三念
ようやく投稿ですが、少々短いかなぁ
セーゲルまでは、精鋭たちが護衛していた。
ティキは起きてシーヌから話を聞くと、微笑んで「シーヌについていくよ。」と言った。
彼女の意見を聞かなかったことにシーヌは少し後悔しかけていたが、その答えを聞いて、その答えしか返さないのだろうと思った。
(後悔するだけ無駄だね)
そう思うと同時に、護衛たちを指揮する女を見た。“聖女”。彼女がシーヌを助けた理由がわからなかった。
クロイサが頼んだからだろうか。一度敵だと思ったやつを助けるほど、彼らの仲は良いのだろうか?
「初めまして、冒険者組合のシーヌ=ヒンメル。アフィータ=クシャータです。」
聖女ははっきりと敵意を見せながらそう言った。いや、敵意というより、警戒だろうか。
「どうしてそこまで警戒なさるのですか?」
シーヌはつい、わからずにそう尋ねてしまった。そこまではっきりと危険視されるようなことを、シーヌは彼女らにした記憶がない。
「あなたの“三念”は私たちに向けられると危険すぎますので。」
彼女は馬車を見上げつつそう言った。危険と言われると、納得できる。
彼女が最初にシーヌを見たとき、シーヌはすでに復讐鬼としての顔を纏っていた。初見であれを見たなら、シーヌのことは十分に危険だと判断してしまうはずだ。
「“三念”ですか?」
シーヌはだから、聞いたことのない言葉の方に反応することにした。あれを見た後で、シーヌを危険ではないと判断させるには、もっと交流が必要だと思ったからだ。
「そこに反応しますか。私たちが使っている造語ですよ。いちいち第三の魔法概念と呼ぶのは長すぎると言うので。」
彼女が作った言葉ではないのだろうか。しかし、そういう意味なら、シーヌが使う三念は“憎悪”と“苦痛”。“有用複製”は復讐対象の前でしか使えない以上、セーゲルの精鋭には何の役にも立たない。
「確かに危険ですけど、簡単に使えるものでもありませんよ?」
シーヌは使ったときの反動を思い出す。過去の苦痛や憎悪、自分の中でドロドロに圧縮され、熟成されたものを解放するのだ。
復讐鬼としてある間はさておき、そうではない、外向けの顔に戻った瞬間に訪れる苦痛は、ティキを受け入れ、常に鬼になることが出来なかった自分を恨みそうになるほどだった。
「それはわかっていますよ。私も三念の使い手ですから。」
やはり、とシーヌはそれだけを思った。彼女のさっきの防御は、シーヌよりも優れた技術力とティキよりも優れた意志力が必要だ。ティキも“三念”は習得しているものの、彼女はそれを使いこなせてはいない。
想いにブレがあると、あれほどまで正確に、シーヌの命を守れなかった。
「“信念”。冠された名を“庇護”。セーゲルに脈々と伝わる、“護りの聖女”を受け継ぐものの三念です。」
「受け継ぐ?」
「心の在り方、人生の岐路が三念を生み出しますので、しっかりと育て上げれば三念は受け継がせることができます。」
(それは洗脳じゃないか。)
叫びかけて、すんでのところで思いとどまった。自分も、ティキに対して似たようなことをしている自覚はある。
しかし、信念は作り出せると聞いてシーヌは思考の海に没頭した。そういえば、あの研究者たちがシーヌたちに最初にしたことは、自分の生き方を言葉にさせることだった、と思いだす。
きっと、作ろうと思えば“執念”や“願望”すらも作り上げることはできるだろう。
魔法概念を作ることを、当たり前にしている街。シーヌがこれから行くのは、そういう街だと今知った。
「どういう魔法なのですか?」
思考から帰り着いて、即座に質問する。
「私が、護る。それだけです。」
手の内を明かすのはタブーらしい。いやでも戦いのときに見ることになる、とシーヌは自分を納得させた。
「“護りの聖女”っていうことは、ほかにも誰かいるのですか?」
「ええ、“自由”“錯乱”“授与”。“護り”と含めて四聖人と呼ばれています。」
四聖女。受け継がれきらなかった三念も含めると、もしかしたらとんでもない数の戦力だったのかもしれない、とシーヌは感じた。
三念の魔法は、使えるだけで凡百の魔法使い十人に匹敵するのだから。
「過去では“身代わり”“治癒”“調教”“要塞”の聖人がいたそうですが。」
「今はもう存在しない、と。」
「いえ、教育機関自体は存在するのですが、そこから卒業した人がいません。」
疑うまでもなく、三念の習得が卒業の条件なのだろう。
「しかし、庇護か。」
シーヌは一人再び思考の海に沈む。
(“自由”、“錯乱”、“授与”。もちろん概念は違う名前だろうけれど……)
それぞれと会わなければいけない。できれば戦う機会が欲しい。そうシーヌは思う。
(“有用複製”のためには、聞くのではなく見ないといけない。手持ちの札を増やさない限り、僕にさっきの超兵たちを圧倒することはできない。)
