授与の憐憫
車いすが街を進む。塔の上から見下ろして、ハァ、と一つ、軽い溜息をついた。
「彼らを今受け入れることはどうかと思うのですが。」
「そう言うな。確かに大きな厄を持ってきたかもしれんが、同時に大きな戦力だぞ、彼らは。」
ご老公が告げる言葉に、だがセーゲルのためにはあまりならないだろうと考えていた。
「まあ、今は我慢するのだな。エスティナが帰ってくるまでの辛抱だ。それならお前も納得できよう?」
「ええ、それなら、何とか。」
エスティナ=フィデート。彼らが帰ってくるまでと言われたら、まあ何とか辛抱できるかと息を吐く。
戦えなくなった冒険者組合員。彼をここに留めておくのが、どれほど危険なことか、わからない。だが、この近隣各国の重要人物を殺しまくった彼がここにいることがどれほど危険なのかは理解できる。
「セーゲルを救ってくれた英雄とはいえ、セーゲルにとっての厄災になるのは勘弁してほしいのですが。」
街を治める一領主としても、受け入れには否定できだった。
「まあ、もうしばらくは面倒を見ましょう。」
夫に必死に語り掛ける妻から視線を外して、私は書類の山に向き直った。
あれは、ネスティア王国の使者が『国賊を討った』セーゲルの勇士たちに報酬を与えるべく訪れ、帰った翌日のことだった。
それだけのためにほぼほぼ半年もかけたことには文句はない。元帥と宰相、そして軍事や諜報など様々なことを司っていた重要参考人たちが一気にいなくなったのだ。国の態勢を整えなおすことも一苦労ではあっただろう。
「とはいえ……聖人会同士の戦争に、こういう決着の仕方を持ってくるとは思いませんでした。」
手紙を読んでいると、街を守るためならこれもありか、というような文面が散見できる。例えば、街の取り扱いについて。
これまでは、聖人会が所有権を半分ほど有する半個人半国属都市という扱いだった。現在聖人会に出ている使者の返答次第では、国家所属都市に完全に移行させても構わない。
この文章は、セーゲルが聖人会……央都レイから見放された時、聖人会思想と切り離したうえで、国に守られることを意味している。つまり、聖人会がこの都市を攻めてきた時、ルックワーツと合併したこの都市を完全に守ってくれるといっているのだ。
例えば、聖人会の立ち位置について。
央都レイの政治と完全に切り離し、名称を変更したならば、存続を許可するとある。これは、私たちの存在意義を認める行為に等しく……街のために私たちが改宗する必要まではないと断言されている。
「まずはエスティナが帰ってきてからだな……。」
判決が予定通りに終わっていれば、そろそろ帰ってきてもいいころである。もしも彼が帰ってこなければ、彼は殺されたものとして扱ってもいいだろう。
幸いにして、レイへの到着報告は届いている。待つだけだな、と、私はセーゲル=ルックワーツ間に作っている農作物の開墾状況の資料に目を通しかけて……
「違う。ティキたちがここを訪れた日のことだ。」
あの日のことを、思い出した。
よく晴れ渡っていた。今日もいい開墾日和だと思いながら、思いっきり伸びをして、朝食を食べようとしていた。
「邪魔するぜ、ガセア。ちっと問題ごとだ。」
「いい加減口調を何とかしろ、エーデロイセ。問題とはなんだ?」
「申し訳ございませんねぇ!……あの二人が、ここに帰ってきた。」
何とかする気はないんだな、とわかる口調には目を瞑った。こういうことは一日一回で十分だ。それより、『あの二人』が予想通りの二人なら、随分早いと思ったのだ。
「すぐに行く。通せ。」
「はいよ。」
この時私は知らなかった。シーヌが、せいぜい『生きている』が精いっぱいの状況であること……そして、ティキが、私たちの全員を相手してなお圧勝できるほどに強くなっていることなど。
どうしようもなく救いたくない。復讐を終えて『成り果てた』少年を見て思った。
聖人会が是とする、『他者を救うために自分の命を使う』ことと反する、『自分を救うために他者を殺す』行いをした果てが、自失した少年だと私は解釈する。
「セーゲルを救った恩を返しなさい。あなたたちはその義務を持ち、私たちは要求する権利を持つはずです。」
「知りませんね。恩は売るものではない、無償で捧げられるべきものです。」
