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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
伝統の聖女
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宿泊

 宿に帰る。それがとても辛いと、シーヌは思った。

 別段、将軍といることが楽しかったからという理由ではない。そんなことで、シーヌの足が鈍ることなどない。


 一つは、単純に食べ過ぎである。食べ盛りの少年とはいえ、あくまで魔法士の、体を鍛えているわけでもない子供が、大人二人前分の食事を平らげるのは厳しかったのだ。

(食べている間はなんとかなっても、後に響いたな……)

重くなった体を必死に動かしながら、シーヌは大きくため息をついた。


 もう一つは、宿に帰ってからティキに頼まないといけないことへの不安だ。

 彼は自分のために動いている。いや、自分のためだけに動いている。

 だから、ティキに自分のやりたいことのために手を借りようと思っている。

 ただ、他の相手なら無理やりでもやらせただろうがティキにはそれは難しかった。


 主に、ティキへの罪悪感の問題で。

(僕がティキを好きじゃなかったら頼めたのになぁ。)

恋していることを後悔しそうになっている自分の弱気を振り払うように、シーヌは重い体を宿へと運ぶ。

「おかえり、シーヌ。」

ティキは宿で待っていた。風呂上りなのだろうか、少し頬が赤い。


「ただいま。ティキ、少しお願いがあるんだけれど。」

「その前に、お風呂に行って来たら?話は横になってからでも聞けるもの。」

「……わかった。ティキ、ご飯は?」

「クロイサさんが持ってきてくれたよ、パスタ。」

奇しくも同じものを食べたらしい。なら明日以降の献立は気を使わなくていいか、と思った。

「「あの将軍ならシーヌさんにこれを食べさせているはずですから」って言ってたよ。」


どうやらあの将軍の食事がいつもあの場所なのは、皆が知っていることなのか。そうシーヌは思った。

「もっとおしゃれなところにでも連れて行かせたらよかったのに。」

「行くならシーヌと一緒じゃないと嫌だよ。……早くお風呂に行ってきてよ。」

言ってから自分のセリフが恥ずかしくでもなったのだろう。ティキはシーヌの背を押す。

 その言動に恥ずかしさと嬉しさを感じながら、シーヌはティキの理想の恋がどういうものなのか、少しだけ知った気がした。




「で、お願いって?」

風呂から上がって、蒲団の中に潜り込みながらティキが聞く。

「冒険者組合の資料の整理を手伝ってほしくて。」

ティキの横顔をじっと見つめつつ、シーヌは言う。

 好きな人の顔を、至近距離で眺めることに気恥ずかしさを覚えて、緊張で声が裏返りそうなのを、シーヌは必至で抑えていた。

「いいよ。」


ティキは快諾する。わかっていた。彼女ならシーヌが頼めばすぐに快諾するだろうと。

「でも、たまに一緒に遊びに行こうね?」

夫婦としては何の違和感もなさそうな会話。しかし、シーヌは素直に頷くことができない。

(恋愛をしたうえで結婚したわけではないからね。)

そのうえ、いずれ彼は自死すると決めている。彼女とともにいて、復讐を終えた後も生に執着しないように気を付けなければいけない。


 それでも、彼は頷きを返す。生きていてティキと結婚した以上、生きている間は彼女に責任を果たさなければならない。

 同じ部屋で寝るのも、そのため。もちろんそれが嬉しいという思いも、シーヌはしっかりと持っている。しかし、それだけではないのだ。

(夫婦が同じ布団で寝ないというのはあまりに彼女に悪い。)

