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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
最古の英雄
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コネはなく

「申し訳ありませんが、ジャッケル様との面会は許可されておりません。」

デリアはその言葉に、愕然と目を見開いた。シーヌの目的……ティキをアレイティア公爵家から奪うという無謀を為すには、少なくとも五神大公のいずれかに後ろ盾になってもらわなければならない。

 そのための仲立ちとして、学園都市の領主ジャッケル=グラウ=デハーニ……巷では親しみを込めて“学園長”と呼ばれる人物との面会を求め、しかしすぐに断られた。

「な……なぜだ?」

すぐに通されると思っていた前提を実にあっさりと覆されて、デリアはただ茫然とするしかない。シーヌとチェガに頼られた、その役目を果たせそうにない。

「なぜ、と言われましても……“紅の魔剣士”デリア=シャルラッハ=ロート様、その身分だけではどうしても、ジャッケル様との面会は不可能です。」

ジャッケルは冒険者組合の中でも上位に位置する使い手であり、同時にこの街ブロッセを預かる領主だ。よほどの理由がない限り、冒険者組合員とはいえ末端の人間に会うことはない。


「何かあれば兄を頼れと、アゲーティル=グラウ=スティーティア殿に言われたのですが。」

「ですが、デリア様はアゲーティル様の紹介状を持ってきているわけでもなし……証拠が足りません。」

あっさりとそういう使用人。だが、デリアはこの態度には覚えがあった。


 父、“救道の勇者”に儲け話を持ってくる商人は多い。後ろ盾になってもらおうとする没落貴族は多い。それらに対して父は、企画書がいくら有望であろうと、御用商人か配下貴族の紹介状がない限り面会しなかった。有望な商人貴族に関しては、ほとんど最初にフェニを介し、フェニが人格能力共に問題なしと判断した人だけが父と面会できた。

 どこの世も、同じだ。人の繋がりがなければ上は目指せず、それですら証明なくして成り立たない。アゲーティルがここにはいないと気付いた時から予想するべきだった事態に、デリアは無策で立っていた。

(とはいえ、何の成果も残さなければシーヌに合わせる顔もなく。)

「アゲーティル殿はどこにいるか、ご存じですか?」

「確か今はどこかの紛争地帯にいらっしゃるはずです。」

どこか、と言われても。それ以上何か聞いても返してくれそうにない使者に、デリアは軽く息を吐いて。


「では、今ある紛争地帯すべての資料をください。」

引き下がらざるを、得なかった。




 火を起こす。久しぶりに帰った我が家、その窯に埃はない。

 アゲーティルはいなかった。であれば、次にはアゲーティルを見つけるための旅に出なければならない。

 地下へ降りる。冷たい空気に体が震えるが、無視して袋を持ち上げる。

「パンは保存が効かない。焼き菓子がいいところだ。」

あまり石パンは作ろうと思わない。主食にでき、保存が効き、馬車の場所を奪わない。薄っぺらい焼き菓子を焼くのが一番楽で……しかし、保存前提になればその焼き菓子ですら石パンのようにはなるだろう。

「まぁ、仕方あるまい。」

こねる、こねる。デリアとアリス、シーヌとチェガは冒険者組合御用達の宿に泊まるだろう。自分はここで、旅支度を整えておけばいい。


「野菜はシーヌとアリスが冷凍保存する。」

魔法は長時間維持するのが難しい。しかし、氷などは、氷を維持するのではなく、水を氷になるまで冷やす魔法だ。魔法を維持するのではなく、自然解凍するはたから周囲の気温を下げて氷に戻すだけでいい。それならば、長時間魔法を維持する必要がない。野菜まで解凍されないよう、水に完全に沈めて氷づければいいだけだ。

