傭兵の依頼
今なら殺れる。そう、なぜか確信していた。
「そうか。つまり、今ティキを奪った男は力を失っている、ということだな?」
「はい。そうでしょう。」
心の中に煮えたぎる、憎悪とも憤怒ともつかない感情を押し込めつつ、俺は雇用主に告げる。
「そうか。では、計画を実行に移す時だな。」
「こうなると予想していらしたのですか?」
ならば俺の“奇跡”はなんだったのか。そんな言葉は、口に出さずとも目の前の雇用主には伝わっている。これでもこいつは秀才だ。この家ではどこまで行っても出来損ないにしかなれずとも、人の心を読む程度は造作もなくやってのける。
「君の“奇跡”の名を聞いた時点で確信していた。どこの馬の骨とも知れない盗賊は、必ず復讐を終えて自分を失う、と。」
俺の“奇跡”の名称を聞いて、と言ったか。最初から、俺がここに『契約失敗』の報告をした日から知っていたというか。
わずかに怒りを覚え……しかし、彼を守る男を見て、その怒りを霧散させる。力に、戦いに自信がある俺ですら、“単国の猛虎”に勝てる自信まではない。いや、瞬殺されない未来が見えない。
「君の“復讐”。“仇の力を弱めてしまえ”を最速でクリアする方法は、簡単だ。仇討ちを終わらせてしまえば、奴は何もせずとも力を失う。」
一番ネックだった“夢幻の死神”は、だからこそ君にけしかけさせたのだから。そういう男は、いかにも悪魔じみたことを言う。
「ゆえに。君の“奇跡”は確かに効果を発揮した。君の“奇跡”は、何一つ無駄ではなかったさ。」
そう言われて安心する。たまたま得た力と言えども、意味がないと言われてしまえば愉快ではない。意味があるにこしたことはないのだ。
「だが、ドラッド=ファーベ。君はシーヌとやらに、まだ手を出すな。」
「まだ、ですか?」
「あぁ。君を殺した少年を殺し、復讐したい気持ちはよくわかる。だが、人形のようになった彼を殺したいかね?」
そう言われて、黙る。奴を今すぐに八つ裂きにしたい気持ちは、ある。だが、俺が殺したいのは、俺を殺したシーヌ=アニャーラだ。
確かに、あの顔が死ぬ間際の苦しそうな顔を見れないのは、気分が悪い。
「確かに、嫌ですね。」
「ゆえに、君に、シーヌ君が自分を取り戻し、かつ君と戦える舞台を用意しようではないか。」
「本当ですか!!」
「あぁ。どうも世界の真実を知りそうな不穏分子も増えている。ついでに、セーゲルという町も滅ぼしておきたかったのだ。“自在の魔女”の痕跡は消しておきたくてね。」
古い名前が出てきたなと、それしか感じられなかった。まるで世界が彼女を後押しするかのように、自由自在に魔法を操る魔女。セーゲルで“救地の聖女”という名で一瞬だけ活動していた。
あの痕跡を消したいのか。つまり、この家は彼女を拘束し、監禁したのか。まさか。
「ティキ=アツーアは……。」
「私と“自在の魔女”の子だ。どうしても彼女が必要でね。」
そして、今度はティキ=アツーアを必要としている。
「冒険者組合に所属している以上、彼女に手を出すのは不味いのではないかと思うのですが。」
「ドラッド=ファーベ。いや、今は“略奪の傭兵”アヅール=イレイだったか。これ以上聞くなら、死を覚悟してもらおうか。」
この男の言葉に、“単国の猛虎”が反応する。
それをもって、気付いた。これまでアレイティア公爵家が、なんだかんだと権勢を維持し、冒険者組合ほどではないといえ、世界情勢に大きな影響を与え続けてこられた理由。
最初から、冒険者組合とアレイティア公爵家は、グルだ。おそらく、推測の域は出ないもの……。
「『これ以上、考えたらダメだよ。』」
かつて聞いたことのあるような、耳にするりと入り込んでくる声が聞こえた。それを聞き留め、私は考えることを辞める。
「出来るな?」
「承知いたしました。」
そうして私は、彼の命令に従うべく動き出した。
最初に目指したのは、セーゲルではない。アレクシャール双王国……かつての息子たちの国だった。
国の力が必要なのではない。シーヌが意識を取り戻したあと、シーヌの道を阻むものが必要なのだ。あるいは、助力を阻むことが出来る国が。
「父上、おはようございます。」
今では立派に国王になった息子を『国に縛られるとは情けない』と思いながらも、それを口には出さずに勧められた席に座る。国王にこうまで偉そうな態度を取れるのは、アレイティア公爵家の威光あってのことだ。俺は二人の父としてではなく、アレイティアの使者としてここに赴いている。
「お前らが大恩ある女の夫が、お前の元を訪れる。」
将来の話。だが、二人はそれを、馬鹿なという様に鼻で笑った。
「シーヌ=ヒンメル=ブラウ殿はその目的を果たし、全ての力を失いました。必要ないでしょう。」
「いいや、奴は戻るさ……もとに戻す。」
シーヌの意識が戻ってくる。そう言われて、ブラスはとても訝しげな顔をする。とはいえ。その事実は俺の中で確固たる事実だ。
俺がやらなくても、俺が失敗したとしても。アレイティア公爵がやるといったらやる。なるといったらなる。
アレイティア公爵家。あれは、世界の中でもたった五つしかない、『白いものでも黒と言えば黒になる』家柄だ。
「お前らの役割は、ケルシュトイル、ミスラネイア、ワルテリーの三国を牽制すること。それがアレイティア公爵からの命令だ。」
命令。そう言われれば、アレクシャール双王国が反対することは出来ない。たとえ他国の公爵家とは言え、アレイティアが誇る権勢は、周辺三大国とは比較にならない。
「……わかりました。」
とはいえここに命令を出すのは……『シーヌ=ヒンメル=ブラウ』と、特別親交がないから、という一点に限っているのだが。
国を動かす王とはいえど、情と無縁ではいられない。止めるように命じたケルシュトイル以下の三国は、ブラウ夫妻を手助けする理由、ティキを助け出そうと動くに足る、情がある。
「では、任せたぞ。」
そう言って、駆けだす。私は公爵に命じられえたことをこなすのみ。彼の周辺で、いつ、ッ誰がいるのか。ひと月かけて念入りに調べることにしよう、と。
私は、セーゲルへと侵入した。
『復讐鬼の恋物語』、これから語り手視点の話が増えます。これまで第三者視点で書いてたのはまぁメタ的には普通に趣味なんですが、物語的にも理由を持ってます。
これまでの話は『あの日から時が止まった主人公』が『今自身の身に起きている』事を『どこまでも他人事にしか見られない(語れない)』から起きていたことであり……なんだかんだいって、主人公の中の時は動いています。
なので、これからは主人公に限らず……『今、生きている』人たちの視点です。
つまり……これまで書いてきたシーヌは『今、生きていない』人の話だったわけですね!




