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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
恋物語の主人公
306/314

紅の魔剣士

 その光が導いたのは、アレイティアの誇る倉庫だった。この家が続いてきた二千年という期間で集められた、とんでもない数の研究と失敗の残骸。その中でひときわ異彩を放っている、瓶の入った箱。

「これは?」

(見てわかる通りだよ。龍の血。)

先ほど飲んだ竜の血よりも上位。龍の血。

 そう言われて、それを『飲め』という意味だと理解して……ティキは素直に頷けない。これが、ティキの自由を縛っている最大の元凶だ。いくら必要なことだとわかっていても、これさえなければ自分は自由だったのにという想いは簡単に消えるようなものではない。


「これを飲んだら……。」

(……あなたはアレイティアになる。五神大公の一人、アレイティア公爵家の当主に。)

「それは……私は、嫌だ。」

(私は?)

「うん。少しだけ、シーヌがどう思うのか聞いてみたいけど……でも、シーヌがそうするべきだと言っても、私は飲みたくない。」

ティキは断言。これ以上、人外になりたくなかったし、何より自由を奪われたくなかった。


「多分私がアレイティアになったら、私はシーヌといる時間が無くなるよね?アレイティアになるってことは、アレイティアの長男の子を産まないといけないっていうことでしょ?」

ティキはそう思っている。自分はアレイティアの血統書を持っていない。だから、アレイティアになるにはアレイティアの誰かとの結婚が必要だ……と。

(そんなことはない。ありえないわ、ティキ。)

光が放つ言葉に、ティキは驚いて光を見た。


(ケルシュトイルやネスティアなら、それを含めたすべての世界の貴族なら、必要なのは『血統』よ。それは間違いないわ。)

間違いない。ならば、ティキがアレイティアになるしか選択肢がなくなった時、ティキは、アレイティア現公爵の長男と結婚を公表しなければならないのではないか。

(五神大公は、違うわ。五神大公に必要なのは血統じゃないわ。“竜の因子”よ。)

五神大公を越えるだけの“竜の因子”があれば、必ず……そう、必ず五神大公になることが出来る。発現している“能力”にもよるが、明らかに因子量が多い赤の他人と因子量が少ない五神大公なら、赤の他人の方が優先される。


 それまで、五神大公が代々継いできた“因子遺伝”による“竜の因子”。生まれ落ちたときから徐々に身体に増えていく“竜の因子”に勝るほどの因子保有者が現れなかっただけで、五神大公はいつでも立場が変わる可能性を秘めている。

 ティキがアレイティアになるための障害は、今のところ存在しない。

「なんで?子供を産んだから、“竜の因子”は減っちゃったじゃない。」

(うん。でも、それでもあなたの方が“竜の因子”は多い。)

光がささやくその言葉に、ティキは信じられない思いで振り返った。“竜の因子”は息子へと継承された。ティキの保有する因子は半数ほどまで減ったはずだ。


(そうだね、確かに半分減った。……君は少し自分のことを知るべきかな。)

声が少しだけ、困ったような色を見せた。

(“自在の魔女”ティーネ=オルティリア。ムリカムに結婚を申し込もうとした彼女は、そのために大量の竜の血を摂取していた。)

元より、ムリカム公爵家の遠い傍系。生まれる前に、母体が竜の肉を食べて大量の竜の因子を“遺伝”された。


 その上で、“因子還元”によって少しずつ少しずつ体に“竜の因子”が増え続けていた。生まれ落ちたときに大量に因子を保有した関係上、肉体の限界因子保有量が異常に高かった。

 そんな女が、体を壊す寸前まで“竜の因子”をため込んで、その半数を“遺伝”させたのだ。ティキという少女が、人間として……“竜の因子”の保有者としていかに桁外れか、それは“竜の因子”保有者たちにしかわからない。

(その上、あなたは上位の竜、クトリスをその身で討伐した。“因子吸合”は竜の因子保有者に対して、有効な属性だわ。だから、あなたはクトリスの因子を手に入れた。)

(ルックワーツの超兵も、少数とはいえ、竜の因子をもっていました。)

“因子吸合”によって回収された竜の因子はさらに少なかったとはいえ、徐々に徐々に増えてきていた。


 ティキはまごうことなき天才である。少なくとも、アレイティアになるべき条件は達成している。

 神獣の作成。知識も技術も持っていなかったティキは、本能のみでアオカミを作り替え、支配してのけた。

 政治家として優秀。シーヌのためがあったとはいえ、セーゲル、神山共にティキは政治家として、指揮官として。優秀な成績を残した。民主主義や賢民制度を破壊した。アレイティアにするには少し足りないが、それでもきちんと高評価が出来る成果を残した。

