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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
最古の英雄
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灰色の傭兵

 流石に、毎日襲われるようなことはなかった。

 空を駆けて馬車が走っていることは知っていたのだろう、どうも補足されているきらいはあったものの、着地位置にピンポイントでバデル公爵家の手下がいる確率は少ない。たいていは他の国に仕える貴族が多く、五神大公の手の冒険者組合員もそう簡単に動かせるものではないらしい。

 ほかにも仕事を抱えている……というより、五神大公の元来の目的のために動かす冒険者組合員が多いという印象だ。血脈を維持するための戦いやら、個人的な怨恨のためにわざわざ手飼いの者を加えるより、近くにいる手の者を動かす方が楽……そしてその程度で十分だとシーヌたちは考えられていた。


「間違っちゃいないわなぁ……。」

チェガの呟きに、シーヌは否定することが出来ない。シーヌは過去一度も“次元越えのアスハ”に勝つことが出来ていない。彼より強い、あるいは彼くらい強い冒険者組合員を動かされたら。それだけでシーヌは詰む。

 そうでなくとも、シーヌたち底辺組合員と上位層では、明確な実力差がある。中位層ですら、だ。この中で中位の冒険者組合員と真っ当にやりあえるのは、おそらくアリスだけだろうという確信が、シーヌにはあった。

「困ったな……。」

舐められている。と言うならば喜ばしいことであるが、事実に基づいているとなれば、ダメだ。それは舐められているのではなく、敵が情報から正しい事実を読み取っているということに他ならない。


 手を尽くす必要まではない。手を尽くさずとも、アレイティアと本格的にぶつかった時点で、シーヌたちが詰む可能性は高い。

  それでもちょっかいをかけているのは、おそらく、残ったわずかなシーヌたちの勝ちあがる目を摘むためだ。

「面倒。」

それ以上にくじけそうになる現実を、その一言のうちに纏める。そして、とりあえず馬車を動かした。

「さっさと行こう。」

ティキを取り戻すのを諦めたら、その時点でシーヌは再び我を失うことに気が付いている。もうシーヌには、前進する以外の選択肢が残されてはいない。




 アラセア王国。ここで、シーヌたちがバデルの手勢に攻撃されることは限りなく低い。

 ここは“地殻変動”オーバスの領域だ。同じ五神大公といえど、ちょっとした勢力争いや利権争いがある以上、正当な口撃の理由は与えられることはない。

「……早いな、お前ら。」

馬車が大きな町の近くに降りる。着地した瞬間、そのそばで声が響き渡った。

「グラウさん!」

デリアが声を上げる。まるで尊敬する人物に出会ったかのように……。

(いやまぁ、実戦を潜り抜けた傭兵のことを尊敬するのはわからなくもないか。)

デリアは箱入り息子というほどではないものの、戦争に参加したことのある人間ではない。


 “殺戮将軍”の介護として、あの地に縛り付けられていた人間だ。そりゃ、多少は歴戦の傭兵に憧れたりはするだろう。まして、ほぼ一年も世話になった客将だ、尊敬しないはずもなし。

