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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
最古の英雄
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研究者の正体

 “奇跡”の研究者。これだけの知識を持ち、実際に“奇跡”を起こしてのけた化け物研究者。

「その正体、話す必要がありますか?」

「あぁ、ある。いや、必要はないだろうが、話しておく方が後の話のために都合がよい。」

どうも勝手が悪そうな声音で、オーバス公爵は言う。その様子に、シーヌはやはりかと思い、チェガは呼吸が止まっていた。

「結論から述べよう。あの研究者は、先代のバデル公爵である。」

やっぱり、という空気になった。シーヌはバデル公爵家の特権……“洗脳話術”をよく知っている。クロウが滅ぼされた大きな枠組みでの理由はユミル=ファリナの“洗脳話術”であったし、一度それにかけられたこともある。


 人に一心同体として同じことを望ませる“奇跡”。集合体としての“奇跡”。人の総意を作り出す方法など、そう多くはない。

 あの村の“奇跡”研究が表沙汰になったのは最近のはずだ。そうでなければ、グラウが派遣されてくるよりも前に人が派遣されていただろう。だが、最近発覚した研究なのに、人の総意として、村人たち全員の意思としてあの研究者の命を守ろうとするなど、普通はあり得るだろうか。


 ありえない。最近発覚したということは、逆説的に実験を始めたのも最近だということだ。アレイティアはバデルの悪事を隠匿することはあっても、“奇跡”研究の実行を隠匿することはあり得ない。なぜなら、アレイティアは五神大公、当代の当主なのだから。

「短期間で人を同じ方向に向かわせるなど、おかしいと思っていました。“洗脳話術”の“竜の因子”なら、確かにそれはたやすいでしょう。」

シーヌの結論。バデルは確かに実験をしていた。だったら、そこから導き出される結末もまた、一つ。

「バデル公爵が五神大公の裏切り者ですか?」


だが、それには、オーバス公爵は沈黙をもって答えた。

 裏切れるはずがない。ただでさえ、“洗脳話術”はその権能の特異性、異常性から相当な監視がついている。しかも、それぞれ他の五神大公、抑止力としての冒険者組合からも十全、どころか過剰な数だ。なのに、裏切れるような余裕はないはずだ。

「バデルは、オーバス以上に、一分一秒緻密に管理されている。いつ、どこで、誰と、何の話をしたのか。トイレにはいつ行ったのか、子供は何人、誰の子で、いつの子か。本当に一分の隙もなく管理されている。」

だから、バデルが裏切ったとは、言えない。

「そもそもだ。先代の“洗脳話術”バデル公爵は死亡している。……バデルは影武者を用意するほどの時間的余裕が与えられていない。死んでから生き返った……いや、死んでいる擬態をしたという方が確かだろう。」

それは、当代のバデル公爵すら騙す所業だったはずだ。はず、というより、知らないだろうとオーバス公爵はほとんど断言できる。


 ゆえに、バデルは独力で死を偽装し、誰にもバレず埋葬され、そして何事もなく墓場から出て、“奇跡”の実験を行ったに違いない。

「……“神の愛し子”アギャンが、アレイティアから脱走した知らせが巡って半年後に、先代バデル公爵は死んだ。おそらく、脱走したアレイティアに憧れた……いや、感心したと言ったところだろうな。」

その実はバデル本人しかわからないし、口を割らせようにも獄吏が洗脳される可能性が高い以上、手を出すわけにもいかない。

「重要なのは、冒険者組合の禁忌と呼べる“奇跡”の研究をバデルの当主だったものが行っていたという悪行だ。」

それは、五神大公にとっては最大の、他の大公家を責める根拠になる。


「あなたがバデル公爵家から追手がかかることは、もうありません。また、アレイティア公爵家は自宅の防備を整えるため、あなたたちへの対処は最小限になるでしょう。」

それは、オーバス公爵家からの最大級の手伝いの申し出だった。私がバデル公爵に対して最大級の責任追及をいたしますのでもうバデルを気にしなくてもいいでしょうという、シーヌの背を押す一言だった。