 息子を産んだ。どこからどう見ても“五神大公”として優秀な、多量の竜の因子を保持した子供だ。


 “神の愛し子”アギャン=ディッド=アイ。元の名を、ビレッド=ファムーア・アレイティア。

 “災厄の巫女”ピオーネ=グディー。先祖を辿れば、ムリカムの家系に行きつく巫女。

 “洗脳の聖女”ユミル=ファリナ。先祖を辿れば、バデルの家系に行きつく聖女。

 “竜の因子”を持つ敵を数多倒してきたシーヌのそばにいたティキは、“因子還元”による因子の回収も異常なほどの多さを誇っていた。そう。

(あなたは最初から、特別な人間。シーヌやデリア、チェガたち全てと……アスハとすら異なるほど圧倒的な、天才。)


今代の、アレイティア。ティキがそう呼ばれる存在であることを否定できるものは、少なくとも五神大公にはいない。だからこそ。

(この血を飲めば、あなたはもっと、強くなれる。)

それは悪魔の囁きのようだった。ティキが今代のアレイティアであることに文句を言われないのであれば、シーヌと結婚したまま公爵家の一員であることもまた、文句を言われない。


 でも、だからこそ。

「私は、この血は飲みません。」

私は、アレイティアにはならない。息子には選択肢はないのかもしれない。でも。

「少なくとも、今後の私の扱いが決まるまで……私は、竜の血は、飲めません。」

決然と、そう言い放って。

(そう……それでこそ、私たちが見込んだ花嫁だね!)

これまででいちばんはっきりとした……無邪気な声が、聞こえた。




  直進し続け、階段を駆け上がった。今は二階、敵は全然出てこない。

「もっといっぱい待機しているものだと思ったけど……。」

「いや、最終防衛線だろう。最大戦力と、その他大勢。そんなところじゃないか?」

途中で防衛線を小出しにするより、最後の一枚を分厚くする。アレイティア公爵はその決断をしたようだとデリアは分析した。


 次の瞬間、地面が揺れる。おそらく、真下。真下から振動が伝わってきていることを、デリアとシーヌは直観する。

「シーヌ、“索敵”!」

「……チェガが、押されている。」

索敵の魔法をかけたシーヌの答えに、デリアの頬が引き攣った。あれほどの啖呵を切っていたにも拘らず、まだ五分経ったくらいでチェガは押され切ったらしい。

「どういうことだ?」

「いや……この屋敷の構造だ。このエリアは多分、玄関の少し進んだ先の直上だ。」

十メートル押されれば、それだけで戦闘位置が真下に来るということ。

「デリア、急ぐぞ。」

「……いや、無理だ。」

シーヌが戦闘に意識を切り替える。戦わずに済むなら、ティキを探し出してそのままとんずらしようと思っていたのに、それが出来ない。この期に及んでシーヌは、ようやくそれを認めた。


 だが、現実は非情だ。シーヌがアレイティアに殴り込みをかける方を優先するという決断をするには、些か……30秒ほど、遅かったらしい。

 デリアが一歩下がる。一歩だけ下がった、その場所に巨大な穴が開き、ナニカが吹き飛ばされて転がった。

「ぐ、う?」

満身創痍。そう、満身創痍で、手加減されて痛めつけられましたと言わんばかりのあり様のそれは、チェガ=ディーダ=グリュン・ケルシュトイルのはずだ。

「おうおうおう、ちょうどいいところにいらっしゃいましたねお坊ちゃん方。お前はここで死んでいただきましょうか!」

巨大な斧を振りかざし、穴から飛び上がってくる男。それに対して、デリアは剣を合わせて押し返す。


「先に行けシーヌ!こいつは俺が相手する!!」

「敵うのか?」

「やるさ!!」

チェガが吹き飛んだ。チェガが満身創痍なのを見て取るに、相当強い。デリアで相手取るのは厳しい。だが。

「速く、行け!」

ここでこいつを抑えなければダメだとデリアは判断した。この先、より強い相手に出くわすかもしれない。だが、ティキを救いたいという想いを持つシーヌは、先に進まなければならない。


 シーヌが、何も言わずに駆けていくのがわかった。だが、その足音は比較的早くなっている。身体能力を上げたのだろう、あいつの魔法はどこまで際限がないんだろう、と異常な身体強化能力に呆れの息を吐く。

「いいのか、残って。この先には“単国の猛虎”様がいらっしゃるぞ?」

冒険者組合第61位だっただろうか、それくらいの強さの個人を出されて、ギョッとしたように一瞬目を見開く。


 目の前の男は、そこまで強くないだろう。デリアやチェガよりは格上であろうが、“単国の猛虎”ほど強くはない。

 シーヌが“単国の猛虎”を相手取るなら、自分はここで足止めくらいやってのけようと思う。シーヌとデリアは同期だ。シーヌとデリアは、本当の意味での実力に、大した差はない。

