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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
伝統の聖女
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特権

 セーゲルの街はシーヌたちを歓待した。おそらく、共にいるのがワデシャ=クロイサであることが関係しているのだろう、とシーヌは思う。

 街に近づいてシーヌが驚いたのは、まずその城壁の高さ。続いてその分厚さだ。これなら、シーヌは見たことがないが中位の龍の攻撃くらいなら耐えられるかもしれない。

「シーヌ、最初はどうするの?」

ティキが街に入るとシーヌに聞いた。まずは宿を取らなければいけない。それはクロイサがやってくれるだろうが、場所の把握をしっかりとしておく必要がある。


 その次に、冒険者組合の支部に顔を出すべきだ。これからのシーヌの復讐の道は、ここでの情報収集が大半を決める。

(冒険者組合なら、質のいい訓練施設がある)

自分の不足している経験値や能力が補強もできる。ティキの相手の時間をは必要だが、それ以外の時間は冒険者組合に入り浸ることになるだろう、とシーヌは思った。

「行きますよ、ブラウ夫妻。」

クロイサが先導して宿への道を歩みだす。

「宿は同室で構いませんよね?」

クロイサの問いに、シーヌは頷く。


「夫婦ですからね、そうするのが妥当でしょう。」

「あまり夜は煩くしないでくださいよ。」

「大丈夫です。復讐を終えるまで、そんなことに手を出している余裕はありません。」

いつか死ぬとわかっている以上、ティキに余計な重荷を背負わせるわけにはいかない。


 たとえティキが、もうシーヌと共に生きなければ生きられない可能性の方が高くても、ティキは生かさなければシーヌの想いが満足しない。

「夜に煩く?どういうこと?」

ティキは何のことかわからずに首を傾げる。

「知らなくていいよ、ティキは。それよりクロイサさん、ルックワーツに攻め込むのはいつ頃になりそうですか?」


「二ヵ月はかかるでしょう。」

試験を行った街からここまでですら、一週間ほどしかかけていない。ここにいる間の二ヵ月は、かなり浅いものになるだろうな、とシーヌは予想してしまった。

 この街はルックワーツが近くにあるがゆえに、防衛都市として発展しているらしい。

 ここで教えられる剣術は、凡百の平民が使うための剣であり、生存に特化した剣らしい。ここで教えられる魔法は全てが友を守るためのものであり、相互の協調が明日を生き残る可能性を上げる、というものであるようだ。


 笑わせてくれる、とシーヌは思う。自分で何かを為せないやつが集まったところで、何もできるわけがない。

 半人前が二人集まったところで、性能が下がるに決まっているのだ。

「一人前の能力を得てから協力するなら、まだ協調の効果はあるのだろうが。」

宿を出て、冒険者組合の支部に向かう途中に兵士の訓練場があった。


 もののついでとシーヌは覗きに入る。冒険者組合員の証を見せると、慌ただしく中に入れられていく。

(冒険者組合の利点、特権か。)

本来機密であろう場所への立ち入りが、この立場ならできるのだ。だからこそあらゆる国家は、シーヌたち冒険者組合に機密がバレないように、機密は場所ごと隠さなければいけない。

