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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
恋物語の主人公
310/314

執念の復讐鬼

 シーヌが最後の扉を開け放つ。そこが、アレイティアの執務室の手前最後の一部屋。

 とはいえ、“災禍の具現”は投降した。“単国の猛虎”は寝返った。それ以外の冒険者組合員はすでに三名、デリアとグラウが抑え込んでいる。

「もういない、と思っていたんだけどな。」

あるいは、兵士たちだろうと思っていた。冒険者組合員という括りで見れば弱い部類に入るシーヌでも、そこに達せない有象無象相手なら切り抜けられる、そう確信して開けた扉の先にいたのは、どこか見たことがある気もする、誰か。


「久しぶりだな、シーヌ=ヒンメル=ブラウ……いや、シーヌ=アニャーラ。」

巨大な大剣。長いローブ。どこか聞いたことのある抑揚のつけ方。

 だが、シーヌには誰かわからない。

「誰だ?」

久しぶりと言われても、困る。だが、敵であることには変わりがない。押し通ると決めて、杖の頭に手をかける。

「誰でもいい、通る!!」

魔法。炎。……過去と決別するかのように、シーヌは炎の魔法を多用している。燃えた家を、炎にくるまれた友を、シーヌは鮮明に覚えている。『再現』の天才は、あの日の絶望的に悲しかった炎を、克明に再現してのける。


 男の服に触れた。目の前の男は、避けるそぶりも、守るそぶりも見せなかった。あまり強くないのか、とシーヌは考え……

「そんなわけがあるか。」

とどめの一押しとばかりに放った仕込み杖の一太刀。魔法ともども、男の服を貫通することは叶わなかった。

「なに?」

変な感触だと気付いた瞬間、シーヌは後方に飛びのいている。だが、敵もまた、傷つかないとわかっているからこそ、既に攻撃に動き出していて。」


 シーヌの服が一部持っていかれただけで済んだのは、シーヌの運と、反射神経のたまものだった。傷が通らないおかしさに、即座に後退の挙動を見せたのもよかったのだろう。一歩間違えれば、シーヌの腕は真っ二つだ。

「“無傷”……?」

何度も使った能力だ。だからこそ、シーヌはそれが何なのか、身をもって知っていた。

 そして、シーヌの知り合いで、かつ“無傷”を使えるのは、ただ一人。

「ドラッド=ファーべ……だと?」

「貴様を殺す。そのために、地獄の底から生き返ってきたぞ、少年。」

それは控えめに言って。狂気と呼ぶべき執念だった。シーヌが復讐を果たしたのと同じ、異常なまでの、執念。その感情をぶつけてくるドラッドに対して、シーヌはわずかに口角を上げて見せた。

「全く……ひどい筋書きだ。」

いずれ訪れるだろう、被復讐者としての日々。襲い来る敵の存在を、シーヌは誰よりもよく理解していた。だが、それは。

「もう少し先か、最初はデリアだと思ってたんだけど!!」

雷撃。軽く無視して突っ込んでくるドラッドの攻撃を、回避。


 だが、どうしてだろう。その回避という行動が、ドラッドに都合がよかったようにしか思えない。本当は、剣で迎撃するのが正しかったような気がしてならない。

 魔法。ただの想念の弾。迎撃か、回避か……ほんの一瞬の逡巡の末、“無傷”の展開と同時に踏み込み。右手で握った杖の剣先は、沈み込むような挙動で回避され、がら空きになった腹に拳が突き出される。

「“無傷”は攻撃で傷がつかないという優れた概念だ……が、衝撃はある。今のように。」

ドラッドの呟き。ぶっ飛ばされたシーヌは、壁にぶつかって咳き込んだ。

「それは、俺の概念だ。俺が弱点を知らないはずがないだろう?」

言われて思う。どうして今、“無傷”を使った?今使うべきは、おそらく“空虚”であったはずなのに。


「“奇跡”。」

「“仇の力を弱めてしまえ”。」

その存在に思い至った瞬間、ドラッドが答えを返す。そういえばそうだ、とシーヌは大きく距離を開けながら思った。これが“奇跡”ではなくて何なのか。一度殺したはずの、ティキの手によって殺されたはずの男が目の前に現れる現象。これが“奇跡”でないとするならば、一体何だというのか。