「だから、何も考えなくていい。私の役目は、これだけだ。」

生地を捏ねる。生地を捏ねる。生地を捏ねる。もう、オデイア=ゴノリック=ディーダという人物には価値がない。


 戦闘には、デリアとアリス、チェガがいる。ワデシャはオデイアより強いくらいの実力でしかないが、軍の指揮は卓越したものを持っている。

 セーゲル聖人会がバックにつく。ネスティア王国も、ケルシュトイル公国もシーヌの背を押すだろう。

 もう、元シキノ傭兵団だったという過去をもつだけの、自分の傭兵を持たない隊長は、戦闘する人間としての価値を失っている。

「私は、ただ。ここで若者たちの助けになれば。」

そうして、オデイアはその日、すべての旅支度を用意した。二ヵ月分の旅支度を、彼は。


 オデイア。ディーダのパンは上手いと、近所に広まっていたその家で。彼はシーヌたちへの献身が、最後であることを悟っていた。




 デリア、アリス、チェガ、シーヌ、ワデシャ、アフィータ。宿のど真ん中で、地べたに座って彼らは頭を捻っていた。

「で、これがアゲーティルの行った場所の候補地?」

じっと地図を眺めるシーヌは、ジャッケルとの面会拒絶に一瞬頭が沸騰しそうになったものの、すぐに落ち着きを取り戻した。


 チェガが、「そういうもんなんだよ、政治の世界って」と言ったことで、どうしようもないということだけはよく伝わったからだ。

 チェガ=ディーダは王配になる。ケルシュトイル広告で、ミラ=ククル・ケルシュトイルと結婚する。その彼が言うのだから、間違いないのだろう。

「どこだ?」

「そこまで教える義理はない、って感じだ。本当にアゲーティルの知り合いなのか疑っている節もあったと思うが。」

デリアはそう言って肩をすくめる。ここに来ると決めたのはシーヌだが、そのための情報を与えたのはチェガだし、その繋ぎ役を買って出たのはデリアだ。シーヌが怒り出しても文句はないと思っていただけに、少し拍子抜けしていた。

「アドフィーラ王国、ここはない。遠すぎる。バルルデンシア、ここもないだろう。エリトック帝国は……いや、アゲーティルを派遣する場所ではないな。」

さらっとチェガは言った。ギョッとしたように、デリアはチェガを見る。


「遠い場所に手飼いを送るにしても、実の弟を送ることはないだろう。それに、アドフィーラ王国にある紛争地帯ってのは、ルックワーツと同じ……竜の血を飲んで力を得たアホどもの粛清って聞いてる。」

ケルシュトイル公国は、それくらいの情報は入ってくる。原初の英雄の子孫の元へは、冒険者組合は定期的に連絡を送ることを欠かさない。

「待ってください、竜の血を飲んだ地域には、冒険者組合は直々に手飼いの者を送るのですか?」

「ああ、送っている。『竜の因子』の情報は迅速に口封じをする必要があるからな、基本的に送られているさ。」

それも、出来る限り五神大公のどこにも属していない、フリーの冒険者組合から強い者が選ばれて。そう告げられたワデシャの目は、愕然としたような、茫然としたような、力ない表情をした。


「では、なぜ、ルックワーツは……。」

放置されたのか。答えなど単純だ。

「セーゲルが、キャッツ=ネメシア=セーゲルが感づき止めに入り、かつそもそも英雄ネスティアの末裔の地だった。前も言ったぜ?」

そうでない土地は冒険者組合が動く。だが、アゲーティルはそもそもジャッケルの弟、学園都市ブロッセの領主の弟だ。

 存在そのものが必然的にムリカム公爵の手飼いの位置であり、何より、弱い。

「俺より強い程度しか力がない。“竜の因子”がかかわる土地に入るのは役不足だ、が……。」

他の冒険者組合が介入している紛争地帯も似たようなものである。竜の血に関与していなかろうと、学問か、“奇跡”という、冒険者組合が規制している何かに触れた地域しかない。


「冒険者組合ってなると、そりゃそうだわな。」

バルルデンシア国内の一つの貴族家が、代々継承する“三念”の昇華に臨んだ。エリトック帝国も同様に。それは確かに冒険者組合にとって困る事態であり、しかし、強引に止めるわけにもいかない。

 冒険者組合による強権とやらで強引に実験を止めさせたら、その実験が冒険者組合にとっての泣き所だと喧伝して回るようなものだ。そんなへまは、五神大公の誰もしない。正当な手続きを踏んだ失脚、それがいいところだろう。

