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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
恋物語の主人公
303/314

主役なき戦場

 シーヌが“災禍の具現”を連れて跳躍したことで、そこにはセーゲル・ケルシュトイル軍と……アレイティアの精鋭軍だけが残された。

「お、おい?」

デリアは戸惑いを口にする。勝ち目のない戦いを何とかアリスがしのいでいたかと思えば、本気を出そうとした敵をシーヌがどこかへ連れて行った。


 この軍の総大将はシーヌである。お飾りとはいえ、総大将のいない軍が戦うわけにもいかない。デリアは目の前にいるアレイティア公爵の軍を相手にどう対処するべきか戸惑い……

「セーゲル軍!弓を取れ!我らはティキ=アツーア=ブラウを救出するため、戦闘に入る!」

アフィータの叫び。それに呼応するように、アレイティア公爵家の軍勢に向けて、セーゲル軍が弓を構える。

「え、ちょ?」

「私たちの目的はティキの奪還です。シーヌさんがいようといまいと、目の前のあれが障害になることは変わりません。」

むしろ、軍と渡り合う前に全滅の可能性が高かった“災禍の具現”を一手に引き受けてくれたシーヌに、助かった節すらある。最悪シーヌが負けたとしても“転移”を用いてどこかへ飛んでいる以上、再びこの地に現れるまでには時間がかかるだろう。


「アレイティアの屋敷まで、突破します!今こそ、恩を返す時です!」

ティキがシーヌに恋をしていた乙女であることを、セーゲルの軍は結婚式の日に目撃した。セーゲルの兵士たちは他者の幸せを願える者たちである。それしかできない者たちである。だからこそ、セーゲルなんて街にずっと生きていられるわけで。

「ティキ様を救え!!」

セーゲル軍がすぐさま進軍を始める。たった3千の軍が、天下のアレイティア公爵軍に向けて何の躊躇いもなく突き進む。


 アフィータは目を瞑った。ルックワーツとの戦い。10年にもわたる小競り合い、敗北必至の状況での、ワデシャの裏切りによる、再度の拮抗。

 そしてそれを終わらせて見せた、ティキ=アツーアという、一人の少女。

「ティキ様は我らを救った!我らを護った!ティキを救うことは、セーゲルを護ることと同じ!」

こじつけである。だが、嘘とも言えない。


 アレイティアは、知りすぎたセーゲルを滅ぼすことを視野に入れている。それについてどう思うかを、ムリカム直々に問われている。

「ティキを救えば、アレイティアは変わらざるを得ない。」

ティキの血脈が、必ずアレイティアになる。ティキに息子娘か、それともティキ自身かはわからない。だが、どちらにしてもセーゲルを滅ぼすという決断はしない、あるいは遠のくだろう。


 そんな話は、兵士たちは知らないが。ティキを救うことがセーゲルのためになるということは、信じている。一度自分たちを助けてくれたのだ、これからも助けてくれるだろうと、盲目的に。

