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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
最古の英雄
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夫婦の掟の昔話

 人間にまだ、多くの戦士すらもいなかった頃の話。

 人間たちは追い詰められていた。いや、追い詰められていたという言葉は適正ではないだろう。

 一介の獣と、何ら変わりがなかったころの話だ。


「神龍は、惑星衝突以前の記録をいくつか保持していて、以前の人類がどうして生まれ落ちたのか、研究成果を持っていた。」

よくある進化である。人類は、サルから進化した種であった……惑星衝突以前の人類は。


「惑星衝突以後の人類は、違うらしい。これもまた、神龍が残した記録からの抜粋であるが……進化するでもなく、唐突に、人類という種として生まれ落ち、気付けば増えていたのだという。」

なぜか、推測することは出来るとオーバスは言う。それは、魔法という言葉では決してありえない“奇跡”の所業。おそらく、

「死んだ“心の摂理”の人間たちの執念。『まだ人類は滅びない』と叫び、願い、かなえた末路。」

それが、唐突な人間の生誕。ありとあらゆる世界の理を、進化の道程を無視して現れた人類に、しかし、神龍は世に君臨していた。


「現代の魔法では、長期的な魔法の行使は出来ないとされている。魔法を使うための補助具や、魔法を維持するための道具の開発も進められているが、それは出来ないのだというのが通説だ。」

実際。魔法を行使しているというイメージを欠かしてしまった時点で、魔法は霧消する。旅人のために魔獣除けのアイテムを作ろうとする試みや、魔法をはじける武器防具を作ろうという試みは、この二千年間、悉く失敗が続いている。

「“奇跡”は普通、長期にわたっておきたりはしない。それだけ惑星衝突以前の魔法文明が魔法の究明に成功したのか、それともよほど滅びへの抵抗の執念が強かったのかはわからない。」

だが、結果として。

「人間は、神龍や他の竜が跋扈する世界で、村を作ることすらままならない世界に放り投げられることとなった。」


 生き残ることに必死で、種の存続に必死で、恋愛をしている余裕すらない。そんな、全人類が一日一日を必死に生きている環境。

「田畑の整備などを行い始めたのはほんの千八百年前だ。それまで、人類は神龍を滅ぼしてなお減らない魔獣たちと戦い、人間たちの領土を広げ、今ここまで人間が生きていける環境を整えるのに従事し続けてきた。」

“奇跡”や魔法の研究などを行い始めたのも、ほんの数百年前だ。それまでは、人類にそんな余裕はどこにもなかった。

「それでも、五神大公は守られた。国というものが作られた。過去の英雄たちはヒット人を率い、各々の望むところに村を建て、町を発展させ、そして国を作り上げた。」

だが、それは最近のこと。神龍討伐以前はそんなことはなかった。


「恋も愛もあったかもしれない。だが、そんなものは種の存続と比べれば些細なもの。魔獣に襲われて人が死に、気まぐれで現れる竜におびえてその日を暮らし、明日生きているかわからない不安の中で夜を眠る。かつて、そんな日々を過ごした時期が、人類には存在した。」


 そんな中、ある転機が訪れる。

 とある村に、中位の龍が迫っていた。

「龍は大きい。数百キロ先からでも、櫓さえきちんと整えていれば見つけることが出来る。ある日、その小さな小さな村に、中位の龍が迫ってきていた。」

龍は一声で空気を震わせ、人類よ滅べと声を上げる。龍は竜の因子さえあれば勝手に生れ落ちる。とはいえ、神龍が存在する以上それ以外の龍や竜は少なかったもの……数百は超えていた。

「その村の住人たちは死を覚悟した。生きることは叶わない。最後くらいはせめて盛大にはしゃいで死のうと開き直り、ごちそうを囲んで宴会を開いたらしい。」

とはいえ、当時の宴会などたかが知れているだろうが、それでも宴会には違いない。全力で楽しみ、騒ぎ、死の恐怖を紛らわせようと一日過ごして……

「とある多く青年が言った。『僕がきっと、竜を倒してきましょう。だから、みんなは祈っていてください』と。」

青年は剣を携え、酔った勢いのまま、わずか向こう側で宴会を行う村人たちを眺めていた龍を討ちに行った。


 青年は、ごく一般の青年だったという。生き延びるための精いっぱいの訓練。明日を過ごすためのわずかな食糧。種を残すための妻や子。

 そんな日常を抱え込んで、彼は、きっと死にたくない一心で中位の龍へと立ち向かった。

「かつての補足をしてしまえば、当時人の文明などあってないようなものだ。武器と言えばせいぜい石斧、樹を伐採するために何本か使い物にならなくなってしまうほど。剣も似たようなものだ。今のように何年も保存できるようなものではなく、手入れを欠かせば一年もせぬ間に鈍ら以下へと早変わりするような。そんなものしかない。」

「魔法はもっとひどかった。そもそも認知されておらず、想像したものを具現化するなど口頭では到底伝えられず、しかしじっくりと時間をかけて教えられる余裕等ない。使える人物がいなくなることはなかったが、魔法が使える人間は、日々の住民たちを守るため、真っ先に魔獣の口の中へと消えていく。」

