自在の魔女最後の日記
娘を……ティキを抱き上げたときね、流産しなかったことを、少しだけ、恨んだ。
確かに、僕の娘だ。僕が孕み、僕の腹から生まれた、僕の子だ。でも、どこまで行っても、僕の娘じゃないみたいでさ。
気づいちゃったんだよね。アレイティアに閉じ込められて、こうして子を産んでさ。
あぁ、僕はティキという娘の、あるいはアレイティアという血脈の、生みの親にはなれるんだって。そして、どうやっても、アレイティアの母にはなれないんだって。
ハハハ、僕の人生っていったい、何だったんだろうか。ムリカム公爵家の傍系に生まれてさ、僕は確かに、天才を生み出せる血筋だった。
“怠惰の豪鬼”の娘に生まれてさ、確かに戦闘経験を多く得られるように生まれていた。
中位に匹敵する龍から、竜の因子を受け継いでさ。確かに、人間からはかけ離れていた。
父が殺されて。自分の生まれ、境遇から、冒険者組合に入る以外に生きる選択肢を持たなかった。どうやったところで、僕はそれ以外の生き方がない……僕には自由に生きる権利がなかった。
だから、自由に、望むままに生きられるようになろうと、力をつけた。竜の因子を大量に取り込んで、釈然としないとはいえ、ムリカム公爵家の手を借りようとしてさ。
結局、僕は。きちんと愛情を与えたいと望んだ、己の娘にすら……現実を、突きつけられている。
この子に罪はない。罪があるのは、抗う力を持たなかった僕のほうだ。
次代当主であるティレイヌ=ファムーア=アツーア・アレイティア。彼は人間としてとても気弱だ。
いつまでも天才だった兄の影に縛られ、現当主である父の威光に縛られ、身じろぎすらも難しいところは、もしかしたら僕よりも救いがたい現実を生きているのだろうと思う。
もしも、違う形で出会えていたのなら。そう、思わずにはいられない。それくらいには、好感が持てる男だった。
ティキ=アツーア・アレイティア。それが、僕の娘の名前で、ティレイヌの息子の子を産むことが確約されている子供だ。
もしかしたら、僕が次に産む子供が男だったら、ティキはアレイティアに束縛されないかもしれない、が。そんな未来は来ないことを、僕は断言できてしまう。
あぁ、と、呻いた。どうしてこうなってしまったのだろう。僕は、普通に、生きていたかったのに。
自分の娘も愛することができない人でなしだと、僕は思いたくなかったのに。
先日、アレイティアの現当主が私の前で言った。
妊婦を冷たい牢獄の中で閉じ込める人でなしは、すごく気持ちの悪い笑みで、僕にこう告げたのだ。
「子を産むための奴隷よ、その子を産めば、まずは血を飲んでもらうぞ」
と。
こう言っては何だが、アレイティアは切羽詰まっている。僕が子を為すだけでは、アレイティアの維持には全然足りない。
ほかの可能性を試行する。そうするためには、アレイティアの子を量産する必要がどうしてもある。
何より。僕、ティーネ=オルティリアは、ムリカムの傍系であり、“自然呼応”を扱う『竜の因子』の所有者だ。ほかの因子も持っているだろうが、顕在化しているのは、“自然呼応”。
僕の娘、ティキが、アレイティアの“眷属作成”を発現させてくれる可能性は、低い。
“眷属作成”の子が欲しいアレイティアが、この状況で、その低い可能性の中で次々代のアレイティアに継がせる竜の因子を発現させたければ、どうするか。一番早い方法など、考えるまでもなく誰でもわかる。
“眷属作成”を持つ子が生まれるまで、ひたすらに子を産ませればいいのだ。生まれるまで、ティーネ=オルティリアを、子を産むための道具として、閉じ込め続ければいいのだ。
それだけの力が、アレイティアには、ある。
だから、これは僕の決断だ。
僕はこれ以上、人でなしだと思いたくはない。
僕はこれ以上、子供を産みたくはない。
僕はこれ以上、子供の不幸になっていく姿を見ていく定めなど、受け入れたくは、ない。
とても不味いこれは、今の五神大公でも出来れば飲みたくない代物。僕に遠慮なく出せるのは、僕を人間として見ていないからだろう。
竜の因子は、同じ竜の因子を持つ人間にとって、非常に強力な薬だが、どこまでいっても毒物だ。
ルックワーツで、商人が竜の血に抵抗できずに死んでいくのを、見た。
同じことを、すればいい。自分で『竜の因子』への抵抗を殺して、因子に体を飲み込ませれば、いい。
幸いにして、肉体はとっくに、飲める竜の因子の総量を越えている。これまで摂取を続けられたのは、僕の心が……戦士としての力が、生きる活力や精神力が強かったからだ。
それを切れば。僕の体はもう、あの非力な商人のように、喀血して果てるしかない。
あぁ、ティキ。娘よ。もしも叶うのならば。アレイティアの中でも、わずかな幸せを。
ティレイヌは、そこまで、悪くはなりきれない奴だから。




