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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
殺戮将軍
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騎士の虐殺

 それからは、比較的穏やかな日々を過ごした。マリーとの間にデリアという息子が生まれ、安定した生活のために領地を求めて。

 この近隣諸国の間の抑止力として、私の名声は大きく役に立っていた。バルルデンシアの国王に切った啖呵もよく効いている。戦争が起きれば、上位の竜を食った魔獣すらをも殺せる騎士が首を狙ってやってくる……脅威以外のなんだというのか。


 それだけではない。私はなぜか、民衆に親しまれる正義のヒーローとして、演劇にすらなっていた。

 子供たちに大変人気。騎士を夢見る子供や衛兵の多くは、私に憧れているという。とても嬉しく、くすぐったく……自分は英雄になれているのだと、実感していた。


 そんな中のことだった。冒険者組合から、命令書が届いたのは。

『軍の指揮官をウォルニア=アデスにし、他連合軍と協調して、クロウという町の研究成果を

焼却せよ』。それだけの内容。だが、世界中のどこを見回しても、冒険者組合の指示に逆らえる国は存在しない……我々エリトック帝国すらも含めて。

 国の動きは速かった。とはいえ、街一つを攻め落とすために連合国軍があるのだ。過剰戦力になりすぎないよう、数千の兵士に限定して、私たちは派遣された。


「どうして、冒険者組合が直々に手出ししないのです?」

一応家臣という形に落ち着いたフェニが言う。彼は戦う力はなくとも、その話術や頭の冴えで、私の課題をこれまでもこなしてくれていた。しかし、知識や知恵の問題は得意でも、世界に連綿と受け継がれてきた暗黙の了解までは彼も知らない。

「まず前提として、おそらくクロウという町?村?には、軍がある。」

それが、軍といえる規模のものなのか、それとも自警団の規模なのかは調べていない以上、わからない。


 だが、一つだけ確かな事実として。

「軍に対して、冒険者組合はどこまで行っても個に過ぎない。……強者が敵対者を、圧倒的な実力で、強引に蹂躙したとなれば、聞こえが悪い。」

自分の存在によって強引に成し遂げられている平和も、それは確かに質が悪いが、それとは別だ。

「冒険者組合は軍を持たない。なぜなら、所属する一人一人が、最低でも軍に匹敵するためだ。だが、それゆえに、絶対に必要でない限り、冒険者組合が世界の趨勢に直接関わるような業は起こせない。」

個人の怨恨。認めるほどの強者との決闘。その次元まで言い訳を昇華しなければ、個人で村を滅ぼすようなことは御法度に当たる。


 建前として。冒険者組合が『危険』と判断、滅ぼす必要が、あるいは世界の核心に触れる何かに触れさせまいと阻止しなければならない場合。

「強者が、敵に敬意を払い、名誉の戦死の機会を与える……そういう名目で、軍を持つ国々、その中でも特に『冒険者組合員に迫る実力を持つ』国々に協力を求める。そういうルールがある。」

何度か、それは行われ……王家の記録によれば、それは“赤竜殺しの英雄”以上に竜の因子に触れた研究を行った者、そして、魔法概念“奇跡”について研究・拡散しようとした者の二択に限られている。


