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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
眷属の公爵家
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魔女と魔女

 冒険者組合第335位“豪鬼の娘”ティーネ=オルティリア。それが、彼女の落ち着いた後の結果だった。それから、いくつか冒険者組合員としての功績を残した。

 魔獣の討伐、『竜の因子』に触れんとする研究者の抹殺、戦争の調停。冒険者組合としての実力も高く、交渉まで出来る一流の組合員。そうして、父が殺されて3年、ティーネが19歳になった頃には、彼女はもう“豪鬼の娘”から、“自在の魔女”へと名前を変えていた。


 曰く。ありとあらゆる自然を操作し、天候すら自在に変えてしまう魔性の女。

 曰く、その美貌は誰もが目を奪われるもので、何よりその碧髪は、空よりも目を惹くほど美しい。

 曰く、彼女は天に愛されたものであり、誰も彼女を傷つけることは叶わない。


 冒険者組合、第35位。“自在の魔女”、ティーネ=オルティリア。

 それが彼女の、全盛である。




「私に、指令?」

「あぁ。五神大公の名で、お前への指令だ。」

当時、冒険者組合第161位。“殲滅の猛虎”となったアディール=エノクから預かった手紙を、ものすごく納得できない気分で彼女は開く。

 差出人はムリカム公爵家。

 指示は、『魔女の森へ生存確認へ』というものだった。

「生存確認だって?」

アディールは何か言いたげにしながらも、機密情報と知ってその場を離れた。『魔女の森』といえば、『不死の魔女』が住むと言われる魔境の地だ。


 別に入るなと言われているわけではないが、入った者は悉くがボロボロの姿で出てくることから、近づくと痛い目に合う場所の代表として名高くなっている。

「……資料で見た、魔女。彼女が“永久の魔女”なのではないだろうか……。」

神龍討伐、その功績に名を連ねる五千人の戦士たち。そのうちの一人に、“魔女”としか語られていない人物がいた。

 魔女。神龍討伐から、二千年。あの日からずっと生きながらえている女なのだとしたら、あるいは自分のこの感情の行きつく先も、教えてくれるのかもしれない。そんなわずかな希望が、胸の内に湧き上がる。

「……行こう。」

ティーネは、指示に従うことを、決意した。




「やれやれ。五十年に一度来るのはいつも通りだが、まさかムリカムの直系かい?」

深い森の中。襲い来る獣たちを軽くあしらいながら辿り着いた先で、若い女と出会った。

「傍系ですよ、僕は。初めまして、“永久の魔女”。ティーネ=オルティリアと申します。」

「ティーネ、ね。実力的に、200位くらいの人間かい?よくもまあ……いや、いい。よく来たね。」

「僕は35位ですよ。『生存確認』とのことだったのですが……平穏無事そうですね。」

ティーネのセリフに、先導するように歩いていた魔女の歩みがピタリとやんだ。しかも、数秒ほどプルプルと震えて、震えて、……

「35位だって?あんたが?冒険者組合は、いや、人類はそこまで質が落ちたのかい?」

とんでもない発言が飛び出していた。だが、ティーネは言われるほど落ちたのかわからない。だが、千年以上を生きる魔女にとっては、明確にティーネは格落ちの存在のようだった。


「“小現の神子”とかいう化け物が50年前には来たんだよ、でも、あれは奇襲特化型だったから、私を殺すことは出来なかったんだ。あんたはあれと比べりゃ話にならないじゃないか。」

「あの方は今、第一位をしておられます。確かに、比較にならないでしょうが……あの方は既に60代を超えておられるので?」

「ああ、“血流操作”を極めた以上、自分の肉体を長く生かすくらい容易だろうねぇ。100までは現役の冒険者が出来るんじゃないかい?しかし、そうか。あれがむしろ突然変異なのかねぇ。」

ボロボロの小屋の扉を開ける。従うように、ティーネは後に続いた。

「あんた、“奇跡”については知っているかい?」

「えぇ。僕は持っていませんが、どういったことで目覚めるのかについては。」

「じゃあ、あたしの“奇跡”については?」

「全て、冒険者組合の資料で拝謁させていただきました。」

魔女はその言を聞いて、じっくり悩むかのように目を瞑る。


 何を思ったか、じっと目を瞑って、固まって。

「ティーネ=オルティリア。お前は、私を殺せると思うか?」

「無理でしょう。ムリカムにまつわる力を使っても。“我、白刃の下で死す”は正面突破以外を許さない奇跡です。正面から一対一であなたを殺すすべは、僕にはありません。」

そう。殺し合いでなければ魔女は死なない。“小現の神子”が魔女を殺せないのは、攻撃することがどれだけできて、傷をつけることが出来ても、殺し合いと魔女が認識できない限り魔女は死なないからなのだ。

