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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
殺戮将軍
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喪ったモノ

 話し終えたウォルニアは、シーヌを見て、言った。

「待っていた。シーヌ。君のライバルを殺した私を、君が殺しに来る瞬間を。」

「あの日から、ずっと、待っていた。」

もう、彼は英雄に戻ることは出来ない。戦闘になればあの日の出来事を思いだし、狂気に駆られて暴れてしまう。剣は斧へ。正義は悪逆へ。勇者は、狂戦士へ。

「私はきっと、君を理解できる。全てを喪った喪失感を、今味わっている苦しみを……復讐しなければならない、その覚悟を。」


 ウォルニアの瞳には、確かにシーヌへの理解と、同情があった。同時に、大きな願望も。

「どうして!俺には何もわからない!今の話がどうしてシーヌの肯定に繋がるのかも、復讐を受け入れる理由になるのかも!俺には、全く、わからない!!」

デリアが叫ぶ。シーヌとウォルニアはどうしてわからないのかわからないという様にデリアを見、デリアとアリスはどうしてそこで理解できるかわからないという様に二人を見る。

「デリア。シーヌ君にとって、クロウは人生の全てだったのですよ。」

橋をかけるように、マリーが言った。マリーだけが、平凡な、幸せなデリアとアリスに、この二人の絶望を説明できる。


 クロウから帰ってきたウォルニアの姿を見た。あの日以降見続けている凄惨と呼べる夫の虚無を、十年にわたって見つめ続けたマリーは。

 夫を理解できるし、そして幸せなデリアを理解できる。

 すれ違い続けた夫と息子を、彼女だけが、理解できている。

「あなたは昔、大事な剣が壊れたことがあったでしょう?愛用していて、大事に手入れしていて、それでも壊れた。」

使いすぎて、手入れしても摩耗までは防げなかった剣の記憶が蘇る。あの時は号泣したし、本当に悲しいと思った。

「剣が壊れたら替えが利くの。でも、シーヌくんが失った家族や友人は、決して替えが利かない。」

それが、もしも替えが利くものだったら。人間は根本的に、相も友情も、あるいは感情すら、必要ないのだから。


「シーヌ君が、家族を殺された事実は消えない。シーヌ君が友人を失った事実は消えない。……シーヌ君が、それまで生きた全てを喪った事実は、消えない。」

「でも、失っても、前に進むことは出来るだろう!幸せに生きろ、それが、シーヌの友達の遺言だったんだろう!」

「一人の友人の、ね。他の友人は、家族はどう思っているかわからない。それだけではないわ。シーヌ君は、一人だけ生き延びているんだから。」

失っても、前に進むことは出来る。その言葉を聞いて、シーヌは怒りを覚えた。


 何度も、『復讐を辞めるべきではないか』と考えた。『してはいけない』と思った。

 でも。シーヌはもう、止まれない。

「一人だけでも、生き延びることが出来たんだろう!!」

デリアが叫ぶ。それが、生きている事実が素晴らしいものだと、何も疑うことのない叫び。

「たった一人だけ!生き延びてしまったんだ!!」

その言葉にシーヌは叫び返す。言ってしまえば、それだけの話。


 友が死んだ。アデクが、ビネルが、シャルロットが、死んだ。

 家族が死んだ。ギュレイが、マルスが、ジェームズが、マルディナが、エルが、死んだ。

 そう。彼らが死んで、彼らが死ぬところを見届けておきながら。

「僕はたった一人、こうしてのうのうと生き延びてしまっている。その“苦痛”が、その“罪悪感”が、貴様にわかるか?」

「わかるかよ!俺に分かるのは、死んだ奴がお前の幸せを望んでいることと!せっかく与えられた生を、復讐なんてくだらないことに使っている事実だけだ!!」

デリアの叫びに、シーヌは。『わからない』という事実を前に、起こすべき行動を決める。

「なら、味わえ。これが、僕が今感じ続けている、罪悪感と、苦痛と、悲しみと。あの日から消えない人生だ。」


 デリアの体を、黒い膜が覆う。止めようと動きかけたアリスを、マリーが止める。

 デリアは、すっぽりと暗い膜の中に覆われた。




 声が聞こえない。鎖に雁字搦めにされたように、何も心が動けない。

 ただ、彼の心には、もっと救えたかもしれないという感覚が、こびりついて離れない。

「う、あ。」

声を出すので精いっぱいだと、思う。目を開ける。自分の方を、心配そうな表情で見つめるアリスの顔。自分の方を向いているはずなのに、なぜか他人事のようにしか思えない感覚。


 罪悪感が胸に来る。心配そうな彼女に、大丈夫だと声をかけようとする。でも、大丈夫ではないことが、よくわかる。

 なんだろう、幸せを思い出そうとすれば、シーヌの過去へ突き当たる。シャルロットとの、果たせなかった約束。……果たせたかもしれない約束。

 ビネルと、アデクと。果たせなかった約束が、それをした光景がリピートされる。俺はシーヌの心の、さらに奥に沈んでいく。これが毎日、心の奥で見続けさせられている光景だと思うと、辛い。


 上を向いて、気付いた。キラキラした感情がある。それは、ティキへの愛情だ。チェガへの友情だ。アスハへの感謝だ。……だが、それは沸き起こるたびに、何か昏い感傷に飲み込まれ、染められている。鎖の中で空を見つめて、その昏いものを読み取ろうとする。


