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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
最古の英雄
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執念の恐怖

 仮説を作り上げるには前提知識が必要だ。

 前提知識を得るには、その知識を与える誰か、何か、どこかが必要だ。

 どう考えても、この老人の“奇跡”の仮説は、普通に生きた一般人が得られるものではない。


「“奇跡”。よく戯言だと言われるこの言葉が、しかし消えることはない。」

冒険者組合で“奇跡”を持つ人間は、一人や二人ではない。当然だ、強いということは必然的に、“奇跡”を持つか、それに匹敵するほどの意志の強さを持っているということなのだから。

 そしてまた、冒険者組合も冒険者組合で“奇跡”を得た人間を抹消することもない。五神大公の抑止力として、“奇跡”の所有者は必要だ。


「“奇跡”を得た人間は少なからず存在する。神龍伝説はその後のことは残っておらずとも、神龍の存在そのものは誰もが知っている。それに。」

最古の英雄の言葉がある。『魔法とは、理屈では説明できない奇跡のことである』。

言い換えるなら。今ある魔法は、魔法ではないということではないか。“奇跡”こそが、真の魔法なのではないか。

「という仮説文を、バデルの書庫で読んだ。」

シーヌは愕然として研究者を見る。シーヌだけではない、チェガも、デリアも。こいつが、五神大公の家に忍び込んだということに驚き、呆れ。


「ワデシャ!馬車に乗れ、すぐに出す!」

シーヌが尋問するのではなく、オーバスに託すべきだと判断した。魔法で鎖を作り出して、捕縛するかのように振り回し、

「食らわない。」

障壁に阻まれる。反射で張ってくる魔法が早すぎる。

「無傷は無理かな……。」

そう呟かざるを得ないほど厄介だった。


 シーヌの呟きを受けて、デリアがスッと剣を抜いた。グラウが短剣に手を伸ばし、チェガが槍を作り出す。

「おやおや、老人一人に五人がかりてすかな?」

その言葉が、開戦の合図だった。デリアが剣に炎を纏わせて斬りかかる。実にあっさりと防がれ、デリアに向けて放たれそうだった魔法を、アリスが障壁を張って防ぐ。

「これなら!」

チェガが槍を研究者の頭に突き刺さんばかりに振り下ろす。数メートル上空から、重力の力を借りて振り下ろした槍の威力、勢いは障壁に巨大な音を響かせ……チェガは空中で動けなくなる。障壁が硬い。割らんと全力を出せば出すほど、障壁に縫い止められるように動けない。


 グラウはまるで消えたように研究者の裏へと抜け出して、羽交い締めにしようと手を伸ばし……

「“不感知”ですか。確かに強力ですが……私には、効きませんなぁ。」

光弾で弾き飛ばされる。非殺傷のものだったのか、幸いにして大きな傷を負っているようには見えない。


 吹き飛ばされたグラウの代わりに、ファリナが一歩強く踏み込んだ。殴りかかるように一歩踏み込み、殴ろうとし、……その起点でピタリと止まる。

「やはり。攻撃に反応して障壁を張っているのではなく、全身に障壁を張っているのですか。」

いちいち反射しているなら、この攻撃は捌けなかったとファリナは自信満々にいった。

「そうでしょうね。あなたのそれは、“非存在”ですか?爪を隠す、とはまさにその事かと。」

爪。“単国の猛虎”の象徴としてすら語られるその武器は、認知度に対して利用者が少ない。


 純粋に、扱いづらい武器であるという理由で、誰も使いたがらない。

 だが、ファリナの“非存在”……自分に触れたものを任意に消失させるその“三念”は、格闘技を……殴る蹴るで戦うスタイルを用い、爪を装着するときは相性がいい。


 しかし、“非存在”で消失した物質は、認識から存在しなくなるだけで、シーヌの“空虚”のように世界から消えるわけではない。おかげで、攻撃手段としては最良であり……また、これを防げるということは、見てから防いでいるわけではないことを示している。

「では、あなたの心が折れるまで、攻撃し続ければ我々の勝ちです。」

ファリナの一言。それに、老人は笑みを浮かべることで答える。


 長期戦。全力で走り続けることが辛いように、全力で戦い続けられる人間はそういない。

 どれだけ防御魔法が強力で、アリス達に突破できないとはいえ、6対1。疲れきるまで攻撃を当て続ければ、勝ち。それを5人は信じて疑わず……


 しかし、それに待ったをかける研究者と、読んだ上で次の手を待つ空白の復讐鬼。

「あなたは動かないのですね?」

「見せたいものがあるんだろ?見せろよ。」

研究者は、ここで研究の成果を見せんとしている。それをシーヌは理解していたが……

「こうして見せているではないですか。」

世界の常識の、変化。大多数の人間の常識が世界のルールとなることを、“奇跡”の研究として挙げているのかと思っていた、が。


「思い違いか。お前の研究は。」

シーヌがややたじろぎ、規模に戦きつつも、呟く。

「えぇ。その最低数を探るものです。」

どれだけの人数がいれば、どのような規模の魔法を発現させられるか。“奇跡”の発現は、どの規模になるのか。

「魔法概念“奇跡”、その区分は“忠誠”。冠せれた名は“我ら、主を守る使徒”。」

主を守るという意識があれば、この防壁を破られることはない。村人達がこの研究者を守ろうとしている限り、この研究者を捕縛することは、出来ない。


 おかしい、という思考をかなぐり捨てる。“忠誠”を得られるほどの時間を、この老人が得たとは考えがたい……が、その思考を徹底的に排除する。

 オーバスが『虐殺も止むなしと考えろ』と言った理由がわかった。彼は、こうなる可能性を予期していた。

 村人が皆死ねば、この男を守るものはなくなる。この男を、捕獲できる

「僕は虐殺は出来ない。あの日と同じことは、出来ない。」

戦闘員だけを殺してきた。決して、非戦闘員は殺さないようにしてきたつもりだ。


「君たちがこうして研究者を守るのは、なぜか知らない。忠誠に嘘偽りはないのかもしれない。でも。」

僕は、君たちを殺せない。シーヌはそう告げた。


 彼らは戦闘に参加している。彼らは己の信念で動いているのだろう。それでも、彼らは非戦闘員だ。

 だからこそ。シーヌは彼らの“忠誠”を打ち砕くことを、重視する。

「“幻想展開”。」

それはシーヌの歩んできた道。シーヌの歩んできた現実。

 そこにはほんのわずかな幻想もない。どこまで行っても残酷で、どこまで行っても哀れな、徹底的なまでの、現実。

「“地獄”。」

その瞬間。村人たちは止めどなく溢れる憎悪と喪失感と絶望に飲まれ、悲鳴を上げながら意識を失った。




「恐ろしいことですな。」

村人たちは瞬時に無力化された。精神攻撃による気絶は、研究としては容易に想像できなかったものだ。

「精神攻撃をするためには、実際にそれだけの苦痛を味わなければならない。その時点で、実際に精神攻撃が出来る人間は限られる。」

精神攻撃が出来るほど精神にダメージを食らったモノ。


 その上で、トラウマになって思い出せないでもなく、乗り越えて痛みを薄れさせたでもない、正真正銘痛みを痛みのまま受け入れたもの。

 村人全員がきぜつしたということは、数百人が揃いも揃ってその感情に耐えられなかったということだ。

「シーヌ君、君の得てきた感情で、君自身が意識を失わず、ケロっとしていて、他は気絶とは、恐ろしい。」

彼の精神力は、人間のものではないと感じるほどに。

「負けですな。連れていっていただきましょう。」

研究者は、降伏した。


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