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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
眷属の公爵家
275/314

遺された弟子たち

 突き出される拳を、余裕をもって回避する。

 突撃一途。昔から、アディールの攻撃手段は変わらない。

 音速の移動法と、そこから繰り出される拳。拳の先には爪を携え、素早い判断力を持って複数を相手でも殲滅する。“怠惰の豪鬼”はそこに、様々な武器、、炎や雷を携えた戦闘法を用いていたが、結局父を追いかけるしかしていなかった。


 父を相手の戦闘なら、ティーネでも勝てる。その父と最も多く、最も長く模擬戦を行ったのは、ティーネなのだから。


 伸びてきた拳、その腕を絡めとるように腕を取る。音速で突き出してきた腕だ、容易に止まることなど出来はしない。ティーネがやるのは、力の向きをそっと変えてやるだけでよく……

「そうするだろうと、思っていた!!」

右腕一本で、思いっきり体を持ち上げられた。

「!」

腕を折ろうとしたら、その動きごと、攻撃手段に切り替えられた。まぁ、それ自体に大きな驚きはない。どちらかというと、軽々と持ち上げられたことの方にティーネは驚き……

「こ、の!!」

叩きつけられそうになった己の体を、空中へ投げ出すことで回避する。


 目の前に拳。こちらの手の力が緩まった瞬間には動きを変えていたと理解する。瞬時に判断、鋼鉄の盾による防御。

「無駄だ!」

鋼鉄の盾は瞬時に貫かれる。わかっていた、父ならこの程度は破れる、ゆえにその盾はただの鋼鉄ではなく、超高熱、融解寸前の鋼鉄だ。

「あつつつつ!」

どれだけ身体強化が上手くとも、その皮膚は人間のものに過ぎない。熱というものは、人の意表を突き一瞬動きを止めるには好都合だ。


 いくら魔法で作り出した鋼鉄とはいえ、作り出したのはティーネ本人。ティーネがその魔法を解除しない限り、その鋼鉄はアディールの拳に貫かれたまま、その場で腕に熱を伝え続ける。

「っ、この!」

アディールはもう片一方の手で鋼鉄を()()()()()、腕から外す。そこにはないというイメージも、蒸発したというイメージも、そして冷めたというイメージも、悉くがティーネの手によって拒絶された。アディールに残された手は、力技で魔法を身から離すということだけだ。試行時間も含めてほんの数瞬。それだけで、ティーネは体を立て直し、雷を呼び出してアディールへと放っていた。


 一撃。二撃。三撃。雷を放つ間に、飛行魔法で体を浮かせ、氷の槍と風の刃を織り混ぜた攻撃を繰り返す。

 アディールは間断ない攻撃に足を止めるほかなく、……いや、前進した。

 踏み出す。魔法を殴る。踏み出す。魔法を、殴る。

 常に自分に向けて攻撃が来るならば、それごと打ち砕けばいい。父と全く似た思考回路で、アディールはティーネを倒さんと突き進んでくる。


 ティーネは一瞬、泣きそうな気持ちになった。これ以上なく父の戦いだ。これ以上なく、彼は父の技術を模倣し、彼の技術にしてのけていて。

「父さんと同じじゃ、ない。」

父はもっと早かった、父はもっと怖かった、父はもっと、激しかった。

「万の風よ。」

風は、雷は。ありとあらゆる大気の現象は、すでにティーネの望むままに。

「拘束せよ。」

アディールの体が、動かなくなる。ギリギリと無理やり動かそうとしているものの、全く彼は動けない。


「これで、終わり!」

父直伝の拳を、動けないアディールの鳩尾に叩き込んで。

 ティーネは、アディールに勝利した。




「ティーネ、俺はお前に謝らなければならないことがある。」

冒険者組合、“豪気の娘”ティーネ=オルティリアとなった彼女に、アディールは話しかけた。

「……何?」

ティーネは、冒険者組合から渡された資料を読むことに必死だった。既にあの日からはや三日。しかし、『神龍討伐』及び『竜の因子』にまつわる資料は底がなく、読んでも読んでも減った気がしない。だが、おおよそは理解した。


 母がなぜ冒険者組合に入れと言ったのか、父がなぜ冒険者組合に殺されたのか、そして、実家はどういう家で、自分はどういった人間なのか。

 でも、わからない。わからないのだ。

「お前の父親を殺したのは……俺だ。」

なぜ殺されたのか、全く。


 じっと、涙ぐんだような目でアディールを見る。だが、彼の言葉が脳に染み込んでいくと共に、『どういうこと』といった意味合いの視線が強くなっていく。

 ティーネは涙を拭った。その上で、冷静に、しかしとても冷たい声で言いはなった。

「兄弟子に父さんを殺すだけの力はない。互いに手加減しあった試合でも、実力はわかる。どういうことか、説明しなさい。」

その言葉に、アディールは驚いたように目を見開く。自分が手加減していたことがバレていた。それにも驚いたが、それ以上に、ティーネに手加減されていたことに驚いた。


 彼女が全力を出していると、アディールは思っていた。手加減するのは上からの指示であったが、それに合わせるように手加減されていたというなら、自分は本当にティーネに勝てないことになる。

