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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
隻脚の魔法士
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3.説明会

5月15日改稿しました

タイトルを変更しました

 かつて冒険者組合を受験すると決めたときに、シーヌの担任教師が言った。

「冒険者組合は、良くも悪くも『名前』を重視する。強いこと、著名であること。それが冒険者組合の絶対条件だからだ。つまり、試験監督も、有名人しかいない。」

その通りだった。これまでの試験も、名のある冒険者、名のある研究者、かつての騎士団長など、多くの有名人が試験監督だった。


 彼らの試験は過酷だったが、彼らはみな、人格者だった。言い訳にしかならないが、それでも、人格者しか試験監督がいなかったからこそ、教師がその後に続けていたセリフを、今になって初めて思い出したのだ。今の今まで、すっかり忘れてしまっていたのだ。

「その人格、人間性が正しいかは別にしてな。」

という、当たり前とも呼べる至言を。これまで受けた試験の実態を見ればシーヌを責められるものなどいないが、それでもシーヌは今になってようやく忘れていたことを後悔した。

 今回の試験監督は、人間性がまともとは言えないであろう噂が多い人間だった。


「よう、二足歩行する赤ん坊ども。今回の試験監督はこの俺、『金の亡者』ガラフとその配下の傭兵団だ。」

ざわり、と大きく受験者がざわめいた。シーヌも少し、身じろぎをした。このタイミングでか、という呟きまで漏れた。

(最終試験は、かなり厳しいものらしいな、やはり。)


 名を聞けばそれがわかるくらいには、あまりいい噂を聞かない男だった。それは、お嬢様学校に通っていたティキですら知っていたくらいの悪名である。

「依頼を受けている最中であっても、高い報酬が提示されたらすぐ乗り換える傭兵、よね?」

傭兵としての仁義もない、冒険者としての倫理もない、腕だけは確実の傭兵だった。


「てめぇらの試験は簡単。この町の南、城壁の外で俺たち傭兵団と七日間の追いかけっこだ。」

手をひらひらとさせて金色のカードを見せる。傭兵団員からあれを奪い取れ、ということらしい。


「これを南門の衛兵に見せれば、合格にしてやる。俺たち傭兵が、一人一枚持っていてやる。俺様としちゃ、赤ちゃんどもに最適な、かなり優しい試験だと断言できるぜ?」

合格だけなら、ここにいる全員ができるわけだからな、と豪快に笑う。その通りだろう。実際、盗み取ればいいだけだ。殺さなくていいというのは、ある意味優しい試験である。シーヌの頭に、本当にガラフ傭兵団が出してきた試験なのだろうか、という疑問が浮かぶくらいには。

 しかし、それでもシーヌは頬がひきつるのを止められなかった。なぜなら、百戦錬磨の傭兵を相手に、たった一枚のカードを奪いとるということなのだから。


「あ、あの話し方、正直受け入れられない、のだけれど……」

ティキが試験の内容よりもそっちに関心を示した。お嬢様だな、微笑ましいとシーヌはこころの奥で軽く笑う。

「傭兵にしては、まだ上品な話し方だよね。」

シーヌは聞こえなかったふりをして、少しだけ追い詰める。


 ティキに試験に合格しても、自分と一緒に歩んでもらうには、それなりに自分といた方がいいと思わせる必要があると思っている。というよりも、シーヌと一緒にいたいと思わせなければならない。

「きっと、依頼人に貴族とか商人がいるから、それなりの話し方も身に着けてはいるんだと思うよ。他の傭兵はここまで理路整然とした話し方はしないはずだから。」

ティキは貴族という言葉にピクリと少しだけ反応した。しかし、その後に追いうちのようにガラフがまともな方だと聞いて、完全に気分が沈んだような動きをした。


 当然だろう。お嬢様は、どれだけ行ってもお嬢様だ。傭兵のような野蛮な者たちと交流する機会など、無きに等しいものなのだから。

 シーヌは決してティキを慰めようとはしない。彼自身を高く売るためには、彼が動じない人だと思わせた方がいい。だからこそ、彼女をむしろ追い詰めるようなことを、軽いような口調でさらりと言う。

 彼は会話のすべてをかけて、彼女と一緒に旅に出られるようにしようと尽くしていた。どんな過去があっても、まだ彼女を大して知らなくても。なぜならば。

(僕が彼女に恋をしたのは、本当に奇跡だと思うから)

(奇跡が魔法なら、この恋は正真正銘の魔法のはずだから)

そう、シーヌは思っていた。彼は、魔法=奇跡という構図を、本当に信じている魔法使いだったからだ。だから、この魔法を、この奇跡を、詳しく知りたいと願っていた。


「そろそろ静かにしろやチビども!」

ガラフは受験者が静かになるまで、黙って待っていたが、全然静かにならないのでしびれを切らした。当たり前だ、彼はもとより自分の話を聞かないものを許せない人間だった。

「よぉし、黙りやがったな?話の続きをするぜ?」

ガラフの怒声で、受験者は我に返る。シーヌも思考の渦から帰ってきた。


「てめぇらはここにいるメンツでペアを組め。ただし、このカードは。」

ひらひらと金のカードをかざして、ガラフはかなり悪そうな笑顔を見せる。

「一枚で、一人合格だ。間違ってもペアで合格だと思うなよ?」

言うべきことは言ったというように、絶句する受験者たちを置いて去っていこうとする。


 シーヌは、一人一枚、つまりペア合格のためには二人、練度の高い傭兵から金のカードを奪わなければならないというルールを認識した瞬間、膝に力が入らなくなった。

 合格するその難易度が高すぎる。一人だけなら、なんとかできる。しかし二人は少し厳しかった。

「こ、これは……馬鹿げた難易度じゃん。ティキ、とりあえず、僕たちに割り振られた部屋に行くよ。」

冷静さを欠いてはいけない。彼がなるべく自分に言い聞かせていたことのおかげで、シーヌは恐慌状態に陥らずに立ち上がる。それでも、彼はまだまだ未熟者だった。完全に冷静であり続けていられるとは言えないようだった。


