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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
殺戮将軍
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騎士の護衛

 フェニの得た証言をもって、私は陛下に、伯爵とアテスロイ代官の悪政を暴露した。

「ふむ。余の望んだ結末とは大いに異なるな?」

エリトック皇帝の言葉に、言葉に詰まる。帝家としては、貴族の癌を摘出するつもりはなかった、いや、やりたくなかったということは、想像に難くない。

「国とは、民草によって営まれるものです。その民草が病に苦しむのであれば、病原菌を殺すのは優先すべき事柄でしょう。」

「ふむ。民草はいくらでもいる。しかし、領地を治める責任者は少ないのだ。貴様は、宝石と小石なら小石を大事にするというのか?」

「もちろん、宝石はとても大事であろうと愚考いたします。しかし、その宝石も、罅が入っているなら価値はありますまい?」


 私は必死に受け応える。皇帝にとって、いや、為政者にとって、民とはいくらでも替えの利くものであり、対して貴族、為政者とは替えの利かないものだ。役に立つ立たないの問題のみではない。

 民草は、『営む』ことに価値がある。生き、子を為し、仕事をし、死んでいく。それを多くが繰り返し続けることに意味がある。そこに、個人は必要ない。必要なのは、民草という『総体』だ。

 だが、貴族は違う。為政者は違う。彼らはそこに『存在』することに価値がある。命の重みが、民草と貴族では、天と地程度には差がある。

「騎士とは。宝石の昏い輝きから、小石を守るために存在するものです。」

たとえ陛下と敵対することになっても民を守る。その姿勢を、何よりも強く皇帝に見せつける。本気でモルツ伯爵の悪事を暴露するつもりならそうしておけと、私はフェニに強く強く、念を押されている。


 陛下と私は、壇上と壇下で強くにらみ合う様に互いを見た。私は意見を曲げぬという強い意志。それを至上の主に殺意として向けることに、私は何も躊躇いはない。

「勇者の鑑だな、ウォルニア=アデス。騎士としての道はどうした?」

「民を苦しめる王ならば諫言をもって相対する。それが私の騎士道です、陛下。」

王は民より国を重視する。私は国より民を重視する。


 私と彼の視線は複雑に絡み合い、睨み合い、

「……わかった。モルツ伯爵は余が処分しよう。下がってよいぞ。」

皇帝が言う。私はゆっくり立ち上がり、その場を後にした。

(もしかしたら、王は私を殺すかもしれぬ。)

そういう疑念を、胸の内に抱きながら。




 この後のことだ。私の、巷での、活動の噂が大きくなりはじめていたのは。

「よう、ウォルニア=アデス。モルツ伯爵、改易されたそうだ。」

「フェニ?どうしてここに?」

ある日訓練を終えて、家に帰ると、彼がいた。

「モルツ伯爵が改易される時に、上司を裏切ったって親父が責任を追及されてな。で、責任をとって息子を勘当した。」

なんとも言えずに私は黙る。それを非情だと、私は言えない。それを過ちだとも私は言えず、何より、唆したのは目の前の男とはいえ、そうなるように動いたのは私だ。

「……殺すか?」

「いやまぁ……どうしてそう考えたのかはわかるが。」

そんなことのためにここには来ない、と男は言った。


「まあ、行くところがなくてな。泊めてくれ?」

そう言われると何も言えず。私はフェニを、家へと案内した。




「何もないな、この家。」

「そうでもない。飯にする。」

必要最低限の会話。意識せずとも、私は余計なことを話す習慣がなく、会話が全く弾まない。

「そうだ、伯爵が改易されたけど、どういった会話があった?」

フェニは、皇帝との会話という、実に機密事項もいいところな話を聞いてくる。

「……」

口を噤むか、話してしまうか。フェニはこの件の被害者であり、最大の加害者だ。話してしまった方が誠実ではあるが、漏らされてしまえば、私も彼も命を狙われかねない。

「決して漏らすな。」

そう前置きして、私は話すことにした。


「国王がなんでお前を殺さないか、わからないか?」

「どうしてわかった?」

全てを聞いて最初にフェニが放った言葉に、私は驚愕して彼を見た。

「そりゃ、ちょっと貴族社会を齧れば、皇帝の意見と真っ向勝負しようなんて騎士、殺されて当然だとわかるさ。」

フェニはそう言って笑うと、続けざまにこう言った。

「だが、お前の場合は違う。お前はそれなりの武功を挙げた。皇帝陛下は、もし戦争になった時、敵の将や騎士たちを一人で抑え込むための駒としてお前を手放したくはないのさ。」

