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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
最古の英雄
292/314

"奇跡"の研究

 指定の街に到着した。その光景を、シーヌは愕然と表現するしかないような表情で眺めている。

「ここで、“奇跡”の研究を……?」

ありえないという言葉を必死に飲み込む。だが、その目は何より雄弁に、ありえないという事実を語っていた。


 他の村に行ったことはある。基本的に、人が住む一番小さな集合体は村だ。

 村とは、人口の多さ、その村の発展度合いで町へと呼び方が変わる。

 クロウは、町と呼ぶべき人口と、都市と呼ぶべき発展を示しておきながら、自称はあくまで村という、わがままを通している村だった。だが、ここは正真正銘、まごうことなき村だ。


 櫓がある。木で作られた塀もある。畑が広がり、小麦が青々と茂っている。誰が何と言おうと、文句のつけようもない村だ。

「こんなところで“奇跡”の研究が出来るのか?」

見つけてくれと言わんばかり、捕まえてみろと言わんばかりの様相。実際こうして、シーヌはこの場に出向いている。

「なぜだ?」

「それは、クロウの失策を得て、ですよ。あの町では、どう考えてもやりすぎました……同時に、非常に大きな成功すらをも与えてくれた。」

「誰だ!」

声のした方へ振り替える。そこには、一人の老人がいた。

「お久しぶりですな、シーヌ=アニャーラ。次々とあの件に関わった人間が死んでいるとは聞いていましたが……あなたが、生き残っておられましたか。」

見たことのある、顔。聞いたことのある、声。しかし、名前は聞いたことのない……確か、ただの下っ端だった、研究者。


「シーヌ=アニャーラ。あなたが生きていたことは大変喜ばしい。“奇跡”研究の成功の実例、我らが正しかったことの証左!あなたがここにきてくれて、非常にうれしく思っております、ええ!」

チェガが一歩、踏み出した。これ以上はシーヌのためにならない、シーヌのためにも消しておくべきだ……その情動がその老人を消そうと体を突き動かし……目の前で、槍の穂先がピタリと止まる。

「まだ、まだです。死ぬのは構いませんが、何も成果を遺せず死ぬのはあまりに惜しい。」

因縁。あの日、あのクロウの虐殺劇は、元来クロウが“奇跡”研究を行っていたから……研究者たちを匿っていたから、起こったこと。


 では、この男はシーヌの復讐仇とも呼べるのではないだろうか。事実、あの虐殺の日、シーヌは「こいつらも死ねばいい」とまで願ったはずだ。

「……僕の復讐は、既に終わった。僕の“奇跡”は、一つ目の『人生の軌跡』は、すでに終えている。」

だから、復讐仇に対して、復讐の念を抱いて戦うことは出来ないそうはっきりと断言できてしまう。

「お前の望みは、なんだ。」

それでも。湧き上がっていた過去の憎悪までは消えない。例え今感じていなかったとしても、過去感じ続けた憎悪は、いやというほど覚えている。


 怒りが滲み出ていたのだろう、ファリナとワデシャがわずかにたじろいだのが見えた。

「ほう、“奇跡”を失ったと?それは興味深い、そんな人間は初めてでごさまいますな?」

近づいてくる。その足音、その口調、歩調に、シーヌは気味悪いものを感じる。デリアやアリス、チェガは、一歩、二歩と後ずさった。


「……まぁ、構いますまい。“奇跡”研究は、わからないことの方が多い。あなたが“奇跡”を失ったかどうか、私が調べる術も、ありますまい。」

同様にまた、『本当に』“奇跡”を得ていたのかを調べることも。研究者は非常に……非常に怪しい笑み浮かべて、

「末期にまぁ、私の話を聞いていただきましようかな?」

その老人の、“奇跡”の成果。シーヌは振り返り、ワデシャとアフィータに席を外すように指示した。


「ほぅ?なぜそのお二人を?……いや、そういえば、あれほどの重要人物を次々殺したあなたが、未だに処分されていないというのは、些かおかしゅうごさまいますな?あなた、まさかとは思いますが……冒険者組合に、肉体を売ったと?」

研究者の目がギラリと光る。茶番だ、とシーヌは笑った。この男は、おそらく、全てを理解した上で語っている。

「復讐を果たした。手段など、選んでいられるはずがないだろう。」

“奇跡”研究を止めるべく軍を派遣した。思うところがないわけでもない。だが、納得はした。


 何度も、自分に言い聞かせるように、言ってきた。それだけは、変わらない、シーヌのスタンス。

「冒険者組合は、クロウの研究を止めろとは言ったが、皆殺しにしろとは言っていない。」

その言葉を受けて、老人が呵々大笑と言わんばかりに笑い、シーヌを眺め……

「そうですね、冒険者組合に逆らえば、どのみちあなたは死んでいた。逆に、冒険者組合の協力があれば、あなたは死ぬことだけはない!」

誰に、導かれたのですか?そう老人は問う。シーヌは無言で笑みを浮かべ、返答することなく睨み付け……


「では、“奇跡”について語りましょうか。」

『心の摂理』における、“奇跡”について。彼の研究対象について、話し始めた。




「そもそも冒険者組合は、なぜクロウの研究を阻止しに出たのか。」

まさか冒険者組合は、全ての研究を阻止している……なんて面倒なことはしていない。むしろ、そこまで一から十まで押さえつけていたら、冒険者組合が“奇跡”を重視していることが世界全土にバレる。


