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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
最古の英雄
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妨害はやまない

 最速で移動する手段は何か。

 オデイアの名誉の負傷を無駄にしないためにも、アラセア王国へは、そしてティキを取り戻すことは、最速で行わなければならない。

「山の中を突っ切るのはダメだ、どれだけ高級で頑丈な馬車でも、無茶すれば壊れる。」

馬車の修理が出来るのはワデシャだけ。そのワデシャも、冒険者組合……工業都市ミッセンで作られた、貴族ですら使える馬車の整備が出来るほどではない。

「じゃあ、荷物を置いて走るか?」

ここにいる人間たちなら、馬車で道を走るよりも早く進むことは出来るだろう。それが最も早い手段だとしても

「出来ない。それをすれば、誰かがここに荷物番として残らなければならなくなる。」

最速を望んで走る場合、荷物はこの街に置いていくしかない。だが、荷物が盗まれない保証はなく、盗まれないためには荷物番を置くしかない。


 一人で荷物番をするには危険すぎる。アレイティア公爵家へ攻撃を仕掛けるための準備物もある。そんなの、誰もが知っているし予想できるからこそ……敵の手の者が来るのは間違いない。

「ワデシャやアフィータを残すわけにもいかない。僕とチェガ、デリアは行かなきゃいけない。……荷物をここに置いておくのは、無理だ。」

だったら、馬車で運ぶしかない。ペガサスは馬より体力はあるし、休憩も少なくていいとはいえ、翼が生えた馬でしかないからして、走る速度も限界がある。全力で、馬車の手入れも欠かさず、一月。それが限界で……

「仕方ない。飛ぼう。」

“神の住み給う山”で神獣に襲われ、逃げたとき。あの時に使った手段は、あまり使いたくはなかった。




 アリスは茫然とその光景を見ていた。シーヌは、「見て覚えるように」と言った。それ以上に何も言わなかった理由は、見て覚える以外の説明方法が思い浮かばなかったのだと、よく、わかった。

「これは、言葉では説明しづらいですね。」

シーヌが引いた、空の道。それを、ペガサスたちが駆け抜けていく。


 六人が乗り、荷物も入った馬車だとは到底思えない速度。それは、馬がペガサスたちなのだから、よくわかる。

 ペガサスは、走る速度こそ馬と同じくらいであるものの、飛べるし、持久力はあるし、何より力強い。馬より馬車に詰め込める重量は多く、それによって落ちる速度も馬ほど露骨ではない。

「速い……。」

速いのは、何も馬車とペガサスのせいだけではない。眼下に広がる光景。森の真上を飛ぶ馬車という構図。


 馬車は平面を走る限り負荷が少ない。ゼロではないが、少ない。なら、平面を魔法で「作り出せば」馬車にかかる負担は少ない。

 シーヌたちがアラセア王国までの期間を一ヵ月と見たのは、走るのが地面の上で、どうしても森のでこぼこ道を通るか迂回するしかないという予想の上でだ。森の中は天然の迷路でもある以上速度が出ないこともあるが、その上を飛んで走破するなら時間はかからない。

「とはいえ、これはあまりやりたくはない。」

チェガは馬車の中で荷物を抑え込みながら呟く。

「空飛ぶ馬車なんて、目立つことこの上ない。シーヌが魔法で馬車を周囲に溶け込ませているものの、本当にごまかせている保証もない。」

幻惑や人の目を誤魔化す魔法というのは、本当に成功しているかどうかは客観的に見なければわからない。全く見えないように周囲の色を誤魔化しながら進んでいるといっても、その幻惑が正しい幻惑である保証はないのだ。


 例えばである。空の蒼をイメージして馬車のまわりに纏わせ、誤魔化していたとしよう。明け方にそのごまかしは通用するだろうか。夕方、夕日さす空に昼の蒼天は明るすぎる。広く大きな雲のど真ん中、一部だけが蒼ければ、誰もがおかしいと気付くはずだ。

 幻惑魔法を使うというのは、そういうものだ。透明にするのも危ない、空の色が透けて見えるような透明ではなく、その場所が完全に色がなくなるだけの結果になるのが透明化の幻惑魔法だ。馬車の存在は誤魔化せても、何か隠しているものがあるということは伝えている……そういった魔法になる。


 それだけではない。馬車は動く。馬車は動き、進むのである。それはすなわち、幻惑魔法を、動いているものにかけ続ける……常に周囲の光景を調整し続ける集中力が必要ということであり、また、幻惑そのものが移動し続けているということでもある。

 夕日が沈む光景の一点が、とても蒼い。それだけでも不自然極まりないのに、よく見ればそれは動いている。

 空飛ぶ馬車に幻惑魔法をかけ続けるというのはそういうことだ。疑ってくれというための魔法でしかない。

「まぁ、夜なら多少は大丈夫だろう。」

デリアはそう言うしかない。夜の色は、完全ではないがたいてい統一されたものだ。確かに違和感を覚えたとしても、夜の色が進んだところでピンポイントで見つけることは難しい。まして、昼と違って目撃者が多いわけでもない。まだ、マシな方である


「夜に移動し、昼に休む。そうして距離を稼ぐしかない。」

馬車が地面に向けて降り始める。夜明けにはまだまだ遠い、そろそろ日付が変わるくらいの時間のはずだ。

 だが、馬車は地面に降り立った。

「アリス=ククロニャ=ロート。これは、出来る?」

シーヌの問いかけ。ぶっつけ本番でシーヌと同じ魔法を作るのは、少しだけ荷が重いとアリスはわかっていた。

「いや……幻惑魔法だけなら、なんとかできそう。でも、空中に線を引くのは、無理だと思う。」

常に道を作る魔法。それだけなら、アリスでも出来そうだ。問題は、作るだけではなく、進みに合わせてその道を伸ばすこと。


 一瞬ならいい。まだ何とか出来る。でも、シーヌのように1時間、2時間。ずっと道を伸ばし続け、馬車が走っても崩れないようにしつつ、馬車が通り過ぎた道は消す。そして、ペガサスたちが足を踏み外さないような道幅で、踏み外したり行先に戸惑ったりしないような速度で道を作り続けることは、たぶんアリスには、出来ない。

