狩猟
こんにちわ、最近話が進まなくて悩んでいます。
評価とかレビューとか感想とかいただけると嬉しいです、モチベが上がります
竜の谷を抜けても、まだ竜の住処は終わらない。シーヌたちは目的地までの最短ルートを通ってそこにたどり着いたが、最短ルートが一番危険だというルールはない。
ルックワーツに向かうために、通らなければならない関門はあと一つ。
その名も『竜の湖』。竜の谷にはいない、水棲の竜や下位の龍すら目撃証言がある、広々とした湖を抱える、大きな草原である。
「谷に入る前の草原も、見渡す限りにだったけれど……。」
ティキは、全身に反射した光を浴びながら、その美しさに目を奪われていた。
時刻は早朝、目の前には対岸の見えない水平線。本気で進むと三日もかかるといわれる大きな湖。
竜の谷も、縦断すると一月かかると言われるほどに広い。しかし、最短距離を横断し、寄ってくる竜を瞬殺し、シーヌが魔法で馬の疲労を忘れさせ続けたから一日しかかけずに済んでいた。
「シーヌさん。今日は一日休む、それでいいですか?」
荷台の中に必要物資として用意されていた、朝食の果実を口にしながらクロイサが言った。
「ええ、わかりました。馬車はよろしくお願いします。」
どうしてか、シーヌは聞かなかった。昨日のような強行軍をして、馬車がどれだけ傷んでいるかは容易に想像がついたからだ。
ティキが草原の中を悠々と歩いてゆく。それが危険だと忠告することもなく、シーヌと商人は会議を続ける。
「シーヌさんは馬車の点検方法などは……」
「知りません。旅をするのに、普通は馬車は使いませんから。」
普通、冒険者は馬を使うのだ。次の街を出るまでには、ティキにも乗馬技術を覚えてほしいな、とシーヌは思い、ルックワーツでは街が火の海になる前に馬を買うことにした。
「とはいえ、何もしないというのも退屈ですね。少し狩りに行ってきます。」
ティキを連れて外に出る。クロイサの用意していた果実と干し肉はまだ在庫がある。本来ならシーヌたちは、食事くらいはクロイサからせびり続けてもいい立場にあるのだが、彼はそうすることを選ばなかった。
「いいのですか?」
「どうやら、ティキが一日で食べ物に飽き始めてしまったようで。」
「そうですか……ティキさんは一体……」
「妻ですよ、クロイサさん。」
アレイティア公爵家ではどういう食生活をしていたのだろうか。シーヌは彼女の生まれを思い返しながら、彼女に深く入れ込むべきではないと思考を打ち切る。
「行ってきます、クロイサさん。何かあったらこのボタンを押してください。」
ローブの中から器具を一つ渡す。
「押してくれたら、僕に連絡がいきますから」
ティキを探してシーヌが背を向けた。
(恋する少年の背中にしては、あまりに明るさがないですよね)
クロイサはシーヌの背にそんな感情を抱きつつ、引き返して馬車のメンテナンスを始める。
商人を始めると決めた日に、最初に覚えたことだった。こればかりは、下男でも雇ってやらせるのが常識といえども、その判断を下せない。彼の弓と魔法の技術と比べても、何ら遜色ない大切なことだった。
(どうして、あそこまで追い詰められたの?)
ティキは自問自答する。答えはわかりきっている。経験不足からくる、予測の出来の悪さだ。
(実戦は、一応体験したはずなのに。)
試験の期間中の、傭兵たちとの戦闘。シーヌとの模擬戦。
シーヌが多く手を貸していたとはいえ、間違いなくあれはティキの経験になっていたはずだ。
「!!」
何かの音が聞こえた。それは次第に大きくなり、彼女の方に近づいてくる。
それは、彼女が歩いてきた方からやってきた。それが何を意味するのか、ティキに考える余裕はない。
「ニゴヅメロウ!」
読んでいた動物辞典に載っていた、毒々しい色をしたオオカミ。アオカミ達よりも二回りほど小さく、ティキの胸ほどの高さしかない。
(群れを持たないオオカミの種で、遅効性の毒を牙に備えているモノ。)
辞典にあった言葉をそらんじる。
(砂漠に生息し、ネズミを多く好む……どうしてここに?)
