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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
伝統の聖女
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誤認

「シーヌさん、ちょっとまずいですよ。」

クロイサがシーヌに声をかけた。もう、竜の湖を走り始めて二日。普通に行けば明日の昼頃にはルックワーツの門にたどり着くだろう頃だ。


 暗い中、ティキの顔を見てまだ寝ていることを確認すると、クロイサの隣まで行って座る。

「人がいるのはわかります。三十人が二グループですね。それがどうしたのですか?」

シーヌは睡眠時に魔法を行使することができない。それができる人間は存在しえない。

 だから、ティキたちと三人交互で人と竜がこちらに近づいてこないか、交互に索敵して監視している。クロイサの時間ではあったが、もうシーヌの時間も近く、だから彼は起きかけていた。


「集団が何のかが問題なのです。あれはルックワーツの超兵とセーゲルの精鋭です。どうしてこんなところに……。」

「セーゲルの精鋭?」

ルックワーツの西端から馬で一日のところにある街の兵です。隣町同士であるにも関わらず、いや隣町同士だからでしょうか?仲が悪いことで有名でして。」

「超兵と精鋭?また実力差を感じさせる名称だけれど。」

「セーゲルの精鋭は、ただの精鋭です。ルックワーツに何度も攻められながら、まだ負けない。大きな被害を出していない。だからこそ精鋭と言われています。」


クロイサは馬車を止めた。兵士たち両者はおそらくこの馬車に気付いている。にらみ合いながらジリジリとこちらに近づいてきていた。

「ルックワーツの超兵は、『歯止めなき暴虐事件』から生還した兵士たちです。その数は百。『竜殺しの英雄』が直接率いていることで有名な、人外集団です。」

 何か、シーヌから黒いものが噴き出すのがクロイサには見えた。それが何かはわからないにしても、いいものではないことは誰にでもわかる。

「シーヌさん……?」

そのプレッシャーに、クロイサは驚いて声を上げる。これに怯えないとはこいつも只者ではないのか、なんてことをシーヌは意識の端で思い。


「効くかよ、その程度で。」

ルックワーツの超兵が、想念の塊を送り付けてくる。それを見て、後出しで風の魔法を作り出し、その想念をあらぬ方向に捻じ曲げた。

「こっちのほうが、実力は上。あっちの方が、数は上。どっちが勝つかな?」

シーヌは薄く笑った。

「誰かは知りませんが、彼は危険です!セーゲルにこないよう、ここで彼の意思を折ります!」

女性の声がした。その叫び声はシーヌの内心に焦りを覚えさせる。

(ルックワーツの超兵はいい。勝てる。でもこっちは数の差で負ける)


負けてもいい、復讐が果たせるならば。そう思って、ルックワーツの方へと足を踏み出し。

「シーヌさん!待ちなさい!」

クロイサの制止の声で足を止めた。そうするべきだと、心の奥の何かが言った。きっと復讐の呼び声だろうと思う。

「久しぶりですね、聖女アフィータ。」

「“英雄に比肩する弟子”?」

「その名前は好きではありません。私は“溶解の弓矢”とは縁を切りました。」

クロイサは言い切る。


「この方は冒険者組合の方です。あなたではおそらく勝てませんよ。」

「いえ、こちらにも30人いますので。」

「あなたと、隊長二人を私が抑えれば、彼ならほかの精鋭なら対処できるでしょうね。」

「あなたも敵対しますか?」

「私が契約をした護衛です。こんなところで失うわけにはいかない。」

聖女と呼ばれた女性が、セーゲルの指揮官らしい。彼女が話しているので、他が攻撃を控えた形であるようだ、とシーヌは分析する。


 ルックワーツの超兵たちは攻撃をしてこない。驚いたように表情を呆けさせ、クロイサをじっと見つめていた。

「“反逆の弓兵”ワデシャ=クロイサ!英雄様の敵だ、捕らえろ!」

一人の兵が我を取り戻して、指揮をしながら馬車のほうへと向かってくる。ようやくか、という感想を抱いて、シーヌはその兵を正面にとらえた。


(未来が、少ない!)