「私は……そこまでの想像力は、ちょっと持っていない。」

軽く、シーヌは頷いた。シーヌも、幻惑魔法を維持し、道を作り続け、後から追ってこられないよう道を消す、ということを続ける集中力を保ち続けるのは無理がある。

「ティキなら出来るんだけど……僕たちじゃね。」

ティキの異常なほどの想像力は、そんな無茶な魔法管理をやってのけられる。それは、“竜の因子”を持っているが故の、人間離れした脳の機能だったり、常識知らずが故の常識に捉われない思考によるもの。


 シーヌはそうではない。この魔法は誰かの模倣であり、真似をして、訓練をして己のモノにしてのけただけの代物だ。アリスに至っては、魔法をうまく使えるようになるまで徹底的に反復練習をし、魔法規模も種類分けして反復練習を積み、そうして体と頭に覚えこませた果てとして、魔法の発動速度と強度を上げるタイプの魔法使いだ。

 よくいる魔法使いと異なるのは、想像力で威力を補おうとするのではなく、想像力が貧弱だからこそ反復練習で一流にした魔法使いという点であり……新しい魔法を、しかも臨機応変さを求められる魔法をすぐに使うのは、絶対に無理だというその一点である。

「じゃあ、悪いけど、アリスは夜間絶対に起きていて、幻惑魔法を使い続けてほしい。道は僕が作り続ける。」

それがシーヌの出来る精いっぱいの妥協点。幻惑魔法と同時に維持するわけでなければ、きっとシーヌは三時間くらいなら馬車を飛ばせられると考え……

「ダメだ、シーヌ。いや、幻惑魔法はいいんだが、絶対に二時間に一度は休憩を挟め。おまえとアリスが倒れたら、最速でアラセア王国に行く計画が頓挫する。」


 チェガが告げたことに、時間がないと焦るシーヌは否定の言葉を口にしようとし、

「それに、ペガサスも、ぶっ通しよりは休みがある方が持ちがいいはずだ。最悪昼間もペガサスたちが動ければ進める。」

その言葉に、口を噤まざるを得ない。シーヌは無理をすれば動ける。アリスの代わりは、シーヌでも騙し騙しやれる。でも、ペガサスの代わりはここにはいないのだ。

「チェガ殿。助かりました。」

トライが言う。シーヌのぶっ通し計画ではどう考えても体が、足が破壊されかねないとわかっていたゆえに、ペガサスたちは安堵したようだ。

「それにな、シーヌ。多分、このペースなら、2週間はかからないはずだ。」

あまりの速さに、チェガは胸を張って、そう断言した。




 日が昇る。ワデシャとアフィータはゆっくりと目を開けた。

「おう、おはよう。」

「おはようございます、チェガ殿。ここはどこでしょうか?」

「イアレーンの村、ってわからんだろうが、その近くさ。最初の森は抜けたよ。」

その速度に驚いたように目を見開く。驚きのあまり、寝起きのぼんやりとした頭がすぐに目覚めたほどだ。

「速いですね。」

「そりゃ、道無視してんだからな、当たり前だろ。」

起き上がったワデシャを横目に、チェガが馬車の壁に背をつけて、毛布にくるまった。

「何かあったら起こしてくれ。」

「承知しました。」

見張りが交代……

「チェガ!デリア!」

しなかった。シーヌの叫び声を聞いて、チェガは飛び起きて槍を手に取る。馬車の入り口に手をかけていたデリアも、反応して振り返った。


 名門バデルに仕える属家、アディーラ伯。

 イアレーンという村の実質的な領主が、シーヌの登場を嗅ぎつけていた。




 殺すわけにはいかなかった。

 冒険者組合員は、誰かを殺しても基本的に罪にならない。どこかの国の王族を殺したとて、シーヌ、デリア、アリスが連れ去られることはないだろう。

 とはいえ、シーヌの復讐とは関係ない一般市民だ。殺す意味もない上、ここで殺せば余計な情報が出回ってしまう。

 即ち。シーヌという冒険者組合員は、赤の他人の軍勢を、特に理由なく虐殺する青年だ、と。


 五神大公、バデルが軍を差し向けたことも、それがなぜかも、絶対に公表されることはない。ユミル=ファリナを、バデルが欲しがっていたということが公表されることはない。

 それは“竜の因子”にまつわる事柄だ。五神大公全てが、冒険者組合全体が秘匿する内容だ。

 そこに足がつかないようにする方法など、決まっている。軍事演習なり見回りなり、なんなり理由をつけて出していた軍、そこにたまたま通りがかったシーヌが殺して回ったという情報操作がされるだろう。

「シーヌの味方になった国々や冒険者組合員ですら、そう言うしかなくなる。」

五神大公は、そして、二千年以上昔からの因縁は。そう告げる以外の選択肢を許さない。


 全力で誰も殺さずに抵抗し、逃げ切った先で。

「しばらくは、こういうのが続くんだな。」

シーヌは、ティキを手に入れるまでの道のりの長さを、嫌でも自覚した。


権力のある人とない人の戦いってどうあがいてもこうなるわけで。

名声なんか権力者なら自由に地に落とせるんですよ、目撃者なんか口封じすりゃいいし、それも権力で抹消すれば……と。

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