魔に属する者たちと戦った。戦えば戦うほど、私の戦いの勘が洗練されて行っているのは、私が誰よりもわかっている。

「皇帝陛下も、同様にわかっている。使える兵士は、容易に消せない。」


王が重視するのは、民ではなく国だ。国のために私は必要だ。

「お前とモルツ伯爵を天秤にかけて、お前が勝ったのさ。民草数十万の命とモルツ伯爵の命なら、モルツ伯爵が勝っていた。」

つまり。私が私を有用だと皇帝に示し続け、私が民草の味方をし続ける限り、民草と貴族家の天秤なら民草に寄る可能性が高い。

「そういうことだ。お前はだから、常に、民にとって最高の結果を示し続けろ。それで、お前の騎士道は果たされる。」


 フェニの言葉は、私に強く、印象付けられた。




「はぁ?王女殿下の護衛任務?」

命令された内容を聞いて、フェニが大きな声を上げた。

「あぁ。それも、隣国バルルデンシアまでだ。和平交渉の大使に、王女殿下が任命されたらしい。」

その言葉を聞いた瞬間、フェニの表情に明らかに侮蔑の色が出た。

「皇帝とやらは、随分とふてぇ野郎だな?」

「なぜだ?」

「簡単だ。バルルデンシアはもうとっくに、この国との戦争の用意を終えている。今攻めてきていないのは、言ってしまえば、正式な大義名分がないからだ。」

国と国の戦争は、大義名分がどうしても必要だ。『なぜ』戦争をするのか、詭弁であっても主張しなければならない。


「王女殿下が大使として赴く。バルルデンシアは王女殿下に会わず、門前払いをするだろう。王女殿下がどういったお人柄をしているのかは知らない、が、行動は2つしかできない。」

まじめであれ、不真面目であれ。国の代表として大使に立ったからには、『門前払いされた』事実を持って帰るか、門に入れてもらえるまでそこで粘るしかなく。

「粘れば暗殺されるか、ぬくぬくと温室暮らしをしてきた王女様が環境変化に耐えられずに死ぬ。帰れば、バルルデンシアの無礼を帝国は咎めなければならず、戦力を送らざるを得ない。」

そして、戦争の大義名分が必要なのは、バルルデンシアだけではなく、エリトック帝国もである。

「わかるな?これは、王女殿下が失敗する任務の護衛をしろ、と命じられているに過ぎない。」


 問題は、その護衛任務を命じられているのが、男爵家に籍を持つ騎士のウォルニアであり、それは即ち、相談役としての側面を暗黙の了解として持っているということである。

「戦争が起きるのは、何が何でも、大使として出た王女殿下の責任だ。護衛に就いたお前が、有用な助言を果たせなかったせいだ。……その言を使えば、『民を守りたい』お前は、戦火が広がる前に戦争を終わらせるべく、戦争に出ざるを得なくなる。」

私なら。私ならそうする。

「皇帝陛下は、お前を使って戦争をさっさと終わらせるために、自分から宣戦布告するという不名誉を被ることにした。」

戦争が起きるのが確定だと、フェニは言って。

「だが、皇帝の思惑通りいくのも癪だ。お前は自分の仕事をするといい。」

彼は笑って、言った。

「お前が、楽な気分で戦争が出来るよう、こっちで少しばかり弄ってやる。」

フェニは、私の家を、そんなわからないセリフを残して出て行った。




 わからないことは多い。とても多い中で、特に彼女のセリフが、わからなかった。

「まあ!あなたが“救道の勇者”と綽名されている、ウォルニア=アデス様ですね?私、あなたに憧れていましたの!!」

キラキラとした目を精一杯輝かせた王女殿下が、私に顔を近づけて、ブンブンと腕を振っていた。

「あ、あの……“救道の勇者”とは?」

「ご存じありませんか?民のためにあの父上にさえ喧嘩を売れる、人のための英雄騎士ウォルニア様!ゴリラの魔獣を始めとして、鷲、兎、虎、あらゆる魔獣を、人を害するものを討伐し、父上に伯爵を改易するよう直訴までしてのけたという、民たちの救いの騎士!」

私の話をされているのだという認識を、どうにも持てなかった。誰だ、それは。そんな人物がいるなら、ぜひともあってみたいと思った。


 その騎士は、きっと。私が憧れてきた『英雄』そのもので。

「会いたかったですわ、“救道の勇者”様!!」

自分がとっくに、そうなれているのだと、そうなれていたのだと、初めて、知った。




 王女殿下は随分と、私に憧れていたらしい。

「私は、人々を守る英雄になりたく、騎士の道を志しました。」

「そうなのですか?では、夢を果たせたのですね!!」

「いえ、私はまだまだです。この生涯をかけてでも、私は民を守る英雄であり続けなければならない。それは、きっと、難しい事です。」

「いいえ、そうかもしれませんが、そうではありません!皇帝陛下と相対してなお己の意志を貫き通す、それが出来る騎士様は、きっと容易く己を貫き通せるでしょう!」


居心地が、大変良かった。王女殿下はとても、私に理解を示してくれた。昔騎士団の中でも馬鹿にされていた、『英雄になりたい』という子供じみた願いも、全面的に肯定してくれた。

「王女殿下。申し訳ありませんが、お名前を伺っても?」

「もちろんです、騎士様!私はマリー!マリー=バルデラ・エリトックと申しますわ、騎士様!!」

大変嬉しそうな笑顔で、そう告げた。


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