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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
復讐の傭兵
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傭兵の依頼遂行

 長かった、とドラッドは思う。

 とにかく、長かった。一ヵ月の長きにわたり、ルックワーツの片隅、スラム街に身を寄せて、ただただティキ=アツーアの生活様式を窺っていた。

「デリア=シャルラッハ=ロートとアリス=ククロニャ=ロートは、弱い。戦わずとも出し抜ける。」

武力的な強さではない。護衛としての力量として、その二人は弱いと見た。

「だが、アフィータ=クシャータ=バレットとワデシャ=クロイサ=バレッド、及びカレス=セーゲル=アリエステン。奴らは護衛にとしての力量が高い。補足されたらあの女はさらえん……。」

ゆえに。三人がいないときに攻撃を仕掛けることにしていた。


 毎日毎日、遠間でティキ=アツーアをじっと見続ける日々。退屈でなかったわけがない。

 風呂、トイレの時間、かかる秒数、その時の管理体制。食事時、シーヌとの対話の光景。

 一ヵ月、毎日毎日見ていたら飽きてくる。だがそれも、依頼主からの依頼を果たすために必要なことであった。そして何よりドラッドを殺したシーヌが悔しがる様、足掻こうと必死になる様を見、挫くために必要な行程でもあった。

「今の護衛は、デリアとアリス、ワデシャのみ……。」

アフィータはバグーリダに魔法を学び、カレスは軍の戦闘訓練に出ている。護衛としては今が一番脆い。


 だが、戦力的には弱いと言えなかった。人を守る戦いが得意そうではないデリアとアリスは、しかし戦いにおいては強い。ドラッドが戦って敗けるとまでは言わないが、倒すには些か時間がかかる。

 不意を打てば、早いだろう。だが、不意打ちは、あのワデシャとやらが許してくれそうにない。ティキの歩いている位置、荷物や視界の状況から、ティキを攫うための道を全て予想されている。


「冒険者組合の報告書では護衛経験はないはずなのだが。」

おそらく、商人としての一年足らずの活動と、年の功なのだろう。ワデシャ一人を狙い撃つのは容易く、護衛五人の中でも最も弱いワデシャだが、奴が倒れればいやでも他二人に襲撃者の情報が悟られる。

「下手に手出しが出来ない。」

それを、ほとんど一ヵ月。そろそろドラッドは限界を感じ始めていた。


 もともともらった時間は二ヵ月である。だが、単純で厄介な事実……人さらいをするだけの隙が無いという単純な事実を前にして、無為な一ヵ月を過ごしてしまっていた。


 力押しで攫うには、護衛の五人が強すぎる。シキノ傭兵団は既にドラッドを残して全員が死に絶えていて、数が揃えられないがゆえに、ドラッドは依頼が達成できなくなってきていた。




 門の方が、騒がしい。と思えば、兵士が一人、慌てたようにワデシャに話しかけていた。

 自分の位置は、こちらが遠目に見る分にはティキの位置を把握できるが、ティキからは『そこに敵がいる』とわかってでもいない限り見つけられないような場所にいる。

「ワデシャが、離れた……?」

葛藤は大きかったようだが、奴がティキの護衛から離れたのは朗報だ、とドラッドは思う。時間の許す限りでワデシャの後を追ってみる。

 一分ほど追って、ドラッドはワデシャがどこへ向かったのか理解した。門にある執務室。来客が来たのだろう。それも、おそらく、ワデシャ、アフィータ、カレスのいずれかが対処することになっている、シーヌ=ヒンメルかティキ=アツーアにまつわる来客だ。

(これはチャンスだよ、ドラッド。)

(わかっている、“奇跡”。俺は今から動く、手伝え。)


 冒険者組合試験で一度殺されたあの日からドラッドについてくる、どこか聞き覚えのあった声。その指示に従うかのように、ドラッド……今は『アヅール=イレイ』の肉体を持つ男は駆けだす。


 音を消す。“強奪”によって奪った能力は非常に強力だ。

 例えば、“夢幻の死神”が使っていた“消音”の魔法。奴の死体から読み取り、奪い取ったこの概念は、どれだけ全力で大きな音をたてて駆け抜けても、周囲にいる誰かから気付かれることはない。


