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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
伝統の聖女
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実戦

「あのハイエナ、なんていう名前にしたの?」

揺れる馬車の中で、もはやハイエナとは言えない姿に変わり果てた獣たちを従属させたティキは、少しだけ首を傾げた。

「ハイエナ?狼でしょ?」

「いや、ハイエナでしょ、人の獲物の残りを狙ったんだし。」

「そうなの?」

彼女にハイエナと狼の違いを教えるのは骨が折れる、と思ったシーヌは、馬車の荷台の中から動物に書かれた本を探して、クロイサから買い取って与えた。


 商人が今ここにいてよかった、と同時に彼は、彼女とずっとこれを繰り返すのかと思うと少しげんなりとする。

「で、結局どういう名前にしたのさ?」

「アオカミ。」

ティキは本に目を落としながら、単調に言った。

「また単純だね……。」

シーヌはあきれた。子供が生まれても、それくらい安直に名前を付けるのだろうか。

 そう思ってから、今子供を産むならシーヌの子供しかいないことを思い出した。

(……まあ、そうはならないだろう)

ティキが本当にシーヌのことを愛するならさておき、とシーヌは自嘲しつつ頭から子供の話を追い払った。

「ブラウに、大神でアオカミねぇ。」

まぁきにしないでおこう、と思って外に出る。竜の谷、竜たちの住処はどういうルールがあるかはわからない。


 さっき倒した以外の中位の竜が、シーヌたちをいつ襲ってきてもおかしくはなかった。

(それに、そろそろあの緑の中位種の領域は越えたと思うし。)

谷は広い。そのうち一部を横切るだけではあっても、ほかの竜と遭遇する確率は高かった。

「竜って、生まれた時から格が決まっているの?」

ティキがいったん本を自分のカバンの中にしまって問いかけてきた。知らない、とは答えられない。それならさすがに知っているからだ。


「一部の生物は、血そのものに大きな毒性があるんだ。」

シーヌは話し出した。馭者台に座ったクロイサも、ちらりとこちらをいると補足訂正を挟んでくる。

「というより、血が劇薬なのです。うまく使えばよく効く薬、失敗すればただの毒、という風に。」

「多分、竜の肉を食べると変態する、というのは出鱈目だね。肉じゃなくて血が原因みたいだし。」

さっきのハイエナの変化を思い出す。やっぱり、油断するべきじゃなかったと後悔する。


 そういうところはやはり、年相応の少年であった。

「竜は危険なので、血をとってくるのが一苦労というのもあります。冒険者組合の本部まで行けばいくらでも手に入るのでしょうが……」

「僕らは知らない。駆け出しだからね。」

シーヌは知らないことを強調する。中位の竜くらいは単独で狩れるものばかりが冒険者組合にいるとはいえ、冒険者組合の人間がいつ、どこで、なにを狩ってどういう貢献をしているのかなど、一般に知られるものではない。


「第一、そういうのは御用商人にでも聞いてください。冒険者組合は何組か抱えていると聞きましたよ。」

「御用商人になった瞬間、冒険者組合の所属人員に格上げになるのです。組合も秘密が多いですからね、バレない為の措置でしょう。」

(やっぱりそうなのか、そりゃ、冒険者組合という組織と取引をするんだ、十分に『特別』だろう。)


『特別』、その言葉をことさら強調するように、シーヌは考える。

「もしかして、僕たちと接触したのも」

「いえ、偶然ですよ。いつか御用商人になりたいとは思いますが、斡旋でその職は得られません。」

クロイサはシーヌの懸念を即座に見抜き、即座に否定した。その速さはすこし怪しさを感じさせたが、シーヌはまだ新人だ。大した権利もないので、気にしないことにしたようだ。


(実際に斡旋では御用商人にはなれないだろうしね、冒険者組合なら)

「……シーヌ、話がそれてるんだけど。」

拗ねたような声がシーヌの耳に響いた。ティキは自分の疑問が後回しにされていることにすこし起こっているらしい。

「ごめん、ごめん。」

シーヌはティキの頭を撫でながら話を戻す。竜の血は劇薬だ、というところだったか。


「人間以外の動物は、自分以外の生物を基本的に攻撃するんだ。圧倒的な力量差がない限り、常に戦っていて。」

一見関係ない話だが、竜の格という点では結構肝心な話をする。

「人間は、相互協力していないと死ぬくらい弱い生き物だから、自分のために周りと協調する。だから、僕とクロイサさんは出合い頭に殺し合いにならなかった。」


「でも、ほかの生物たちはそうでもないんだ。竜の谷は、竜同士がお互いを定期的に殺しあって、血を啜りあっている。」

種の保全という意識も竜にあって、一年のうち半分ほどは殺し合いをしない期間があるようではあったが、それでも竜同士は互いが互いをよく殺しあう。

「結果として、竜の血がさらに竜を変態させる。それが所謂格の違いとなって顕れてくるわけだ。」

シーヌは道先を指さした。そこには古い、首をもがれた竜の屍がある。


「共食いをした竜が、人間の目の前で格を上げた。そういうことがあって、竜の肉を食べると変態するなんていう間違いが広まったんだろうね。」

(自分もその間違いを信じていたわけだ。)