「ゆえに、シーヌ=ヒンメル=ブラウ。それほど大事なら、ティキ=アツーア=ブラウ・アレイティアの、兄との結婚の定めを、必ず叩き折ってきなさい。」

シーヌは承知したと頷こうとし……

「待て、オーバス公爵。今、ティキのことをアレイティアと呼んだな?」

チェガが慌てたように、待ったをかけた。


 シーヌは何事かわからず、無言。オーバスは返答する意味がないため、無言。そして、チェガは決して追求だけは避けられないため、無言。結果は同じだが、それぞれに持つ嘘は全くの別物だ。

「お前は、アレイティアとティキを呼んだ。それは、俺のことをける首都いると呼ぶのと同じ……『貴族として取り扱う』という意味だろう!」

その怒鳴りに、シーヌは驚いたようにオーバスの方を見る。簾に隠されてわからないが、オーバスは『何を今さら』という空気を見せていた。


「ティキ=アツーア=ブラウはアレイティア公爵家だ。あの家はそうでなくとも“神の愛し子”という汚点がある。自由などあるはずなかろう。」

汚点。シーヌは、アレイティアの汚点と言えば、世間を騒がせ山に君臨したことではないかと思っていた。

 だが、オーバスのいう『汚点』はそんな感じではない。もっと根本的なものに使っている気がした。

「……オーバス公爵。アレイティアの汚点とは?」

仕方がなく、シーヌは訊ねる。もしかしたら、“自在の魔女”を監禁し、子を生ませたことも汚点になるのだろうか?

「決まっている。嫡子を大公家の外に出したことだ。五神大公は、誰よりも自由を許されてはならない家なのだから。」


それが、オーバスの、五神大公の、常識。そして。


「ティキ=アツーア=ブラウは、アレイティアの血を引く、アレイティアの娘だ。自由など、あってはならないものだろう?」

それは当然だとばかりに言い切る。それにチェガは激昂しかけ……

「では、どうして私を助けようと言ってくださるのです?」

シーヌの、純粋な、問い。五神大公として考えるなら。そしてその義務を純粋に守るためなら、シーヌは今この場で殺されるべきだ。それをしないのは偏に、オーバス公爵という人物の温情と人間性に他ならない。


「自由恋愛は、五神大公には許されていない。」

許嫁は生まれてすぐに決められている。そもそも、恋愛をしようにも、自由が与えられない五神大公は、恋愛のしようがない。


 人と話した一言一句が記録される。許嫁と話したことも、言葉も、また、時間も。許嫁から夫婦になっても変わらない。五神大公の当主は、すべての言葉、全ての時間が徹底的に管理されている。

「ティキ=アツーア=ブラウにそれが出来たのは、彼女がアレイティアであると誰も知らなかったからだ。知っていたのはアレイティアのみ……情報を担うアレイティアが、生まれ落ちたことすら隠蔽した子なら、誰も彼女の生まれを知ることが出来ない。」

暗黙の了解としての情報は、彼女が学園に通い始めた頃にはあった。だが、アレイティアは一言も彼女が血族であると伝えなかった上、彼女は“竜の因子”の力を発現させなかった。


「そして、お前と結婚した。」

婚姻は、夫は、父よりも強い。シーヌが死なない限り、夫が妻を助け出すために動くという行動は、むしろ推奨されるべきものだ。

「……夫婦だから、ですか?それは……。」

「五神大公の義務より重いものではない。だが……無視できるほど軽いものでもない。」

何より、夫と父の戦いなら、五神大公としても許容範囲だ。

「五神大公にとって、必要なのはアレイティアだ。ティキと次代アレイティアなら、ティキの方がアレイティアに相応しいようにも、思う。ゆえに、お前を後押ししよう。」

ティキが生きていること。彼女が、五神大公の一族に名を連ねていること。これすら変わらなければ、オーバスがシーヌに思うことが変わるわけでもない。


 むしろ。夫婦として扱い、夫婦の手助けをする……元の鞘に納めるという行為は、五神大公として、神龍の時代から続く一族として、称えられるべき行いになるだろう。

「……そうだな。夫が、父より強くなる経緯……夫婦で同じ姓をつけ、子に継承させ、しかし孫には継承させないという、名付けのルール。誰がいつこれを決めたか、知っているか?」

シーヌの後押しをする理由の、根本原因。だが、本質はシーヌも、チェガも知らない。

「知らないなら、教えておこう。それは、原初の英雄……世界で最初に“奇跡”を起こした人間の物語で、定めたルールで、そして人の末路だ。」


それは。神龍の討伐よりも遥か以前に遡る、話だった。

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