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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
眷属の公爵家
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聖人会の決断

 シーヌの覚悟とは裏腹に、セーゲル陣営は簡単に覚悟など決まりはしなかった。

 シーヌ=ヒンメル=ブラウは17歳だ。まだ若く、かつ新婚だ。妻を助ける覚悟も、そしてその義務も、何より無謀に挑戦するその胆力もある。

 若くして冒険者組合に入るということは、即ち。若くして、無茶無謀に挑むだけの力があるという証明。覚悟を決めたシーヌは、決して止まらないだろう。

「セーゲルがどう動くかが、問題だな。」

そう。問題。キャッツ=ネメシア=セーゲル亡きセーゲル聖人会は、冒険者組合とどういう風に向き合うのかという、問題。


 冒険者組合を知った。聖人会を知った。その全てを、シーヌに宛てられたアスハからの資料で得た。

 キャッツは何一つ、その情報を話していなかった。“粛清の聖王”エスティナですら、今初めて知った事実だ。キャッツはすべてを己の亡骸の中に詰め込んで死んだ。わかったのはそれくらいである。




 キャッツが、ある意味においては徹底的にセーゲルを守った。もし、ルックワーツとの抗争中のセーゲル聖人会が聖人会のルーツを知っていても、笑い飛ばすだけであったろうが……だからといって、亀裂が入らなかったわけではない。


 セーゲルが今そこまで荒れていないのは、偏にシーヌ、ティキとの交流や中央の政治事情に揉まれた結果だ。そして、エスティナの持ち帰った、聖人会とセーゲルの絶縁状によるものだ。

「五神大公と本気で敵対する気か?」

「ティキ=アツーアには恩がある。返す必要があるだろう?」

“錯乱の聖女”エーデロイセの問いに、“授与の聖人”ガセアルートが即答する。だが、その答えに、“自由の聖人”アスレイは反対意見を口にした。

「一年匿うという話だった。ティキをだ。その約束を結んだ時点で、恩は返したはずだ。」

「本気で言っているのか?ルックワーツの討伐、シトライアでの政治的助言、央都聖人会への抗戦の助力。すべて、彼女らに助けてもらった。その恩が、ここに住まわせただけで返せると?」

反射的にガセアルートが返すのに対し、アフィータは何も言わずに黙っている。ワデシャ、カレス、エスティナも同様に。


 ゆえに、この会話は聖人会だけが積極的に話していた。他者のために、を信条とする聖人会が割れる程度には、決断が重い議題である。

「結婚式をしてやった。“魔女”の元へと案内した。第一、助けられたとはいえ利害の一致だ。本当に助けたのはどっちだろうな?」

シーヌが単身、ルックワーツへ向かわなかったら、キャッツが死ぬこともなかっただろう。その考えが間違いではないだけに、ガセアルートは一瞬黙る。が、流石に無視できなかったのだろう。エスティナが口を開いた。


「ルックワーツとの抗争は、あの二人がいなければ終わらなかったな。終わらなければ、セーゲルに見切りをつけたネスティア王国に滅ぼされていただろう。」

もとより、決戦が一週間遅ければセーゲルはルックワーツともども滅びていた。それは間違いのない話である。

「ティキ殿がいなければ、少なくともアフィータとワデシャは死んでいた。なぜなら、国王がケイ=アルスタン=ネモンを討つ勅命を出すのは変わりなかったためじゃ。」

軍には軍をもって相対しなければならない。冒険者組合にある、一個で国を滅ぼさないようにするためのルール。だが、あの場には“雷鳴の大鷲”以下四人が存在していた。

 シーヌとティキがいなくとも、軍対軍というルールを守るために、セーゲルは使われていただろう。


 そして。シーヌとティキがいない……シーヌとティキの影響を受けていないアフィータでは、ネスティア王国軍本隊を相手取るのは、無理だった。

「シーヌがあのタイミングでこの場にいなければ、間違いなくセーゲルは“洗脳の聖女”の言葉に惑わされ、国に叛逆していたじゃろう。結果として待っていたのは、間違いなくセーゲルの崩壊じゃろうな。」

エスティナの断言に、聖人会の面々がゾッとしたような表情を見せる。当然だ、そこまではっきりと、死の足音が近づいていたとは……心中穏やかではいられない。

「さて。現状は理解したな?続きを話すといい。」

エスティナが再び投げる。だが、今度は誰も口を開かない。


 可能な限り、シーヌに手を貸したくない聖人会。しかし、どう考えても、セーゲルが得た恩というのは、シーヌに手助けをせねばならない規模のものだ。

「とはいえ、命は惜しい。……五神大公に叛逆する、というのはどう考えてもネスティアに叛逆するよりも重いではないか。

“要塞の聖女”ナミサが言った。それは否定のしようのない、明確な事実。ティキ一人を助けるために、セーゲルと、そこに住む住民すべてが死ぬ可能性が高い行動を起こす。出来るわけがない。


