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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
殺戮将軍
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殺戮将軍

 納得は出来ない。それが、デリアの出せた、精一杯の結論だった。


 父が、救済としての死を求めていることを理解した。それが果たされなかったとして、父に待つのは、希望を見出すことも、あるいは見える度に自らの手で閉ざしていくような、そんな救いのない生であることも、理解できてしまった。


 シーヌの復讐への執念を、理解した。それが果たされなかったとき、シーヌに待つのは、己が生きている理由も、生き続けている理由も感じられない、傀儡のような悪夢であることを理解した。


 シーヌの復讐を止めることは出来ない。

 父の死を止めることは出来ない。

 むしろ、父の真の幸せを望むのならば、そこで待つ悪夢を断ってやるのが慈悲なのだということすら、デリアは感じられてしまった。


「それでも、納得したくは、ない。」

それがデリアに呟ける精一杯で。

「それでいい。……邪魔さえ、しなければ。」

それが、シーヌに呟ける精一杯だった。

「わかって、いや、わかった。」

理解したくないものを理解させられてなお、デリアは父に生きてほしいという願いを捨てられない。


 それでもデリアは、もう、大人だった。




 デリアとウォルニアは、机の前で睨み合っていた。

 睨み合っていたと形容するのが正しいほど、雰囲気が重かった。


 マリーとアリス、そしてシーヌはそれぞれの部屋へと戻っている。明日が、大一番だと。最期だとわかっているから、それぞれやることがあった。

「お前が私を助けようと足掻いていたのは、知っている。それほど私を愛してくれる息子がいて、私は幸せ者なのだと思うよ。」

「……本当にそう思っているなら、生きてよ。」

「それは出来ない。……時間が解決するようなものではないのだ。」

デリアには、父の思いの丈はわからない。ここで否定するのは簡単だが、否定したところで、この先に起きることが変わるわけでもない。


 だから、沈黙するしかない。息子の望みは、ただ父を生かすことだけで。それが叶わない……価値のないことだと知った以上、彼に送る言葉はない。

「私からの願いが、一つ、ある。」

「何?」

だから、父からの申し出に、食いつく様に反応した。

「シーヌ君のことだ。」

自分でも、アリスでも、マリーのことでもない。そのことに落胆を隠しきれず父を見ると、父はわかりにくい微笑を浮かべていた。


「お前も、アリスも、自分のことは自分で出来る、だろう?マリーのことは心配するな、あれでも王族。帝国に保護されるさ。」

心配する必要のないものは心配しない。父はそういう性格をしていて、自分達は心配する必要がないと判断されている。


 息子として誇りに思う。同時に、自分より強く、何より今後のしっかりした生き方すら持つシーヌを心配する理由がわからない。

「彼は、私を討てば、自分を見失うだろう。」父が発した言葉が……なぜそうなるかが、わからない。


「“奇跡”というのは、己が芯を確固として築いた者が得る概念だ。私も“結実”、“我、名もなき民を救う者”を得て、それと反する行いをしたから、わかる。“奇跡”は、それを得た時点で、その“奇跡”に縛られるのだ。」

奇跡を得るということは、奇跡と反しないほどの人生を得たということ。その根底は、つまり、自分自身の基軸を持っているということ。


「シーヌが全ての復讐を果たす。それは、彼が自ら、“奇跡”を手放すということだ。終わりある目標は、達成したあと、その先同じ目標を維持することを許さない。」

シーヌは、復讐を果たしたあと、復讐の目標を維持出来ずに……しかし、“奇跡”にして“軌跡”、人生そのものを“復讐”と定めたシーヌに、この先はない。

「なら、何を見守るんだ!」

「彼は、一年以内に、意識は戻る。」

ウォルニアは断言する。その自信、そして言葉に宿る力強さに、デリアは目を見開く。


「クロウが本当に“奇跡”の研究を行い、危険だからと滅ぼされたのであれば、シーヌ君に『奇跡』が起きている可能性が高い。」

シーヌが奇跡を起こしている、ではない。シーヌに奇跡が起きている、である。

「『魔法とは、理屈では説明出来ない奇跡のことである』。今では否定されているが、私は真実だと思っている。そして……それは、逆にたいしても言えることではないだろうか?」

