救道の勇者
振り切られた斧は宙を斬る。
騎士の目には憎悪、その口から吐き出される呼気は荒く、釣られるようにか戦い方すら荒々しい。
「“救道の勇者”ではない、“殺戮将軍“だ、か。」
その通りだと、斧を弾きながらシーヌは思う。だが。それでは、ダメなのだと、うっすらと気付いていた。
アデクとエルを、己の姉を殺したウォルニア=アデス=シャルラッハは、“殺戮将軍”ではない。“救道の勇者”だ。
出来たら戻ってくれるとありがたい、そう思いながら、剣を振りぬく。
足運びで、回避された。連撃を叩き込むように蹴りを放ち、回避された道の先に魔法の剣を置く。
「しゃらくさい!」
斧で弾き飛ばされる。手がウォルニアの首元に迫り、しかし腕を掴まれそうになって慌てて避ける。
接近戦では、圧倒的に不利。シーヌの築き上げた経験と、ウォルニアの築いた経験では絶対的に差があった。
バックステップで後ろに下がる。瞬間、全力で近づかれる。
「くっ。」
前転し、剣の下を潜り抜けて振り返る。ウォルニアは、シーヌを遠間に離しはしない。彼自身の手練手管をもって、シーヌを何としても近場に縫い留めようと戦っている。
離れようと足掻くシーヌと、離すまいと迫るウォルニア。
「なんで理性も少ないはずなのに!」
シーヌは、疑問に思った。ウォルニア=アデス=シャルラッハという人物は、その騎士道、英雄を志した信念で強くなった人間だ。当然、その信念が折れている限り強くはない。
代替するような強い信念を、強い“軌跡”を持っているなら、元の実力相応の力を得ていてもおかしくはない。だが、昨日ウォルニアと話した限り、ウォルニアが何か強い希望や生きる意味を見出した感覚はなかった。むしろ、諦念の方が強かったはずだ。
理性なき刃がその身に迫る。“復讐”の“奇跡”がその軌道を完全に読んでいたがゆえに、シーヌは回避は間に合っている。
「空気が、重い……!」
自分の“幻想展開・地獄”ほどの重さはない。そもそもあれはシーヌ自身が感じる日常を具現化しただけだ、シーヌに重くなる要素はない。
重い、ということは即ち、重くなるような要因がそばにあるということ。チラリ、とシーヌは傍観者たちの方を見る。
「ウォリー……。」
「あなた。……どうして。」
辛気臭い。しかし、ウォルニアを見守るマリーも、フェニも、あるいはデリアたちでさえも、シーヌへ負の感情を向けることはない。
負の感情を、憎悪や嫌悪を向けられてるのなら、この重さは納得できただろう。絡みつくような視線、足を引っ張るようなねっとりとした負の感情が、シーヌの動きを阻害する。
「“奇跡”が、うまく発動……いや、発動しているのに、それを上回る感情で攻撃されている……?」
極論の話。魔法とは、感情そのものだ。意志、想像力。信念、軌跡。それらは綺麗に彩った言葉であって、極論、シーヌのように“復讐”の念が強ければそれに見合った力が得られるのが魔法だ。
シーヌの“奇跡”を、“復讐”を阻害するほどの昏い情念。それは、この場にいる誰かから向けられたものではなく、しかし、シーヌがこの先殺す誰かはフェニだけで。
「誰だ!」
過干渉されている。だがそれは、シーヌには察知できないのか、そう感じて。
「よくもやってくれたな、ユミルゥゥゥゥ!!!」
ちょっと、意識をウォルニアから離した隙だった。重い、重い一撃が頭上から振り下ろされ。
「“転移”!!」
“有用複製”によって体が跳ぶ。“無傷”でも良かったが、あれは攻撃を喰らって傷がつかない概念だ。つまり、斧をその身で受けねばならない。
“転移”はシーヌの能力ではない。戦闘中に、瞬時に使うのならば、一度“有用複製”を介する必要がある。というより、シーヌが無意識に使える力は、シーヌの元から自力で得た“三念”、あるいは“奇跡”であるためだ。
だが、そんな思考を得る中で、気が付いた。
「あれ、ウォルニア自身の力じゃないのか。」
技術は元から持っているものだろう。戦闘勘は得てきた何かの総数だろう。
だが、人間離れした剛力と、シーヌの持つ“奇跡”による確殺ルートの減少は違う。シーヌのそれは未来をなぞるための線だ。“三念”なら決死の抵抗は出来るし、“奇跡”なら単純な想いの差、信念の差が勝敗を分ける。
シーヌはこれまで、その信念の根幹を揺らがせるという手段を取ってきた。“黒鉄の天使”、“忠誠”、“我、国賊を討つ守護者”に対しては『国賊』のレッテルを与えた。“夢幻の死神”、“享楽”“世界最高の殺人鬼”は、シーヌと戦う以前に、既に“永久の魔女”によって傷を負っていた。
当初予定されていた、“奇跡”能力者は、この目の前にいる英雄を含めて三人。だが。ウォルニアはもう、“奇跡”を使えないはずだ。
ならば、答えは一つ。
聞いたことはないが、“奇跡”に匹敵する何かを、外から補強されていて。その答えはきっと、今さっきウォルニアが叫んだ、『ユミル』という言葉にある。