 それがどういう意味か、については一時的に脇に置くことにして。

「軍に対しては、軍で相対せねばならない……それが、冒険者組合だ。」

そう締めくくった。




 クロウの街を包囲。対陣。

 たまに他国の人物と模擬戦を行ったり、喧嘩したりといった日々を過ごす。


 私の目的は、研究成果の焼却だ。むしろ、余計な被害を出したくないゆえに、私は迂闊に動けない。


 クロウと積極的に戦闘を行っているのは、シキノ傭兵団、ルックワーツの部隊、“夢幻の死神”、ブランティカ帝国軍。そして、聖人会の軍たちだ。

「動かないのですか?」

「……動けない。動けば、私は連合軍に牙を剥くだろう。」

確信としてそれがある。彼らは、蹂躙を楽しんでいる。それを止めようとすれば、私は直ちに裏切り者だ。

「まだ、見ていない。見ていないのだ。」

大人になった。子供じみた願いは残っているが、ここで連合軍を相手取るということは、冒険者組合の命令に逆らうということだ。


 私に、冒険者組合を相手取って勝てる力量は、ない。知っているから、私は、動けない。


「“清廉なる扇動者”が、指揮官の皆様を呼んでおります。ウォルニア様、フェニ様、来ていただけないでしょうか?」

異変は。シキノ傭兵団が、敵の軍を撃破してから、やってきた。




「初めまして、諸君!!私は聖人会所属、“清廉なる扇動者”ユミル=ファリナだ!」

芝居がかった話し方、注目を集めるような語り。

「フェニ、耳をふさげ!!」

小声でフェニに言う。それを聞いて、フェニは慌てたように、耳の周りに声が届かないように遮った。

 私も、必死に自分にしがみつく。あの女何するつもりだ、という想いが沸き上がる。


 ユミル=ファリナ。あれは、間違いない。五神大公の一人、バデルの末裔にして先祖帰り……竜の因子を遺伝子上に持ち、その特質が『洗脳話術』である女!

 何を企んでいるのかはわからない、が。指揮官を洗脳してまで為したい何かがあるのだと、私は察した。

「クロウの軍と、干戈を交えた!彼らは強すぎると、私は思う。」

否定はしない。冒険者組合が止めろといった研究は、おそらく“奇跡”を人工的に作り出す方法だ。しかも、聖人会が行っている、『価値観をコントロールすることで人生を決定づける』といった、なんちゃって“奇跡”ではない。


 おそらく。クロウは、本物の“奇跡”の作成に、成功しているか、王手にはなっているのだ。

「彼らが世に出ると、危険だ!私たち聖人会は、国のため、民のため、愛する者たちのために、奴らを排除するべきだと考え、決めた!」

「諸君らも、腕に覚えのある者がいるのではないか?奴らは民一人に至るまで、危険な実力を持つ化け物だ!人知を超えた者たちだ、君たちの身分を脅かす怪物だ!!」

「剣を取れ、槍を掲げろ!クロウの人間は、女子供の一人に至るまで、殺すべきだと私は思う!!」

“洗脳の聖女”ユミル=ファリナ。彼女は一人で。


 虐殺劇を起こすことを決意し、事実、実行した。




 洗脳にかかったふりをした。

 他の指揮官たちと同じように軍を率い、門が空くのを待機しながら。

「全軍に、命じる。」

振り返る。そして、高らかに声を上げた。

「連合軍は“洗脳の聖女”ユミル=ファリナの手に墜ちた!奴らはクロウの民を一人残らず始末するつもりだ!!」

止めなければ、止めなければ、止めなければ!!

「クロウに住む民に罪はない!彼らはただの被害者だ!!何としても、一人でも多く!!救え!!」

叫ぶ。叫ぶ。叫ぶ。


 だが、予想に反して、兵士たちは、門に突入してすぐに、虐殺を始めた。

「やっぱりね、君ならそうすると思っていたよ。」

兵士たちの頭蓋を叩いて、意識もろとも昏倒させる。千人近くの兵士にそれを施しているうちに街の随分奥に入り込んで。

 そこで、聖女は、言った。

「悪いね。君がこの洗脳に簡単にかかるとは思っていなかったからさ。兵士たちを一人一人洗脳したんだ。あぁ、大変だったなぁ。」

「ユミル……!」

街はもう燃えている。逃げまどう声、虐殺に喜ぶ男たちの声。

 そして、強い反撃に殺されていく、兵士たちの声。


「でも、悪いね。僕の目的は『強者のいない世界を作る』こと。絶対強者の資格を持つ、君も殺してしまいたいんだ。」

「させると思うか、ユミル?……いや、まずは一人でも多く救わないと。」

「そうだね。“救道の勇者”なら、そう考える。……後ろを向いてごらん?」

振り返る。……私はこの時、ユミルの策にかかっていることがわかっていなくて。

「後ろに、子どもたちがいるね。ここは、子どもたちが預けられる託児所さ。」

託児所。多くの幼少の、5歳以下と思しき子供たち。彼らを守るように前に出る、一人の若い女と、六歳以上の少年たち。


「殺せ、ウォルニア=アデス=シャルラッハ。勇者よ、あれは、人の敵だ。」

スッと、頭に何かが入り込む。そんなわけがない、という前に、体は動く。目の前にいた女性を、私は一刀両断した。


 しまった、という言葉が頭を過る。だが、意識と裏腹に体は、口は動かない。

 ユミルが演説したときのように、私は彼女の言葉を『洗脳』されまいと意識しなかった。ただ世間話をするように聞いてしまった。

 事前に、自軍の兵士たちを止めるべく動いていたことも。それが、彼女に洗脳された結果だと、傾聴してしまったことも、そう。


 極めつけには。私は彼女の『後ろを振り返れ』という命令に、素直に従ってしまっていた!