「…………。」

だが、驚きはしばらくして沈黙に変わる。どう話していいかわからない、いきなり殴られる覚悟までしてきたのに、話せとしか言われない。

「…………冒険者組合では、300位前後から、『竜の因子』や冒険者組合の役割について教えられる。」

そこからだった。自分が殺したも同然と思っていて、しかしアディールは、実際に手を下していない。

 ならば、話さなければならないのは、『どうして自分が殺した』と言えるのか、ということだ。


「例外は二つ。冒険者組合設立時から続く長い血脈と、五神大公家の末裔のみ。」

例えば、ケルシュトイル公国のケルシュトイル公王。例えば、ティーネの実家。

「師匠は、深く物事を考えられる性格ではなく、情報も大して重要視されるかたではなかった。」

それがゆえに、非常に重大な禁忌を犯した。冒険者組合の上層に位置する人間でありながら、娘に強力すぎる『竜の因子』を与えるという、禁忌。

 ティーネ=オルティリアを産み、育て、それを冒険者組合に報告しないという、罪。


「同罪……冒険者組合に告げ口せず、黙っているという罪を犯すか、迷った。だが……迷って、俺は、彼の罪を告解した。」

それは、彼にとっては罪悪感そのものだ。師匠と、その娘の仲を引き裂くような行為。冒険者組合に罪を告げれば、それだけで師匠は死ぬしかなくなることを、アディールは理解していて、理解していながらも。

「俺は、お前の父を、殺した。」

告げ口。“怠惰の豪鬼”がムリカムの末裔に中位の龍相当の『竜の因子』を飲ませたことを、告げて。

「だから、お前の父は、死んだのだ。」

アディールは、吐き出すように、言った。




「そう。」

アディールの言葉は、もう一つのことも雄弁に伝えている。冒険者組合は、ティーネが『竜の因子』を大量に所持していることを知っている、ということだ。

 だから、アディールは上から手加減するように命令されていた。アディールはティーネを冒険者組合に入れるように指示されていた。

 だから、アディールは今、こうして、ティーネの断罪を待っている。


「カハッ。」

だから。ティーネはしっかりと、罰を与えることにした。

 アディールがもがく。なぜかもわからぬままに、口を大きく開けて喘ぐ。顔は赤く、目は大きく見開いていて、今にも死にそうな表情をしていて。

「カハッ、コホッ、何を、した?」

魔法を解いたティーネに、アディールは問いかけた。

「罰だ、罰。兄弟子の周りだけ真空状態にした。息が出来ないと辛いだろ?」

昔と変わらない男勝りな口調で種明かしをするティーネは、それ以上何かするつもりはないといった雰囲気を漂わせている。


「兄弟子は間違ったことはしていないよ。父さんも、勿論。だから、許すも何もない。例え罪に問われることをしたからと言って、それが間違っているというのは、問題だし。」

それは、冒険者組合では当たり前の、生物の理屈。

「だから、まだなにか罪の意識があるんだと主張するならば、僕が与える罰は一つだ。」

息を吸う。ティーネは、それは非常に大きな罰だと……罪悪感を持つ人間にとってはどこまでも大きな罰だと理解した上で。

「生きろ、兄弟子。兄弟子の戦い方は父さんのものだ。兄弟子の中で、父さんが生き続けてくれることが、僕は嬉しい。だから、その戦い方を、極めてくれ。」

ティーネは、アディールに言い切って、その場を離れた。




「ふざけるな!」

誰もいない草原のど真ん中で。その日のうちにティーネは叫んだ。

「憎いさ、殺したいくらいに!告げ口しなければ父さんは死ななかった?なら言わなければ良かったんだ、今さら何のために僕にそれを明かすんだ!」

ボン、と感情に呼応するように地面が爆発する。八つ当たりして、岩が砕け、草が燃える。


 なけなしのプライドが、その八つ当たりを誰かに知られて、鎮火でもされてたまったものかと、魔法の痕跡を消す。その作業にイラついて、さらに爆発が悪化する。

 あぁ、とティーネは苛立ち、怒り、言葉にならない罵詈雑言が荒れては戻る無人の草原に響き渡る。


 泣くまい、泣くまいと、ティーネは思った。もう、十分に泣いたではないかと。これ以上は惨めになるだけだと。

 彼は間違ったことはしていない。罪に問うようなことはしていない。だが、それをわかっていても憎まずにいられるわけがない。もしも憎まずにいられるならば、それはあるいは、ティーネが父を愛していなかった証明でもあっただろうが……ティーネは父を、愛していたのだから。


 だから。冒険者組合への、そして『竜の因子』、五神大公への憎しみは、満天の夜空を雲で染め上げられるほど、強く強くこぼれ落ちていた。

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