 それは、ケルシュトイルも同様だった。


「お前ら!ケルシュトイルは三大国に勝利した!ベリンディスを統合し、今や小国の枠からも脱しようとしている!それを行ってくださったのは、誰だ!」

「ティキ=ブラウ!“蒼髪の戦乙女”!」

兵士たちが叫び返す。誰だ、“青髪の戦乙女”って。チェガが一瞬呆気にとられたように呆けるが、すぐに冷静さを取り戻し叫んだ。

「では!我らが故郷から神獣を駆除し、死に怯える日々に終止符を打ったのは、誰だ!」

「ティキ=ブラウ!“蒼髪の戦乙女”!」

え、本気でそれ二つ名にするつもりなの?と呆れる感情はさておいて。

「では、ティキを救うために!進め!!」

ケルシュトイル軍もまた、何の躊躇いもなく進軍を開始。


 アレイティア側が弓矢を放つ。さすがはアレイティア、弓の音から、ずいぶん屈強な兵士とずいぶん強力な弓矢を用いていることはわかる、が。

「守れ!」

兵士たちが盾をかざした。その盾に、守るという願いが込められて、大きく強く光り輝く。


 魔法概念“奇跡”、その区分は“願望”。冠された名は、“故郷を護る仲間とともに”。

 セーゲルを護らんとする、そして同胞と認めた仲間を救わんとする想いを増幅させ、守るという信念はより一層強固に、固く。


 アレイティア側から放たれた矢を、全てはじき落とした。


「お前は、危険だ。」

それを見て突っ込んでくる人影。アレイティアの手の冒険者組合は、別段数人だけというわけでもない

 そのうち一人が、非常に強力な身体強化を体にかけて、アフィータを殴り飛ばそうとし、

「それはさせない。」

デリアが、剣を抜いて割って入る。体制を整えるためにわずかに退いた、その着地先を狙って、アリスが氷の槍を投擲。その組合員は、蹴りで槍をはじき返す。

「“単国の猛虎”様の一番弟子様に、たった二人で挑むのか。」

「アリスとだったらまあ……二人で十分だ。」

デリアとアリスが、その組合員に突っ込んだ。




 アフィータの“奇跡”が、ケルシュトイル・セーゲル両軍の力を底上げしている。アレイティアと二国軍の兵数は、共に一万。しかし、圧倒的にアレイティア軍の方が実力は高い。

 アフィータの力をもってして、初めて拮抗を維持できる……そんな有様の中、チェガは必死に、四千ほどの自軍を護り、槍で敵を対処していた。


 物語のような勇者だったら、一万の兵士くらい蹴散らせるのだろうか。槍で兵士の剣を防ぎ、突撃をいなし、状況を見まわしつつ、混戦模様の兵士たちに的確に指示を出す。

 デリア、アリスと敵の冒険者組合員は互角に渡り合っている。二人がかりで互角の時点で、敵の組合員がどれほど強いかがよくわかる。

「嫌になるな。」

ポツリと呟く。シーヌとティキ無きこの戦場に、勝利の芽が全く見えない。範囲攻撃の使い手が組合員の対処に完全に回されたというのは、かなりな痛手だと……

「あれは、何だ?」

空をきらめく光。赤、青、白、黄と、次々に点滅し、輝いている。

「あれ、は。」

光の矢を放ち、次々と敵に命中させているワデシャがその光に目を奪われた。その瞬間、流れ矢がワデシャの方へと向かっていく。


「危ないですよ、ワデシャ殿。」

ファリナ=べティア=スティーティアがその矢をはじき返す。いつどこにいたのかわからなかったが、この戦場で戦っていて涼しい顔をしているあたり、彼女も冒険者組合員らしい化け物だ。

「あぁ、ありがとうございます。助かりました。」

一言、礼。それだけ聞くと姿が掻き消える彼女の姿を捜す無駄は、もうこれまでの旅路で理解していた。

「やはり、ですか。」

後方、一台の馬車。騎馬による全力の進軍に耐えられるようにされた馬車から、ネコの声が響き渡り、

「アオカミを投入……ここで、ですか。」

あの先に、ティキがいることが確定した。




 グラウは離れた場所でのびのびと光景を眺めていた。

「そうやなぁ、傍観する気でおったんやけども。」

ティキを救うべく、二国もの軍が徒党を組んで、アレイティア公爵なんていう大勢力に攻勢をかけている。全く、常識では考えられないな……とグラウは大きくため息を吐いた。

「デリア、チェガ、シーヌ、か?」

キラリと輝くそれが、同意するように身震いする。

「なんや俺には声かけんのかい。オデイアのおっさんには話しかけとったんちゃうん?」

それは、まるで意思でも持っているように。なにかを伝えようとするかのように光を振った。

「あぁ、そりゃしゃあないわ。オデイアのおっさん、あれでもほぼ8年くらいの付き合い……ちゃう?6年?どっちゃでもええわ。」

グラウは『はぁ』と再びため息を吐くと。


「まぁええわ。」

それが声を発さないことに対する抗議はいったん取りやめる。そんな無駄よりも、この光が主張していることの方が問題だ。

「……ええか、俺らは傭兵や。それに、それなりの実力者や。実力は隠しておくもんやと思うで。」

そう返されるのはわかっていたのだろう。しかし、光球は『お願いします』とでもいうような輝きを見せていた。

「今デリアらが相手しとる奴と、軍の中におる動いとらん奴やろ?実力的には200位相当が二人か……出来んでもないけど。」

まあ、光球の言うとおりになればやったってもええ。そう返すと同時に、キラキラと光が見えた。


「嘘やろおい。」

アオカミという名の獣六頭を含めた、セーゲルとケルシュトイル混成軍の直情で、開いた門。


 まるで空から呼び出されたかのように降りてきた少年は、軍を見て。

「“災禍の具現”は降伏した!まだ続けるか、アレイティア!」

一瞬で、声は戦場に伝播した。


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