表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
最古の英雄
285/314

再現の天才

 デイニール魔法学校の教師役。冒険者組合が管理する学園都市で教師ができるという時点で、少なくとも戦闘に関しては素人ではないし無能でもない。

 少なくとも戦闘の基礎は収め、一般的には強いとされるものの、しかし強者として名を挙げるほど強くはない。教師として採用される人間は、得てしてそういう人間だ。


 シーヌとチェガの担任も、その例に漏れない。個としては冒険者組合に入るだけの実力を持たなかった人間としてガラフ傭兵団団長のガラフやドラッドがいる。彼らにすら、及ばない。

 むしろ、オデイア=ゴノリック=ディーダにすら及ばないだろう。彼はあくまで教師であって戦士ではない。戦いの心得を知り、戦い方を知っていて……しかし、強くはない。


 教師が魔法を撃つ。シーヌが迎撃する。教師の魔法威力はそれなりに高いが……復讐を潜り抜けてきたシーヌにとっては、それほど高いとは感じられないレベル。

 相殺するまでに手はかからない。危険を感じることもない。教師役の男は、戦争に出たら生き残れるだろうが……

「末端とはいえ、冒険者組合と戦えるほどではない、か。」

炎を射出しながらシーヌは呟く。過日、クロウの街を焼いた炎はシーヌにとってトラウマであったが、既に復讐を果たした以上、それを恐れる道理はシーヌにはない……いや、恐れていれば、まだ過去に捕らわれることになると理解しているからこそ、恐れずに使う。