疑問を持っても、それに対して深く考える暇はなかった。脚に力を籠め、跳躍する姿勢を見せていたからだ。
(とにかく、撃退しないと)
ティキは想念の刃を作り出して送る。先制攻撃をして、長引かせない。ティキは普段からそういう攻撃を選択することが多かった。
「え?」
跳躍をされる軌道も読んで、前と上空、二か所に魔法を送ったはずなのに、ニゴヅメロウは真横に跳躍していた。
敵の方が一枚上手だった、と思ったティキは、焦りを覚えて再び刃を生み出す。生み出している一瞬の隙に、距離は半分ほどまで詰められていた。更にティキは焦り、過剰攻撃ともいえるような刃の雨を、目の前一面に降らせ始めた。
オオカミはどこだ。ティキはそう叫びをあげるかのように、視線を左右に巡らせる。シーヌに教えられていた索敵方法を使えば、存在しないものを探しているのだとわかっただろう。
だが、ティキは冷静さをもう完全に失っている。今彼女は一人でいるだけ。シーヌは、いない。
「そこまで、終了、ティキ。」
シーヌが少し大きめの声で止めの言葉を言う。それを聞いて、ほっと安堵したかのように息をしつつ、ティキは魔法を止めた。
「シーヌ、怖かった!」
ティキが彼にしがみつく。しかし、シーヌの方はそれを見てため息をついた。
(依存度が増しちゃっている。これを望んだのは僕だけど、手に入れたら手に入れたで、失敗したって思っちゃうな)
実際、早く離れた方がいいと思っている彼らしい考えだった。無責任にもほどがある、がその無責任を、彼が自分で責めているから余計に彼の心の負担が大きかった。
「魔法っていうのは便利でね。」
シーヌは自分の罪悪感を紛らわせるように話し始めた。ある事実に、心を諦めに向けながら。
(依存心がもし吹っ切れていたら、僕は彼女を一生面倒見続けないといけない。)
しかも、その依存心は、見せられるたびに彼の心を抉るのだ。
彼が、ティキと離れたくないがゆえに取った手段の、それが結果だった。
「こういうこともできるんだ。」
もう、こうなったらティキの心をもう一度変えてみせよう。そんなことをシーヌは思う。
思いながら、シーヌはさっきティキが戦ったニゴヅメロウを想像する。すると彼の横にその姿が映り始めた。
ただ、魔法であることが一目でわかる。近くで見るとところどころぼやけているし、呼吸も何か生物的ではない。
しかしティキはすぐにわかった。これと自分はさっき戦っていたのだと。
「人間と戦いなれていてもね、動物は人間とは違うんだ。」
シーヌはティキが何と戦ったのか、理解したことを表情から察して言う。彼はティキに実地経験よりも、心構えを説くつもりで言った。
「何と戦っているのかをよく見て、最初は時間稼ぎと分析に徹しないと、今のティキじゃ絶対勝てない。」
続いてシーヌは、もっと小さい、普通の大きさのネコを想像した。ティキの戦闘訓練を想定しているため、もちろん普通のネコなどではない。
「アレイティア種、フェトルネコ。君の祖先が品種改良を施したネコだ。」
シーヌは彼女が何か反応を示すことを期待しつつ、その名前を告げた。彼女はといえば少し首を傾げて、
「どういう命名?」
と聞いただけ。
「アレイティア公爵家といえば、ネコの品種いじりで有名だったんだ。多分、フェトルは当時の夫婦名じゃないかな。」
そう考えると、ティキのアオカミというネーミングは血のなせる業かな、とシーヌは余計なことを考えた。
「まあ、それはいいや。今から狩りに行くんだけれど。」
シーヌは唐突に話を変える。彼からすると話を変えたつもりはないのだが、ティキにとっては聞いてもいなかったことをいきなり言われて戸惑った。
「旅は?」
やっぱりそこからなのかと、ティキの反応を半ば予想していたシーヌは少しため息をついて。
「昨日の強行軍があるからね、馬車をこのまま使えば壊れちゃうから、メンテナンスのために一日休憩。」
「そうなの?だから狩り?」
「うん。竜肉以外なら人間が食べても問題ないだろうからね。で、僕は手を出さないけど、この魔法の猫が狩りを手伝う。」
