親子の対面
「久しぶりだな、娘よ。」
「……。」
ティキは、アレイティア公爵家の別荘へと連れて行かれていた。そして、己の父と対面していた。
かつて見た、“神の愛し子”と似た面影がある。確かに、兄弟だったと思わせる何かがあった。
「……何も言わず。ふむ、私が施した教育まで忘れたわけではないようだ。」
ちょっとした反抗期程度か。アレイティア公爵はボソリとそう呟く。
「反抗してもよろしいですが……いいのですか?」
監禁しようとしているアレイティア公爵と監禁されそうになっているティキは、立場が同等ではない。普通の監禁であれば、アレイティア公爵がティキの動きを徹底的に制限できる、のだが……。
「やめろ。」
「やめてくださいの間違いでは?」
この場では、ティキの方が立場は上である。
ここまで旅をしてきた中で、ティキは世界の、現行の仕組みについておおよそ理解していた。アレイティア公爵家が、長男と娘の間に子を為させようとしていた理由についても、おおよその検討はついている。
「貴様、このお方をどなたと心得る!」
“単国の猛虎”が吼える。常人なら失神しそうなほどの殺意が向けられる。それを、ティキはそよ風のように受け流した。
実際に。アレイティア公爵家がやってきた、やっていることを見ればわかる。アレイティアはティキに固執した、固執している。なぜか?ティキが必要だからに他ならない。
そして、もうひとつ。監禁という形と、学園に通わせるという矛盾。それは、ティキの才能以上の何か、血筋のもたらす何かが必要ということであり。
「当ててみましょう。あなたは私を攻撃すること……いえ、傷つけることが出来ない。小さな傷は良くても、大きな傷は与えられない。違いますか?」
沈黙が返る。だが、その沈黙は何よりも雄弁に事実を語っている。
「……妊娠していたのは、予想外だった。」
困ったような声。妊娠していなければ、おそらく拘束に特化した魔法使い達がティキを縛り上げていたのだろう。隣に公爵の息子……ティキの本来の結婚相手がいることから、その意図は明白だ。
シーヌが力を失ったところを、ティキだけ掻っ攫う。結婚相手がいようが、処女でなかろうが。子が産ませられるなら問題ない、それがアレイティアの結論だ。
とても単純で当たり前の理由ではあるが。
この世界で治癒の魔法はあまりない。医術に関する魔法は少ない。なぜか。
治療する工程、傷が治るであれば、傷が治っていく行程を綿密に想像しなければならない。傷口がふさがり、皮膚が生え、傷が癒えきるその工程を、徹底的に想像しなければならない。
腕がなく、腕を再生させたいのであれば、腕が生えてくる光景を鮮烈に想像する。その腕に入っている血管、骨、筋肉の質・量まで、想像したものと全く寸分違わぬ腕が生えてくる。
それが出来る生物は少ない。腕をくっつけるのであれば、その腕が完全に、どういう原理でくっつくのかを想像しなければならず……ドラッドはそれが出来ないから、空想の脚をはやし、それによって自重を支えていたのだから。
「堕胎させますか?」
隣で“単国の猛虎”が問いかけるが、それに対してアレイティア公爵は大きく首を振って拒否を示した。
「それでティキに死なれても、子を産めぬ体になられても困るのだ。大事なのは、ティキが息子と子を為すこと。そうなれない可能性は極力排除せねばならない。」
今の医療技術では、堕胎も、治療も行うことは出来ない。行ったら、ティキの身に何か起きる可能性があるがゆえに、アレイティア公爵ではティキの身に手を出すことが出来ない。
「なんてことをしてくれた……いや、その子でもいいのか?」
必要なのは、ティキの子であることだとアレイティア公爵は呟き。
「いや、さすがに、初代様の男系の血を消すわけにもいかぬか。……ワムクレシアに売りに出そうか。」
次代まで受け継げるだけの竜の因子が、あの一族の遺伝子に残っているだろうか?とアレイティア公爵は呟き……。
「アレイティア公爵。」
ティキが、声を出した。不遜にも見下すような自分が上だとでもいうかのような声だ。
「お前は捕らえられている。どちらが上の立場かわからぬか?」
「えぇ。あなたは私に自死されたら終わり、私はここから自分で抜けるか自力で脱出すればよい。私の方が立場が上ですね。」
「どこがだ。助けは来ない。天下のアレイティア家に手を出す愚か者などいない。身重の貴様が自力で脱出する手段はない。どうしてもこちらが上の立場に決まっておろう。」
アレイティアは焦りを見せずに言った。だが、ティキは己の立場が上だと明確に言えてしまう。
「自死しましょうか?」
グッと、公爵が息を飲む。死なれるわけにはいかない。死なれては、困る。
「……出来るわけがなかろう!!」
振り払うように、近くにおいてあった鞭を手に取った。ティキをずっと教育してきた鞭で……しかし、ティキは決して怯えない。
「なんだその目は!!」
切れたように鞭を振るい、ティキの頬を打とうとし魔法によってはじき返される。
「アレイティア公爵。あなたは私を傷つける力がなく、殺すわけにいかない。死なれては困るのでしたら、少なくともお腹の子を産むまでは死なないと約束して差し上げましょう。」
ティキはじっと公爵の目を見る。少なくとも、お腹の子が生まれるまで。その後は勝手にする、とティキは言っていて……
しかし、アレイティアにとって重要なのは。ティキが身軽になるまで死なないということだ。そこまでやってしまえば、あとは拘束に特化した魔法士たちが、ティキを完全に拘束する。
穴だらけの行程表ではある。だが、アレイティア公爵家から外に出るには半日では到底できず、また、強者が集う館であるがゆえに。
「何が目的だ?」
「簡単です。知識を。」
ティキが望んだのは、アレイティアに伝わる世界の真相。アレイティアがなぜティキをそうまでして求めるのかを知りたくて。
「実は、“永久の魔女”によって、私は戦闘経験を埋め込まれております。」
彼女の置き土産。大量の戦闘経験の、脳への直接授与。その中には、かつて神龍としのぎを削り、多くが犠牲になったあの日の戦闘すらも含まれている。
シーヌは全てを受け入れることを諦めた。全てを受け入れるほどに頭の容量がないことを理解していた彼は、“永久の魔女”が激闘と感じるほどだったいくつかの戦闘の記憶を得たのち、全てを消し去った。
だが。ティキは、その全ての戦闘記録を自分の物と消化した。
ティキは、“永久の魔女”二千年の知識がある。“永久の魔女”二千年の経験がある。
「“永久の魔女”は、あなたたちがどうして冒険者組合を立ち上げたか、何のためだったかの予測がある。……話してください。あの後、“永久の魔女”がどうしてあなたたちと袂を分かったのか、そして……私が必要だという、その理由を。」
話したくない、という露骨な表情を、アレイティア公爵は見せた。そして、その上で……
「お前に死なれる方が、困る。承知した、話そうではないか。」
話すことを、受け入れた。