 まあ、探す手間が省けたと考えればいい方か、とシーヌは利点に目を向けて、

「アゲーティル=グラウ=スティーティア……“戦場の影刃”、お久しぶりです。」

「なんやシーヌ君、硬い表現使い始めて。グラウでいいっちゅうたやん。」

変わらない様子でそう言った。




「どういった用件でここに?」

時間がないことに焦っている。そうとは取られないようにシーヌは言った。

「逆にこっちが聞きたいわ、お前らが来るとは聞いとらんで。」

あと、お前まだ三ヵ月しか経っとらんのに起きてるんかい、と、何も知らないようなことを言う。

「何も知らないんです?」

「兄貴が言うには、お前がもし起きるにしたって三年くらいはかかるやろうから、それまでパシれって。おまえが起きてんのん見ると……ええように使われたんやろなぁ。」

わかってるんかい、とシーヌはつられてツッコみそうになる。まあ、それはいいと、強引に気を取り直した。

「ジャッケル様と面会しようとしたら、あなたの知り合いである証明がないと門前払いされたんです。なので、あなたを連れて行こうかと。」

「?兄貴は基本来る者拒まずやから、誰でも一回は面会できるはずやけど……いや、ティキはどうした?」

「アレイティアが連れて行きました。」

簡潔に一言。それで、グラウはおおよその事情を察したらしい。


「なるほど。ほんならまぁ、俺がここに来た理由も、お前らがここに来た理由もわかるわ。兄貴め、ここまで読み筋かいな。」

五神大公の勢力争い、ではなく血筋争いなのだとまでは検討をつけたらしい。

「“自在の魔女”の娘やって可能性は考えてたけど、ほんまか。せめて口出しせえへん奴が欲しい、と。」

そりゃ、ここはとっておきやな、と言う。


「俺も何されるかはわかってないんやけどな。とりあえず行こか。」

飄々とでも言おうか。実にあっさりと行動を決めるグラウに、シーヌは怪訝そうな目で問いかける。

「行く?」

「そう、行く、や。あぁ……俺はこう兄貴に命令されてるんやわ。」

アラセア王国のとある街、ニデシアの貴族館で、オーバス公爵家が滞在している。そこに顔を出し、ブロッセからの使いだと言って指示をもらい、従え。

「まぁ。そういうこっちゃね。行こか。」

ニデシア。馬車で2時間ほど走ればつく、大きな街ではあった。

「ついでや、乗せてぇや。」

ここまで徒歩できたらしい傭兵は、そう言った。




「うわぁ、速いなおい!」

グラウは馬車の屋根の上に座り込みながら嬉しそうに言った。ずっと歩いてきたからか。歩かずに進めるということが、とてもうれしく素晴らしいことに感じられるらしい。

「よしよし、こりゃあいい。シーヌ、この馬車くれへんか?」

「たかるな傭兵、自分で買え。」

投げやりに言う。シーヌはグラウのはしゃぎようについていくのは難しかった。


「で、あれか。」

門をくぐる。それくらいは、冒険者組合員だ、組合証一つでなんとかなってしまう。

「なんか拍子抜けだな。」

チェガの台詞に、何人かが微かに頷く。もう少し何かあるかと思ったが、冒険者組合員とその連れというのはどうしても特権階級として扱われる。しかし、その特権階級の中に入ってしまえば、どこまで行っても末端でしかない。

「世界と組合との扱いの差がやりにくい。」

「そこまで深く踏み込んでる冒険者組合員も少ないがな。」


冒険者組合員になったら、どこの国でも罪に問われない。やりたい放題出来るものの、逆に上位に行ったらどんどん身動きとれなくなる。

「まるで国みたいだ。」

チェガの言葉に、いい得て妙だとグラウは思う。世界的には強い人しかいない強力な国家が、よりにもよって二千年もの歴史を持っている。手がつけられないことこの上ない。




 貴族館にゾロゾロと入る。冒険者組合証を見せたらあっさりと入れた、しかし、何人か……ワデシャとアフィータは門前払いを食らって馬車の中だ。

「俺的にはなんであんたが入れるのか知りたいんですけどねぇ?」

「知るか、ケルシュトイルの王配に内定してるからだろ。」

その通りだ。神龍討伐の英雄たちが寄り集まってできた冒険者組合という組織は、根本的なところで英雄の子孫やその血族を無視できない。

 ケルシュトイルまで規模や力が小さくなっても、た。遠縁は無視できても宗家は無視できない。


 それを差し引いても、ケルシュトイル公国は歴とした国である。チェガはケルシュトイル公女ミラ=ククルの婚約者……内情はともかく、対外的には婚約者である。

 貴族が入る館に入れぬ道理はない。


「あぁそうかい、くそ。」

グラウはどうもチェガを敵視しているらしい。一度二人は戦ったこと、決着をつけられなかったことを根に持っている……そんな気がする。

「グラウ、チェガ。」

シーヌは小声で嗜める。目の前には扉が一つ。グラウの言う“地殻変動”オーバス公爵のいる部屋だ。


 察した二人は口を噤んだ。今から会うのは、これまで会った中でも特別偉い人間だ。大国ネスティアの王さまよりもはるかに。

「行こうか。」

案内されるままに、シーヌたちは一歩、進んだ。

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