ウォルニアの言葉に、デリアは首を傾げる。逆、といえばつまり、


「『奇跡とは、理屈で説明出来ない魔法のことだ』、か?」

頷く。ウォルニアが言うことが事実なのであれば、つまりは。

「“奇跡”という魔法概念ではない“奇跡”がある、ということ?」

「そうだ。そもそもとしてではあるが、“奇跡”は起こすものではない。起きるものだ。」

努力すれば起きてしまう“奇跡”は“奇跡”と呼ばない。奇跡は、起こらないから奇跡という。

「だが。正体不明の“奇跡”ゆえにシーヌ君は意識が戻るだろうが、彼自身の“軌跡”ゆえに、彼は必ず自我を喪失する。」

変わらぬ未来が、二つ。それを示した上で、ウォルニアは言った。


「シーヌ君が再び起き上がるときまで、シーヌ君を守れ。私が死んだ後、私を殺した者の歩みを見届け……」

幸せにならない道を自ら選びとるようなら、殺せ。ウォルニアはそう言い放つ。


 たとえ勇者から堕ちた身と言えど。

 自らが絶望に叩き込んだ少年が、道を違えぬように準備する。

 それが、ウォルニアの果たすべき、騎士道の最期だった。




「別れは、済ませたのか?」

「皆わかってくれるさ。」

翌朝。正午に近づこうという頃になって、シーヌはウォルニアの家を再び訪れ、聞いた。


 対して、ウォルニアは実にそっけない……孤高を絵にしたような答えを返した。

 その返答に、シーヌは怒りを覚えた。その言葉は、シーヌをバカにしているようなものである。

「一日も、与えた。別れを告げる時間、言えなかった言葉を言う時間。一日も、与えたんだ。」

じっと、見る。シーヌの殺気は既に看過できないほどにまで高まり、その全てをウォルニアは一身で受け止め

「別れを告げられる時間がある。別れを告げる人がいる。……『言わずともわかる』、そうかもしれない。だがな、それは、置いていかれた人を、どこまでも放置するだけの悪事だ!」

ビネルとシャルロットに、シーヌと別れを告げる暇はなかった。彼らの親の言葉は、子どもの心に響かなかった。

「殺す僕が言えたことじゃないけどな……残される者の気持ちを、考えろ。」


頭で納得できても、心で納得できないことはある。復讐が間違いだということも、十中八九、故人たちが復讐を望んでいないことを理解していても、それでもシーヌは己のために復讐を果たさなければならない。


 同様に。どれだけ、ウォルニアが死を望み、それを止められないと理解していて。その想いの最大の理解者であったとしても。

 デリアがそうしたように、死んでほしくないと思うものは、いるのだから。


 シーヌが失った者、それから学んだもの……これから殺すウォルニアのために言っていることを、ウォルニアは見ないようにしてきた。

 生きる価値はない、死ななければならない。そんな望みを理解し、時が来るまで生きるだけの生活を支えた友と、妻。彼らの気持ちを、あえてウォルニアは見ないように努めてきた。


 見ても、決心が鈍ることはない。見ても、彼らが傷ついているという事実を見るだけだ。

 見ても、何かが変わることはない。ただ、自分が友と妻を『救えない』という事実を見るだけだ。

「何も、言わぬ……私はもう、“救道の勇者”ではない!“殺戮将軍”ウォルニア=アデス=シャルラッハだ!!」

剣を抜く。瞬時に、剣が血濡れの斧へと変貌する。


 殺戮者にはこの武器が似合いとばかりに、在り方そのものが変貌したのがわかる。


 信念を失った男には、似合いの末路だった。


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