 逆に冒険者組合の上層部は、常に世界中の動きを監視し、管理し、機密や実験成果を常に得続け、有能な人材であれば進んで獲得していた。

 世界中で、戦争はなくならない。しかし、その全ての結末は、冒険者組合が管理している。


 世界で最も勢力が強い、すべての国、すべての大陸、どこを探しても、冒険者組合よりも上の勢力は存在しない。

 ゆえに、冒険者組合に所属するといいうのは最強勢力に所属するということのみではなく、最高の身分を獲得するという意味になりえていた。




 シーヌは広間に入る。兵士たちの、各々の技量を上げるため、対人試合をしている最中のようだった。

「次に、うちの将軍が兵士一人一人に訓練をつけます。」

案内人が話しかけてくる。セーゲルの将軍は、どうやら今中心に向けて歩くあの巨漢らしい。

「さあ、一番!」

野太い声が響き渡る。そうして、それから小一時間ほど。将軍が一人30秒とかけずに兵士や隊長を打ち倒していくのを眺めていた。

「もう終わりか!」

将軍が再び声を上げる。その額にはうっすらと汗が浮かんでいたが、体力はまだありそうだ。

「さっきの兵で最後ですよ、将軍。」

隣にいた副官が言う。将軍はがっかりしたように肩を落とすと、「この程度か……」と呟いた。


「あの将軍は、一人でルックワーツの超兵の隊長を相手にできるくらい強いんですよ。」

それは、人間とは言えない。シーヌは昨日戦った相手の強さを思い出して、口に出しかけた。

「彼の名は?」

「カレスです。将軍カレス。」

彼のデータももらって来よう。シーヌはそう決意しつつ、案内係に礼を言って外に出た。

「聖人たちが支援をして、城壁によって超兵と戦う。なるほど、防衛にはうってつけだ。」

あの城壁の高さなら、隊長以外の超兵は登ってくることができない。隊長は登ってこられるだろうが……

「その時は、将軍が相手をする。聖人の支援もあるから、辛うじてまだ落ちていない。」


ルックワーツの超兵たちと戦って、まだ負けていないセーゲルが不思議で不思議で仕方なかった。

 しかし、剣術の訓練を見て思った。生き残り、反撃することに重きを置いた剣ならば、聖人と組めば負けないことは可能だ。

「でも、勝てない。それを理解できたのならお前は指揮官の能力くらいはあるだろうな。」

思考の途中に、考えていたことと同じことを言われて慌てて振り返った。さっきの将軍の声だ。

「カレス殿。初めまして。」

「おう、初めましてだ、シーヌ=ヒンメル。」

やはり、名前くらいは伝わっていたか。シーヌはこの街の上層部同士の連携に感心する。

 予想通りのこととはいえ、この街が、あるいは軍が優秀だという証拠は、見せられていいことだった。

「飯でも食おうや。」

「いえ、一度冒険者組合の支部による必要があるんです。」

「ついていくさ。この街のことについても教えてやる」


魅力的な申し出だ、とシーヌは思った。今から冒険者組合にいろいろと問い合わせても、復讐に足りるだけの情報を得られるまで一週間はかかるだろう。自分の足でも情報を得るに越したことはない。