ティキは何を言っているのかわからないという風に首を傾げた。シーヌもこれで理解されるとは思っていないのだろう、さらに言葉を重ねて言う。
「狩りを終えた後、この猫と模擬戦をしよう。この猫が戦う姿を見て、観察力と協調性の育成をする。」
シーヌはティキが足手まといにならないようにすることにした。彼女はかなり、シーヌに頼り切りなことについては罪悪感を覚えている。
ティキがシーヌに頼らないと何もできないのは、出会って以降ずっとのことだ。しかし、精神的な強さと経験が合わせれば、技術力はシーヌを凌ぐティキのことだ、戦闘ではシーヌよりも遥かに強くなれるだろう、とシーヌは見ていた。
「よくわからないけれど、わかった。」
ティキはコクリと頷く。そして、二人は夕食を探して草をかき分けていった。
ウサギが二羽。十分な結果だろう、とシーヌは思う。空を飛ぶ鳥を網で包み込んで、彼の足元まで運んできながら、淡々と血抜きをしているティキを眺めた。
血に対する恐怖のなさが、シーヌは少し怖かった。その恐怖を知ることができぬまま、きっと今日まで生きてきたのだろう。
シーヌは命の価値を知っていて、そのうえで軽く見ている。しかしティキは、命の価値を知らずに命を奪っている。
(まあ、いいか)
彼女は彼女自身とシーヌの命は軽く見ないだろうから、悩む必要もないか、と結論付けることにした。いちいち一つ一つに悩んでいると、ティキに教えないといけないことが増えすぎるからだ。
「始めようか。」
ティキにギリギリ聞こえるような声で言う。反応して振り返ったころには、フェトルネコはその首をめがけて口を開いていた。
「いきなり大好きだね、シーヌは!」
ティキは後ろに倒れこみネコの攻撃を掻い潜りつつ、想念を火に変えた。
途中で下位の竜に襲われたとき、この猫は尻尾の攻撃を受けても滑っているように、ティキは見えていた。その原理は彼女にはわからない。けれど、よく使う刃の攻撃は意味がないかもしれない、と感じた。
それと違って、ブレスには過剰に反応し、スイスイと躱していたし、掠ったときはそれだけで痛みで暴れまわっていた。
(シーヌの魔法である以上、作った演技の可能性もあるけれど)
そこまで鬼ではないだろう、とティキは判断する。だからこそ、今日見てきた中で一番効果があった火を使うことに決めた。
火を、線のように描き上げる。想像するのは竜のブレス。でもそれだったら火が拡散するから、拡散しないようにまとめ上げて、きれいな一本の線を想像する。
「当たった!」
空中で身を捩るのが難しいのは知っていた。このネコはあまり宙を跳ねないのは、逃げ道を失うのを恐れているからだ、と今彼女は気付いた。
このネコは近づいて急所に一撃、以外の攻撃方法では生き残りができないものだ。
「このネコは、アレイティア公爵家が暗殺に特化したネコを作るために作り替えたネコだ。」
シーヌは語る。ティキが生きてきた場所の泥臭さも、少しは伝えられたらいいという思惑でこのネコは想像した。
「魔法に弱く、物理に強い。毛が纏ったかなりの量の油がぶつかる筈だった物質を滑らせて、攻撃をそらさせるんだ。」
さっきティキが刃を作らなかったのは正解だと言う。よほどの勢いで飛ばさない限り、必ず滑ってダメージにならない。
「でも、油が多いということは燃えやすい。火を少し当ててやれば、確実に燃え尽きる。」
今はさらに開発が進んでいるらしくて、もう野生に放たれてしまったらしいんだけどね、このネコ。そう言ったシーヌの顔は、世の歪さを嫌悪するかのように、少しだけ歪んでいた。
肉を食べて、馬車の後ろに切った肉を干して。
翌日には、馬車は発車した。目指す先は、『竜の湖』の対岸。その先を進めば、ルックワーツの街まですぐだ。
ティキの乗馬訓練と、竜の血の換金。それを終えたら、ようやく二人目にたどり着ける。
復讐に彩られた道を行く魔法師は、運命の糸に引っ張られながら、危険な希望に喜びを抱いて進んでいった
読んでくださりありがとうございます
次は金曜日投稿です。そろそろ話が動いてくれそうです。




