主人公の恋物語
目が覚める。隣で眠っている夫は、とっくに目が覚めていたようで、でも自分で動こうとする気配がない。
「シーヌ、朝ごはん、食べよ?」
肩を揺すって言葉をかける。シーヌは光を宿していない目で起き上がると、ティキが扉を開けたのに続いて部屋から出る。
アテスロイで復讐を終えて、シーヌはケルシュトイル公国公都へと帰ってきた。ミラに介護され、一月と少しの間ずっとシーヌを待っていた私は、シーヌのその物言わぬ瞳に、終わったのだと理解した。
「知っていたから覚悟はあったけど、ちょっと、しんどいな。」
それから、一ヵ月かけて。私は馬車に揺られてセーゲルに身を寄せた。既に妊娠して多分17週目くらい、もう安定期には入っているはずである。多少馬車に揺られたくらいでは流産はするまい、と思っていたし、実際、しなかった。
“永久の魔女”が言った通り、シーヌは生きる意味を失って、自我が消えた。それでも最低限の生活が出来ている、今この瞬間に生きているのは、シーヌが私と結婚し、幸福を夢想することが出来たから、らしい。何かきっかけがあればシーヌの心が生き返るのかな、と思う。
「子供が生まれたら、元に戻ってくれるよね。」
今はそれを夢見るしかない。私はそうはっきりと理解している。
「さ、シーヌ。今日は何を食べようか?」
それでも、愛する夫が、どれだけ声をかけても返事をくれない。それは、とっても、心苦しいことで。
こういう時にシーヌをケアする友人は、ケルシュトイルでミラと結婚を認めさせるべく奔走している。終われば一度、シーヌに会いに来ると言っていた。
シーヌを見守れと言われたらしい魔剣士は、アリスと共にシーヌと私の護衛についている。時が来るまで、じっとしているしかないのだろう。
でも、まだ、大丈夫。アフィータさんやカレスさんが、セーゲル聖人会のみんなが、私たちに助けられた恩義を返そうと、私たちを気遣ってくれている。
だから、まだ。
シーヌ、早く、起きてよ。




