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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
殺戮将軍
252/314

騎士の結婚

 魔獣の亡骸は、バルルデンシアに献上されていった。というのも、私が重傷を負っていたからだ。

「騎士様!痛くはありませんか?」

「いえ、大丈夫です。それよりマリー殿下、こうして下女のまねごとをなさるのはお止めください。」

「いいえ、下女のまねごとなどではありません。それに、私はこうしたいからこうしているのです。」

わき腹の傷の包帯が変わる。それを王女が嬉々として行うのを見て、私も何かを言うのを止めた。きっと、何も言わずに好きにさせた方がいいのだろう。


「王女殿下。バルルデンシア大使として、そろそろ動くべきかと考えます。」

「しかし、ウォルニア様の傷はまだ完治しておりません。」

もう2週間もじっとしている。そろそろ動かなければ、エリトック帝国からもバルルデンシアからも突かれることになりかねない。

「大丈夫です。死ぬことはありませんから。」

傷も、治っていないだけだ。動いても支障が出ない程度には回復した。それに、これ以上じっとしていたら、戦争が起きてしまうのではないか……という疑念が、ずっと沸き起こり続けている。


 私の目を見つめたマリーは、はぁ、と小さくため息を吐いた。

「ウォルニアを連れていかない、というわけにもいきません。あなたは馬車の後方で、休養しているように。」

指示が出される。それを受け入れるように目を瞑って、私は渋々頷いた。




 フェニは、マリーは王城前で追い返されると言っていた。それとは真逆のことが起きていることを、私は驚いていた。

 マリーは、和平交渉で参りました、とは言わなかった。

「先に送った魔獣について。」

と伝えたのだ。


 バルルデンシア王都まで、国境からは約10日である。実のところ、フェニに言われた通りの結末になることを道中で覚悟していた私は、とうに戦争になることを覚悟した上で、戦争で兵士たちが死なないように、早期終結させる方法まで考えることに全力を費やしていた。

「どうして謁見が叶ったのですか?」

「国としては、被害を出した魔獣について記録する必要があります。それに、あの獅子の魔獣を殺せる猛者が我が国にいる、ということは、どの国にとっても脅威です。」

大々的に討伐隊を組んで動いたのならこうはならなかったとマリーは言う。その場合は、バルルデンシアも情報を掴んでいただろう。だが、そんな報はないまま、急に、軍に軽くはない被害を与えた魔獣の死体が届いた、となれば事情の把握は必須である。

「魔獣を討伐したのが軍なのか、個人なのか。軍なら、個人の練度や将軍の力量を見直す必要がある。個人なら、その個人が戦争に出てきた時の被害を計算する必要があります。彼らには、私たちを黙って受け入れる以外の選択肢を、持ち合わせていないのです。」


 マリーの言葉に、ブルリと背筋が凍る思いがした。

 私がこの任務に就く前に、フェニは一度、言っていた。「楽な気分で戦争が出来るように」弄ってやると。それが、もしかしたらこれだったのではないかと感じる。


 魔獣か、竜か。どちらかはわからないが、間違いなく、どちらかはフェニの仕込みだ。そして、それらを討伐し、話を聞かせるために私とマリーをバルルデンシア王宮に入れさせる。

 マリーの和平要求が通れば戦争はなく、通らなくともこちらが使者を出し、向こうが受け入れている以上、宣戦布告はエリトック帝国ではなくバルルデンシアから行ったことになる。


 けしかけられた戦争から、多くの民を守るために戦うことは、確かに私にとって苦ではない。やり方こそ間違っている気もするが、フェニは私のために動いてくれたのだと私は感じた。

「もう少しフェニに歩み寄ろう……。」

バルルデンシア王宮の窓から、空を眺める。


 同僚を友と想っていたと、私は最近まで気付くことはなかった。同じ失態を、何度も何度も繰り返すわけにはいかないな、と。私は、フェニに友情を感じていることを、認めた。




 バルルデンシア国王は、戦士のような威圧を見せながら、私をじっと見つめていた。

「これを仕留めたのが貴様一人の所業だという戯言を聞いた。いや、戯言だと思っていた、というべきだろうな。確かに貴様なら、竜の因子を持つ魔獣を屠ることもできよう。」

彼と私の実力差は大きい。それを理解できるくらいには、目の前の国王は『戦士』であるらしい。

「恩賞を出そう。貴様はバルルデンシアに何を要求する?」

「何でもよいのですか?」

「もちろん、何でも構わぬ。余に叶えられる範疇であれば、叶えてやろう。」

国王陛下に叶えられる限り。それなら、私の望む恩賞など、一つしかない。

「戦争の中止を。兵も民も、戦争で命を落とすことのない世を。」

しっかりと、国王を睨み据えてそう言った。その答えは、王の予想とは違うものだったのだろう。王は驚いたように私をじっと見つめた後……笑みを浮かべて、問いかけた。

「断ったら?」

「戦場で、あなたの首だけを狙うことにいたしましょう。」

この城。戦場の本陣。はたまた、他の砦だとしても。


「暗殺者の真似事をしてでも、私は民の味方として、最善の行動を取りましょう。」

王の周辺を守る騎士たちが、ゾッと怯えたように震え上がる。宰相が、腰が抜けそうになるのを気力で押さえつけている。私が起こす殺気は、この城の全てを怯えさせることに成功している。

