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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
伝統の聖女
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明闇

 シーヌは最初の一つ目のレポートを読み始めて、すぐに投げた。部屋1つに収まったレポートを見た時はその量に圧倒されて気付けなかったことに気付かされた。

(これ、新しいのが前にある……!)

つまり、一番古いレポートは、この部屋の一番奥にある。


 しかも、その古いレポートが読まれていることが前提で新しいレポートは書かれている。

(面倒くさい)

「手伝ってはいただけませんか?」

「老人に無茶させるものではないぞ、少年。」

ムカッとした。だが、こうなることを老人は見越したうえでやっているのはわかった。

「私たち以外の冒険者はこの街にいますか?」

「いると思うか?」

いないだろう、とシーヌは思った。冒険者組合に所属している人間は、全世界人口の0.01%に満たない。


 こんなところに、この老人と、シーヌと、ティキがいる。冒険の理由も、より大きな研究の題材もないのであれば、三人もいれば過剰と言えた。

(ティキに手伝ってもらおう。)

ティキ以外には手伝ってもらえない。ここは冒険者組合だ。


 たとえ支部とはいえ、試験があるなどの例外が無い以上、他の人間に手伝ってもらうわけにはいかない。

「問題は、ティキが機密を黙っていられるかどうかだよね……。」

呟きながら、溜息をついて出口に向けて歩き出す。そろそろカレスも待たせすぎてしびれを切らすところかもしれない。




「お待たせして申し訳ない、カレス殿。」

「いや、構わんよ。必要な情報は得られたか?」

「いえ、これからです。冒険者組合に入り浸ることになるかもしれません。」

「そうか。たまには訓練場にも顔を出してくれ。」

「もちろんです。で、次はどこに行くのですか?」

内心首を傾げつつ、歩く。本来であればこの将軍がシーヌに敬語を使うものであって、シーヌが将軍に敬語を使うのはおかしいはずなのだ。


(まあ、気にしても仕方ないか。)

立場の上下さえはっきりしていれば、敬語を使うかも敬意の有無も些事でしかない。シーヌは軽くそう思うことにした。

「うむ、飯だ。パスタでもいただこうではないか。」

そういうとズンズンと将軍は進んでいく。シーヌは早足についていく。


 カレスとシーヌでは体格が違う。シーヌが身長170センチくらいの細い少年なのに対して、カレスは200を超えた、隆々たる体躯を持っている。

 一歩一歩の幅が違えば、進む速さは全然違う。シーヌはカレスの後をついていくために、早足で駆けるように進んでいく。


 人の間を縫わなくていいのがせめてもの救いだ、とシーヌは思う。隣を歩いているのではなく、後ろを歩いているので、カレスの巨躯が人をかき分けていく。

 急に将軍が目の前から消える。一瞬戸惑いかけたものの、すぐに彼を見つけて後を追う。

(身のこなしは一級品。おかげであの巨体でも姿を見失ってしまう、か)

彼の実力は確かで、さっき訓練場で見たその実力と相まって、副隊長と互角であるということに納得がいく。


 そしてシーヌはすぐに思う。彼はシーヌにとって、復讐の対象ではない。つまり、奇跡の未来誘導が通用しない。

(結果、戦えば必ず負ける)

彼は冒険者組合に興味がないのだろうか。彼が一人増えれれば、セーゲルという街は主力を一人失い、冒険者組合との戦力差がその分開いてくれるのだけれど、とシーヌは打算的に考える。

「冒険者組合に行くつもりはないな。というより、俺は実力不足だ。」

将軍がシーヌの考えを見透かしたかのように言う。

「まだ俺や聖女たちはお前に勝てる。だがな、あと数年もすれば勝てねぇだろうよ。」

将軍は、聞いてもいないことを推測で話しているようだった。何を聞きたいかは当たっているので、何も言わずに聞いておこうとシーヌは思って聞いている。


「人間ってのは無限に成長できるわけじゃねぇ。その点、お前は将来有望だろうよ。」

話を聞いていたら、店に着いた。あまりおしゃれな店ではなく、がっつりと食べるタイプの店だった。

「こんな店で、パスタ……?」

「店主、肉四人前くれ!」

「四人前?」

シーヌは何か信じられないものばかり見せられている気分で将軍を見る。しかし、将軍は気づかないかのように続きを話し始めた。

「ルックワーツ市とセーゲルの街が戦争を始めた時期について知っているか?」

「いいえ、知りません。」

とにかくシーヌは、自分の動揺をひたかくすように返事をする。


 実際、シーヌはそれを知らない。セーゲルとルックワーツが戦争ををしていること自体、初めて知ったのだ。

「『赤竜暴走事件』の直後からだ。どうしてだと思う?」

「いや、そもそも小競り合い自体知らなかったので……。」

答えつつ、思う。『歯止めなき暴虐事件』以前から、この街の人間はルックワーツの化け物たちと戦ってきたのだ。きっとそのころからルックワーツの兵は『超兵』と呼ばれうるだけの強さを持っていたのだろう。