だから、普通青年が生き残るすべはなかったという。中位の龍など、人間にはいささか手に余る。今でこそシーヌたちが倒すこともできるが、かつてはそんなことはなかった。


 戦うための武器が発達していない、そんなもの存在しない人間が、神には向かう所業と、何ら変わりがなかったのである。

「だが、なぜだろう。村人たちは、倒すということに希望を抱いた。青年が竜を倒すという言動と、そうなってほしいという願い。死にたくないという願望と、それでも戦おうとする青年への畏敬。」

だから、村人たちは願ったのだろう。青年が中位の龍を倒し、自分たちが生き残れることを。そして、明日を平和に迎えられることを。」

村人たちの心が一致した。青年が竜を倒してほしいという願いが世界に届き、その大きさに、世界が、答えた。


「なぜそうなったかはわからない。可能性がゼロだったことも間違いはない。だが、なぜか青年は驚異的な身体能力を示し、中位の龍を討伐してのけた。」

想像できるだろうか。酔った勢いで切った啖呵で絶対勝てなさそうな龍を討伐し、一夜で英雄になった青年がどう扱われるか。

「腫れもの扱いですか?」

シーヌは畏怖されると予想した。全村人からの背を押され、英雄になった青年は、どうやってもその得体の知れなさに恐怖されるのではないか、と。

「そんなわけがない。畏怖も恐怖も、英雄に向けることはない。……いや、訂正しよう。当時の人類は、そんなものを英雄に向けている余裕等微塵もなかった。」

明日をも知れぬ環境である。中位の龍が滅ぼされ、自分たちの明日が確約された。達しカニ村人たちは大喜びしたが、だからと言って寄ってくる魔獣が減るわけでもなければ、人類が確実に存続する保証もない。英雄は英雄のまま、ただ、人類を守り続ける大役をその背に担っただけだった。


「彼なら大丈夫、、彼は私たちを守ってくれる……村人たちはそう思って日々の生活の向上に勤しみ、逆にその彼の方は、期待に応えるために、必死になって魔獣と戦い、日々の鍛錬を繰り返す。ただの青年にかかっていい重圧でもなかったが、同時に、その重圧が、青年を、身の丈以上の戦士に作りあげていた。」

冒険者組合でも特に上層部、五神大公やこの事を知っている人間たちは、これを“奇跡”として取り扱っている。


 期待を背負い、多くの人間たちの願いを背に、英雄になった青年。身の丈に合わない戦いを生き抜いた理由は、多くの人が、彼が勝って帰ってくることを願ったから。

「基本的に当時、多くの人間が、明日を生き抜くことを願って生きていた。それ以外に願うことなどない日々を過ごしていた。そんな中で芽生えた、『彼に勝ってほしい』という願いは、人々の中でも特に強烈なものだったのだろう。」

当時と今では、人の数も、生き様も、常識も、何もかもが違う。人の中の無意識を押しつぶすほどの願いが起きれば“奇跡”は起こせる。多くの人の中にあった、『中位の龍には勝てない』という諦念よりも、死にそうな人たちの『中位の龍に勝ってほしい』という願いが勝るのは、ある意味当然の帰結と言えばその通り。


「だが青年は、戦い続ければ、いつか死ぬということを知っていた。同時に、戦い続け、死ぬかもしれないという恐怖の中に身を置き続けたことで、人の繋がりを心から求めていた。」

だから、妻に、名前を送ったのだ。二人と、子供とで使える名前。死ぬかもしれない恐怖の中で、確かに自分はここにいたという証拠を残すために、青年は妻に姓を送った。


「当時の英雄の名はもう忘れ去られた。当時は現代のように、文書で記録する習慣がなかったから。だが、結婚するときに夫婦とその子で使える姓を作って名乗り、子は両親の姓と新たな家族の姓を作るという文化は、ここから生まれることになった。」

夫婦の関係が、親子の関係より強いというのは、二千年よりもはるか以前に種を存続させることが最優先だったころの名残だ。夫婦間で子を為せても親子間では子を為さない方がいい。それは当時もある程度認識されていたことで、だからこそ、夫婦の繋がりは親子のつながりよりも大事にされるべきものだった。


「これが、遥か過去、今とは到底違う世の中に起きたルールと結末。五神大公が二千年間、こうして自由のない箱庭で過ごすことを受け入れた以上に、人との繋がりを残すこの文化は重要視された。」

二千年もの間、冒険者組合と五神大公の文化は残っている。だから、それより過去に重視された、姓名、夫婦、親子にまつわるルールを無視することもできないのだ。


 だって。夫婦の方画親子より重要視されるべきだというルールまで変えてしまえば。

 五神大公のルールも、いずれ変えねばならないものになるかもしれないと、己の手で認める行為に等しいから。

「シーヌ=ヒンメル=ブラウ。お前がブラウである限り、オーバスは同じブラウ、ティキ=アツーア=ブラウを助けることを、認めよう。」

その生き死にではなく、夫婦であるという事実と関係が大事なのだと。オーバスは過去の文化を、重視した。


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