いったい何を信じて、なにを信じてはいけないのか、世界の常識を疑ってかかりたくなってくる。

(そんなことでうだうだ悩んでいる暇もないわけなんだけれど)

竜の屍があるということは、他のこれを食べた竜が近くにいるのと同じことだ。

「行くよ、ティキ。」


さっき追ってきていた竜よりも強い、でも中位の竜よりは弱い気配が近づいていた。人がそのまま竜の血を飲んだらどうなるんだろう、と一瞬シーヌの頭によぎったが、竜の咆哮が聞こえて思考を切り替えた。

 空を駆けるシーヌと空を飛ぶティキは、咆哮をあげ続ける竜の目の前に躍り出た。

 移動の仕方に、互いの技量差がにじみ出ているが、そんなことはお互いが気にしていない。

「シーヌ!」

「ティキがやる!僕は手助けしかしない!」

下位種の竜はみな黒い色をしているのに、その下位の竜は少し朱色に近い色が写っている。

(中位種にほど近くなっている。)


そう理解するが、それでも下位だ。ティキやアリスレベルの魔法使いで負けるわけはない。

 風切り音が聞こえて、竜の鼻っ面に矢が一本刺さった。そこが少しずつ溶け始める。

 クロイサの矢だろう。想念が少し見て取れるので、そういう技術を学んだのだろう。年のころから見て……シーヌは怒りを覚えかけた。

 ティキに何度も醜い部分をひけらかしたくない、そういう想いで怒りを抑え込む。激情を抑え込むことは彼には慣れ切っていた。

 ティキは相変わらずの技量だった。空を飛びながらただの想念で竜を攻撃していて、しかも傷をつけている様子は負ける要素が見当たりにくい。

「でも、それじゃ勝てないよ。」


ブレスの予兆を見て取る。シーヌはティキの周りに想念だけを飛ばした。まだ形にはしない。

 ティキも同様にブレスの予兆を見て取った。炎の壁を作り出し、ブレスを相殺しようと試みつつ想念に氷の形を作らせる。

「??」

ティキは、気が付けば遠くへ飛ばされていた。何が起こったのかもわからなかった。

(戦闘を見せてあげるべきだったかな?)

シーヌはティキの側面に展開した空気の盾を解除しながら思う。彼女は戦闘経験が足りない。シーヌにも足りないけれど、ティキにはそれ以前に基礎知識も足りない。

「正面!」

シーヌはティキに注意を促す。突進してくる竜を見て、彼女は咄嗟に空に飛んで離れた。


「!!」

首が後を追ってくるのを見て、速度を上げた。ティキはもう逃げの一手を打っている。

「仕方ないなぁ。」

シーヌはティキを想念の球の中に囲った。首が伸び切ったと思ったティキが上昇を止めたからだ。

 次の瞬間、ティキは竜の顎に飲み込まれた。ほんの一瞬、二足で立ち上がっている。

「ティキを放せぇ!」

シーヌはそうなるのをわかっていて助けなかった自分を棚に上げたように、怒りの声をあげて竜の足に剣を突き刺した。熟練の剣士というわけではないが、多少は扱える。

 身体強化の力を借りて強引に差し込まれた剣が、竜に痛みを訴えさせた。

「ガアァァァァ!」

竜が、耳が痛くなるような叫び声をあげた。その叫び声は顎を大きく広げさせ、シーヌの作っている球体に守られたティキが飛び出してくる。


「怖かったけど、それよりうるさかったよ!」

まだうるさいのに、過去形で話すことにシーヌは違和感を覚えた。

「ハァァァァァ!」

怒りがこもった特大の想念だった。もしかしたら、魔法概念に手が届くかもしれない。それだけの想いが込められている。

「あぁぁぁぁぁ!」

天に届くかという巨大な氷が、ティキのあげた両腕の先に現れる。振り落とされたそれが、少しだけ朱みを帯びた竜の口からまっすぐに首へ、それを貫きつつ胴、足へと落ちていく。


「やり方がグロイ。」

怒りに震えるティキを見てそういう感想を零したシーヌは、そのまま彼女の元へと飛んでいく。

「おめでとう、ティキ。」

竜の息の根が止まったことを確認して、彼女の奮闘を褒めたたえる。

「シーヌ、あれは強かったの?」

竜の屍から必死で角をもぎ取ろうとしながら聞いてくる。


「いや、弱かったよ。ティキが拙かっただけさ。」

シーヌは誤魔化さずに言った。弱かっただけとは言わない。普通の兵士30人で倒すようなものを一人で倒しておきながら、弱いとは言えない。ただ、下手だっただけだ。

「大丈夫、ティキも十分強いから。」

その血の匂いに釣られて寄ってきたのだろう、青みがかった色が付き始めている下位の竜を一つの炎魔法で燃やし尽くしながら言う。

「何の説得力もないよ。」

ティキは呟きつつ、馬車へと戻る。


 もう、谷をぬけるまではすぐだった。

 何千もの竜が住むと呼ばれる竜の谷、そのうちの数十以外に出会わずに済んだことを、クロイサはほっとしながら、馬をさらに走らせた。


次は水曜日に投稿します。

よろしくお願いします

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