「お前にはもう、“奇跡”の力はない。俺の“奇跡”は、お前を殺すためのものだ。」

ドラッド=ファーベの持つ絶対的な有利性を、ドラッドは叫ぶ。俺はお前に絶対に勝てるという確信。負けるはずがない。負けていいはずがない。ドラッドに、シーヌに負ける理由は、もうどこにもない。


「死ね、シーヌ!」

どこかで見た大剣が、シーヌの喉元へ食らいつかんと伸びてくる。それを杖で強引にはじき返し、“転移”を使ってドラッドの真上へ飛ぶ。

「簡単に、死ぬか!もう一歩なんだ、僕の望む幸せまで!」

「俺を殺した貴様を幸せになどしてやるか!復讐者に幸せなんて、叶うわけがなかろうが!」

シーヌの抵抗。しかし、“転移”で飛んだ先を、ドラッドの“奇跡”は完全に読んでいる。


 シーヌは、衝撃波で自分の体をふき飛ばし、振り上げられた大剣の、その先、ドラッドの手元に剣を突き立てる。

「なんだと?」

“奇跡”が予想していなかったのだろう。不意打ちのような一閃に、ドラッドは慌てて剣から手を離し、手を引っ込めることで刃を避ける。


 だが、その回避の方法は、懐にシーヌが入り込むことを許すという意味で。

「ハァ!」

殴りかかってくる。そう判断した時点で、ドラッドは二つ目の決断。

「止まれ!!」

ピタリと、シーヌの体が、慣性すら無視して強引に止まる。その隙をついて、ドラッドはシーヌの顎を的確に蹴りぬいた。


 ぶっ飛ばされる。シーヌは一瞬意識を失い……地面に叩きつけられて意識を覚醒させた。頭から地面に突撃しなかったのは僥倖。即死を免れたことで意識を取り戻し、おかげで再び跳ね上げられた身体の態勢を整えることにも成功した。

「それは……“洗脳の聖女”の。」

「“洗脳”の概念。“奇跡”を失った貴様には相当効くだろう?とはいえ、本人のものではないがゆえに、言うほどの効果はないのだろうが。」

動き始めたシーヌに、ドラッドはぼやく。あぁ、こいつは知らないのだと気付いた。ドラッドは、アレイティアに雇われていても、雇われているだけだ。“竜の因子”にまつわる話を、知らない。

「お前が“三念”を奪ってきたのは、わかった。……ということは、貴様の魔法は『奪うこと』か。」

ドラッドは魔法を使う傭兵である。近接戦闘も得意であることは知っている。だが、大剣捌きは、元来ドラッドのものではない。


 “洗脳”はユミルの概念だ。だが、彼女のそれは“竜の因子”による“洗脳話術”……バデルの遠縁という前提あってのものだ。しかし、概念があるとはユミルも話していたわけで。