「きさ、」

言葉が出ない。ただ、なぜか、罪なき無辜の民を敵として殺そうと、体だけが動いている。

「シーヌの姉貴を、やったな。」

声が。怒りに満ちた声が、聞こえた。


 少年が怒気を込めて私を見る。私は、心に怒りと後悔を、脳にとめどなくあふれる殺意を込めて少年を見る。

「お前ら!戦いの時だ!!これまで必死に訓練した力を見せろ!」

少年が、叫ぶ。後ろに、隣に立つ、少年の友人たちに向けて、叫ぶ。

「俺たちは女を守らなきゃならねぇ!家族を、友人を、守らなきゃならねぇ!今戦えないなら、なんで強くなったかわからねぇだろう?」

輝いていた。少年は、この苦境にあって……“救道の勇者”を敵にして、輝いていた。


「エマ。他の子たちを集めて、動かすな。護る場所がわかっていないと、動きにくい。」

それは悪手だと思考で叫ぶ。6歳の子供にはわからないかもしれないが、四方八方に逃げられた方が、追いかけ殺す側としては厄介なのだ。


「ア、デク。」

私が殺したはずの女が、少年に向けて、話しかけた。最後の言葉くらいは聞くのが騎士の務めだ。元々持っていた常識が、彼女に手を出すのを止めて、

「シーヌの、友達でいてくれて、ありがとう。」

「もう話すな!!」

きっと声は聞こえていないのだろう。目も、多分、少年の姿しか見えてはいまい。

「お願い。私は、もう、生きれないから……。」

今この街では、同じようなことが起きていると、知っている。生きれないのは彼女だけではない。私も早く、虐殺を止めねば……


「お願い。シーヌと、エマを、守って。」

「……わかっている。シーヌは絶対大丈夫だと思うけど、エマは絶対に守る。シーヌとの、大事な相棒との、約束なんだ。」

女がこと切れる。その瞬間。6歳児とは思えない速度で、少年が突っ切ってきた。

「我が名はアデク!アデク=マルセイ!友との約束に、えっと……基づき!守るべきものを、守る!!」

「虐殺しろ、ウォルニア=アデス=シャルラッハ!」

その瞬間。ユミルの『洗脳』は、完了し。


 私は、私の意識のない虐殺人形に成り下がった。




 次に私が意識を取り戻したとき。託児所の少年少女たちは死んでいた。誰がやったかなどと、問うまでもない。

 私は。“救道の勇者”は。なんの罪もない、無辜の民、それも未来ある少年少女を虐殺したのだ。

「う、ああぁぁぁ!!」

喧騒は止んでいた。つまり、アデクという名の少年とその仲間は。おそらく虐殺が終わるまでの数時間、私をこの場にずっと押さえつけ続けていたのだ。

「お前が!お前が!……なぜ、泣いている?」

少年が、私の目を、見た。空色の髪の、強い少年。赤髪のアデク君とは対照的だと、微かに思う。

「シー、ヌ。」


虫の息だった。彼は、虫の息のまま。最初に死んだ女と同じように、少年に声をかける。

「お前は、生きろ。今は逃げて、逃げて。生きて、幸せに、なれ。」

虫の息の少年が、言う。

「俺は、死ぬ。見たところ。お前しか、生きていない。」

止められなかったのだ、と私は知った。いや、止められなかったのではない。私は、殺したのだ。

「生きろ。幸せに、なれ。」


少年が、頷く。それに、アデクは笑って。

「じゃあな、シーヌ。お前は、俺の。永遠の、ライバルだ。」

少年は。そう言って死に。

「……いつか。絶対に、殺してやる。」

時が止まったような目をしていた。少年は。私は、自分が為したことを、為すべきことを、理解して。

「待って、いる。」

そう、答えた。

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