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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
最古の英雄
291/314

組合の掟

 シーヌたちは貴族の館から出て、すぐさま目的の村へと向かうことにした。

「……少し、違和感があるんだ。」

ポツリと呟く。違和感。違和感としか言いようのない、この行動。

「何がだよ。」

デリアの問いに、シーヌは遠いあの日を思い出しながら言った。

「クロウは、冒険者組合以外の人間の手で、軍勢で叩き潰された。なのに、これから向かう町は、僕たち自身の手で研究の成果を白紙にする。」

そう。あの頃とはあまりに規模が違うのだ。たった数人の手で止められる研究と、軍を差し向けられてまで止められる研究の規模の差が、シーヌには全く理解できない。


「それだけ内容に違いがあるのか?」

他国に軍の出動を要請するような、そんな内容と。シーヌ以下十人以下で動くような内容と。何にどんな違いがあるのか、シーヌはわからない。

「いや、はっきりとした違いが一つある。」

チェガが全員に回った資料を読み込んだ後にきっぱりと言った。違い。クロウと、これから潰しに行く“奇跡”の研究街と。

「クロウは自衛軍を持っていた。しかも、尋常ならざる力量者たちの軍だ。だが、この街は見張りの兵くらいがせいぜいだろう。猿やら猪やらが襲ってきたときには対処できるくらいだが、軍勢を相手できるほどではない。」

というか、住んでいる人間の戸籍情報が九割載っているって、冒険者組合の情報力はどうなっているんだ、とチェガはぼやく。


「確かその辺、アレイティアの作った獣が関連してんやろ?戸籍情報くらいやったら雀の一匹“従属化”させれば十分調べれるとかなんとか、兄貴が言ってたで。」

ギョッとしてシーヌは固まり、頭上を見る。カラスが一匹、あれもアレイティアのモノなのだろうか。

「確かめます?」

ワデシャが問いかける。それに対して、シーヌは軽く頷いた。

「では、遠慮なく。」

自然な様子で、ワデシャは弓に矢を三本ほど番える。それをぎりぎりと空へと引き、まず一本目を放った。


「避けましたね。」

「避けたな。」

「しかも、慌てて避けたという感じではない……。」

デリア、グラウ、アリスの意見が一致する。

「ファリナさん、“非存在”かけれます?」

そこでワデシャは今まで沈黙を保ってきた彼女の方に声をかける。その声に反応して彼女はワデシャの方へ向くが……

「申し訳ございません。“非存在”は私の体に触れているものにしか発動できません。」

もしも矢を放つ直前までファリナが矢に触れていたとして、放った瞬間にはその矢は目に見えるようになる。

「じゃああまり意味ないですね。」

そう呟くと、ワデシャは再度空へと弓を引き絞る。


 大声を、一つ。それに反応するかのように一瞬硬直したカラスを狙って、ワデシャは矢を放った。

「硬直するとは人間じみた……。」

アフィータが呆然と呟く。普通のカラスならビビッてそこから離れるものだというのに、何かに憑かれたかのように馬車の上から離れようとしないカラスの時点で、怪しさ満載だ。

「避けましたね。」

一本、回避先を見て、予測したうえでもう一本。両方共を避けられた時点で、ワデシャは別の手を使うことにしたらしい。

「“追尾”。」

矢筒から出した矢を再び放つ。決断して実行するまでの速度はさすがの一言としか言いようがない。


 矢は再びカラスに向かって突き進んだ。単純な進路で突き進む矢に、平然とカラスは反応して回避する。

 上空に向けて跳ね上がった矢が、進路を変えてカラスの方へと落ちてくる。それにカラスはすぐさま気づいた。

「気づくんだな。」

「多分、索敵系の魔法でも使っているんじゃないか?」

デリアに返す。アギャン=ディッド=アイはアレイティアの血族だった。奴に出来たことが他のアレイティアに出来ないという道理はないだろう。


 カラスはその矢に自らぶつかることに決めたようだ。当たって、しかしカラスの体は傷つかず、迎撃されて矢が消える。

「カァ、カァ。」

自分の存在と、なぜそこにいるかがバレた。そうカラスには感じられたのだろう。ただの気まぐれで放たれた矢でないことは、最後の一射はこれ以上なく雄弁だったのだから。

「逃げたな。」

「逃げましたね。」

平然と逃げる。だが、おそらくは、どこにでもアレイティアの手の獣はいるのだろう。粘ることは必死になっていると同時に、逃げることに躊躇がない。


 連絡と情報を一手に引き受ける家。クロウの“奇跡”研究の発覚も、最初はアレイティアにバレたのだろうか?