それがその通りに回らないとわかっていても、ここは聖人会の持つ都市で、トップは聖人会の聖人だ。
このセーゲルのルールは、私が行使する権限と主張で成り立っている。
「そうですか……本気で言っておられますか?」
少女の目に剣呑なものが混じる。冒険者組合員の命令と言われると私たちも飲まざるを得ないのだが、今の彼女はそこに頭が回らないほど焦っているらしい。
そこに、飛び込むようにしてこの街の最大戦力が飛び込んできた。
「ティキ!お久しぶりです!」
「アフィータ、久しぶり。元気にしてた?」
「はい!聞いてください、ワデシャとの子供が生まれるんです!もう五ヶ月になるんですよ!!」
弾んだ声でアフィータが報告する。共に結婚式をした仲だからか、それとも共に旅をしたからか。二人はこの街の聖人たちの中で、最も仲がいいかもしれない。
「おめでとう、アフィータ。ワデシャは?」
「今はセーゲルの将軍として、カレス様と訓練してます。あなたは、もう?」
「うん。シーヌは終わらせた。でも、今シーヌはこんなだから……」
ティキが少し身をずらして、自失しているシーヌを見せる。瞳に光のない少年を見て、アフィータは『そう』と返事した。
「匿えばいいの?」
「うん、できたら一年くらい。」
「一年?……あなた、まさか。」
アフィータがティキを見て固まる。私にはわからなかったが、女同士で伝わる何かでもあるのだろうか。
「ガセアルート=ペディウィット=アネイト聖人。ティキ様を匿ってください。」
「いや、待て!状況から見て、よくないだろう!下手すればセーゲルが滅ぶ!」
「それは私とワデシャがさせません。それより、妊婦の安全を確保するのは、聖人会として正しい行いだと思います。」
愕然としていたと思う。まさか、あの『復讐鬼』が、妻とはいえ足手まといになってしまう可能性を理解していて、避妊せずにいたということなのだから。
後になって思ったが、シーヌは6歳から一人で生きてきたわけで、避妊云々を教えてくれる人がいたのだろうかと首を傾げ……
「知らなかったと思いますよ。口に出ませんでしたし。」
ティキの言葉に、力が抜けた。
「なぜ、君はこうなった彼とともにいるのだ?」
ティキだけなら匿っても構わない、シーヌを受け入れたくない。そういう足掻きを見せようと、私は最後にティキに尋ねた。
そうでなくとも、今のティキがシーヌと共にいる必要はない。彼女はもう自立しているように感じられるし、おそらく彼女は自分のいる場所を、もう作ることが出来る。
ティキをシーヌに縛り付けている理由は、シーヌがティキの夫だから以上にないだろうと思うのだ。
「シーヌは私の夫です。それに……シーヌは私を置いて死ななかった。自失していても生きているということが、シーヌは私を置いていけないということな気がするんです。」
それは。もしかしたら、ティキよりも、シーヌにとって残酷な扱いな気がして。
「それに、シーヌは私を見捨てなかったから。私はシーヌを、見捨てません。」
それが、一年に満たない期間共に夫婦として生きた二人の、決めた未来だとして。
とりとめもない思考が頭をよぎる。一年ティキがシーヌの面倒を見た上で、ティキがシーヌを斬り捨てても。シーヌはティキが生きている限り、死ねないといいうことなのか、とか。
シーヌがティキを見捨てられなかったのは、クロウの、誰かの面影を重ねているからなのではないか、とか。
たまたま、そこに希望を見出しただけなのかもしれないじゃないか、とか。
だけれど。
「わかりました。……あなたの子が、旅に耐えられるほど成長するまでは、セーゲルで面倒を見ると約束しましょう。」
もしもティキが最初に出会ったのがシーヌではなかったのなら、シーヌも、ティキも、ここまで狂ってはいなかったのではないか。
出会わない方がよい二人ではなかったのかと、私は、思った。
七章編成で最後までと言ってましたが、変更します。……具体的には悩んでるんですけど、七巻分小説書くとなると割と間グダるんですよね。
今までもグダってはいたんですが……それ以上に酷いことになりかねないので、今章は『復讐の傭兵』編から名称変更します。どう変えるかはこれから考えます。




