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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
恋物語の主人公
304/314

戦場の影刃

 シーヌが“災禍の具現”を降伏させた。

 アゲーティル=グラウ=スティーティアという常識人にとって、ありえないことだった。言ってしまえば、シーヌではグレーに勝てない。秘策、とっておき……それに類する何かをもって一撃を与えようと思えばできるだろう、そしてそれを為したのであろうことは、シーヌの持つ短剣から滴る血が証明している。

 だが、それで勝てるわけがない。一撃当てられるというのは、殺せるというわけではない。シーヌではどう足掻いたところで、一対一でグレーに勝てるわけではない。

「討ち取った、じゃあないし、『降伏した』ってところが肝かいな。」

“次元越えのアスハ”との盟約でもあったのだろうか。ミッセン陥落に関する情報は、シーヌよりも正確に得ている。ミッセンを落としたのが“単国”三人ではなくてグレーが行ったことも、聞いてはいる。


 だから、そんな邪推をしてしまうのは仕方がないことだった。実際、シーヌはグレーに買ってはいない。グレーがシーヌの背を押しただけ、である。

 敗北というより、同情。あるいは憐憫。次第によっては、敗北よりもより一層惨めではあるものの……シーヌが未だ堂々としているのは、彼への協力者の大半が彼への憐憫で成り立っていたからだろうか。

「とはいえまあ、あんたらの言う通り、“災禍の具現”は帰ってこえへんかったわけや。」

じゃあまあ、やるか。グラウは重い腰をようやっと上げた。

「ティル?」

いつの間にか傍に来ていたファリナが声をかける。そっちにチラリと視線をやると、

「リナ、気付いとるか?このままやったら、どう足掻いても二国同盟軍は勝てへん。」

アフィータ、ワデシャ、チェガが指揮を、前線維持を試みている現状、勝ち目がないのは誰の目にも明らかだ。勝つためには、少なくとも攻勢に出なければならないが、いつの間にか同盟軍は守勢に立たされている。


「ええ。兵士の練度が違います。後、あちらにいる冒険者組合員二人が本気を出せば、その時点で崩壊するでしょう。」

「ほんでや。勝てへんだけやったらまだええんやけど、撤退すらできずに蹂躙されるんはよろしくないんやわ。」

少なくとも、チェガ=ディーダ=グリュン・ケルシュトイルは助け出さなければならない。この中で最も重要な人物は、彼だ。


「っつうことで、まあ、俺もシーヌに本腰入れて協力することにするわ。リナ、戦場守っててもろうてええ?」

「……ティル。」

「あん?」

歩き始めたグラウの言葉に、うんともいいえとも言わずにファリナは声をかける。

「死んだら、許しませんよ?」

「え、っつうても2対1やで、しかもガチガチの冒険者組合員。」

「ええ。死んだら、許しませんよ?」

うんと言うまでは行かせない。そう言わんばかりにグラウの肩をガッシリと掴む。グラウは振りほどこうと思えば振りほどけるはずだが……どうしてだろう、振りほどける気がしないなと笑う。

「許さんって、具体的にどうするんや。」

「後を追ってお説教です。」

死んだら私も死んでやる。そう言っているのと大差がない。


「そりゃ困るわあ。俺かてリナに死んでほしくはないわ。」

「じゃあ、死なないことです。いいですね?」

「……ほな、ええわ。リナは俺のそばにおってくれや。」

2対1で戦えば、確実に自分が死ぬ。それをわかっているからこそ、「死ぬな」というなら死なないようにするしかない。


「シーヌ!!」

叫ぶ。チラリと、アフィータを見た。彼女なら、指揮する軍が倍になっても勝てるだろう。

「全員呼び集めろ!!」

グラウの方を向いたシーヌが、こくりと頷いた。“転移”によって、アフィータ、ワデシャ、チェガ……デリアとアリスも呼び寄せられる。

「ええか。戦争で足止め食ってるわけにもいかんし、このまま時間が過ぎるっちゅうんはアレイティアにとって得でしかない。」

さっきの空で輝く光と、戦い始めた獣たち。アレイティアの特性を考えるなら、あの光はティキのもので間違いないだろうし、ということはティキは今、魔法が使える状態……子供を産んで一日、とか、その辺だろう。


 つまり、アレイティアがこれから子供とティキをさらって逃げる可能性は大いにある。ティキと子供を取り返すだけなら、ここで戦争を続ける理由は特にない。

「俺と、ファリナで組合員共の相手するわ。デリア、チェガ、シーヌはアレイティアんとこまで走れ。アフィータ、ケルシュトイルの分まで全軍指揮。ワデシャは変わらず遊撃と、アフィータの防御。アフィータ死んだら負けやから、頑張ってな。」