「守るべきものがあり、その守るべきものが果てしなく弱く、対殺人に特化した“奇跡”持ちの戦士を相手にした時……そんな条件がないと、あなたは死なない。そして、隠棲している以上、その条件が満たされることはないでしょう。」

それは、遠い未来。ティーネや魔女と比較すると果てしなく弱い復讐鬼と主人公が訪れたことで起こる、未来。


 だが、その時は。魔女が死ぬ可能性は、一切がなく。

「どうして、私がムリカムの直系だと?」

「髪の色さ。ムリカムの直系は、みんな髪が碧い。そりゃ、世界中を探せばそんな奴らは他にもいるだろうが……ここに来るのは冒険者組合員でも特に上位だけだ。上位に位置する、碧髪の冒険者。そんなのムリカムの血族くらいしか考えつかないね。」

その割には、上位に見えていなかった気がする、とティーネは思った。200位前後、というのは、世界で見ると強いが、これほど重要な役割を任せられるほど高い順位かと言われると、そこまでである。

「そんなの、ムリカムならどうとでも出来るだろうさ。……さて。本題に入ろうか。」

何を、憎んでいる?魔女はそう言って、ティーネの目を見た。憎悪、それは確かに、ティーネがここを訪れた目的だ。だが、どうして、それがわかるのか。


「人間っていうのは、強者も弱者も大して変わらないものだからね。私の目には、あんたが何かを憎んでいることは、わかるよ。これでもね、生きている人間の中では、最も長く生きているんだ。」

その言葉に、ストンと、何か納得した。ここまで隠棲していると言っても、全く人と会っていないわけではない。公式には300年以上ノータッチを貫いている魔女とはいえ、裏ではこうして常に人と会っている。

 彼女は、ある意味世界で最も、人間を知っている。


 ティーネは、己の出自、どうして父が殺されたのか、そして、何を憎んでいて、何を憎み切れないのか、話した。

 魔女はじっと、黙ってそれを聞いていて。

「それは。人によっては、必ず違う答えが返る問いだ。例えば、神龍討伐の時の英雄たちでも、何を憎むかは違っただろう。」

それは、人生の先達からの、とても有難い忠言だった。

「例えば、アレイティアは。それを為す大本となった、『竜の因子』を憎んだだろう。奴は、環境は憎まなかったが、モノは憎めた。」

「例えばケルシュトイルであれば、時代を憎んだだろう。竜の因子の管理という責務を、冒険者組合が振りほどけていないという時代と、因果を。」

「例えば私であれば、父を守り切れなかった己を恨んだだろう。時代に翻弄されるしかなく、力のない己を、憎んだだろう。」


 それ以降も、何を憎むか、教えられた。必ず共通していたのは、必ず誰かしら、何かしらを憎んでいたことだ。

 五神大公。時代。因果、環境、己、内通者、そして父と母。


 憎いという感情そのものを、魔女は否定せずに……

「そうだな、ここまで聞いて、お前は何なら、納得して、憎める?」

誰かを憎んでも意味がないと気付いていた。だが、憎くて、悔しくて、その感情を持て余していた。


 そんな袋小路から救い上げようとした魔女は問う。その問いに、ティーネの答えは非常に明瞭に返せるものになっていて。

「私は……私の望みを押し通せなかった、自分を憎む。力があれば、守りたいものは守り切れた。困難に当たっても、力技で押し通せた。それが出来ず、流されるしかなかった自分を、私は憎む!」

力が欲しい。何もかもを、押し通せる力が。そう誓うティーネの暴論は、まさしく“怠惰の豪鬼”の主張そのもの。自分は彼の娘なのだという様に顔を上げて。


「……もしもそれだけの力を得たとして。お前は、何が欲しい?」

その問いにも、ティーネは簡潔に、答えた。

「家族が欲しい。父さんに与えられたものを、私は自分の子に返したい。そして、その身を守り続けるだけの力を、上げるわ。父さんがそうしてくれたように。」

男勝りの口調が消える。自分を守るようにそうしていた仮面が剥がれ落ち、昔通りの、父を敬愛する娘の顔で、彼女は母になるために強くなると主張して。


 眩いものを見る目で、ティーネは告げた。

「なら、ルックワーツに行くといい。“溶解の弓矢”が、面白い実験をしているだろう。」

そうして、ティーネの背を、押した。


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