「……承知した。冒険者組合員の領域に王手をかけている男は、敵に回せぬ。」

死への恐怖が、戦争を止める。これで任務は完了だと、私は内心、喜んだ。




「マリー=バルデラ・エリトックよ。」

「はっ、皇帝陛下。」

「余はそちに、戦争を起こさせるようにと命じたはずだ。なぜ、戦争を起こすことに失敗した?」

「敵国バルルデンシアの国王が、騎士ウォルニア=アデスの力に恐れをなし、戦争の益と己の命を天秤にかけたからでございますわ?」

皇帝は、唸る。脅迫して戦争を止めたという事実も受け止め難いが、それ以上に、ウォルニアが危険すぎて厄介だ。

「ウォルニアを我が国に繋ぎとめねば、我が国は滅びるか。」

「国は滅びませんわ?滅ぼせば、民が困りますから。」

マリーの問いに国王が再び唸る。マリーの処分よりもウォルニアの対処の方が重要で、しかし、どちらか一方を優先するわけにはいかず。

「ウォルニアを呼べ。」

戦争が出来なかった。それはとても困ることだが、それよりも、帝国から騎士を離反させぬために皇帝は動いた。




「え、竜を食った?」

その反応に、フェニの仕込みは魔獣の方だとわかった。だからどうというわけでもないが、こいつは一度無茶を辞めさせねば、と思う。

「倒したから、問題はない。フェニ、だが、これからは何をするか、言ってくれ。」

王城へと向かう馬車の中、私はフェニに対して頭を下げる。

「これからはもっとお前を信用する。……誰かを、もっと、仲間だと思う。だから、あまり動き過ぎないでくれ。」

私の言葉に、フェニは大きく目を見開き。

「えぇ、わかりましたよ、“救道の勇者”様。」

「それはやめてくれ。」

軽口を、叩き合って笑った。




 じっと、皇帝陛下が私を見る。私は何もできず、戸惑う様に皇帝を見つめる。

「お前に施す恩賞を、悩んでいた。」

皇帝は私を見下ろし、吟味し、そして。

「マリーには、戦争をさせろと命令していた。」

そうなのか、と驚く。後方にいたフェニは、私にしか聞こえないほど小さく舌打ちした。

「お前とマリーの責任で戦争をせねばならなくなることで、貴様の『民を救う』という目標が、世界ではなく、我が国民のみになることを期待していた。」

そう言われると、わからないわけでもないことがある。確かに、最優先で帝国の臣民を守るために、私は戦争をしただろう。無辜の民は犠牲にさせずとも、兵士は諦めていただろう。

「だが、無理だと、理解した。」

思えばマリーは、この結末を目指して動いていたように思う。魔獣や竜は予定外……いや、魔獣はフェニの仕込みとして、上位の竜はマリーの仕込みかもしれない。


 王族なら、上位の竜を捕縛し、連れてこさせるくらいの人を動かさせるためのカネはある。そう考えると、マリーは最初から、私に戦争させないために、動いていたのか。

「もう戦争をしようとは思うまい。お前を敵にする方が、100万の軍を敵にするよりも怖い。」

それは言い過ぎだろうと、私は思う。せいぜい20万くらいだろう。

「貴様はあくまでマリーの護衛だ。魔獣討伐についての褒章こそ出せど、貴様には何の罪もない。」

なら、褒章のために呼んだのか。しかし、皇帝はすでに戦争を諦めたといった。私に施せるような恩賞があるのだろうか。


「マリー=バルデラ。皇帝の命を果たせなかった罰を与える。」

「はっ、陛下。」

その瞬間、フェニの息が吸い込まれた音がした。フェニはそれが何か、きっと理解したのだ。私にはまだ、わからない。

「貴様を王族から除籍処分し、ウォルニア=アデス・バルディエス男爵次男への降嫁を命じる。」

は?と思った。除籍処分は罰としてわかる。だが、どうして結婚が罰になるのか。

「承知いたしました。」

「そして、ウォルニア=アデス・バルディエス男爵。」

「ハッ!」

何が起きているのかわからぬままに、私は大きな声で返事をし

「褒章として、我が娘を与える。幸せにしろ。」

……何が何かわからぬまま、私の結婚が決まったようだった。




 馬車の中で、私と、フェニと、そしてマリーが家へと進んでいる。

「どうしてだ?」

「お前を離反させないためだ。」

フェニが言う。その言葉の意味をかみ砕き、咀嚼して、それでもわからずに説明を求める。

「お前を敵にするのは怖い。しかし、お前は報奨も出世も求めない。それでは、お前が皇帝に愛想を尽かした時、お前が反乱するのを止める材料がない。」

それ自体は否定しない。私がわざわざ国に反乱する理由もなかったが、同時に皇帝としては、それがないと断言するだけの理由はない。私の人間性など、信じるに値するといえ、根拠にはなりえないのだから。

「だから、血縁を結んだ。お前が反乱しようと思っても、マリーの実家を潰そうとは思えないだろう?」

そうか、と思う。そして、同時に、思うのだ。


「私は“救道の勇者”と称えられてしまっている。結婚は、彼らの私への期待を裏切るのではないか?」

言うだろうなと思っていたのだろう。フェニもマリーも苦笑を浮かべた。

「民を救いたいのなら、まずはお前は自分を救え。民を幸せにしたいのなら、お前がまず幸せになれ。勇者とは、英雄とは、そういうものさ。」

フェニはいい笑顔で、そう言った。


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