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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
恋物語の主人公
305/314

ケルシュトイルの王配

 駆けだした。

 デリアとチェガを引っ掴んだシーヌは、軍の先へと“転移”して軍を抜け、たった三人で敵地へと……アレイティアの領域へと足を踏み入れた。




 例えば。戦争で、城攻めを行っていたとして。迎撃のために城から出た部隊が、防衛軍の全兵力だろうか?そんなわけがない。

 むしろ、防衛の方が本命だ。そちらの方が、基本的に兵士の数は多い。


 アレイティア公爵はシーヌたちをなるべく別荘の外で対処しようとしていたから、最大戦力含めた最も攻撃力の高い部隊を迎撃に向かわせたが……まだ別荘に残っている兵士の方が、数としては、多い。

「邪魔だ!!」

デリアが剣を一閃する。チェガが槍を振り回し、シーヌが魔法で一掃する。

「数だけは多いな……。」

とはいえ、別荘内に侵入することには成功している。そこそこ高い壁と、そこにまんべんなく配置された兵士たちを見た瞬間、シーヌは再び“転移”を使った。


 超高度まで跳躍、壁の内まで視界に収めて、“転移”で移動。そんな無茶を通してしまえば、防御のための壁も防衛のための兵士も、役に立たないただの案山子になり果てる。

「シーヌ!あいつら早い、囲まれる!!」

チェガが叫ぶ。兵士のほとんどは壁に拠って防衛していたとはいえ、万が一抜け出られた場合のことも考えられてある。

 わずかな……とはいえ数百もの兵士に足止めさせられている間に、防衛線の方から迎撃のために兵士たちが帰ってきていて。

「ここで時間を取られるのはまずいな……シーヌ、デリア!ここは俺が残る、早くティキを助け出せ!」

「……わかった!」

わずかな葛藤ののち、チェガは決断する。ティキを助け出し、逃げ切りさえすれば、ティキはムリカムとの約束に基づいて保護される。ティキを早く助け出しさえすれば、後は何も考えることはない。


 ティキを助け出すまでここで兵士たちを足止めする、チェガのその決断に、シーヌは少し考えたのち、それが唯一の道だと判断する。

「ちょっと待てよ!」

チェガが、足止めに残る。それにデリアが慌てて止めに入る。

「俺が残る。」

「ダメだ!」

チェガが叫び返す。デリアの申し出はある意味においてはもっともだ。ティキを奪取し、シーヌとティキが出てくるまで誰も通さない……死なないという意味でなら、確かにチェガよりデリアのほうがいいに決まっている。


 チェガとデリアでは、デリアの方が実力は上。継戦能力も高い。チェガが役不足であることは否めない。

「この先は本物のアレイティアの護衛が出てくる。俺じゃ、最悪3秒も稼げない。」

ぐ、とデリアは息をのんだ。その通りだ、デリアとチェガに明確な実力差がある以上、格上との戦いで時間を稼げるのもまた、実力が高い方なのは明白だ。

「俺じゃ、役不足だ。先に進むのはお前が行け。」

時間がないと、チェガはデリアの背を押す。既にシーヌは先に進んでいる。さらに先には、少してこずりそうな数の兵士たち。


「シーヌを、任せる。お前は、シーヌが幸せを受け止めるまではシーヌを裏切れないんだろう?」

そうだ、とデリアは思う。シーヌの不幸を見た。シーヌの喪失を見た。シーヌの人生を体験した。そこまでして、そこまでされて……わかるからこそ、シーヌに殺されることを許容できた父を理解できなくて。

 これが終われば。

「そうだな。……これだけで、いいんだよな。」

だから。

「任された。……死ぬなよ、チェガ。」

「おう、死なねぇよ。俺はケルシュトイルの王族様だぜ?」

「は。どうだか。」


軽口をたたいて、駆け出した。チェガの代わりに、シーヌを必ずティキの元まで送り届けると、そう決めて。




「って得ても、まあ厳しいのは変わらねぇんだけど。」

槍を振るう。大量に作り出した槍を、シーヌの前方に向けて数発。まともに食らった兵士が何人か吹き飛び、絶命し、動揺する。

 その隙を逃さず駆け抜けたシーヌとデリアが、まっすぐに奥へ奥へと突き進むのを見て、チェガは後ろに向き直った。

「さぁて、そういうことなわけだが。悪いが、ここから先は行かせねぇ。」

別荘唯一の、入り口。アレイティア公爵家では、地下道も出入り口も、窓の数すらも厳しく制限されている。“神の愛し子”が失踪した影響で、もともと多かった制限にさらに拍車がかかったためだ。