「なるほど、お前の自信の元は、わかった。」

“奇跡”を持っているだけでは、ドラッドは勝てると自信満々にはならないだろう。いや、自信満々なのはもともとでも、ここまで大胆な戦いはしないだろう。

「だけど、悪い。ここは、押し通る!」

剣を握る手に力を籠める。突進。あまりの唐突さに、ドラッドは面食らったように応対した。

「やっぱり。」

シーヌはその反応に、ドラッドと再び距離を取った。ドラッドは、どうも。“奇跡”をもってシーヌと戦っているにしては、どうもつたない対応が目立つ……目立ちすぎている。

「お前、本当に“奇跡”を得ているのか?」

今のドラッドは、明らかに。

「どんな“奇跡”持ちよりも、弱い。」

本当にシーヌを殺したいというだけの『意思』があるのか。それすら、ないのではないか。そう思わせるほどに、弱かった。




 なぜだ、なぜだなぜだなぜだ。

 ドラッドは焦っていた。既にシーヌから“奇跡”は消えたはずだ。存在しないはずだ。だというのに、こうしてドラッドは再び、シーヌに追い詰められている。

 思えば、“奇跡”の存在を暴露してからだ。気づけば、“奇跡”の指示に従えば従うほどに、追い詰められていく気がしていた。


 いや、気のせいだとドラッドは断じる。実際、一手一手自体の対処は間違っていないのだ。流れで見たら敗北に近づいているように感じられるだけ。最善の一手を打ち続けている。……おそらく、間違えたのは、敵……シーヌに対する、ドラッドの認識。

 常にシーヌの後を追いかけてきた。こいつの成長をその目で見てきた。だから、こいつの実力はわかっているつもりだった。

 わかっていなかったのは、シーヌの実力ではない。おそらく、ドラッド自身の実力だ。大量に能力、人生、信念を“強奪”した。アヅール=イレイという人間の肉体を“強奪”した。だが、それは。たった一年の『準備期間』ではなじみ切れないほど、大きなものだったのだ。それに気づいていなかったドラッドは、自分の力に振り回されているがゆえに、追い詰められているのだ。

「そうでなければ。こいつごときに殺された俺の怒りは、偽物だということになる!」

「それは違うだろう。怒りが、僕を殺すには至らないというだけだ。」

シーヌはもう復讐鬼ではない。これ以上、復讐の仮面を被る必要がない。だから、ドラッドの感情にまともに答えてやる義理も、考慮してやる義理も……同情する理由も、特にはない。


 だが。感情論でシーヌを殺そうとしているなら、シーヌも感情論でドラッドを殺したものとして、答えてやろうと、そう。傲慢に、思ってみただけ。

「人を殺すだけの執念というのは、命を燃やすのと変わらないよ、ドラッド。……脚を斬られたことを意図的に忘れられるほど自分がかわいいお前が、命を燃やせるほど人へ怒れるとは、思えないな。」

ある意味、事実だ。自分が死ぬことを『残りの復讐が出来なくなるから』避けていたシーヌと、『そもそも死ぬ可能性を微塵も考えていない』ドラッドでは、復讐の願い、込める想いに軽くはない差がある。


 だから、ドラッドはそもそも、“奇跡”を……己が人生の全てともいえる“軌跡”を得ているわけがない。

「お前……?」

次の瞬間。ドラッドの視界から、運命の線がすべて消えた。勝てる可能性という名の未来予測の線が、唐突に、何の前触れもなく。

「おい!どういうことだ、“奇跡”!」

ドラッドが叫ぶ。その叫びを聞いて、シーヌは、何が起こっているのかをおおよそ察した。ドラッドが“奇跡”を持っていたのは……あるいはそれに近い、運命を見る何かを持っていたのは事実だ。

 だが、それが消えて、今ドラッドは戸惑っている。そこまでシーヌは見て取って。


「お前を信じていいんじゃないのか!!」

「どうして、私が、私を殺した男に、大事な義弟を殺させないといけない?」

ドラッドの……いや、部屋全体に響き渡った、声。その声をシーヌが忘れるわけがなく、ドラッドはとっくの昔に忘れ去っている。

「義弟?」

ドラッドがぼやく。やっぱり忘れているんだな。そう呟く声が、聞こえて。

「義兄さん!」

「私の名はギュレイ。ギュレイ=ヒンメル=アクレイ。お前がクロウで戦った、最後の自衛軍隊長だ。」

その言葉で、ドラッドはすべてを理解したらしい。なぜ、ここまで追い詰められているか。なぜ、“奇跡”を持っていてなおシーヌを殺し切れていないのか。


「図ったな、クロウの亡霊ども!」

ドラッドの目の前が、本当の怒りで真っ赤に染まった。


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