 失った。喪った。

 これまで過ごした時間が失われた。これから過ごすはずだった、幸せな時間が失われた。

 友の未来は、永遠にない。恋した相手に想いを伝える機会も、もしかしたらあったかもしれない、彼女との恋物語も。ライバルと切磋琢磨することも、友と助け合うことも。

 そんな来るはずだった未来はもうない。


 自分だけ、生き延びた。

 自分は、友との失われた時間を、他の人と紡いでもいいのだろうかと自問する。そうするべきだと答えが返る。

 疑問に、思った。

 未来へ歩むことを、自分はどうして是としているのか。それは、友の望みだからと答えが返る。


「では、なぜ、復讐をする?」

その問いに、明確に答えは出ていた。

「僕一人だけが、生き残った。」

自分の口から答えが出る。体験することで理解できた感情が、全く躊躇されることなく言葉として紡がれていく。

「彼らの望みは、未来へ歩むことだ。未来を、僕が望み、幸せになっていくことだ。」

でも、と思う。自分はずっと、問うている。その答えが、出てこない。

「僕一人だけが、生き残ってしまった。なぜだ?どうして僕だけなんだ?シャルも、ビネルも、アデクも。もしかしたら他の誰をかもが、生き残れたはずなのに。なぜ、僕一人だけなんだ?」

わからない。ただ。


 他の人たちが殺されたことに、強い憎悪がない。“憎悪”と“苦痛”、二つの“三念”は、実質、“苦痛”以外に実感はない。

「殺されたことに、文句は言わない。虐殺されたことは怒っているけれど、あの街の研究が何のためのものなのか、知っている。本当に消さないといけないのなら、遅かれ早かれみんな死んでいたことを、知っている。」

世界は、そんなに幸せではないことを、シーヌ=アニャーラは知っている。


 もしも、クロウで研究成果が焼却されていて、他の民間人たちが生き延びていたとして。

「十年以内にみんな死んでいた可能性が高いことを、僕は理解している。」

だから、虐殺自体に恨みはない。どちらかと言えば、ただ一人生き残った自分を、シーヌは恨んでいる。


「たった一人生き残った自分を許すまで、僕は幸せにはなれない。たった一人生き残ってしまった僕の時が動き出すまで、僕は歩き出すことが出来ない。」

背中が何かに突き当たった。それは、きっと、シーヌという人物の心の底。


 鎖が解ける。立ち上がる。

 そのシーヌの心の奥底で見えたものは。

「時計……?」

クロウの虐殺の日の日付のまま、秒針一つ動かない、シーヌの心の中の時間を示した、時計だった。




「それが、復讐に、どう繋がる?」

「わからなかったのか?」

加減された“苦痛”の奥底で時計を見たはずのデリアの問いに、シーヌは呆れもせずに問いかえした。だが、わからないものはわからないと、デリアは首を振って答える。

「ただ一人生き残った僕が求めたのは、僕が生き残ってしまった理由だった。……僕一人だけが生き残ってしまった、理由だ。」

他の誰も生き残れなかった。ただ、一人だけ生き延びた。それが、地獄でなくて何だというのか。


 でも、みんなは僕の幸せを望むだろう。それは、よく理解できていて……今の僕に、幸せになることは、出来なくて。

「幸せになるためには、僕は僕一人生き残ってしまったことに納得いかなければけない。復讐を果たして、僕は僕が、一人生き残ってしまったことに理由をつけなければいけない。」

そうでもしなければ、とても生きてはいられなかった。死なないために、幸せになるために、僕は生きる理由が必要で、それを僕は復讐に頼った。

「僕は、幸せに生きなければならない。せめて、生きていてよかったと思わなければならない。……あの止まった時計を動かすには、止めた原因を消さなければならない。」

何故、一人だけ生き残ってしまったのか。その自問自答に答えが出ない限り、せめて納得いかない限り、あの時計が動き出すことはない。


 幸せに生きる。僕は、友達の仇をとれば、幸せを感じられると思っていたけど。

「ティキと、結婚した。もしかしたら僕は、彼女と生きて幸せになれるかもしれない。」

あの日に囚われている今では、僕はどこまで行ってもそれを他人事にしか感じられないけれど。

「復讐を、果たす。一人生き残った僕が、一人だけで生き残ってしまった僕を、許すために。」

時は。お前の父を殺せば動くのだと、信じて疑わず。


「私もまた同様に。私の時計も、止まっている。」

ウォルニアが、言い添えた。

「シーヌ君が一人で生き残ってしまった後悔を清算しなければ前へ向けないように、私もあの日虐殺してしまった後悔を清算しなければ、死ぬに死ねない。……それ以上に。勇者として、英雄として生きようと努力してきた私は、あの虐殺をしてしまった時点で、死んだのだ。」


 人生の時間が止まってしまったシーヌと、人生の全てを殺したウォルニア。確かに為した家庭も行動も異なれど、根本的に、二人は同一であった……同一で、ありすぎていた。


ようやく、ここまでたどり着きました。いずれ改稿するかもですが、書きたいことは書けたと思います。

まだ続くので、ぜひお読みいただけたらと思っております。

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