 十分ほどの様子見からの、シーヌの反撃。教師は相殺ではなく、逃げの一手を選んだ。


「それは悪手だと思いますよ。」

シーヌが魔法の軌道を変える。追尾するように教師に向けて飛び続ける炎は、教師自身にとって恐怖でしかなく……

「相殺など出来ないだろう?」

チェガやデリアのように、どちらかといえば戦士職の人間が扱う魔法なら、手数があれば相殺できる。将軍や指揮官といった人間のモノでも、また。だが、

「君の魔法は、君の想像力と意志力が十全に効いている。……手数で威力が減衰できるのは、使い手がそういう想像をしたからだ。君はそんな愚は犯さない。」

シーヌをよく理解していると言わんばかりに、教師は言う。確かに、減衰させないようにシーヌは出来る、が。

「そんな集中力を維持するくらいなら、新しく作り直した方が早いんですよ、先生。」

追尾していた炎が消える。そちらに意識を向けていた教師は、目の前に突如現れた炎に対応できず……


「熱い!!」

吹き飛ばされる。反射的に教師は己の身を守ろうと防御幕を張った。シーヌの攻撃を跳ね返すためでなく、守るためでもなく、ただ己の命を守るために。

 そうでなければ、シーヌの魔法を「熱い」の一言で済ませることなど出来なかった。たとえ加減されていたとはいえ、防御など出来なかったはずで。

「やっぱり、戦闘は素人ですね。」

戦士なら、反射で動くことはない。冷静に魔法膜を張って、破かれていただろう。反射で、本能的に己を守ろうとしたからこそ、シーヌの攻撃を防ぎきれた。

「降参しませんか、先生?」

シーヌの、呟き。これが復讐仇ならこんな言葉は言わなかった、先生だから、シーヌはこうして慈悲を見せた。

「あなたでは僕には勝てない。戦いをやめる理由は、それで十分だ。そうでしょう?」

それが、シーヌにとって純然たる事実で。しかし、教師にとってはそうではない。


「いいや……私はお前を殺さねばならない。バデルは、五神大公とは、命令違反したものを放置できるような組織ではない。……不可能なのだ、私を生かすことは。」

当主の器が広ければ、命令が果たせなかった者も生かせる……そんな幻想は、2000年県政を維持したバデル公爵家には許されていない。

 バデル公爵家は、シーヌを殺すことが出来なかった教師を、断罪する以外に道がない……それが、五神大公を継いだ者の義務ゆえに。

「お前に殺されるか、バデルに殺されるか、二つに一つだ。だから、私はお前を殺すまで戦おう。」

シーヌが手違いで教師を殺すのか。それとも、バデルが教師に見切りをつけて殺すのが先か。その二つに一つと言われてしまえば、シーヌは黙らざるを得ず……

「死ね!」

氷が槍を形成する。必死の形相でシーヌに向けた槍は、シーヌの胸を貫くことなく、透過して進み……。

「……何?」

教師が困惑する。確かにシーヌを貫いたはずだ。その心臓を、迷いなく貫いたはずだ。


 だが、シーヌは。防御もせず、防御魔法も張らず、ただその身で受けるだけで……受けもしないで、対処した。

 まるで、そこには何もないように、魔法がシーヌを通り過ぎて行った。

「僕の最も得意なことは、“復讐”ではない。『戦闘』でもない。」

ポツリ、とシーヌは呟く。それは、シーヌのこれまでを否定するかのようでいて、しかし戦闘も復讐も『目標』『結果』であって『技能』ではない。

「僕は、“幻想展開”を用いる。」

ドッと、その一帯が溶岩になった。“幻想展開・火口”の結果。

「これらは、僕が実際にアスハに連れていかれて、そこで見てきたものだ。」

凍土。砂塵。雷雨。次から次へと姿が変わる。


 それは、“自然呼応”ムリカム家の中でも上位に位置する人間なら無思考で至れる極点でありながら、全くの別物だ。

 ムリカム家は世界が使い手に応えるのに対し、シーヌのそれは、世界を現実で上書きする。

「僕の才能は模倣だと、アスハ……師匠は思っていたけれど、そうじゃない。」

なぜなら、シーヌの持ちうる最大限にして最高点の切り札は、“幻想展開”。その中でも、あの。自分自身を苛み続けた、悪夢のような心の声。

「“地獄”が展開できる以上、これは模倣なんかじゃない。そして、模倣だったらできるはずのモノが、そもそも僕は出来ない。」

シーヌに出来ないのは、応用。有り余る手札を状況に応じて使い分ける柔軟性こそ、“有用複製”で示し続けたものの、誰だったかが予想していた“応用複製”をシーヌは使えない。シーヌは持っている技術を“応用”することが出来ない。

「僕の才能の本質は、“再現”だ。だからこそ、こんな“三念”を再現してのけられる。」

魔法技術“三念”の中でも、自我を取り戻した時点でほとんど力を失った“三念”。本来人の身に余るような力、それを“再現”してのけることで、シーヌはドラッドの“無傷”をも上回るような防御能力を得た。


 魔法概念“達成”、その区分は“空虚”。冠された名は、“我、在らず”。

 あの日と同じ空虚さを、あの日から感じた、感じ続けた、自分を見失った感覚を。自分自身が心のうちに“再現”する。心にかかる負荷は尋常ではない。それは自分が空虚な存在であると認めなければ発現しない。それは自分に何も持っていないことを自分で信じ込まなければ発現しない。


 それは、シーヌが幸せを実感した瞬間に、使えなくなる魔法……逆説的に、この魔法が使える間はシーヌは己に幸せではないと言い聞かせている。

「僕は復讐を果たした。ティキを取り戻すまで、僕は死ねない。」

どんよりと重くなった心の内。それを強引に断ち切って、シーヌははっきりと告げた。

「だから、先生。ごめんなさい。」

振りぬかれた杖。その杖は仕込み杖。中の刃が、容赦なく先生の首と胴を離してしまい。

(おめでとう、シーヌ君。君に幸多からんことを。)

教師の声が、聞こえた気がした。




「あの魔法は、一体なんだ?」

教師を殺した、その遺体を焼きながら、筋の乾いた頬を搔きながらチェガは聞いた。その様子を見もせずに、シーヌはじっと炎を見上げている。

「魔法は、想像力で具現化し、意思によって強度が変わる。」

魔力量なんてものはない。魔法は『心の摂理』によって、心の声によって起きる現象だ。だからこそ、そこにルールはあまりない。

「でも、だからこそ、想像力がはっきりしている方がいいし、世界に働きかけられるほど確固とした自分があれば“奇跡”は芽生える。」

意志の強さ。想いの強さ。生き続けるうえでの信念。強く願えば願うだけ、世界の事象を強く曲げることが出来る、それが『心の摂理』で言う魔法。


「だからこそ、自己定義が必要なんだ。自分がどういう人間で、どう生きていくのか。定義さえはっきりしていれば、その定義に向けて人は歩める。」

だからこそ。シーヌの得た、あの定義は徹底的に有用で、徹底的な暴力だ。

「“空虚”、“我、在らず”。そこに僕は存在しない、と告げる概念。文字通りの空虚だ。ファリナの“非存在”ともグラウの“不感知”とも違う。」

ファリナの“非存在”は、そもそも武器に与えるもの。その存在を認識できなくする魔法と言えば聞こえがいいが、その実、敵、あるいは周囲に対する干渉の概念だ。目を、探知を誤魔化し、その存在を認識出来なくする魔法。


 だが、シーヌのそれは根本として異なる。

 それは、世界への干渉だ。世界が、シーヌがそこにいることを、感じられなくなる魔法だ。

 それは、自分への干渉だ。自分が、世界の認識から外れてしまう魔法だ。

 それは、人生への干渉だ。少なくとも、シーヌは。これを用いている間、自分が生きているという認識を持つことが出来ない。そこに存在している、ここにいる自分自身がいないことを、心の底から信じなければならない。


 “空虚”。人が生きる時は決して得るはずのない……


 自分の存在を消す手法である。

言ってしまえば、自動的な植物人間化です。薬も何も使わず、自分のスイッチ一つで肉体諸とも世界から消えます。

とはいえ、デメリットは大きいです。“空虚”というのは“非存在”とは異なるわけです。

自分がここにはいないと定義するのではなく、どちらかと言えば『自分は誰かに視認されるほどの価値はない』でしょうか。それを世界が受け入れるだけの強さで信じこむことでこの魔法は発動します。


この魔法が発動している間、シーヌは誰かに傷つけられることはありませんが、指一つ動かせず、呼吸一つろくにつけず、、心臓の脈動一つ起きることはありません。なぜなら彼は『そこにいない』からです。


…さぁて、こんなことを『出来る』人間の心なんて健常な訳がないんですよね。



なお、シーヌは自分の幸せを幸せと感じられるようになったとき、彼はこの魔法を使えなくなります。幸せを感じられる人間が、“空虚”にはなれないためです。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