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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
復讐の傭兵
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復讐鬼の交友

 動けなかった。体から力が完全に抜けていた。

 元々熱の灯っていない体だ。だが、まさか妻が拉致られてなお動けないほどだとは思っていなかった。

 そして、未だに体に熱が灯ることはなく……、茫然と場を把握しようよする、ワデシャとチェガを眺めている。

「ティキ=ブラウが攫われた。それ自体には間違いがない、ですね。」

「ティキが抵抗した跡がねぇ。……窓が開いている、護衛が昏倒されている。部屋が狭い。構図としてはわかりやすいな。」

誰が、いや、何が人質に取られたのか、ティキの判断基準として、彼女がどう動かざるを得なかったのか、チェガは瞬時に判断してのける。

「そのくせまだ目覚めねぇのか、シーヌ。」

その目は、憐れみが存分に籠っていた。


 予想外だった。完全に見放されるか、軽蔑されるかの二択だろうと思っていた。というのに、この男は、友人は。

 最初から期待していなかったとでも言いたげな、そんな憐れみを向けてきているのだ。

「悪かった。ティキを奪われてなお元に戻れないほど、お前が苦しんでいるとは思えなかったんだ。」

苦しみと、そうチェガは表現した。


 この喪失感は、苦しみなのか。自分でわからないなと首を捻って、しかしすぐにそうなのだと納得した。

 思い返せば、家族や幼馴染たちを失った時、自分が生き残ってしまった意味を考えていた時も、この喪失感を体験した。だが、あの時は既に“復讐”という“奇跡”を持っていた。あの時にはもう、僕は自分の生きる道を見定めていた。


 そうだ、僕は失ったこと、どうして失わなければならなかったのかという恨みを“憎悪”として生きてきた。感じ続ける喪失感を、“苦痛”として受け入れて生きてきた。


 なら、今感じているとんでもない喪失感は、“苦痛”で……だが、苦痛ではない。

 6歳だった当時の僕が、それを“苦痛”として受け止めただけ。そこには“空虚”が、あるだけだ。


 さっきまでは、ここに熱が灯っていないだけ、自分はここにいると感じていた。だけど、違う。

 さっきまでは、ティキさえいればいいと思っていた。でも、違う。

 さっきまでは、僕はここにいて、時計の針を動かしていると思っていた。本当は、違う。


 今の僕は。ここにはいない。“人生”を、“奇跡”を。即ち“軌跡”を失った復讐鬼たる僕は、ここにはいない。

 なら、僕は何を求めればいいのだろうか?




 シーヌの瞳が揺らいだ。……彼自身がここにいない錯覚がした。

 心ここに在らず、しかし姿はここにある。

 あるいは、この形を概念として捉えることが出来れば、だが、それはシーヌしかできないのだとエスティナは悟る。


 ユラリ、とデリアが起き上がった。続く様に、アリスとオデイアが起き上がる。二人は事の次第を点検すると、じっとシーヌの方を眺めた。

 オデイアは状況から全てを察したのか、シーヌの方を見ることもしない。だが、何か言いたそうにはしていた。

 エスティナは傍観者として全てを眺めている。彼はどこまで行っても部外者だ。セーゲル、聖人会という意味では当事者ではあるが、それ以上入り込むこともない。

 だが。彼はシーヌ=ヒンメル=ブラウという人物を、この場で二番目に理解している。そして、世界というものを、魔法というものを、この中で一番理解している。


 チェガが憐れんで見るシーヌの、その覚醒に必要なのが何か、おそらく最も理解していた。

「シーヌ!貴様、何故ティキが攫われるのを見過ごした!!」

デリアが、ティキに手を伸ばして落っこちたであろうシーヌの肩を掴んで揺り動かす。確かにデリアには見過ごせないだろう、と他人事のように思う。


 シーヌはウォルニアを殺した。シーヌは彼の父を殺した。

 父の前で、シーヌは言ったはずだ。幸せを目指そうと思っていると。ただ、自分一人生き残ってしまったことを許せない限り、幸せにはなれないと。

「復讐は果たした!お前はもう自分を許せたんじゃないのか!ならどうして、妻と幸せになろうとしない!!!」

シーヌが言葉を返すことが出来れば、幸せとはなんだと問うただろう。十年以上己の時が止まっていた、幸せを他人事のようにしか感じられなかったシーヌに、それを明確に想像することは出来ない。