シーヌは未来を選ぶ“奇跡”の持ち主だ。ルックワーツの超兵たちは、その“奇跡”……復讐対象に該当するはずだ。

 なのに、どうあがいても勝ち筋が少ない。むしろないとすら言えるレベルだ。

 腰に下げたナイフを抜いて、先頭の兵士と打ち合う。“奇跡”の告げる通りの、全霊の一撃を返すことで、わずかに兵の体制を後ろに反らせた。


「“苦痛”!」

足払いをかけて倒れたその衝撃を、心の傷を押し付けるように増幅する。

「ぐ、くらうかぁぁ!」

痛みを無視して立ち上がり、無茶な姿勢で攻撃してくることもシーヌは知っている。

 その胸にそっと添えられた手のひらに、全身を覆うような“苦痛”の想念を込める。

 痛みで兵士は気絶した。気絶させずに痛みを与え続けられるほど、敵は弱くなかった。

(いくら“奇跡”の補助があろうと、状況が整っていないと望む結果には持っていけない!)


シーヌは現実を知った。それだけではない。この超兵たちのように、身体能力がおかしい場合も、厳しい戦闘を強いられる。

(経験、身体能力、魔法技能。どれをとっても最強にはなれない)

ゆえに、補助があっても勝てない場合はいつか来る。

「兵士でこれほど強いのか!」

英雄の存在を意識しつつ、こちらに向かってくる残りの兵士に目を向ける。

(何人かは、殺す!)

初めて使う杖を背から抜いた。想念が描いた現象の強化を、杖は果たす。


 想像するのは、凍土。一度だけ訪れた、血が凍るような銀世界。

「なに?……氷だと?」

「撤退を開始しろ!血の流れが落ち着く前に引き上げるのだ!」

「ケッチャはどうしますか?」

「置いていく!奴も超兵ぞ!」

部隊内の会話が大きい。行かせるかというように、シーヌが駆け出そうとする。


「いか、せるかよ!」

足を握られる痛みで、目を下に向けた。逃げられるという奇跡の告げで焦ったシーヌは、足元の管理を怠った。

 軽かった気絶から立ち直っていたケッチャと呼ばれた兵士が、シーヌの足をつかんでいる。

「……だからか!」

詳しいことを告げなかった奇跡に苛立ちを覚えつつ、一人の復讐鬼は反対の足裏にとげを生み出す。

「邪魔だよ。」

自分をつかむ腕に突き刺された棘の一撃で、緩んだ手のひらから抜け出して後を駆け出す。


 ルックワーツの超兵が駆け始める。想念の気配はしないのに、すでに超兵たちはシーヌの身体能力をはるかに超える速度で駆け始めていた。

「名を聞こう、冒険者!」

隊長と思しき男が叫ぶ。それを聞いて、シーヌの心が怒りに染まる。

 知られていなくて当然だ。気が付かなくて当然だ。

(クロウが滅びたのは十年近く前、あの頃はまだ幼かった。あの隊長とも会っていない)

理不尽な怒りだということは、シーヌにもよくわかっている。それでも、彼は怒りに身を任せて、後ろの兵士たちを気にせずに叫んだ。


「赤竜殺しの罪人に伝えろ!クロウの生き残りが殺しに行くと!」

超兵たちの足が止まった。隊長だけが残って、さらに叫びをあげた。他は、隊長を残してさらに駆けていく。

「名前を問うた!」

「シーヌ=ヒンメル=ブラウだ!言うまでもないだろうが、かつてと姓は違うぞ!」

シーヌの親の名は、ヒンメルではない。あれは、義兄さんたちの名だ。


 それよりも、シーヌにはやるべきことがある。足を止めたあいつの首を落とすことだ。

 奇跡がやるなと警鐘を鳴らす。死ぬぞ死ぬぞと叫びをあげる。

 その全てを、シーヌは無視した。なぜなら、志半ばで死ぬならそれまでだと、シーヌはとっくに割り切っているからだ。

 純粋な想念の奔流を展開する。彼の身の回りは彼の意志に守られ、隊長のほうへは光が向かう。

隊長には当たらなかった。それはシーヌにも気が付い

た。彼は回避と同時にシーヌの命を狙ってきていた。

「……ティキ?」

その凶刃は、シーヌの想念の守りを超えたところで止まっている。あと一歩、踏み込まれれば、シーヌは傷を免れないところで。

 ティキではない。シーヌがそう思ったのは、その想念の質が、ティキよりはるかに強靭だったからだ。

「聖女か!」

隊長は叫ぶ。

「さすがに、分が悪いか。」

そのつぶやきが聞こえたのは、シーヌだけだろう。が、シーヌはその瞬間に目的達成に向けて動いていた。

(守りがいらないなら、すべてを攻撃に向ける!)

シーヌの想念は、隊長の左右後方含めて30メートルほどを攻撃範囲として、小さな風の刃が舞う檻に変える。


 ここから出るときにはきっと、微塵に裂かれている。そういうモノを作り上げた。

(嘘だろ!)