 時おり、気まぐれで冒険者組合が暴れた痕跡地、なんてものがあちらこちらで発生することになる。

 いくら冒険者組合員が災害よりも恐ろしい化け物といえど、年間何ヵ所も起きれば、流石になぜ起きたのか調べる輩は出てくる。

 クロウほどの規模まで放置されたのが特異例であり。また、クロウほどの規模で有名になったのも特異例であるが。


 同時にこの町は、『複数国家の軍を二ヶ月相手できてしまう超常者の軍団の拠点』だった。そこの住民たちの蹂躙だった。

 指示を出したのが冒険者組合だと知る者は、実際に関わった国々の首脳陣のみ。察することが出来た人間たちも、冒険者組合を糾弾することはない。

 ネスティアやケルシュトイルなど、古来の英雄達の国に至っては、むしろ積極的に隠蔽する。


 “奇跡”の研究を、冒険者組合は禁止している。それを知られることすらないように、冒険者組合は立ち回っている。


 それでも、クロウをあれほど大々的に始末するのは、やはり危険が伴ったはずだ。

「私は、クロウのアプローチが最も正解に近いものだったからだという結論に達した。聖人会のように教育で生き方を決めつけたのではなく、生き方の決定権は個人に任せつつ、決めた時に魔法の強度を上げるため、意思を強める。」

結果。シーヌは復讐に狂った。クロウの自警軍は強くなりすぎた。シーヌの祖父に至っては、現時点でなお、シーヌよりも……あるいはアスハ並に、強かった。


「ゆえに私は、もう一つ存在するはずの“奇跡”の結論を求めたのです。」

もう一つの“奇跡”。シーヌたちは何を言っているのかわからず、相槌を返すことすらできない。

「あぁ、先走り過ぎましたか。これはまだ仮説段階ですが、“奇跡”とは二種類あると私は見ています。」

1つは、個の意志で、世界を一瞬騙す“奇跡”。“軌跡”であり、人の人生の総称、結末、決定のために道理を覆す荒業。


「そしてもう一つ。“奇跡”が起きるのを邪魔する人々の『心』の総意。常識、あるいは、“基石”。」

その瞬間、シーヌの頭にひらめくことがあった。それは、ティキと共に“永久の魔女”に世話になっていた時に知ったもの。あるいは、再履修したもの。

「『大火事と鎮火の奇跡』……。」

大正解、と言わんばかりに老人は頷く。満足げな顔に苛立ちを覚えつつ、シーヌはあの魔女の言葉を思い出そうとした。


「『大火事と鎮火の奇跡』で火が消えた理由も、大勢の人々の無意識、といえば説明できるんだ。」

「大火事で混乱したなら、火が消えてほしいってみんなが思うから?」

「そうだ。みんなが一緒に、『火が消えてほしい』って願った。だからその時、たまたま、火が消えたんだ。」

「その一瞬だけ、村のみんなが魔法使いだったのさ。」


ティキと、魔女の会話は、こうだった。そして、こう続いたのだ。

「つまり、“奇跡”っていうのは……。」

「ほんの一瞬だけ、みんなが『こうだ』って思っている当たり前から逸脱することさ。全人類を騙すんだ。ほんの一瞬だけ、ね。」

そう。この時点で、ある意味主語が切り替わっていた。この時点で、“奇跡”とは個人が起こすものになっていた、が……。


「“永久の魔女”は、不死はほぼ事実だったが、不老は副作用と言っていた。」

似ていた。二千年の柵を持つ五神大公と、二千年の時を生きる“永久の魔女”では、ある意味何もかもが似ていて……しかし、魔女の方が、シーヌは好ましいと思って。


 頭を振り払う。魔女はどうして、不老は副作用だと告げたのか、なんとしてでも思い出す。


「『不死』の人間は『不老』だって人々は思っている。だから、あたしは歳をとらないのさ。」

そう。そうだった。人々の思い込み、それさえあれば、魔女は『不老』になることが出来た。


 ならば、二つ目……個人で至る以外の“奇跡”など、一つしかない。

「常識の、変化。大多数の人間の常識が変われば、今目の前にある現実すら、変わる?」

「その通り、よくおわかりになりました。流石はクロウきっての天才、唯一の成功例なだけはありますな。」

ギリっと、奥歯が鳴った。これは、危険だ。ここまで話されれば、嫌でもわかる。なぜクロウが滅ぼされたのか、その研究を止められたのか。


 なぜ冒険者組合は、教育を規制するのか。文化の発展を規制するのか。それには、強い納得と、共感を、シーヌは覚える。だからこそ、彼はやるへきことが、あった。

「お前、どうやって、その仮説を作り上げた?」

何がなんでも、この老人を生かすわけにはいかず。何がなんでも、この研究者の思想を育んだものを、炙り出さねばならなかった。

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