「ガラフ傭兵団長!いつから試験開始ですか?」

前方にいた一人の赤の布を腕に巻いた少年がガラフに問いかける。そういえば、試験開始の時間を誰も聞いていない。知るべきことを、知っていない。

 それが、冷静さを欠いていたという事実として、シーヌの脳に直接突き付けられた。気づけるほど冷静だった赤の少年への驚きと、気づけなかった自分への呆れが脳内を占める。


「……まだまだだな、僕も。」

「そ、それが認められるなんて、強いね、シーヌは……。」

ティキと二人、呆然と立ち上がった状態で言葉を交わしあう。自身の至らなさを認めることが、彼女に評価されるとは思わなかった。

「ふん、明日部屋の前にでもうちの団員を迎えに行かせるさ。お前は見所があるな、ガキ。この状況で良く冷静だった。俺自身が迎えに行ってやる。」


意識の外で、そんなことが聞こえた。時間は理解した。時間ではないが、試験について必要なことは、おそらくすべて理解した。1つ厳しいものを見つめてしまうと、他にも厳しい現実が、いくつも目の前に現れてくるものである。

「しかし、そんな細かいことを気にするなよ。俺のように大成したかったらな、面倒ごととか細けぇことは他人に丸投げするか、状況に流されていろ。」

 傭兵団長がまるで諭すかのように少年に語る。試験を出す側は気楽でいいな、なんて現実逃避的な思考に身を任せそうに、シーヌはなった。

「行くよ、シーヌ。」

 もう聞くべきことはないというふうに、ティキが立ち上がる。もう冷静になったのか、と思ったが、そうでもなかった。すぐ隣を見ると、ティキの惨状は目も当てられない。足もガタガタ、頭はフラフラ。粗相をしていないことがむしろおかしいような動揺っぷりだ。


 まだ立ち直っていないのが明白な状態で、それでも言う。彼女も冷静さが大切なのは、そして現状なかなか厳しい状況なのが、わかっていた。

「う、うん。ありがとう。」

冷静であろうとしてくれて。みっともない姿でも現状打破をしようとしてくれて。おかげで、僕も焦りを忘れられた。そうシーヌは内心感謝する。

「部屋はどこですか?青組シーヌ=ヒンメルとティキ=アツーアです。」

 気を取り直すと、部屋の外で待機していた案内係に聞いた。同じタイミングで、隣に来ていた赤い布の少年ももう一人の案内係に同じことを聞いていた。後ろを振り返ると、ガラフ団長はもう部屋から退出していて、もうそこにはいない。

 お互いがお互いを一瞥する。ティキは、相手の少年のペアの女の子の顔を見ていた。

「あれは、強いな。」

シーヌと赤のチームの少年、お互いがお互いに向けてそう呟く。歩く姿、堂に言った態度とは別に、お互いがその実力をおおよそ把握する。その結果、同時に呟いたセリフは、同時に耳に入ってお互いをライバル視させると同時に、一つの戦略を頭に組むことを許した。

「試験中にでも会おうか、青組。」

「生き残っていたらな、赤組。」

笑いあって、威嚇しあって、まるで長年の好敵手のように少年たちはその場を離れる。シーヌは部屋に向かって歩きながら、あの少年と自分は、動機は違えども目的は同じだろう、と見当をつけた。


 少しだけ微笑をたたえる。彼と彼のペアは、その距離的にともに今日まで試験を突破してきた仲なのだろう。信頼関係がうかがえる二人だった。となると、彼らにあって自分たちにないのは、信頼一つ、時間一つで大きく増える。



「さて、ティキ。」

あてがわれた部屋へと移動する。男女ペアであることなどお構いなく、同室をあてがわれていた。しかし、布団以外何もない味気ない部屋ではあるが、広い。密談をするなら、部屋の真ん中で小さな声で話せば、よっぽど強い魔法でも使わなければ聞き取ることなどできないだろう。

「僕は君を信頼したい。だから率直に聞くけど、一人ででも合格したい、と思う?」

「え、どうしてそんなことを?」

ティキはなんのことだろう、という表情で返事した。ペアで受けた試験だから、ペアで合格するのが大前提だ、と思っている表情である。


 シーヌは正直、そんな少女の返事に言い知れない不安を覚えた。眩暈がする。彼女はどうやって最終試験まで生き残ってきたのだろうか。

 こういうところで頭が回らないのは、お嬢様だから、というわけでは決してないことはわかる。

(貴族は騙しあいが基本だよね?ということは、政略結婚のためだけの駒だったのか?それともただの箱入り娘?)

シーヌは信じられないものを見ている気分で少女を眺める。しかし、試験は明日からで、彼女のこれが素であるならば絶対に話し忘れてはいけないことも多くあるとわかった以上、彼女の正体を探っている余裕はシーヌにはさしてなかった。

 この試験は、意地が悪い。趣味もかなり悪いだろう。人の競争意識をかなり煽る試験だ。傭兵が組む試験らしい、とシーヌは先ほどの所感と逆らって、今はそう感じていた。

「仲間の裏切り、他ペアからの強奪、待ち伏せ、落とし穴。何でも許される試験だよ、これは。」

そして、試験監督側からの妨害も。自分以外は全て敵になりうるのが、今回の試験の概要だ。

 シーヌははっきりと、その現実を告げる。これを認識していない限り、決してこの試験での合格はあり得ないから。


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