「あれで、ひとの動きを掴んでいるのか。」

「みたいですね。“小現の神子”のように世界全土に索敵をかけられるわけではないでしょうが……これまで二千年のアレイティアの眷属、彼らがすべて使えるのでしたら、アレイティアはとんでもない情報力を持っていることになるでしょう。」

恐ろしい、とシーヌははっきりと思った。二千年の重みが、ここでも絡みついてくる。


「で、カラスのことはどうでもいいんだ。クロウと次に行く街の違いだろ?」

デリアが慌てて元に戻す。カラスのせいでうやむやになった事実を、強引に元のさやに戻そうとした。

「あぁ、そうだ、そう。軍勢があるから、よその軍に頼んだって?しかも、冒険者組合中では禁忌扱いされている、“奇跡”にまつわるものに?」

おかしいのだ。わざわざ、他国の軍が介入するのは……

「いいや、おかしくはねぇ。あのときおかしいのは、どちらかと言えばクロウの方だ。たった数万人、それも、多くて五万人前後しか住んでいない町が、複数国家の精鋭と英雄たちと対峙して二ヶ月存続出来たっつうのは、どう考えても異常だ。」

本来ならばもっと早くにクロウの研究は焼却されていた。だが、自警軍がやたら強く、耐え続けたゆえにあの虐殺が起きたのは一面での事実だ。


 例えば、クロウが多国籍軍に瞬殺されていれば、強者との戦いを望むドラッドは喜び勇んで戦わなかった。

 クロウが二ヶ月も粘ることがなければ、ユミルは『強者のいない世界』のためにクロウを消す決断をしなかった。

 クロウが民の一人まで強くなければ、ケイはクロウを脅威と感じず、忠誠に狂って虐殺を決行することなどなかった。


 そう。クロウは、一つの村や町とは思えないくらい、強すぎた。

「じゃあ、冒険者組合の手勢が減ることを恐れたのか?」

違うとわかっていてなお、聞かずにはいられない。そうであってほしい、冒険者組合が恐れる勢力と言えたのなら、死んだ彼らに何かを送れるような気がする。

「いやぁ……どっちかっつぅと、内部分裂やろなぁ。」

グラウがあっさりとそう言う。大してしていなかった希望が実にあっさりと打ち砕かれた、シーヌはその感覚を他人事のように捉えた。


 やはり、復讐を終えたからだろうか。復讐の“奇跡”を得た日から感じていた憎悪の念、クロウへの執着が随分と薄れている、そんな気がする。

「クロウは立派過ぎるほど立派な軍を持っていた、だったら冒険者組合も軍を出す必要がある。」

だが、五万人を殺すために冒険者組合で軍を作ると、今度は非常に厄介な案件が浮かび上がる。

「どこまでいっても、人は人だ。功績による評価が必要になる、が……冒険者組合じゃ、その功績ってのを決める前から争奪戦が起きる。」


五万人。冒険者組合は、10人もだせば軍としての体裁は整えられる。10人、五万人に対して、10人の冒険者組合員。

「多すぎる。従軍の命令を素直に聞く冒険者なんざいないゆえに、荒くれ者共が集まる。しかも、軍としての体裁を整えるために10人の組合員は全員、それなりに強い奴で固めないといけない。」

低位の冒険者組合員は名誉より自由を求める傾向がある。国の法に縛られないという絶対の強権。


 それを得た彼らが、冒険者組合の命令を素直に聞こうという思いは、すぐに芽生えることがない。

「五万人くらいなら、一人で殺せるような奴らばかり。そうなると、大問題が起きる。」

誰が最初に攻撃するか。そして、最初に攻撃した人が、出兵の功績を独り占め。

 一撃で皆死ぬのなら、取り合いするのは最初の一撃。それゆえに、10人でいきなり殺しあいをすることすらありえる。


「そもそもなんで軍には軍でというルールがあるんだ?」

デリアの疑問は当然だ。一人で軍を殺し尽くせる以上、わざわざ軍を編成する意味がない。

「そりゃ、冒険者組合が……いや、五神大公が強くなりすぎるからだ。」

チェガの答えは、簡潔で。

「冒険者組合は、五神大公が好き勝手出来ないように作り上げた首輪、五神大公の抑止力だ。だというのに、それを世界で平然と使えるなら大問題だろ?」

五神大公が再び神龍を生み出さないように、そして神龍にならないように。なろうとしたら止められるだけの戦力が冒険者組合。……である以上、それを五神大公が自由に使えたら、道理に反する。


 結果として。冒険者組合には、その動きを制限するためのルールが圧倒的に多い。

 例えば、人の移動に関する命令権。例えば、冒険者組合内における、各大公の派閥の規模。

 バデルの家に至っては、面会する人物にすら制限がかかっているという徹底ぶり。

「冒険者組合は自由でも、五神大公に自由はない。“神の愛し子”が異常だっただけで、奴等は基本、生まれてから死ぬまで世界の奴隷だ。」


チェガが吐き捨てる。これは、ケルシュトイルに婿入りするのが決まった時点で聞いていた話。

 アギャンは圧倒的な天才だったがゆえに逃げ延びた。ティキは家の奴隷でしかなかったゆえに逃げおおせた。

 冒険者組合、五神大公は、規則やルールでがんじがらめにすることで、神龍の再誕を防ぎ続けている。


「我の強すぎる冒険者組合員は軍に編成できない、軍と戦うには軍を用いるというルールがある。だから、冒険者組合は、外部から軍を呼ぶ必要があった。」

それも、強力な精兵を。だが、一国だけでは厳しい。クロウの自警軍は、一国だけでは敗戦の可能性が高いほど、強い。

 だから、多国籍軍となり……実際の被害を考えると、その冒険者組合の判断は正しかった。


 そう。自警軍の有無と、その強さ。それが、これから向かう先とクロウの違い……明確な、扱いの差の原因だった。


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