結婚したことに喜びを持っているようだからこそ、尚更に。

「だったら大丈夫。やっとシーヌに頼ってもらえた。」

ティキは笑ってそういう。その愛らしい笑顔に、シーヌの胸中は罪悪感で荒れていた。




 シーヌは朝、七時が過ぎたころくらいに目を覚ます。握りしめた手の中にティキの掌の感触がして、ああ、朝ご飯を用意しないと、と思う。

「おはようございます、ブラウ様。朝食はいかがなさいますか?」

宿の使用人が、彼を見つけてすぐに問いかける。

「ティキと二人分用意してくれ、部屋で食べる。」

「持っていきます。」

「妻はまだ寝ているんだ。人に寝顔を見せるわけにはいかない。」


「承知いたしました。では早急に用意させます。」

使用人の中でも立場が上のものだったんだろう。近くにいた別の使用人を呼びよせると、二言、三言囁いて、厨房のほうへと送り出した。

「一つ、尋ねたいことがあるのですがよろしいでしょうか?」

「ええ、もちろん。」

どうやら、彼の今の役割はシーヌが待っている間、退屈させないということらしい。サービスのいいことだ、と思いながら、どんな質問が来るかと身構える。

「『英雄』相手に、勝てますか?」

どうやら、しばらくのちの決戦では、シーヌが全てのカギを握っていると認識されているようだった。


 クロウの生き残りだと知られた時点で、シーヌの目的はガレットだと気づかれているのだろう。だから、シーヌが奴を相手することが前提で動き、他が超兵以下を相手するというのが大筋の作戦だろう。

(まったく、この街にとっては都合のいい存在だろうね、僕は)

気づいていても、気にしないほうが彼にとっては都合がいい。おそらく“奇跡”の後押しもあるのだろうな、と彼はうっすらと思った。


「ああ、殺す。」

それ以上のことは、言わなかった。シーヌは、ドラッドを殺したと思っている。多くのシキノ傭兵団の命を奪っている。

「もう、立ち止まるわけにはいかない。」

独語した。たとえティキがいても、シーヌは立ち止まるわけにはいかないのだ。

「シーヌ様。お食事をお持ちしました。」

給仕の女性が声をかけてくる。少し荒れてしまった心を静めるように礼を言い、その食事を持って部屋のほうへと帰っていく。

 シーヌは部屋に入ると、ゆっくりと息を吐きだしつつ、ティキの顔を見て心を落ち着けることにした。




 ティキは、朝に弱い。違う。寝覚めに弱い。

 覚醒した後も、10分近く横になっていることが多い。特に理由はない。

 しいて言うなら、起きたくないからだ。ずっと寝ていたいというわけではなく、眠りから覚め切らない、半覚醒状態が長いだけである。


 そのティキは、半覚醒状態から覚醒状態になってすぐ、シーヌの視線に気が付いた。

 目の奥が荒れている。秘めた覚悟が、表面に出てきているようにティキには見えた。

「シーヌ?」

ティキはその顔に手を這わせる。落ち着かせるように。癒すように。

 彼女はシーヌの脇に置いてある朝食に目を向ける。きっと自分のために用意してくれたものだろう。量を見るに、二人で食べようと思って持ってきてくれたに違いない。

 ティキは嬉しくて、シーヌの首筋に抱き着いた。シーヌが少し驚いているのが、彼女の目に映る。

 ああ、彼のもとにいたい。依存に近い彼女の内心は、ほとんどシーヌに見破られていることを、ティキは知っていた。

「ごはん、ありがとう、シーヌ。」


言って、シーヌと肩を並べて食事を摂り始める。

 食べたら、シーヌの手伝いをしに行くのだ。シーヌがティキに手伝いを頼むほどのもの。大変に決まっている。

 それでも、いやだからこそ。ティキは今、幸せの中にあった。




 レポートを一つ、二つ。読み終えて思った。情報量が多いだけではない。情報が、とんでもなく、濃い。ルックワーツとセーゲルは、もともと対立する都市だったらしい。

 たまたま何かしらの事件のせいで十数年前に小競り合いが激化し、今に至る、と。

 一つの国に、八つの州。それぞれの州に、一つの都市。ネスティア王国はそういう法が制定されていて、セーゲルがルックワーツの都市扱いを糾弾しているらしい。


(政治が絡んでくるのか。冒険者組合として干渉するわけにもいかなくなったかな。)

自分の立場を顧みるとそう思わざるを得ない。

(最悪、戦争にだけ顔を出して事後処理からは逃げるしかないか)