 むろん、気付かれないのは音だけ。存在も、姿も隠すことは出来ないが……音が隠せれば十分だと、ドラッドは淡い笑みを浮かべた。

 家の屋根へと駆けのぼる。ティキ=アツーアがシーヌに話しかけている、それなりに大きな部屋。その窓へ飛び込める高さの家の屋根へと飛び移った。


 もちろん、セーゲルの統治層がティキの居館に選んだ家は、出来る限り護衛に向いた家を使っている。例えば、家の広さであり、高さであり、周囲の建物の少なさであり。

 だが。ルックワーツと20年もの長きにわたって戦争をしていた街が、誰かを護衛しなければならない状況になったことはなく、それに見合った建物など、存在するはずがない。

「存在したとしても、それは妊婦に生活させられるような場所なわけもなく!」

ゆえに、多くの妥協が施されている。


 例えば。

「護衛対象の家に窓が多いのは良くないですよ!!」

魔法を撃つ。殺気に反応して、ティキが防御魔法を展開したが……殺気を感じるまで対処できない方が悪い、アリスが何もできずに即座に昏倒し、窓にはドラッドが飛び込んでいて、

「はぁ!!」

真正面から馬鹿正直に踏み込んできた魔剣士の胸倉をつかんで放り投げる。その後、一瞬の隙を突く様に剣を振りかぶってきたオデイアの剣を短剣で弾き上げる。

「あなたは確かに強くなった、ですが、最初から敵としてみていません!」

実力的にドラッドと対等関係にあるデリアとアリス、一段劣る程度のワデシャやアフィータ、逆に一段高い次元にいるカレス……彼らと比較して、オデイアという人物の腕は数段劣る。ゆえに、ドラッドの障害としてオデイアが見られることはない。


 最初から、ドラッドには奇襲の利があった。ドラッドより魔法の発動速度の速いアリスを真っ先に落とした、戦闘経験が少ないデリアを、速攻で無効化に成功させた。

「ティキ=アツーア・アレイティア公爵令嬢。父君がお呼びです、ご同行していただく。」

ティキが抵抗しようと、こちらの動向をじっと見ている。だが、抵抗させるわけにはいかない。


 もしティキが全力で抗おうものなら、ドラッドではほんのわずかにしか勝ち目がない。アレイティア公爵に望まれた、『無傷で連れてくる』目標が達成できない。

「抵抗してもいいですが……お腹のお子さんは耐えられるのでしょうか?」

妊娠中に魔法を使う。それが人体にどういう影響を及ぼすか、誰も知らない。実際のところ、魔法が意思と想像の発露である以上、魔法を扱うことには何も影響はないのだが……ド派手な戦闘ともなれば、話は別だ。


 グ、っと、ティキが唇を噛みしめた。シーヌが自失して、対話が出来ない今、ティキとシーヌの繋がりを示すのはブラウという名前、これまでの思い出、そしてお腹にいる子どもしかない。

 戦いを選ぶということ……彼女自身の選択によって、そのつながりを消すことは出来ないのだ。

(大丈夫、きっとシーヌは、助けに来てくれる。)

敵は天下のアレイティア公爵家。それでも夫が助けに来てくれる……そんな博打にも似た可能性にすがって連れていかれるか、それともお腹の子を流す可能性を受け入れてでもここで全力で抵抗するか。

「……行きます。連れて行きなさい。」

ティキは、前者の可能性に賭けることにした。


 シーヌはかつて「責任を取る」と言った。

 ティキは、シーヌに頼らなければ、広い広いこの世界では生きていくことが出来ない。

 何よりティキは。自分がいなければ、シーヌは幸せを目指すことが出来ない……自分の存在こそが、シーヌにとってとても大事なものであるという、その事実が真実であることに、賭けた。


 そっと、後ろを振り返る。シーヌが光を宿さない目で、だがティキの方をじっと見つめて手を伸ばす。

「シーヌ、待ってる。」

それが、シーヌの耳に聞こえたティキの言葉で。


 それを機に、鳥籠から逃げた鳥は、鳥かごの外の鎖を守るために、再び鳥かごへと帰った。




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