 アフィータは何も言えない。心情としてはティキを助けに行きたいと思っている。恩の上でも、ティキを助けに行くべきだと思っている。

 だが、アフィータは動けない。おなかの子が生まれるまで、通常であればあと3ヵ月。準備期間次第では戦えるかもしれない。だが、少なくとも今のアフィータは、戦えない。


 と、そんな時だった。

「入るぞ。」

バグーリダ=フェディア=セーゲル。この街を作り上げた男が入ってきた。

「ネスティア国王からの書状だ。シーヌには見せるなよ。」

ネスティア国王。このタイミングで、どんな命令が下るのか、とその手紙を受け取って、ガセアルートが代表して手紙を開く。

 国の書類特有の長ったるい説明をすべて要約した果てに、ガセアルートは呟いた。

「アレイティアとの抗争において、ネスティア王国は、他の五神大公家を味方につけたときに限ってのみ、参戦を認める。……ネスティア王国は、五神大公の行動にケチをつける権利を持っているらしい。」

ただし、セーゲルのみで行った場合、それはセーゲルによる独断として裁断する、とも書かれていた。ならば、ガセアルートたちに出すべき答えはもう見えている。


「シーヌには、そのまま話す。ムリカム公爵家を味方にするならば、仲間としてティキの助けにはせ参じると伝えましょう。」

ガセアルートの決断に、聖人会たちは大きく頷く。だが、その決断を認められない人物が、一人。

「なぜです!たとえムリカム家を味方につけても、アレイティアと戦うのは愚策です!」

ムリカム以外の、四大公。彼らはおそらく、アレイティアにつくだろうという確信が、アスレイにはあった。なぜなら、アスハが殺された……最もシーヌたちを守れる男。彼の所属は、ミッセンの所属は、ワムクレシアだった。

 だが、ワムクレシアは、まだ何も動いていない。そう、アスレイは主張する。

「勝ち目がありません。いくら“自然呼応”ムリカムの協力とはいえ、他四家を相手取れるほどではないはずです。」

それは、正しい認識だ。だが、ずれた認識だ。


「勝つ必要は、ありません。私たちが為せばいいのは、ティキ=アツーアの奪還。それ以上求められていないならば、気にしなくともよいでしょう。そしてもう一つ。」

これが、最も重要だ。

「“眷属作成”のアレイティア。“洗脳話術”のバデル。相手をするのは、その二家だけでいいでしょう。」

アレイティアは、ティキを取られたくはない。バデルは、ユミルの仇を取りたい。それ以外が……“超常肉体”ワムクレシアと、“地殻変動”オーバスは、どちらにつく必要もない。

「ティキが生きていること。この二家は、それ以上に望むことはないでしょう。必要なのは『竜の因子』ですから、勝つ必要まではありません。」

アスレイは納得いかないかのようにしながらも、受け入れた。そんなアスレイに、バグーリダが一枚の紙を渡す。


「アスレイ。これを読め。」

「……これは?」

手にもったそれを、訝しむようにアスレイが見つめた。バグーリダは、嫌そうにしながらも、呟く。

「シーヌを蘇生させる前に受け取った、キャッツからの遺書じゃ。」

“犠牲の聖女”キャッツの遺書。食らいつくように、アスレイはその手紙を開けた。


「……ティーネ=オルティリアへの、罪悪感。」

「シーヌ=ヒンメル=ブラウへの、憐憫。」

その二つは。アスレイの心に、染み込むように伝わっていく。


 元より聖人会は、他者のために己の力を使う組織だ。アスレイは、何よりも、誰よりもそれを受け継ぐ聖人だ。

 シーヌやティキへの恩返し、と言われても、わからない。彼からすれば、勝手に入ってきて勝手に荒らされた印象しか持たない。

 だが、ティーネに対して何もできなかった、友人に対して何もできなかった罪悪感と言われれば、わかる。“自由の聖人”は、何よりも誰よりも、『罪悪感』と『贖罪』、それを行うことによって得る『自由』を認める聖人だ。

 その贖罪とは、彼にとっては他者のために働く善行でしかなく、目的の達成、歩みを変えないこと、というのは理解できない。むしろ行動を改め、改心することが“自由の聖人”にとっての贖罪だ。


 であれば。既に亡き“犠牲の聖女”の贖罪は、“自由の聖人”、いや、遺された聖人会が果たすべきである。

 そして、もう一つ。シーヌへの憐憫。


 彼が復讐を始めた理由は、クロウの崩壊だ。シーヌは孤児であり、復讐の道を見定めなければ、生きることすら難しかった少年だ。

 その覚悟は度し難いほど愚かだと、アスレイは思う。だが、それでも。

「憐れんで助けてやる分には、聖人会の領域、か。」

キャッツは、聖人会がシーヌとティキを受け入れきれないのをわかっていた。


 キャッツは、聖人会と冒険者組合の反目が、たとえすべてを知ったとしても平行線になることを、わかっていた。

「もしも、ティーネの娘に何かがあったら、ティーネの娘を助けられるよう……ためらいなく助けられるよう、キャッツはそなたらにこれを遺した。」

言ってしまえば、キャッツからの最後の命令。ティキ=アツーアを助けろという、命令。


 キャッツはティキがこの街に来た時点から、大きな騒乱の種はシーヌではなくティキだと知っていた。だからこその、命令。

「しかと励めよ、セーゲル。」

キャッツの夫は、そう言って激励した。


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