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復讐鬼の恋物語  作者: 四守 蓮
殺戮将軍
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騎士の盟友

 私がこの街の腐敗に気付いたのは、間違いなく街の惨状があった。同時に、もう一つの、腐敗の証明には助けられた。

 アテスロイの街の門は開け放たれ、そこに衛兵は一人もいない。私が門の前に訪れたことも、ほんの一瞬門の中へと入ったことも、誰も知らないはずだ。


 私がまず、この街の代官を摘発するために行ったのは、アテスロイの情報を知ること。だが、アテスロイで行いはしない。代官に私の存在が気取られると、肝心の証拠だけは隠される可能性があったためだ。

 私が行わなければならない手は、一つだけ。近隣の街への聞き込み調査、それも貴族ではなく、平民……主に商人を相手である。


 農民は文字を読めない。あの街で作られた法律を、知らない。あるいは、記録に残してはいない。だが、商人は己の利を追求する存在だ。文字を読むことはもちろん、記録に残しているだろう。

「まずは宿か。」

いくらなんでも、この騎士服と鎧は目立つ。白を基調とし、ところどころ赤い装飾が入った服や鎧は、着ているだけで騎士のものとわかってしまう。

「他の服を持っていてよかった。」

同僚に勧められて買ったものだった。私の騎士としての生活には、ところどころ、亡くなった同僚の影がよぎる。死んだら、人の心だけではなく、生きている端々に、影が付きまとうものだと、最近ようやく、知った。


 宿を取る。原則的に、町の宿屋は安全だ。鍵がかかるし、宿に荷物を置いて出る客が多いため、防犯設備が非常に豊富に整っている。奪われて困る荷物はないが、視認されて困る荷物が多い私は、特に防犯が強い宿屋を取らなければならなかった。

「店主。私の部屋には、掃除でも、決して入るな。」

「承知しました。お食事はどうなさりますか?」

「帰ってきてから頂こう。不定期になるが、任せていいか?」

「もちろんでございます。他に何かご質問はありますか?」

質問、と言われたら悩むなと首を傾げ、

「ここで食糧を主に取り扱う商人は、誰だ?」

「2つ先の大通りに、牛の剥製を玄関横に置いた商屋がございます。そこを頼ればよろしいかと。」


 それだけ聞いて、私は礼を言った。

「とはいえ、商屋は後でよい。まずやらねばならぬのは、ここの代官の治政の確認だ。」

アテスロイの街の治政を確認するためには、近隣土地の代官の助けがいる。だが、その代官がアテスロイの代官と結びついている可能性はある。そうであれば、別の街を頼らなければならず……

「この街かい?え?ちょっと遠くから来て移住先を探している?へぇ、いいね、見る目がある。」

職業斡旋所へまず行った。移住先を探している。この街は、見たところとてもいい街に見える。どんな街なのだろうか、といった具合に、職業を得られそうなら移住するつもりだと見せながら言ってみた。


「あんたのがたいなら、衛兵とかどうだい?え?武器を持つのが怖い?ふむ……大工なんてどうだ?」

領主の息子が、最近積極的に大工と農民を雇っているらしい。どうしてだろう、と問いかける。

「当たり前だ。フェニ坊ちゃんは隣町のアテスロイの惨状が気に食わないのさ。だから、大々的にアテスロイの惨状を告発しようと動いているのさ。」

「ほう?」

いいことを聞いた。私はしばらく、大工仕事に関する要綱やこの街の話を聞き、適当に切り上げて立ち上がる。

「フェニ、フェニ=ウルクスか。……会ってみようか。」

そうして、私はフェニを呼び出すことにした。




 ウォルニアがフェニと会う方法は、単純だった。

 今話を聞いた限り、フェニ=ウルクスはこの街の代官の息子である。そして、息子の噂が街で平然と流れている以上、代官自身による口止めはない。

 アテスロイ粛清を掲げる息子の主張を口止めしていない以上、親は息子を止める気がなく、つまりは親は最初からアテスロイ粛清に口を出すつもりはない。


 ウォルニア=アデス、私がフェニと会いたければ、騎士の身分と与えられた職務を盾に、この街の代官と面会希望を出せばよい。早速、私は騎士として、陛下の密命を受けてこの街に来た旨をしたためた書状を、代官の屋敷に向けて送った。