「生きていてよかったと思わなければならないと言った!貴様は、今!そうして呆然としていて、本当に生きていてよかったと思えるのか!!」

思えないだろうな、というのは誰にでもわかる。だが、人生を失った彼もまた、救う術が存在しない。

「……。」

だが。シーヌの瞳に若干の怒りと、侮蔑の色が浮かんだ気がした。


 父を失っただけ。人生の基軸とも呼べる“奇跡”を持たず、それを失ったこともないデリアの言は、確かにシーヌにとっても、おそらくティキやチェガにとっても侮蔑に値するほど、言葉が軽い。


 だが、乗っかるように言葉を被せたのは、チェガだった。


「俺はお前の幸せを願っている。そのために力を貸すと決めて、今日まで来たんだ、シーヌ。お前が起きねぇと始まらないだろ?」

お前の敵はアレイティアだと、チェガは言った。

「お前の妻を奪ったのは、シキノ傭兵団アヅール=イレイの肉体を奪ったドラッド=ファーベ=アレイだ。ティキは、アレイティア公爵家に連れて帰られた。」

それは。シーヌがティキと結婚したきっかけだ。


 ドラッドがティキを、アレイティア公爵家の依頼に従って連れ帰ろうとし、タイミングよく復讐を果たせるシーヌが、ティキと強引に結婚するという形でティキをアレイティアから引き離した。

 そう。夫としての権利を主張してアレイティアからティキを掻っ攫ったのは、シーヌだ。

 夫としての義務として、過去に行った行為の代償として、他の誰よりも率先して動かねばならないのは、シーヌだ。

「ほら、動けよ、シーヌ。俺はお前の側で、お前を助けると決めた。何より、お前の覚えている亡霊たちは、お前がここで自失しているのを喜ばないだろう?」

それは、6年以上の時をシーヌと過ごしたチェガだからこそ、言える言葉。


 こと、シーヌの人生において。最も濃密で長い時を過ごしたのは、過去である家族や幼馴染でも、妻であるティキでもない、チェガ=ディーダであるからこそ。

 彼だけが、シーヌに対して、過去を盾にした発破をかけることが、できる。

「俺の“奇跡”は“友愛”、“友が為の修羅”だ。……お前を支えたかったやつらの代わりに、俺はお前を支えると決めた。」

だから、ほら。チェガの言葉は何より強烈に、鮮烈に。


 シーヌに『起きねば』という言葉を、義務感を揺り起こして。


「シーヌ君。私はあなた方の結婚式の前日、言いましたね。」

ワデシャが。シーヌの幸せを願った、大人が。

「ティキさんに日常を教えてあげなさい、と。あなたが幸せを理解できなくともいい。ですが、結婚したのです。ティキさんは、幸せにしなさい。」

シーヌが自我を取り戻す、その最短の方法を理解して、言った。

「あなたがやるべきことは、ティキさんに日常を送らせることです。……ご存じの通り、アレイティア公爵家では、それは叶いません。」


 ティキは、血脈婚を嫌って逃げた。アレイティアでは、極論子供さえ生まれるなら、結婚する必要はない。

 正妻の子供じゃなくとも、握りつぶせるだけの権力がアレイティアにはあり……

「早く助けないと、手遅れになりますよ?」

そのワデシャの台詞に、シーヌは自然と目を開いて……




「起きて、シーヌ。」

懐かしい声が聞こえた。シャルロットの声だろうか?

「時間だ、お前が、お前の幸せを掴むための。」

アデクが、自信満々に言った気がした。

「ずっと、見守ってる。」

約束を、僕らは守ってるというようにビネルが笑って。

「行ってこい、シーヌ。」

義兄さんが、僕の背中を押した気がした。




「全く、みんなは。」

ポツリと。口が動く。それだけで、エスティナ達はシーヌが自我を取り戻したことを理解した。

「行こうか。」

ただいま、とは言わない。まずはティキに言わねばならない。


 だが、シーヌ=ヒンメルは、妻を取り戻すため、彼女を幸せにするために、目を覚ました。

実は当初要約したらこれだけの話で一章作る予定でした。聖人会やカレス、ネスティア国王や“伝達の黄翼”の子も巻き込んで。

でもまぁ……グダるので。


ちょっと世界観の補足説明。どこかでするかもしれないけれど。

魔法の技術、速度、規模等では冒険者組合のトップが断トツで頭おかしいのですが、魔法がやっていることで正真正銘頭おかしい人が聖人会にいます。

……皆さんは、生命力を、実体ある概念として想像出来ますか?もちろんこの世界にはRPGなんてものはなく……HPやMPといった概念もありません。

そんな中で実際に生命力という概念を、吸収発火的イメージで形にしてのける化け物。

おそらく、哲学的な意味で化け物は彼です。

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