「“奇跡”の管理、“竜の因子”の管理。過去の過ちをこれ以上繰り返さないこと、それが冒険者組合の存在意義だ。だから、必ず冒険者組合の上層が介入している紛争には、“奇跡”と“竜の因子”が絡んでいる……。


「……アゲーティルは、ここにいると、別れた日に言った。」

シーヌを守ることに決めた日、アゲーティルはデリアにそう告げていた。

「その上で、兄に言われて紛争地帯に行った?……ちょっと怪しいな。」

チェガは軽めにそう返す。だが、頭の中ではすごい速度で計算が進む。


 例えば。シーヌとチェガの担任が、バデルから送られてきた諜報員だった。それは、本当にムリカム公爵家は知らないのか?己の権力のお膝元なのに?

「そんなわけがない。」

即答する。ムリカムは、わかったうえで受け入れている。それが五神大公の暗黙の了解だ。

「ティキがアレイティアの末裔であることを、ムリカムが知らない?そんなわけがない、リュット魔法学園ではみんなが知っていることだったはずだ。」

ミラ=ククルが知っていた。エル=ミリーナが、フェル=アデクトが知っていた。学生でも知っていることを、教師が、それを束ねるやつが知らないはずがない。地方の一貴族の末ならまだしも、アレイティアのご令嬢だ。要観察対象だったはずだ。


「となると、冒険者組合に入ったこと……いや、一連の流れ全てを知っているはずだ。」

そして、シーヌの出自も、何を目指して旅をしたかも。アスハが知っていた。ジャッケル=グラウ=デハーニは、アスハの弟子のような立場の人間を調べないはずがない。


 何より。アゲーティルが、いる。チェガはアゲーティルを知っている。槍とナイフを交えた、アゲーティルが己よりも強いことも、シーヌよりもわずかに強かったことも、そして何より、ジャッケル=グラウ=デハーニを相手にだんまりを決め込めるほどの権力も実力もないことも。

「ムリカムは自分の手勢を極力使わず、ティキを手元に近づけたい、とする。」

「アレイティアにカチコミをかけようとしている男に、バデルが敵対意思を向けている。」

「だが、アレイティアにカチコミをかける人物には、ネスティアとケルシュトイルがバックにつく動きがある。」

「セーゲル聖人会の軍を動かせ、ティキを救い出す可能性のある、“奇跡”を失ってなお生きている希少人物。」

シーヌのことだ。そして、ムリカムの状況だ。


 チェガは、自分がムリカムだったらどうするかを考える。ネスティア、ケルシュトイル。五神大公に文句を言う権利がある。『自由』を望んだ、英雄の末がアレイティアに文句を言ったなら、アレイティアとて何の影響なくともその歴史、先祖への配慮をしなければならない。

「でも、シーヌが死ねば、意味はない。」

夫の権利。夫婦はともにあるべきだという主張も、夫が死ねば優先順位は夫よりも父へと帰る。

「シーヌを強権で殺されたくなければ、バデルを封じ込める人物が必要だ。」

アレイティアとバデルの連名でシーヌを殺せと命じられれば、五神大公、ムリカム一家のみでは止められない。


「ここだ、新生グディネ竜帝国の先、アラセア王国の、公爵家。“地殻変動”オーバス。冒険者組合の中でも、世界の産業事業を一手に引き受けているワムクレシアが、経済事業を一手に引き受けているオーバス家に作成した銭石を取りに行く、日。」

そして、その近隣では。

「複数名での“奇跡”作成の研究を行っている土地がある。多分、ここだ。」

シーヌたちがその流れに気づけば、五神大公の二名との面会も叶う。そうなれば、ワムクレシアとオーバスは、少なくとも敵にならない交渉が可能になる。

「ムリカム公爵家め……多分間違いない。シーヌ、行くか?」

謀られたことがわかっていても、アゲーティルも、シーヌたちも、動かざるを得ないことを知っている。おそらく、デリアが門前払いを食らったのもこのためだ。


「行くしかないよ。僕は行く。」

シーヌの言に、全員が、頷いた。


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