「お前……はぁ!!」
届かせなければならないのは、刃ではない。ようやく、シーヌはそれに気づいた。
きっとそれは、ウォルニアが、妻や友へ言葉を送らなかった意味にもつながる。きっとこいつは、最初から。
「自分を取り戻せ、“救道の勇者”ウォルニア=アデス=シャルラッハ!!」
仕込み杖の刃を抜いて鍔迫り合いに持ち込む。その上で、至近距離で叫んだ。
「貴様は“救道の勇者”だろう!貴様は、何のために、俺に殺されようとしている!!」
何のために。ウォルニアは何のために今日この日まで生き延びたのか。何のために、今日この日、今この瞬間に戦っているのか。
「クロウの、亡霊……シーヌ=ヒンメル=ブラウという、少年を、助けるため、だ……。」
そう。最初から、そうだった。
シーヌが己を救うために復讐するのと同様に。ウォルニアは、シーヌを救うために復讐されようとしていたのであり。
「『ふざけるな、ウォルニア!殺せ、殺せ、その男を、その強者を殺せ!』」
死んだはずの、“洗脳の聖女”ユミル=ファリナの声が、聞こえた。
「ユミル=ファリナ。死者がなぜ。」
「人の意志が魔法の威力に影響するなら、人の遺志も魔法の形として残るだろう……。」
ウォルニアの、呟き。それは、彼がシーヌを相対していながら“救道の勇者”であることを意味している。
シーヌがサッと杖を構える。対してウォルニアも、剣を構えた。
「ユミル。お前の想いは間違いではないのだろう。」
シーヌもそう言った。享楽による殺人も、目的ある虐殺も。そこに善悪はない。正誤もない。ただ、そういう人生があっただけ。
「だが。私は私の信念のもとで剣を執る。貴様の望み通りにシーヌを殺して、未来ある少年の命を散らす真似は、もう二度と、せん!」
ウォルニアがシーヌに向けて一歩、踏み込んだ。剣にまとわりつく、黒い靄がシーヌにも見え……しかしそれは、シーヌが何かをするまでもなく、霧散して消えていく。
「私は“救道の勇者”ウォルニア=アデス=シャルラッハ!かつての贖罪と、子どものために、剣を執る騎士の名だ!」
ザン。シーヌの目の前で素振られたそれは、ウォルニアから大きく迷いを断ったらしく。
シーヌは、男と見つめ合う。かつて英雄を目指し、巻き込まれてその道を閉ざされた騎士と。かつて多くの約束に未来を夢想し、その全てを喪った少年は。
「僕を救う前に、救うべき人がいるだろう、“救道の勇者”?」
「ああ、そうだな。私が愚かだったことは、認めよう。」
そう言って、ウォルニアは剣を地面に突き立てた。
「フェニ。」
「なんだ、ウォリー?」
「先に逝く、待っていろ。」
「いや、お断りだね。“覇道参謀”なんて言われちゃいるが、俺はお前のおこぼれだ。俺の方が後に死んじゃ、いつまでたっても俺はお前に導かれるままで動かなきゃなんねぇだろうが。」
フェニはそう言って、己の首に刃を当てる。
「先に逝く。後から来いよ、ウォリー。俺は、友人が死ぬのを見たくはねぇんだ。」
友人。そう言われて、ウォルニアの目から涙がこぼれる。
「アリス。お前は兄貴の子だ。兄貴が死んだからまぁ、俺が預かったが……子育てはわからなかった。」
放置して済まなかったな、と、“覇道参謀”フェニ=ウルクスはそう言って。
「幸せになれよ、アリス。デリア、姪をよろしく。」
一瞬で、首を掻っ切った。
アリスが泣きながらフェニに駆け寄る。大した交流もなかった。互いに、交流の仕方がわからなかった。
それでも二人は、親子だったということか、とシーヌは思い。
「別れ、か。」
言えなかったことを、言わせてもらえなかったことを、恨んだ。
「マリー。」
目を見て話したフェニと違い、ウォルニアは妻の目は見なかった。見れば、妻の涙を見るとわかっていた。
ウォルニアにとって、妻は、強い女性だ。涙など見せない、帝国王女に恥じない、強い女性だ。
「愛している。」
「……私も、愛しております。」
別れは。この十年間言えなかった、その一言で、十分だった。
「シーヌ君。……私は“救道の勇者”ウォルニア=アデス=シャルラッハ。君を、救わせてくれ。」
「……あぁ。そうだね。」
仕込み杖から、鞘を外した。きっと、こんな死に方をするべき人じゃないのだろう。それでも、シーヌは、彼を
「僕を、救ってくれ。」
斬った。一瞬で、痛みも与えずに。
それが、“救道の勇者”の、最期だった。
おそらくわかったと思いますが、そういうことです。
ユミルが出てこれるのなら、彼女も出てこれますよね。でも、世界はたった一人の怨霊が長く世界に影響を及ぼすことを許しません。……あれ?確か『大火事と鎮火の奇跡』ってありませんでした?
と、まあ、多分ここまで話せば世界の真実は読み解けると思います。あとは最期に彼らの話を纏めれば万事解決です。
次話で『復讐鬼の恋物語』第二部『復讐鬼』は終わり、その次から第三部『恋物語』が始まります。出来れば最後までお付き合いください。