「支部を訪ねた後、ということでよろしいのでしたら。」

「おう、かまわねぇぜ。じゃあ、行くか。こっちだ。」

土地勘のないシーヌを、カレスは支部まで案内してくれるらしい。

「カレス殿は、冒険者組合に所属しておられますか?」

「いや、しちゃいない。立場上、たまに呼び出されるんでな、場所を覚えたんだ。」

将軍がシーヌの質問の意図まで見越して返事をしてくる。


「そうですか。支部には基本所属人員しか来られないはずなので、おかしいとは思ったのですが。」

「英雄殿のおかげで色々あるのさ、この街も。」

「あの地は支部がありませんから、余計でしょうか……?」

「いいや。」

道中の話は、これくらいがちょうどいいだろう。そう思って、シーヌは己の所属組織について話していたのだが。

「ルックワーツの支部はな、追い出されたんだよ、英雄に……!」

「追い出された?」

つまり……冒険者組合が、一介の英雄に負けた。そういうことだ。


「……その話はあとだな。ほら、着いたぞ。」

将軍が言った言葉に、はっと我に返った。

「ありがとうございます、カレス殿。しかしこの先は……。」

「わかってる。入れないんだろ、俺は。」

ドスという音が聞こえそうな勢いで、将軍はドアがギリギリ開ききるような位置に座った。

それをしっかりと確認すると、シーヌはまっすぐにドアを開けた。

一週間。当初の予定よりも圧倒的に早く、シーヌは冒険者組合の支部へ入った。




「セーゲルの支部長殿はいらっしゃいますか!」

奥に進んで、支部の受付のところまで進む。外から盗聴されるのを防ぐため、かなり奥まった場所に冒険者組合の受付はあるのだ。

「……ずいぶんと若い声だな。この間の試験で新たに加入した少年か。」

現れたのは、随分と年のいった老人だった。


「ええ、そうです。しかし、若いだけでそこまで判別できるのですか?」

「わかるよ。ここ数年で冒険者組合に入ったものは、皆一年とたたずに死んだからな。」

若い声など、もうしばらく聴いていないのだそうだ。

「証です。妻の分もあります。ご確認いただけますか。」

「もちろん。ふむ……シーヌ=ヒンメル=ブラウとティキ=アツーア=ブラウ。よしじゃ、おぬしらがここに来たことは確かに記録した。」

「では一つ、依頼があるのですが。」

「ものによるの。」

さびれた雰囲気。一人老人しかいない支部。なるほど、求めた情報を得るのに、一週間では少ないかもしれない。


「『赤竜暴走事件』当時の詳細。並びに『英雄』と『超兵』の情報。セーゲルの戦力、『将軍』『聖人』『ワデシャ=クロイサ』。」

シーヌは一気に告げた。その情報が何を意味するのかを悟って、支部の老人が顔を引きつらせる。

「ガレッタ=ヒルデナ=アリリードを討つつもりか!」

「ああ。情報料はいくらですか?」

「……いらん。」

悩んだ末に、老人は情報料を取らないことにした。ただより安く、怖いものはない。

「何が望みですか?」

「ルックワーツに、支部を復活させること。それと、情報をシーヌ、君自身で得ることじゃ。」

老人は、ゆっくりと言った。

「この支部にある、『赤竜暴走事件』とそれ以後20年、すべての記録を貸し出してやる。必要な情報を自分の手で集めろ。」


後方にあった、いくつもの扉。その一つを開け放って、老人は笑って言った。

「これが、わしの集めた二十年の情報じゃ!」

六畳ほどの大きさの部屋。その部屋のすべてに、天井に至るほどの大量の紙が敷き詰められている。

「……濃い二カ月になりそうだ。」

シーヌは先ほど思ったのと逆の感想を、ポツリと口にした。




 そのころティキは、宿でシーヌを待っていた。

 彼女はお金を持っていない。もし持っていても使い方がわからない。

 だから、シーヌが帰ってくるまで、じっと待っているしかない。

「ティキさん。」

宿の大広間みたいなところで、一人もらった本を読む。


 常識を知らないティキは、本でも読んで常識を少しでも覚える必要があった。

 しかし、誰かがそんな彼女に声をかける。話しかけてきた人は、“護りの聖女”アフィータ。

「どうしたの?」

ひそかに警戒心を抱きつつ問いかける。

「シーヌさんはいますか?」

「いいえ、夫は冒険者組合の支部へ向かいました。」

「……そうですか。彼のような人を夫に持つと、大変ですね。」

「何がですか?」

その無邪気な質問に、アフィータは絶句した。


「ほら、彼は、クロウの生き残りではないですか。

「それがどうしたの?」

アフィータは再び絶句した。シーヌ=ヒンメルといることの意味を、彼女は全く知らないのだから。

「……彼が時々、人が変わることについてはどう思っているのです?」

「過去に何かあったのはわかっていますよ。でも、シーヌはシーヌですから。」

アフィータは頭を抱えた。これは愛ではない。恋でもない。

 思考放棄というのだと、アフィータは思った。

「ティキさん、あなたはどうして、彼についていくのです?」

「彼が私を助けてくれたのです、家族から。家族の名は私は知りませんが、アレイティア公爵家と言うそうですよ?」


アフィータは三度、絶句した。公爵家の中にあって、家族の名を知らない。それが何を意味するのか、彼女は察せた。

「血脈婚……!」

その方法はあまり知られていない。近親相姦ではなく、本当の意味で血を残すことだけを目的とした、戸籍のない子供。

 それが、ティキ=アツーア=ブラウという少女。

「……で、どういうご用事ですか?」

ティキは何度も絶句する彼女に首をかしげながらそう聞いた。


「いえ、シーヌに直接言うことにします。」

アフィータは笑顔が引きつらないように気を付けつつ言った。

(と、とんでもない鬼は、動く災厄と結婚したの……!)

背筋に冷や汗を流しながら、回れ右する。

 聖人たちに相談しなければいけない。彼女一人では、ブラウ夫妻は手に余る。

 駆け出したい気持ちを必死に抑えて、アフィータはその場を後にした。


話が進んでない気がします、四守です。

放置している伏線ばっかりですが、回収はあと数話先だったり、数章先だったりします。

『赤竜殺しの英雄』編はこのあと数話の間、街中の話を続けます。ぜひ、この後も読んでください。


……しかし、登場人物が出揃わない……

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