「模擬戦を依頼できますか?」
「冒険者組合の方に頼まれれば、我々が断ることはできません。」
そう言われてシーヌは思った。ああ、僕らは特権階級、世の理から外されたものだった、と。
馬車の旅は順調だ。ここにいる竜たちが、私たちセーゲルの精鋭を襲うことはない。
いや、間違いだ。私たち聖人が率いる精鋭部隊に手を出す竜はいない。それでも、それを知らぬ竜はたまにいて、特に馬車なんていう重荷を背負っているものだから、攻撃されることもあった。
馬車はゆっくりと進んでいる。突然、馬車の上にいた少年がビクリと跳ね起きた。
あの少年を危険だと思う。が、彼がクロウの生き残りだというのなら、私たちと敵対することはないだろう。
“護りの聖女”アフィータは、彼を信頼するかはともかく仲間だとは認めた。だから、彼女の興味はティキ=アツーア=ブラウに向いている。
彼女は疑う疑わないを論じる以前の問題だ。どう歪めたらあそこまで歪むのだ、というレベルで彼女はおかしくなっている。人間なのだろうか、ただの人形ではないか、と思う。
そのティキも外に飛び出してきて、「シーヌ!」と叫んだ。彼らは並んで同じ方向、ルックワーツを眺めている。
「……“赤竜殺し”……!」
少年のほうが怒りを込めてその名前を言った。
「ひさしいな、アニャーラ少年。あの業火の中生き残るとは思わなかったよ。」
「何とか無傷で生き延びたさ、復讐を果たすまでは俺は死ねない……!」
復讐に憑りつかれた、危険な少年が首をもたげる。少女のほうは、それに何の違和感も持たずに寄り添っている。
「『無傷』?それはドラッドの三念だろう。」
「あいつは死んだ。シキノ傭兵団は、俺に全滅させられたよ。」
「馬鹿な!」
話をそらしたように、私には見えた。もしかしたら彼は他にもカードを隠しているのかもしれない。
しかし、いま彼はドラッドを殺したなどと世迷言を言わなかったか?彼とあの男であれば実力にかなりの開きがある。
「……奇跡でも起こしたか?」
「いいや、あいつが死ぬのは必然だったさ。お前も、今から死ぬ。」
少年が駆け出す。ダメだ、彼では赤竜殺しには勝てやしない。今、協力を取り付けた彼に死なれるのは困る。
「わが庇護のもとに仲間はあれ!」
シーヌを守るために、私の概念を発動させる。私はセーゲルの護りの聖女。これからセーゲルに訪れるものであろうと、傷つけさせるわけにはいかない。
「シーヌ!」
少女が少年の周りに大量の剣を生み出す。それらは少年よりも先に宙を疾り、英雄の前で爆発した。
「何を……?」
「目くらまし、ですね。剣の形でカモフラージュした。」
ワデシャの言うことはわかります。しかし、ティキという少女がそれをできるとは。彼女の技術力は、現在私たちの街にいる全ての聖人、魔法使いを集めても勝てないものです。
ああ、それでも。いくらティキという少女が助けても、英雄に少年の拳が届くことはありません。ほら、私の“庇護”が、彼の体を今、護りましたから。
ティキの目くらましと、聖女の護り。赤竜殺しの英雄に挑むには、まだ守りが足りなかった。それでも、シーヌは踏み込んだ。
奇跡が、殺すのはできないと叫んでいる。復讐心が、まだ早いとうなり声をあげる。
そんなことはわかっていても、宣戦布告をしなければいられないのだ、とシーヌは思った。
感情論なのはわかっていた。しかし、彼は思う。復讐を願った時点で、彼はすでに感情にすがって生きていると。
だから、“庇護”というやつを通り越してシーヌに傷をつける拳を無視して、拳を当てた。
たいしてダメージはないだろう。攻撃に価値もないだろう。
それでも、これが自分の覚悟だと伝えなければならなかった。
「……。」
赤竜殺しの英雄は、シーヌを見て獰猛に笑った。
「待っているぞ、シーヌ=アニャーラ。」
「今はシーヌ=ヒンメル=ブラウだ、ガレット=ヒルデナ=アリリード。」
言いながら、一つだけ疑問をぶつけた。
「超兵は、どうやって作った。」
「知りたければ、赤竜を倒して見せるがいい。」
そういうと、彼は脇にあてた拳をシーヌから離す。シーヌも、鼻っ面に当てていた拳をゆっくりと引きはがした。
「今日のところは様子見だ。何と言ったってクロウの生き残りだ。会いたくて会いたくてな。」
英雄は去っていく。弓を一度も引かず、拳でシーヌと引き分けた。
シーヌは彼を、遠くない未来に殺そうとしているのだ。
今のままでは、きっと勝てないな、とシーヌは苦しそうな笑みを溢した。
「行きましょうか。」
聖女に護られた一行は、争いばかりの旅を終えて、ようやくセーゲルという街へと入った。
次回からセーゲルの街編です。
街中での日常とか……何書けばいいでしょう?