 精鋭と言われるセーゲルの兵の力の一端を垣間見た気がした。戦闘能力は確かに低い。彼らのことを、強いと表現するわけにはいかない。しかし、心がきっと、強かった。


 ルックワーツの超兵とは、とどのつまり化け物だ。シーヌはそれを身をもって知っている。

「よく今日まで抗戦を続けているのですね。」

「うむ。聖人たちが決して、『赤竜殺し』を世に出すまいとしているからな。」

っどうしてか、とシーヌは思った。別に世に出られる程度を忌避する理由は、セーゲルはどこにあるのか。

「彼ほどの英雄をこの市一つで押しとどめて……何を、聖人たちは知っている?」

「それは俺も知らねぇ。」

独り言に対して返ってきたセリフに、そうだろうなと思った。そこはこの街の政治に関わる。


「上の政治ほど、一般に公開するわけにはいかない、か。」

「そうなのか?」

将軍のセリフに、徹底的な武人なのだろうとシーヌは当たりをつける。

「人間は自分のことしか考えませんからね。自分たちに不利な政策やお金の使い方をしていれば、文句しか言いません。」

「しかし、わかるようにしっかり説明すればいいのではないか?」

「そんなことをするのも、そうするように要求するのも、バカだけですよ。それをする間に街や国なんて簡単に滅びられます。」


「ふむ。……ふむ?」

どういうことかわからないのだろう。この人は絶対、その武威だけで将軍まで成り上がった人だ。

「将軍はいつからここにおられるのです?」

シーヌは、彼との信頼関係を結ぶことにした。もしも自分がピンチの時、助けてくれる腕の確かな味方がいてほしいと思ったからだ。

「うむ。超兵がセーゲルと戦争を始めたと聞いてな、王城の近衛兵士をしていたのだが、即座に帰って今に至る、という感じだな。」

王城。そのセリフを聞いて思い出した。ここはネスティア王国。国王が治める地だ。


「おかしい、それだけ長く小競り合いをしておいて、どうして国王が介入しない?」

「『聖人たち』に『英雄』だぞ。介入した時の被害が大きすぎる。」

給仕人がパスタを運んでくる。

(四人前……?)

絶対に、その倍はありそうな量だった。愕然としてそれを眺めながら、現実逃避をするかのように給仕人のセリフを頭の中で考える。

 赤竜殺しだ。上位の竜を殺した存在だ。それは即ち、一個連隊に匹敵する能力だ。

「なるほど。国一つが傾きますね。」

「だろ、賢いな、坊主。新兵か?」

「いいえ、冒険者組合の『空の魔法士』シーヌ=ヒンメルといいます。」


周囲の空気が固まった。これからきっといつもこうなるのだろうとシーヌはわかって、割り切って食事に手を伸ばす。

(にしても、多いな)

あまりの量に、食べきれないという確信とともにめまいを感じ、それを無視しながらシーヌは食事を始めた。




 そのあと、食べている間に口を開くことは両者ともなく、シーヌはかろうじて一人前、もといほぼ二人前の食事を食べ終えた。

「呆れました。とても大食いなのですね、あなたは。」

将軍は、三人前という名の六人前分の食事を完食し、満足したかのような表情でシーヌの隣を歩いている。

「シーヌよ、一つ言いたいことがあったのだ。」

暗くなった道の途中で、不意に思い出したかのように将軍が口にする。


「なんですか?」

わざわざ改めるかのように言うようなことが何かあったかな、とシーヌは考える。

「お前、何のために剣を帯びているのだ?大した心得もないだろう?」

それを聞きたかったのか、と思って安堵した。クロウの話かティキの話は、まだするつもりがなかったから。

「ええ、命を刈り取り、命を繋ぐための道具ですよ、この剣は。ここの兵と相対できる程度にしか、剣の心得はありません。」

シーヌは剣士でも魔剣士でもない。彼は魔法士だ。デリアなら剣術の腕も要っただろうが、シーヌには全く必要ない。

「ならば、訓練場に来い。助けが来るまで生き延びられる剣を教えてやる。」


生き延びられる剣と聞いて、シーヌの片眉がピクリと震えた。復讐を果たしたければ、死ぬわけにはいかない。死なないための剣は、殺すための剣とは別の意味で、シーヌに必要なものだ。

「わかった。行こう。感謝する。」

敬語をかなぐり捨てて、シーヌは言った。このほうが、感謝をより直接的に伝えられると、そう思って。




「“犠牲の聖女”様。アフィータです。入ってもよろしいでしょうか?」

聖女たちの集う塔の中心、この街の行く末を決めている闇のように黒い部屋の前で、アフィータは中の聖女に声をかけた。

 “犠牲の聖女”。ある意味において聖女という概念を凝縮したかのような名前を与えられて聖女は、今はいないとされる空席の女。


 しかし、アフィータはその名を呼んだ。セーゲルには今大、すべての聖女が揃っている。来るべきルックワーツとの決戦の時のために、身代わり、治癒、調教、要塞、どの聖女も姿を現していないだけ。

「どうしましたか、“護りの聖女”。」

若くはない声が彼女に問いかける。

「アレイティアの血脈と、クロウの残兵が共に行動しておりました。」

「やはり、ティキという少女はアレイティアの血脈でしたか……。」

さっきの“犠牲の聖女”が言う。

「なら問題は、()()()か、ということですね……」

「それなのですが、おそらく血脈婚のために育てられた娘かと……」

「アレイティア公爵家ですよ?何人いると……」

一瞬、沈黙が場を支配して。

「将軍が、クロウの生き残りと接触しています。気をつけてください。」

“庇護”が口を出す。将軍もいるのか……といった空気が場を支配する。


「一枚岩とは言えませんね。」

聖人が懸念事項に溜め息をついて。

「アフィータ、とりあえずですが、暇を見てティキを呼び出してください。」

“犠牲”はそういいおくと、ユラユラと体を揺らめかせながら奥の部屋の扉へと進んでいった。

次の更新は水曜日です。

ぜひ読みに来てください!

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