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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
眷属の公爵家
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公爵の覚悟

「……それが、母の?」

「あぁ、翌日、地下牢に血だまりを作って死亡した、ティーネ=オルティリアが発見された。」

地下牢。ティキは、地下で生活していたが、牢獄といううほどではない場所だった。母の扱いのひどさが、自分よりひどかったのだとひしひしと伝わってくる。

「私が頼んだ。ティーネが自害したのは、そういう理由があったためだろうと……子を為すための道具として取り扱いすぎたのだろうと結論になったためだ。」

罪人と同じ扱いというのは、精神的にクルものがある。ゆえに、ペットであることに変わりはなくとも、せめて家具や衣服くらいはまともに取り扱わせてもいいだろうという判断だった。


「父も何も言えなかった。何しろ、死なれているからな。」

これからが本番、というときに死なれた。ティキにまで死なれては困ると判断したらしい。そのうえ、ティーネを殺したのは、そうなるような采配をしたのはティレイヌの父だ。責任を追及されると弱かった。


 一瞬の、静寂。ティキは、自分の母の生涯を初めて知って……自分は母に、何も報告していないことに、一瞬惑った。

 セーゲルにいたときに、お墓の文化は知っていた。聖人会に限らず、どこにでもあるものだという。

「母の墓は、どこに?」

ティキのほうが、立場が強い。ティキに死なれては困るアレイティアは、ティキの言うことを聞くしかない。

 ティキが墓参りに行くことくらいは許可するだろうと思って、ティキは訊ねた。

「ない。」

「ない?」

内部事情で建てなかったのかな、と感じた。さっきの話を聞いて、確かに墓場を建てるほどの優しさがあるとはあまり思えない。

「あぁ。骨も、肉も、ティーネの体は、その細部を残さず私の胃袋へ消えた。」


 かッと。何かが視界を埋め尽くすのが、感じられた。次の瞬間、ティレイヌ=ファムーアは壁に思いっきり叩きつけられていた。

「母を!母を食ったといったか、アレイティア公爵!」

それが、怒りだと。ティキはやってしまってから気が付いた。

「あぁ。……ああ、食っ!!」

ティキの怒号に消え入るように、公爵は返事を返し……しかしすぐさま、開き直るように堂々と、食ったと返答した。


「アレイティアは天才でなければならない!アレイティアの天才である理由が、『竜の因子』であるならば!私はわずかでも多くの『竜の因子』を得て、天才にならねばならない!!」

それは、五神大公にかけられた、二千年間続く呪縛。その重みを前に、人肉を食らう非道など、障害にすらなりえない。


「“因子還元”によって、多くの『竜の因子』が還元されていた。ゆえに、私は、須戸9市でも多くの“竜の因子”を、“因子吸合”によって手中に収めなければならなかった。」

だからこそ、ティレイヌはティーネを食べた。その骨に至るまで、焦げて粉になるまで焼き尽くし、水で流し込むという徹底ぶりで。

「そこまでして、私はアレイティア公爵になった。そうしなければ、私は五神大公“眷属作成”のアレイティアにはなれなかった。」

アレイティア公爵家に生まれなければ、あるいはティレイヌはそこまで狂気に堕ちる必要はなかったかもしれない。長男ビレッド=ファムーアが失踪しなければ、彼はよき公爵家の補佐でいられたかもしれない。


 だが、起きたことは起きたことだ。彼はやるべきことをやるべきようにやって、現公爵当主の座に就いた。

「私は、ティーネを殺した。直接殺したわけではない。むしろ、責を負うべきは父だろう。だが。これは、アレイティアが招いた結末だ。」

ティレイヌ=ファムーア=アツーア・アレイティア。彼は、天才ではない。五神大公家としてはあるまじきことに、『努力で上り詰めた秀才』だ。人を食う努力で、それを受け入れる努力で、その責を担う努力で、ここまで上り詰めた人間だ。それゆえに。彼は理解していることが、二つある。

「努力では、天才を超えられない。秀才と天才では、絶対的な壁がある。天才は尊敬されるべきで、秀才は凡才と並ぶべきだ。」

公爵であるから。誰よりも、ティレイヌはそれを理解している。


「昔、公爵家に、努力できる才能という言葉があった。それは、才能でも何でもない、ただの意地だと。」

長男を超えようと次男が努力すること。それを揶揄った言葉だという。

「どれだけ努力しても、秀才は天才を超えられない。対等になることも決してない。それは、我々がここで生きているのと同じ、絶対に変わらない不変のルールだ。」

ゆえに、ティレイヌは思うのだ。

「もう二度と、秀才等を、ましてや凡才なんてものを、公爵家の当主には据えぬ。それは、私だけで十分だ。」


そして、もう一つ。絶対にティレイヌが譲れないこと。

「ティーネを殺した。ティーネに、ティキを産ませた。ティーネの血肉を、食らった。ここまでした。私はここまでやってしまった。」

事実は否定しない。ティレイヌは、どうしようもないほどの人でなしで、アレイティアの罪と責を担い続ける役目を負っている。

「そこまでしておいて、『失敗しました』では、話にならんのだ。ティーネにも、そこまでした亡き父にも、そしてティーネを横からかっさらったムリカムにも申し訳が立たぬ。ゆえに。私は、ここで罪を重ねる手を止めるわけには、行かぬ。」

ティキのほうを、ティレイヌは睨み据える。ティキのほうが立場が上、死なれては困るのは公爵。そんなことなど知ったことかと言わんばかりのその眼力。


「ティキ=アツーア。私の娘として、ティーネ=オルティリアと同じ末路を辿ってもらおう。」

それは。五神大公というとても重い公爵家の、当主の重みを如実に示していた。




 ティキは、気圧されていた。ティレイヌ=ファムーア=アツーア・アレイティア。父の覚悟の重さは、“奇跡”を持つに匹敵するだけの、意思の強さ。

 実際、ティレイヌは“奇跡”を発現している。『竜の因子』が作り替えた、人間としての脳や肉体の天才化。それに匹敵できるのは、世界に命令するだけの精神的な強さ……“奇跡”の、獲得だけだ。


 実際のところ。五神大公は基本的に“奇跡”を持っている。『竜の因子』によって思考速度の増量や頭脳肉体の天才化が起きるということは、とどのつまり精神的な強さも補強されるということだ。

 知識を与えられる前に失踪したビデール……“神の愛し子”アギャンが特殊な例だっただけ。己が信念と正しい知識さえあれば、天才なら誰でも“奇跡”くらい獲得出来るのだ。


 だが。ティレイヌが“奇跡”を得るほどの信念や覚悟を有しているかは今この瞬間は関係がない。その信念や覚悟に気圧されたことが問題点だ。

 外に出たいとティキは願った。物語のような恋がしたいと心から願って、脱走した。

 あの時の気持ちは、この覚悟よりも勝れるものなのか。気圧されたティキの頭は、そんなどうでもいいことを考えてしまう。


 だからこそ、だろう。心のどこかが父には覚悟の重さで勝てないと思ってしまったからこそ。


 ティキは、気づけばティレイヌの指示に従って、元自室に帰ってしまっていた。

 それは。ティキが、ティレイヌとの交渉を、そして脱出のことを完全に忘れていたという、証明でもあった。

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