そうしなければ、シーヌが冒険者組合から迫害を受ける。組合内部の人間に、シーヌが勝てる可能性は1パーセントあるかないかだ。少なくとも、戦闘系の冒険者が相手だとすれば、の話だが。

「シーヌ、アオカミのこと覚えてる?」

ティキが放った一言に、うんと頷きを返す。竜の谷で見たハイエナの変化と従属化は、シーヌの目にも焼き付いている。


「人に血を使ったら、人も変になるらしいよ。」

ティキのセリフに、あの時思ったことを思い出した。

 『竜の血を人に飲ませるとどうなるのか。』今のティキのセリフで答えは得た。

「それが、『超兵』か……!」

つまり、一人ひとりが竜並みの強さ。『赤竜殺しの英雄』がいる以上、下位種の竜ということもないだろう。

「人の姿をした、熟練の、竜並みの肉体を持つ兵士が百人……!」

それは強い。強いに決まっている。だからこそ、必要なデータがある。

「それに対抗する力を持たせられる『聖女』ってなんだ……?」

まだ何百部もあるレポートから、必要な情報を真っ先に見つけようと、必死になって紙の海に飛び込んだ。

「シーヌ。ちょっと出かけてくるよ。」

というティキの声も、「ああ、うん」と生返事をしてしまうほど、シーヌはそのレポートに価値を見出して没頭していく……。




 ティキは支部長に呼ばれて、支部の外に連れ出され、聖女アフィータとい歩いていた。

「あなたに会ってほしい人がいます、ティキ=アツータ。」

聖女はまっすぐ、セーゲル一大きな白い建物に向かって歩き出した。そこは、セーゲルの政治の中心。ティキたち冒険者組合が、積極的にかかわるべきではない土地に。


「あなたは『三念』に目覚めていますか?」

それを思い出されないよう、もしくは覚えていても気が付けないように、『庇護の聖女』は声をかける。ティキの態度は堅い。そもそもにして、彼女は不機嫌だった。

(せっかくシーヌに大切な情報を伝えられたのに。もっと見つけて、ほめてほしかったのに)

子供みたいなことを思いながら、ムスッとした態度で歩く。それでも聞かれたことにはこたえるべきだと思って口を開きかけて。

「……手の内をさらけ出すわけにはいかないよ。」

アフィータの目的に気が付いて慌てて口を止めた。言うなら、聖女全員の『三念』の情報を得てからだ。でないと、ティキたちの損失が大きすぎる。

「……わかりました。ですが、その返事で目覚めていることはわかりましたので、十分な収穫でしょうね。」

ティキは歯噛みする。冒険者組合に所属した時点で、周り全てに常に気を付けなければいけなくなる。シーヌは自然にやっていたことなのに、自分が忘れていた。


(ずっとシーヌに頼り切っているせいよね。)

わかっている。わかっているのだ。ティキは少し深呼吸して、きっぱり言った。

「あの場所に行くわけにはいきません。別の場所に案内しなさい。」

白い塔を指さして、あの政治の中心地には行けないと言った。自分がそこを訪れることが、どういう宣伝に使われるかがティキにはわかったから。

 冒険者組合試験を受けると決めてから、世界の常識については必死に覚えた。

 この街のことは、学校で習ったから知っている。

 ティキはシーヌの態度を思い出す。


 さあ、いまこそ自分のこれまでの努力を証明する時だ。シーヌに頼るだけしか生きられないわけじゃないと、見せる時だ。

「冒険者組合は、政治に口出ししません。兵力を求めているなら、見返りを十分に渡しなさい!」

自分に降りかかった火の粉を払うべく、ティキはアフィータに、セーゲルの政治に喧嘩を売った。




 ティキが出た後、シーヌも別口で人に呼ばれた。彼を呼んだ相手は、“錯乱の聖女”。

「ちょっと、あんたの軍での能力を見させてもらえないか?」

こうして、町の内部でも、小競り合いは続く。


編の名前を変更しました。

次は金曜日に投稿します。

やっとPVが二千を越えました。

うん、受けてないよね……

読んでくださっている方、今後もよろしくお願いします

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