、シーヌと相対しているのだ。

 ドラッドの叫び声がこちらまで聞こえてくる。ほとんど発狂していると言っても過言ではないだろう。

 それが、ただ一人の子供を幸せにするために利用された大人の末路。そして、ここに。世界のために食い物にしようとした子供に、叛逆された大人が一人。


「クロウの亡霊よ。お前たちが私を巻き込んだのは、構わない。私も無関係ではないからだ。」

バデルの先代当主が、クロウの街で“奇跡”の研究を始めた。連絡や通信、諜報を司るアレイティアが、その事実を知らなかったわけがない。

 先代バデル公爵が、死なず生き延び、世界各地で暗躍してきたこと。クロウに結びつかないものも多い。今回のことに全く触れないような暗躍も多い。だが、暗躍していたことは知っていた。


 隠し通したのは先代アレイティア公爵だ。そして、先代が隠しているという事実を隠したのは、今代アレイティア……つまりは彼自身だ。

「私は先代バデル公爵がクロウにいることを知っていた。先代とはいえ、バデルはバデル、公爵は公爵。この身に既に“竜の因子”少なく、我は洗脳される以外の択を持たない。」

実に。そう、実にあっさりと。当代の『アレイティア』にふさわしくないただの秀才では、どうやってもバデルの“洗脳話術”に抵抗することは出来ない。


 アレイティアは、アレイティアとして許されざることにバデルの横暴を止められなかった。天才ではない報いが、今この場に訪れている。

「さて、ティキ。お前の望みは、何だ?」

「……。」

ティキは。ティレイヌを殺すことが出来ない。ティレイヌを殺せば、ティキは必然的に次代のアレイティアになる。ティレイヌの子はアレイティアとして格が足りない。

「私は、シーヌとともに、生きて、死ぬ。」

生きて、死ぬ。ティキはアレイティアでは無く。

「私は人間でありたい。」

その願いは、選び難いものだ。ティレイヌを殺した時点で、ティキはその選択を選べない。


「だから、私はあなたを殺さない。……でも、そうね。アレイティアがアレイティアであれば、もう私は生まれないのよね?」

そう。最初から。ティキという、アレイティアの子を産むための道具が育てられた理由は一つ。アレイティアの子がいないからだ。

「だったら。息子は置いていく。……シーヌには悪いと思うし、おなかを痛めて産んだ以上、私が育てたいけれど……おいて行かないと、私が自由になれない。」

シーヌと二人で過ごす時間すらも監視下に置かれる生活。もしも、それが当たり前で、何の疑問を抱く必要もない生き方をしたなら、ティキも受け入れられたかもしれない。


 でも、ティキはもう冒険者組合員で、シーヌの妻だ。自由を、生を。人としての生活を知ってしまった一人の少女だ。

「私は、ティキ=ブラウ。アツーアの姓は捨てるわ。……お父様。もしも息子が途中で死ぬようなことがあったら、許しません。」

「もちろんだ、ティキ。……最後に。」

既に隣室では騒音が止んでいた。ティレイヌは、ドラッドが負けたのだと理解できた。


「ティキ。今代アレイティアとして。お前にしたことが間違っていたとは、思わないことにする。」

「それでいいです。もしも悪いと思うようなら。もしも間違っているというのなら。あなたはアレイティアとして、世界を維持する五神大公として。……何より貴族として、失格でしょう。」

「だが!一人の父親としてとは言わん!一人の人間として。お前のことを利用したことは謝罪する!」

ティレイヌ=ファムーア=アツーア・アレイティア。ある意味において、どこまでも歴史に利用され続けた凡人。それに対してティキは。


「為政者は、人間らしい感情や倫理で動いてはいけませんよ、父上。外道でなければ政治は出来ません。」

そう前置きした上で。

「一人の人間として、その謝罪は受け入れましょう。」

ここに。恋物語に憧れた主人公の、恋の障害を乗り越える物語は、終わったのだ。


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