「アレイティア公爵が出てこれる場所もここだけなら、屋敷に入る場所もここだけ。……通すわけにはいかねぇよな。」

スッと、槍を構えた。今の自分は、きっと。

「“神の愛し子”と戦った時ぶりに、絶好調だ!」

魔法概念“奇跡”。その区分は“友愛”。冠された名は、“友が為の修羅”。


 シーヌのために、彼はこの場で、敵を釘付けにすることが、出来る。




 子が、産まれた。

 シーヌと私の子を胸に抱きかかえて、涙をこぼす。

 子供の泣き声が、さびれた石の壁に響いている。私につけられた助産婦が、その姿をただ淡々と眺めている。

 彼女が私に声をかけることはない。だが、彼女は私から子を取り上げる気配もない。


 彼女は私の味方なのだろう、と少し力の抜けた体で思った。

「名前は……何に、しよう?」

シーヌと話し合う暇もなかったから、まだ名前が決まっていない。もしも私がここに来ていなかったとしても、シーヌが目覚めた保証はないし……それだけじゃない、今目覚めているという話も、伝聞だけで信じていいものかどうかわからない。


 ここにきてから、徐々に心は弱ってきていた。それを誰より理解していたのは、私自身だ。少しずつ少しずつ、本当にシーヌが来てくれるかを不安に思っていたし、こんなところできちんと子供が生まれのかも、不安で不安で仕方がなかった。

 でも、父はアレイティアだ。私に死なれたら困る、死産されるのもまた困る。要は、私が使い物になれないと困る。だからこそ、環境だけはしっかりとしていた。私のわがままもある程度通っていた。

 足りなかったのは、心のぬくもりと、私自身の心だけ。

「困る、ね。」

どうしても、前に歩き出せる気がしない。ここから動き出せる気がしない。


 でも、子が生まれた。アレイティアは勇んで次代の子を産ませようとするだろう。

「ティキ様。こちらをお飲みくださいませ。」

差し出された器。中には、生臭くて赤いナニカ。

 それが血であることは、戦場に出たティキはもう十分に知っている。アレイティア公爵に聞いた話と統合すると、これはほぼ間違いなく竜の血で間違いないだろう。


「子供を産んで初めて、“竜の因子”を理解したよ……。」

頭で理解するのと、身体で理解するのとは大きく違った。息子を産んだ瞬間、身体の中から大事なものが抜け落ちていった気がした。それが、子を産んだことで感じたものなのか、それとも“因子継承”によって感じたものなのかはわからない、が……

「私の力は間違いなく、弱くなっている。」


過度の運動が出来なかった反動……だけではない。なんというか、身体そのものの強度が落ちてしまったような、そんな感覚。

「でも……血を飲んじゃえば。」

これから、アレイティアのために働き続けることになる。夫以外の子を、産ませられることになる。それはイヤだと、はっきりと言える。

(大丈夫。そうはならないよ。)

声が、聞こえた。前もこんなことがあった気がする。

(シーヌが来てる。明日には来るよ。大丈夫。)


何度か声を聞いて、思い出した。これはあの時……“神の愛し子”と戦ったときに感じたもの。

「あなたたちは……?」

(敵じゃない、とだけ。とにかく、シーヌが来るよ。アレイティアはその対処に追われている。あなたを失えないから、あなたを人質にすることも出来ないんだ。)

その言葉は、信じていいものだとティキは思った。ても、血を飲んでいい理由には……

(なるよ。だって、今“竜の因子”をとっておけばあなたは前と同じくらいには戻れる。……冒険者組合最上位の組合員だった、“自在の魔女”の因子を受け継いだ、魔法使いに。)

そう言われると。ティキは、竜の血が入った器に手を伸ばして、一気に煽る。


「これ、は……。」

あまりに、不味い。しかし、失なわれた何かが戻ってくるような、そんな感覚。

「うっ……。」

込み上がる嘔吐感を誤魔化しながら、立ち上がる。

(こっちに来て。あなたが助かるお手伝いをしてあげる。)

ティキは光に導かれるように、アレイティアの屋敷を歩き始めた。


 気づけば、助産婦は。息子から手を離して、椅子の上で睡魔に身を委ねていた。

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