「フェニ=ウルクス、ふむ……。」

正義漢だと、思った。私がなりたいのは英雄だ。かつての英雄のような、人の世のために命を賭けられる、そんな者になりたいと思っている。

「同志であればいいな。」

それ以上には、何も望むべくも、なかった。




 返事には思いのほか長くかかって、3日後の夜だった。

「面会要求にはお答えしかねる。治安の悪い代官であるが、これでも同伯爵領の僚友であるゆえ、か?」

息子を放置する代官の返事とは思えない内容に、思わず私は眉をしかめる。薄々気付いていたとはいえ、やはりなぜかわからない。

「個人的な交友がある?いや、それならそもそも私が放置されるはずもない。」

私を牢に閉じ込めも、追放もしない。それは、積極的不干渉の姿勢だ。

「ゆえに、裏で繋がっている線もまた、ない。」

手紙を送る必要がない。何もせずに放置していれば、私は勝手に動かざるを得ない。つまり、手紙を送ってきたということが、何かしらの意味を持っているということでもある。

「どういうことだ?」

「代官に陛下の命令を伝えてどうする、ってことですよ、騎士様。」


 言葉が発されるまで、男の気配を読み取ることは出来ていなかった。それが聞こえて、ハッと振り返る。この街の代官の息子の人相書きは、見たことがあった。それとあまりにも酷似する男が、開け放たれた窓の屋根に座っている。

「フェニ=ウルクスか?」

「あぁ。初めまして、ウォルニア=アデス。あなたの噂はかねがね。」

噂を聞くほどの活動をした覚えはなかったが、とりあえず頷いた。

「陛下の命令を伝える意味がない、とは?」

「簡単ですよ。各地を治める代官の上司は、貴族です。皇帝陛下ではありません。」

至極当然のことのように、さらりと言った。


 それはそうだ、と私は思う。

 代官は、陛下の命に従う義務を持たない。陛下の命と領主貴族の命、優先されるのは領主貴族の命令だ。

 それが意味することを、私は瞬時に理解した。アテスロイの街は、代官によって悪政を施された街ではない。あるいはそうであったとして、この街がそれを黙認するのは、アテスロイと交流があるからではない。

「伯爵の命で傍観を支持されている。俺が動けるのは、あくまで『代官の息子だから』というわけだ。」

「いつでも切り捨てられるからか。合理的だ。」

「潔癖な騎士サマらしくはない受け入れだな?」

責任は息子に押し付け、自分は知らぬ存ぜぬを貫き通す。為政者なれば最低限出来ねばならない基礎を、普通に行っているだけ。


 それでもなお私に手出しをしないのは、それが代官自身の望みであるからに他ならない。そこまで察した上で、私は問いかけた。

「悪政の証明はもらえるのか?」

「あぁ、まさか陛下御自身が動かれるとは思ってなかったからな。相手が伯爵様じゃなくて陛下なら、直談判の価値がある。」

そう言われて、腐敗を証明するような、アテスロイの制度や税率のそれを受け取る。


 これをもって、アテスロイに行けばいい。私はそう考えて、感謝の礼をとろうとした。

「待て、騎士サマ。まさかと思うが、今からアテスロイに行こうと言うのか?」

「他に行くところがあるのか?」

「当たり前だ、というより自殺願望でもあるのか、騎士サマは。」

今からアテスロイに向かい、代官を証拠をもって摘発しようとしても、意味がないとフェニは言った。

「それより、これを持っていけ。」

懐から1枚の手紙を出す。私はそれを受け取って、中身を見た。

「モルツ伯爵の手による、アテスロイの癒着の証明だ。この証明とアテスロイの悪政を陛下に報告すれば、事は貴族家の問題になる。一介の代官ごときの問題ではなく、傍観を決め込ませた貴族の取り潰し騒動になるだろう。」

それは、どうしたものか。私は手紙を見て呻く。今から陛下の仕事を増やすのか。悪政を行う代官を敵と定めるか、それを些事としてしまった伯爵家を敵と定めるか。


 一介の騎士の身で決めてしまっていい事かわからずに、逡巡を見せた。

「どちらの方が民のためになる?」

フェニは私の目を見て、にやりと笑みを浮かべながら言う。そのセリフに、私はグッと追い詰められた気持ちだった。

「伯爵を放置すれば、また悪政に苦しむ平民が増えるぞ?」

それは。それならば。

「感謝する、フェニ=ウルクス。私は、己の為すべきことをしよう。」

「貴族相手でも悪は正す。お前は、噂通りの勇者だよ。」

これが、私の今後の相棒となる、“覇道参謀”フェニとの出会いだった。


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