完成するまで、一秒あったか。そのころにはすでに、隊長は30メートルの檻から脱していた。

 シーヌはルックワーツの超兵を、完全に見誤っていた。その身体能力は、魔法を使わずして魔法を使ったシーヌをはるかに超えているのはわかっていたというのに。

「まだ、限界ではないのかよ!」

叫びつつ、一か八かの賭けもする。彼は復讐を果たす。その目的に、手段を選んではいられない。

「勝てるわけないだろう、少年。」

聖女の声が聞こえた。それでも、為そうとすることがシーヌにはあったのだ。

「斬る。」

その姿を想像する。その結果を思い描く。心臓を二つに、その体を二つに。生きては返さぬという想いとともに。

「“憎悪”!」

自分の想いを言葉にする。それでも、その賭けにすらシーヌは負けた。


「うそ、だよね……?うそだろ!」

彼の二度目の復讐の機会は、何も果たせぬままに終えた。誰も殺せぬままに、奇跡ですら対処できぬ次元の話で。




「ワデシャ。久しぶりです。セーゲルの街はあなたを歓迎します。」

聖女と言われていたクロイサと同じ年の頃の女は、さっきまでの剣呑な雰囲気がなかったかのようにそう言った。

「じゃあ、そうさせていただきたい。彼らもよろしいですか?」

「ええ。滞在する分には問題ありません。」

そのあとも二言三言、クロイサと話をすると、アフィータは自分の部隊に帰っていく。


「シーヌさん、お話があります。」

「ええ、私のほうも。」

復讐鬼の顔を消し去った少年は、足を止めた馬車の中に入った。クロイサも同じように中に入る。

「さて、あの兵士の秘密を話せ、英雄の弟子。」

「性急ですね。こちらも聞きたいことがあるのですが。」

「答えてもらった数だけ答えてやる。」

沈黙が場を覆う。シーヌは話し始めるのを待った。

「あれが何かは、話せません。申し訳ないのですが。」

クロイサは言った。

「しかし、あれと暴虐事件のおかげで、私は“赤竜殺し”……ガレット=ヒルデナ=アリリードと縁を切りました。それは、信じていただきたい。」


「どうして、言えないのですか?」

「あなたに言えないのではなく、冒険者組合の人間には言えないのです。」

話を逸らされている。それでもシーヌはそれ以上の追及を打ち切った。答える気がないのには変わらないらしい。

「セーゲルに行く理由は?」

「顔が割れました。そろそろあの男を殺すつもりだったのですが、簡単にできなくなったので。」

「私たちがついていく理由は?」

「いいのですか?私が帰ってきたので、近々セーゲルはルックワーツに攻め込みますが。」

シーヌはため息をついた。こいつは自分を商人と言った。おそらくは事実で、英雄の弟子をやめた後にそっちに転向したのだ。


 商人なら情報がある。シーヌがシキノ傭兵団を全滅させた情報を入手したのだろう。

 冒険者組合の本部がある学生の街で、シーヌは試験を終えても四日ほど滞在した。その間に、情報くらいは他の街にいくらでも流れられる。

「最初から狙っていたのか。」

 気づかなかった彼が一番滑稽だったか、とシーヌは思う。

「全滅したのがシキノ傭兵団と聞いた時点で、あなたの素性の可能性だけは思い至りました。そうでなくてもそれだけの実力者です。味方に引き入れたいとは思うでしょう。」

「……わかった。ただし、僕たちの監視員でも見つけた場合、即座に街を出る。」

ティキがいる。シーヌは隣で眠っている彼女の寝顔を眺めつつ、彼女には負担をかけさせまいと思って言う。

「いる場所くらいは教えていただきたい。」

「お前が監視員になればいい、ワデシャ=クロイサ。」


ルックワーツへの攻撃の指揮をするのは別人でも、打ち合わせには彼も出るだろう。だから、監視員にしてもずっとシーヌに張り付いてはいない。

 しかし、睡眠場所を同じにすれば、街にいることは確認できる。事態が動いても、連絡はとれる。

 つまり、彼はシーヌたちに宿を提供し、そこで寝泊まりすればシーヌに対する必要最低限の協力の(街にとっての)保証がとれる。

「わかりました、飲みましょう。」

そこに思考が回ったのだろう。クロイサは頷いた。

 不穏な空気をはらみだした陰謀渦巻く馬車は、クロイサのその発言を皮切りに再び走り始めた。


次の投稿は火曜日です。

読んでくださりありがとうございます。

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