気軽に、彼は言う。唖然とした表情のアフィータとワデシャを置いて、決然とした表情のシーヌとチェガを無視して。

「アリス、悪いんやけど戦場に残ってくれ。地力の差がある分、これからこっちが押され始める。あんたがおらんと負けるから。」

デリアについていけない。それを聞いて、グッと唇をかみしめて。

「デリア。」

「アリス、頼む。……終わったら、一緒にアテスロイに帰ろう。」

「……うん。」

覚悟を、決めた。アリスはアフィータを見上げて。

「行きます、アフィータさん。どこが押されてますか?」

「……、っ。」

アリスの言葉に、ハッとしたように顔を挙げたアフィータが後ろを振り返る。デリアという足かせを失った冒険者組合員は、いきなり放置されたことに怒っているようで動きがない。

「全部、です。」

一瞬、指揮から外れた。それだけで、わずかに押され始めている。たったこれだけの人数とはいえ、抜けた穴は意外と大きい。


「わかりました。」

アリスが派手で大きな炎を5つほど、作る。それを、最前線に叩きつけるように送り込んだ。

 アレイティア軍がいきなり叩き込まれた魔法に動揺を見せる。その瞬間に、アフィータは指揮に戻った。


「シーヌ。はよ行ってくれや。」

グラウの言葉に、シーヌはハッとしたかのようにチェガとデリアの手首を掴んで、

「行くぞ。」

“転移”で、視界に映る最前方……軍の後ろへ、抜けていった。




「ふ、ざけんなぁぁ!」

叫び声をあげるのは、冒険者組合員。デリアが急に前方から消え、デリアとうまく連携を取っていたアリスも消え、急に放置されることになった冒険者組合員だった。

「あぁもう怒った。全員死ね。」

スッと腕を引いて、正拳突きの構えを見せる。

「ハァ!」

衝撃波が、軍の半数を崩壊させるはずだった。それだけの威力が、その攻撃には込められていた。

「悪いねんけど、そりゃ通さへんわ。」

ヌッと伸び出た影が、その衝撃波を余すことなく吸収した。

「“戦場の影刃”アゲーティル=グラウ=スティーティア。ちょっと、本気で戦わしてもらいますわ。」

ここ一年で久しぶりに大剣を抜いて、彼は堂々と宣言する。

「あんた一人じゃ、たぶん俺は倒せへんで。」

敵の脚めがけて、影の刃が次々に敵に、襲い掛かった。


 “戦場の影刃”。この名前を聞いた時、多くの人間がこう思う。

「聞いたことがない名前だな。しかし……暗殺者か。」

この組合員もその例にもれなかった。思いっきり大剣を抜いているのを目にしながら、その大剣は飾りだろうと断じた。

「行かせてもらう!!」

拳が次々と振りぬかれる。相手の手の内が読めないうちは、距離を取りながらチマチマと攻撃しろ。“単国の猛虎”は彼に対してそう教えていたがゆえに、その通り、拳状の衝撃波が次々と遠間武器としてグラウの方へと殺到する。

 だが、グラウはそれらの全てを、影のような黒い靄で受け止め切った。その組合員の攻撃意思では、グラウを傷つけるには至らない。


「暗殺者系やっつう予想はたいして外れちゃおらへんよ。」

組合員の正面。10メートル近い距離を一瞬で詰めて見せたグラウは、その大剣を振りかぶりながら告げた。

「俺は本気出したら目撃者は全員殺しとるからな。確かに、ある意味暗殺者や。」

振りぬいた大剣には手ごたえがない。驚きもない。この組合員が噂通りで、見抜いた通りの実力ならば、これくらいは避けるだろうという確信もあった。

「おっと?」

組合員一人ではグラウの対処に時間がかかると踏んだのだろう。傍観を決め込んでいた“災禍の具現”の弟子が、炎の柱を立てて見せる。


「おぉ、怖い怖い。」

ファリナが“単国の猛虎”の弟子の方に暗殺を仕掛けて、失敗して弾き飛ばされた。そう、それでいい。

「俺らはまあ、ことが終わるまでの時間稼ぎや。あんたらさえおらんかったら、同盟軍は5~6時間は戦えるやろ。だからまあ……」

半径5メートルくらいの範囲に、暗い影が広がる。その中心で、グラウは笑って見せる。

「しっかり相手してくれや。」


グラウを戦場に放り込めば、一気にアレイティアが押し返される。グラウを放置してどちらかが軍の手助けをしようとすれば、その隙をついてグラウかファリナに命を掻き取られる。


 強制的にグラウによって作り出された拮抗状態に、組合員二人は、追い詰められた自分たちの未来を予想した。


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