 だが、実績だけで見るとシーヌの方が格上で、だからこそデリアは、シーヌを羨ましく思っていた。


「少しくらい、同期には恥じない戦いをしたいと思っている。」

シーヌはデリアに、勝てとも、任せるとも言わなかった。デリアが勝てないとシーヌは思っているわけだ。実際にそれくらいの実力差はあるので、デリアに文句はない。

「互いを信用してないという意味でも同じだろうしな!」

踏み込もうという姿勢を見せる。目の前の戦士は、それを迎撃しようと構えをわずかに変え、その隙をついて反対側へと踏み込んで見せ……剣を抜く前に、万全の体制を整えられる。


「シーヌとやらがこの先、勝てることはないだろう。貴様はなぜ、シーヌに助力する?」

敵が問う。一瞬、デリアが考え込むように硬直し、隙ありと言わんばかりに敵がデリアに襲い掛かる。

 体を逸らして対処した。無茶な姿勢を戻す隙を作り出すべく、炎を撃ち放って無理やり距離を開ける。

「父を動機にしていたんだけどな。」

あっさり死んだ。その理由をそれだけの価値をシーヌに求めていると言い張った。

 だが、きっと本当はそんなこと関係なくて。


「俺はシーヌに同情した。あの地獄を俺は体験したことがなかったし、これからも体験したくはないが、あの地獄が当たり前だったということは嫌でも理解したからだ。」

同情。そう、同情だ。デリア=シャルラッハ=ロートという人間は、どこまでも。シーヌに同情し、憐憫を感じ、憐れんでいるからこそ同行している。

「シーヌは目的を果たすだろうよ。俺はそれだけはよく理解できる。」

あいつの執念の対象にされた以上、逃げ場はないとデリアは叫んだ。


「逃げ場?アレイティアが逃げるものか!」

降り下ろされた斧。デリアが今まで見た、誰よりも何よりも重い、斬撃。“奇跡”によって超強化されたチェガを、あっさりと戦闘不能にしてのけた一撃。


 それを、デリアは前進し、斧の柄元を抑え込むように迎撃して。

「違ぇよ。逃げられないのはアレイティアじゃなく、ティキだ。」

アレイティアへの攻め込みは、ついでだ。これは、シーヌとティキの執念の追いかけっこに過ぎない。


 そして。仲間内で最も、誰よりも赤の他人であるデリアだからこそ。気づいていた。

 この絵を描いているのは、シーヌでもティキでも、アレイティアでもムリカムですらないということに。

 今は、関係ない。そう思って首を振って。


「行かせねぇ!シーヌの目的を達成するまで、俺はこの先には行かせねぇ。」

なぜなら、そうしなければ。あの悲しい男は、悲しいままで生涯を終えてしまうから。


 報われないと知って、なにも生まないと分かった上で復讐を止められなかったシーヌを、デリアは救いたかった。

 素直じゃないのはわかっていた、あいつを救いたいと思って、でも簡単には認められなくて。父が死んだ理由も……実のところ、とっくの昔にデリアは理解しきっていて。

(魔法概念“奇跡”、その区分は……)

声が、聞こえた。そんな気がして、デリアは叫んだ。


「うるせぇ!!」

敵の斧を弾き返して、デリアは叫ぶ。

「俺の人生は俺のもんだ!シーヌのために俺の人生を勝手に決めてるんじゃねぇよ、“奇跡(クロウの亡霊)”とやら!!」

雄叫びをあげて、剣を振るう。すべては己の満足のために。


「手合わせを願おう、冒険者組合員!」

格上相手に、踏み込んだ。

元来やる予定で、削った分のストーリーがあるのですが、その分が牙を剥いて襲いかかってきました。

予定では現在の“恋物語の主人公”編に入る前に“空白の魔法師”編が入るはずで、そこでデリアについてもう少し語る予定だったのですが……うん、多分今話まで一番浮いてる人だったのでは?


“空白の魔法師”編では、アレイティアに命令された数国が、“蒼髪の戦乙女”ティキを自由にしたくないためにセーゲル・ケルシュトイル同盟に攻撃します。

代表国はアレクシャール双王国。そこにグディネ、アストラスト、ブランディカ、央都聖人会が入ります。


迎撃するためにケルシュトイルとミスラネイアから兵士が出て、チェガが指揮のために居残ります。というのが表の話。


裏で、前回と今回書いたようなティキ側の話が進行します。具体的にはアレイティアで生活する数ヵ月の物語ですね。

話し相手もシーヌもいない生活で心が憔悴したティキは、肉体が若干竜に近づきます。不味いと思った公爵はティキに話し相手と助産婦やらメイドやらをつけた上で、部屋のものを破壊されると堪らないので部屋の壁を石製に変えます。

そこでティキは大量のアレイティア秘蔵の資料を読むことで心を落ち着けることに成功、“竜の因子”と己の異常さを自覚する……という裏の話。


これが出来なくなったので、最終章で伏線ごとまとめて回収中、若干追い詰められて……いや、頑張れ、あと十話くらいで完結できる……!


ということで無事完結できるようお祈りください。

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